流の作業場

竜編〜4章〜 二人だけの戦い


後日、約束通り、軽めの昼食をすませて置いて。マリーを待った


いくらも待たずマリーは店に訪れた、右手に大きなロールにした純白のシーツ
左手に大きめで頑丈そうなケースの鞄を抱えて


おかみさんに自分の用事を伝えて、その返答を貰う
一度左手のケースを置き、空いた手でポケットから金貨5枚を取り出し、カウンターに置く
「お釣りはいいよ」と同時に言って制し、置いたケースを又持ちあげる


「大道具で何をするのかしらないけど、壊さないでおくれよ」おかみさんが一言言った

「怪しい実験とかじゃないから爆発したりはしないよ」ケラケラ笑って返した


マリーはそのまま、裏口から外に出て離れのジェイドの言う半軒屋に向かう、お互い何か交わす事も無く
ジェイドはマリーについていく扉の前まで着いて、両手が塞がっているマリーの変わりにジェイドが扉を開け
中に入る


その後もマリーは普段の彼女ではないかのようなベテランメイドのような動きで
部屋の周囲に配置してある椅子や棚、飾ってある調度品等を動かしていき

中央の床に敷かれているカーペットを素早く丁寧にたたんで別の部屋にいどうさせる
変わりにマリーが持ってきた大きめというレベルでは無い純白のシーツを敷く


なんの準備かさっぱり分からないジェイドは何か手伝おうかとも思いながら
かえって邪魔にしかならないだろーなと思い
黙って見ていた

それを察してか知らずかマリーは


「ジェイド2階と1階の窓、玄関の鍵チェックしてきて、進入されない様にー、後、カーテンあったら全部かけて
こっち、20分くらいかかるから座ってていいよ」と

仕事をくれた
「お、おう」と彼は2階に上がり丹念に窓と鍵をチェックして鍵とカーテンを掛けた


次にマリーはケースを開き、筆とインクを出して、そのシーツに星型の記号を面積いっぱいに書き
自分で書いたと思われるメモ、手帳というレベルでない辞書レベルの本を開き
シーツに古代言語と思わしき文字を埋めていく


それが完成すると今度はジェイドの刀に嵌っているものと同じ形で3倍くらいの長さの円柱型の透明な宝石を
星の記号の先端部に重なるように6個丁寧に置いた


それが終わった、かのように出した道具や手帳をケースにしまい、ジェイドのほうに振り返る

「準備できたよ、行ける?」と

「ああ‥」 「しかし窓カーテン閉め切りでこの準備、怪しげな召還儀式みたいだな」と呟いた

マリーは彼の疑問に答えるように

「窓を閉めたのは突風とか、小動物とか入ってあの円柱石を倒されたりずらされたりするとちょっと困るから。
カーテンを閉めたのは、「竜」ほどじゃないけど、今から使う「魔法」もとっても大事な秘密で、誰にも見せられないから
んで、召還儀式じゃなくて「あたしたちが行く」から」

ジェイドは魔術や技術の知識はあかるくないが。それが何か分かった。そしてそれの使い手が世界に3人居るか居ないかの魔法であることも



「転移魔法か‥」

「さあ、真ん中に乗って、「跳ぶ」わよ」と彼の手を握って二人でその真ん中に乗った


なんらかの詠唱と思われる謎の呟きを聞きながら、瞬きをした








その目が開いた次に捉えた景色は外だった。「え」と瞬間戸惑って見開いた眼に突風がぶつかり、「ウッ」と
目を細めて顔を反らす
それが収まって慣れた所で周囲を確認する



草も無岩場、空が近い、雲が真横に見える。今の突風が山風独特のヒュウという突風なのが理解できた



ジェイドの手を握ったままでいたマリーは驚いている彼を見上げて言う

「天界の門に届く山の頂上の少し下の広場」

そのまま逆手でぐるりと周囲を指差す

「ここだけ、周りの壁や岩を抉り取ったように広間みたいになってるの、かなり広いし、戦うにはもってこいでしょ」と

マリーは繋いでいた手を離し、自ら付けていた様々な装飾品を外し出し、その一つ、青く輝く特別大きな石の付いたネックレスをジェイドに渡し、
他の物はケースにしまいケースその物を広場の隅にある大きな岩の陰に隠しす


「それ付けといて。治癒石だから」

言われて似合わねーな、と思いつつジェイドはネックレスをつける

マリーはそのまま距離を多めに取ってジェイドに対峙する
「じゃあ、はじめよっか?」と言った



続けて 「貴方が子供の時見た、赤い竜かどうかは分からないけど。「あたしも、赤い竜」よ」



ジェイドは俯き加減で視線は地面を見て小さく笑って、頭を掻いていた、すこし、フーと息を吐き口を開く


「なるほど‥色々と、意味わかんなかったマリーの行動や発言は、今この時に向けての準備だった、て訳か
全部ようやく繋がったよ」

自問とも彼女に言うのと中間のような感じで言った


マリーはその全く驚いてないような態度と彼女が作った計画の答えを彼が理解したかのような発言を聞いて
残念なような感心したような気持ちになった


両手を腰に当てて、ちょっと白けたような顔でマリーはブーたれる感じで返した


「せっかく意を決して色々準備して。告白したのに‥。ジェイド全然驚かないんだもん、つまんなーい」

その言い草が妙に可笑しい彼は両手を軽く上げて

「いや‥驚いてるよ、うん、ただ、どう反応していいか俺にもよくわかんなかったんだ」と

「それになぁ」と付け加える

「まさかそんなわけないだろう?と思いつつも、もしかしたら?というもあったんだよなぁ、俺の中で‥」

「いつもの」マリーらしく返す

「へ〜、それはどんな?。今後の参考にきかせてくれない?」と

「ああ、そうだなぁ、えーと、まあ、俺の勝手な推測とか推理とかで、変な事いうかもしれんが聞いてくれ

「うんいいよ」




「1つに、俺は大陸中7年、正確には違うが、あの日の竜の噂を聞いて回った。全部回ったわけでないが。
とりあえずだ。
そんなかで、西、中央、南、西北西辺り、どこの地域でも、国でも街でも「俺も見たよ」てやつが少なくとも1人か二人は必ず居たんだ
それがメルトは人口も多いくせに、目撃情報も、噂すらない、ちょっとどうかなと思った。
まあ、夜飛んだとか天気悪かった時なら見ないのも不思議じゃないけど、他の場所の目撃情報は
全部「よく晴れた昼間」だ」


「2つに、お前の才能だ。自慢じゃないが、俺は5才から剣を振ってる、しかも自画自賛したくなるほど、多く
それなりに才能もあると勝手に思っているし、極めたってほどじゃないかもしれんが。
誰かの言い草じゃないが「大陸屈指」には届いてるかもしれない。
一方お前はさほど身を削って努力してる風でもない、なのに剣は俺といい勝負する、しかも我流で

知識も豊富、魔術も一生に一度お目にかかれないようなモノを習得している。
お前が人の枠に収まらない超天才なのかもしれないが、そんな何でもトンでもないレベルで全部極められたら俺ってなんなんだろう?て、心が折れるぜ

なら、俺より、あるいは普通の人間が一生に使える以上の「時間」あればどうなんだ?と言う事だ
あるいは見た目よりすげー長く生きてるとかな」



「3つに、この剣の改造。竜を見たはともかく、たぶんタイマンで戦った奴なんか歴史上の人物とかだけだろう、
狩られる、つったって
軍を出しての討伐が殆どだし。それと竜と言っても見た目じゃどんな力があるか、過去の記録を漁って
情報を集めたとしても、千差万別だ

どのくらい皮膚が硬くて、鱗が硬くて、どんな魔法を使って、どんなブレスを吐いて、
とか実際戦うか知ってる奴に聞くまで
細かい事はわからない、

ブレス一つとっても、火、氷、毒、麻痺、呪い、とか色々だ。
にも関わらず、この剣の対ブレス魔法攻撃の対抗付与の石は一個しかない。
相手がどんな竜でどんな魔法やブレスを吐くのか
知ってなきゃ、出来ない、あてずっぽで付けて当たりました、じゃマヌケ過ぎるからな」



「4つ、あの日公園で全力勝負を挑んだのは俺の強さがあの時点では不確定だったからだ
何しろ戦う姿を一度も見せてないからな
そんで、俺の現在の強さ、にどのくらいの装備をプラス、供給すれば「あたしといい勝負」出来るか正確に知る必要があったからだ」



「他にあるかも知れんが、俺が邪推したのはこの辺だ」




と立て続けに言ったジェイドはちょっと疲れたなぁという感じで溜息をついた




「改めて聞かされると、ヒントは結構あったのね‥」


「ああ、だが、全部ただの憶測だ、ここに来るまでバラバラの
疑いでしかなかった、だから、お前の口から告白された事でそれがつながる答えを貰ったのでもある」

「そっか」

「それにだ‥まだ、分からない事も沢山ある。後で教えてくれるよな?」

「うん、ジェイドに隠す事も必要も、もうないしね」





マリーは数歩下がって、「竜の姿に戻る」。どちらかといえば術によって「変身した」ような戻り方だったが


思ったより大きくは無い4メートル半くらいだろうか、赤いというには美しい輝くような深紅の鱗、
裂けるというより、しっかり支えるような爪と足、
竜にしては目立たない牙、だがその分自分の頭から体までより長いだろう
しなやかで、且つ、後から甲冑を着けた様な攻守に強力な力を放ちそうにな尾が伸び
背中には一際大きい竜の最大の特徴とも言える翼が佇む


体高は思ったよりでかくないかもしれないが
その竜の中ではかなり長い尾まで含めると全長は12メートルには届くかもしれない



「彼女」はそのルビーをはめ込んだような透明で赤い目を細めて「彼」をじっと見ていた、「竜」なのに不思議と威圧感や恐ろしさは感じない

むしろ「彼」は「美しい」とすら感じていた‥それはマリーとジェイドの心の繋がりの関係からそうみせていたのか
純粋に竜は生物として芸術の様すべからず皆、美しかったのか彼には分からなかった

ジェイドはようやく大刀を抜いて構えた



竜は笑ったように見えた、そして、動き出す、ジェイドも体をやや沈めて対応しようとした

戦闘は開幕1手、やや互いが遠い距離で有ったため、ドラゴンブレスをいきなり浴びせた
「彼女」のブレスは特殊だった、本来の火竜のブレスは放射するように、撒くように放つのが普通だが

「彼女」のブレスは火炎を放射せず、圧縮した玉の様に濃縮され、更にそれを玉のまま、弾丸を放つように撃たれる
範囲は狭いが早く歴代の他の火竜の中でも一際強力な物だ


ジェイドは咄嗟に剣の力を信じ、盾の様に横面を向けて受ける
その強力過ぎるブレスの弾丸は剣の前に出来た空気の見えない盾によって手前でぶつかり破裂し
離散してあちこちに流れ弾の様に周囲落ちる

そのブレスが尋常で無い事を「彼」は悟った、対抗魔法の掛かった武器でも、それを完全に防いだとは言い切れず
熱風がジリジリ伝わり、破裂して離散した種火が溶岩のように周囲の石や地面を黒こげにし溶かした

離れて戦っては不利、と悟ったジェイドは先に体が動いた、一気に射程距離に飛び込み、大刀を振りぬく
それを竜は前足の爪で止めるのではなくはじくように受けた、二手三手、それを繰り返すが
その間隙を狙って上から、牙の攻撃が来る、竜の牙、
基本的に口なので2方から来る事はシミュレーション済みではある


故に受けるのではなく牙の先端に刀を返して、弾きつつ後方に飛び退る



竜と戦う、事を目指したジェイドは相手の「武器」「攻撃」のパターンを何度もイメージトレーニングしていた
だからこそやりあえる技だった


しかし「彼女」も力を振るう、だけの凡庸な竜ではない
距離が離れたと見た瞬間、体ごと左旋回180度させ遅れて出てくるムチのようなしなりで、
力を十分に貯めた尾を彼に見舞う。

飛び退った所への強力な尾の打撃、避けられる状況ではなかったので体と尾の間に剣を差し込みつつ
自ら右に飛んでしっぽに乗るようにそれを受け流す。

だが、ダメージがあることには変わりは無い、大怪我は避けられるという程度の物だ
派手に飛ばされて着地した「彼」の元に追い討ちをかけるように火弾ブレスを撃ち込む


それも初撃目の様になんとか防ぐ、が「グッ!」と声が挙がりそうになるほど熱さが伝わり肌が焼けるような
錯覚を起こさせる


この様な、明らかに力と手持ちの武器に差がある不利な状況でもジェイドの心は少しも乱れなかった


ジェイドは他人にはそう思われがちだが、決して天才肌の剣士ではない
5才から、まだ、平和であった時代から身を削る修練を課し、多くの者、名士と手を合わせて

良いと思った剣技、剣法は何でも取り入れ、自分の物に昇華させてきた。それら全てを合わせた経験値、
積み重ねの土台が
彼の剣士としての強さを作り上げている



現にその意思と真摯な取り組み、積み重ねがその経歴にも現れている
数多くの達人、名士と手合わせし、あくまで一介の旅の剣士という立場を貫き、各地を回り
人造魔人とも戦い
そして子供の頃見た竜を追いかけそれを果たし、今、伝説の竜と戦っている。

もし、それらの記録が残されていれば、それを見た余人は彼を「勇者」と呼ぶだろうか

彼は凡庸ではないが天才ではない
もし彼に他の偉人、英雄達より極めて優れた天賦の物があったとすればそれは
この竜との対戦で生涯最も発揮される事になる

「苦しい状況の中で戦っている時が最も彼は冷静である」

「活路を探り出す閃き、それを実行出来る積み重ねの技と肉体の土台」

「自分の形に拘らない柔軟な思考」


そう彼は冷静だった、体はジリジリ焼かれ、体は軋む中、このような状況でも考えていた


(近接には爪と牙 中間距離には尾の打撃 離れれば火弾 どのレンジでも強い、だがこちらは踏み込んで
剣の届く近接に持ち込むしか手が無い‥。
俺も魔法が使えれば‥いや、無いものねだりしてもしかたない‥ならどうする)



そこで彼はいくつか閃いた。



彼はあえてそのまま、距離を取ったまま、横に走る。となれば向こうは火弾を放つ
放射ブレスと違い早いが範囲は狭い

せいぜい大きさも一メートル台の塊。避けようと思えば出来なくは無い
かといってそれに合わせて火弾を連射するほど隙無く打つ事は向こうも出来ないし力も使うしタメ時間は大きい

(強力だが、意外に避けれる‥受ける、より負担は少ない)

ラチがあかないと思ったのか竜は彼と距離を詰めるように前進して体を半身に向ける
その瞬間ジェイドは前に出る、一瞬竜は(近づく様に「誘導」された!?)と思い後退しつつ
尾の一撃を置くように放つ

ジェイドはその今までよりは弱い尾の一撃を待っていた即座に立ち止まり、比較的遅くて弱い置きに来た一撃に
打ち返す様に刀を尾の先端近くに切りつけた。完全な当たりだ


「!?」と声にならない声を「彼女」が挙げてたじろぎ、尻尾をたたむ


ジェイドの距離から見ても彼が彼女に与えた切り傷は大きく見えた、血が尻尾を引く軌道に合わせて飛散する


(向こうの武器は強力な武器、だが、同時に体の一部、でもある。そして今の一撃で分かったが
「この竜は鋼のような皮膚」は持っていない
硬くない所に当てればナマクラ気味でも十分斬れる)


ひるむ竜の隙を見逃さず剣の届く距離まで走り剣撃を放つ

竜は前足の強い爪でそれを受けようとするが、ここでもう一つの閃きを試す走り抜けながら上段の横斬り、
それを相手が爪を出したのを見てから、上から中段にスライドさせ剣の軌道を変える。


これも完全な当たりだった
前足の手首下辺りを斬った。立て続けに返し刀で薙ぐが、次撃は前足肘付近の鱗の部分で鈍い音がして
当たり弾かれた

とかく竜は距離を取りたくて逆の前足爪で突き飛ばすように打つが、ジェイドはその一撃に狙って突きを放つ
これも指と指の間に剣は突き刺さった


「グァ!!」と声を挙げて竜は痛がる


(そして、図体がでかいだけに予備動作が大きく攻撃が読みやすい‥!)


即座に構え直し、ジェイドは更に竜の懐深くに踏み込み、横薙ぎ切りで竜の腹に渾身の一撃を放つ
その決定的な一撃、だったハズの斬撃は竜の脇腹を幅20センチ、深さ5センチ程度の切り傷を付けるに留まった



竜はのけぞって、苦し紛れに体を反転させる、その動作は尻尾の攻撃とすぐ分かり即座に対応姿勢をとったが
尻尾では無く、後ろ足で砂をかけるような姿勢で蹴り飛ばしたのだ、これには「虚」をつかれた

対応姿勢はとっていたので、どうにかモロに食らうのは避けたが。尻尾に切り返す「つもり」だったので
剣を盾に使うのが遅れ、しかも半分攻撃態勢だったため自分から飛ぶ、という動作も遅れた


ジェイドは軽く20メートルは吹き飛ばされる、転がる、が、まだ倒れるわけにはいない、という思いと
追撃が来ると即座に考え、剣を左手一本で持ち、それを支えにして体を起こす、肩膝を着いた姿勢だが
構えと呼べる体裁は整えた。
しかし彼の自由になるのはそこまでだった。



剣は上がらず、膝も地面を離れず、全く体は動かない

どうやら肉体に深刻なダメージを負ったらしい。(こりゃぁ完全に終わったな)と思った


相手と自分の距離が相当開いたので当然火弾が来るだろうと覚悟した、剣が上がらなければガードも出来ないし
動けなければ一方的に撃たれるだけになる






追撃、は来なかった





顔も上がらないので目だけ竜に辛うじて向けて姿を追う、一体何があったのか、と

既にそこには竜の姿は無く、「彼女」は「マリー」の姿に戻り、こちらを見て佇んでいた、それが

この戦いを終わりにしようという
意思表示でもあった。


マリーはジェイドが片膝の体勢で止まった時、「これ以上は無理だと」即座に悟って竜の姿を解いた


彼自身、一歩も動く事が出来なかったが
改めて、それを見て、終わったのだ、と確信でき。握っていた刀を側にゆっくり下ろした


しかし、その緊張の糸、が切れると同時に。彼は前のめりになる、倒れるのを右手で防いだが、「ゴフ」と
咳き込みむと同時に
地面に大量の血を吐き出した。極度の緊張感と彼の肉体を凌駕する強靭な精神力と集中力が
肉体の崩壊を食い止めたがそれが切れて、あらゆる肉体的危険信号が一気に主張し始める


マリーはそれを見て慌てて彼の元に駆け寄る
即座に走りながら「ジェイド!ネックレスを!」と叫ぶ



(そういや、そんなもの貰ったなぁ‥)とジェイドは自分の物では無くなってしまったかのように不自由な震える左手で
服の下に仕舞った青い石のネックレスを外に出し、手に取った

彼女が滑り込むように彼の元に膝まずいて座り彼の体を支え
「それを握って、今、痛い、苦しい所を頭に浮かべて、念じて!。治せと!」


切実に願うように言う彼女のいう事にしたがって一際大きな宝石部分を握り、やってみる
すると今まで漂うように輝いていたはずの石は眩しくて目が開けていられない程に輝き、握った手の、指の隙間から漏れるほど輝く

それはしばらく 数分ほど続いただろうか。次第に彼の「痛みや苦しみ」は和らいでゆく


彼の呼吸や苦しみが緩和されていくのを確認したマリーは大きな安堵の溜息をはく



「間に合った‥よかった‥」と



ようやく、多少動ける程度に回復した彼はそれに返す事で余裕が出来た事を伝える

「これが治癒魔法か‥」と

「ええ、でもあたしは神聖術は「指先の切り傷を治す程度」が精精のレベルでしか使えないから、あらかじめその石に
その「指先の切り傷を治す程度の」術を数十回分詰め込んでまともに効果が出るレベルに圧縮して作った。
役に立ってよかった‥」



「マジで死ぬかと思った、目の前が真っ暗になったぜ‥」

「続けて、石が枯れるまで続ければ、もう少しよくなるはず」

「枯らしちまっていいのかよ‥?」

「いいの、自然充填で 1,2年すればまた力を取り戻すわ」


それを聞いてそれならば、と念を続ける、それをさらに3分ほど続けた所で石の輝きは無くなった
手を開いて確認してみると、青かったハズの石は透明な水晶やガラス球の様に変わっていた
エンチャンターの石独特のゆらゆらと燃えるような輝きも一切無くなっていた


「これが、枯れた常態か」

「ええ、でも封はしてあるから、元の何の効果も無い石にはならない、またいずれ力を取り戻す」

「しかし」

「ん?」

「一個しかないんだろ?俺が全部使っていいのか?。」

「うん」

「俺、お前に、ずいぶん斬りつけた気がするが、お前も使うんじゃないのか?」


マリーは斬られた部分右手首を上げて見せた。血はついたままだが、傷は既に「一ヶ月ほど前の傷」
のように塞がりかけていた


「おお‥」

「あたし、自己治癒能力が異常に高いのよねこれが‥」

「なるほど、自分のために神聖術を使う必要がそもそも無い、てことか」

「それもあるけど、あんまそっちの才能は無いぽい‥」


マリーは立ち上がって、始める前に隠し仕舞ったケースを持ってきて、中から道具を取り出す


瓶から液体を布にしまませて自分とジェイドの分二枚用意して1つ渡す

「怪我はともかくお互いズタボロに汚れてるわよ‥」と マリーは血だらけ、マリー程でもないが
自分もあちこち血が滲んでいる
更に埃ぽいし、戦ってる時は気がつかなかったがあちこち焦げぽい炭がついている







それをある程度拭い終わって今度はマリーはボトル瓶を一本差し出した


「呑む?」

「今酒はちょっと‥」と返すが マリーは怒った風に

「蒸留水!ただの綺麗な水!!」と強調した

「そ、そうか」

「あんで常にアルコールだと思うかなぁ‥」

「普段の行いが‥」


そのいつものまぬけなやり取りでリラックスする


お互い相当喉が渇いていたいたのかラッパ飲みの一気飲みであっという間に瓶を空にした、
生き返る水とはこの事だ



一息ついた二人、マリーはいきなりこういった

「で、ジェイドには残念かも知れないお知らせが3つありまーす」

例によってふざけた物言いだが、いちいちツッコむのも面倒なので 「どうぞ」短く返し黙って聞いた



「1つ、あたしは他の竜と比べて戦闘型、近接型じゃありませーん」

そうだろうなぁと思いつつも


「まあ、そうだろうな。しっぽに「実験的に斬りつけた」時ああも見事に切れるとは思わなかった。
防御力が低すぎる、色々な資料から見ても竜って並の剣が通らないくらいの皮膚、
はあるはずだ、俺のはナマクラ気味だし。どう見ても近接で殴りあう系じゃない

それに、溶岩並みの高火力ブレスからして後衛、また、長すぎる尻尾そのものが打撃武器だし、
中、長距離特化だろうな少人数パーティなら誰かを壁にして後ろから撃つタイプの。軍なら長槍か弓だな」


「はい、2つに。あたしはまだ、成体竜じゃありませーん」


「それも思った、これも資料、俺の想像からしてもお前は小さい、雌だからってのもあるかも知れんが
体高6、7メートルは平均してあっていいはず。
初見、見て思ったのはそこだ」


「はい、3つに。あたしは火竜ではありませーん。実はブレスは火と吹雪が撃てますが。それも
純粋なブレスではありませーん」


「と言うと?」


「ある人に言わせると、非常にレアな「三元魔竜」という種類だそうでーす」


「希少の中の希少種って事か‥聞いたことない種類だが‥」


「らしいわね、何でも竜は竜なんだけど。魔力、知に特化していて、少し魔族系か神格系の血も混じってるそうよ。
おそらくそれが高速治癒や
他の竜とも比べても、高い知能、魔術に対しての高い親和性の特色を付けてるのだろうと」


「で、純粋でないブレスって何だ?」

「えーと、あたし実はブレスはちょろっとしか吐けません、それに魔力供給して充填して強化発射してます」

「ありゃ、魔法攻撃だったのか‥。そんで、剣の石は対魔法防御、つってたのか」

「正解」 「ついでにその「ある人」が言うには、訓練すれば後最大でプラス4種類のブレスが撃てるハズだそうです〜
いわゆる、地、水、火、風、闇、光」

「あー‥魔法元素‥か」

「そ、あくまで使ってるのはブレスではなくて九分九厘魔法だから、だそうよ」

「残念なお知らせ、事でもないがな、まだ若いから本来の性能より弱め。ブレスも氷は使わない、
微妙に手加減ではあるか

で、そのある人ってのは?」



マリーは少し整理して




「そうね、せっかく二人だけしか居ない場所に居るんだし。いまのうちに話しておこうかなぁ、
次何時この機会があるかわからないし」

続け


「あたしの身の上話も絡むけどいい?」

「ここまで来たら何でも聞くよ」

「うん」




「あたし、まだ、幼い頃からママ?に術を習った、あんまり遊び半分でどんどん習得してくから、ママも喜んで教えた
んで、それが、そんなに長い期間でもないうちに教える事が無くなっていて。ある時寂しそうな顔で
今日は一緒に寝ましょうね、て言った
よく分からなかったけどそれを受け入れて添い寝したの、で、起きたらママ?はあたしを抱えて死んでたの」

「何?‥どういうことだ‥」

「誰かに襲われたとか、人間に討伐されたとかじゃない、静かに、綺麗なまま、寝たまま起きなかった
でも時間だけは凄く経ってた。たぶん、保護か仮死の魔法であたし封印されたんだと思う。
元々あった置物とか朽ちてたし。
その人をあたしはママって呼んでたけど、いつも寂しそうに笑って返すだけだった。だから保護者だけど
身内かは分からない
呪いか、病か、寿命なのか分からないけど何も分からないまましんじゃった」


「人間の街に行ってびっくり、だって。竜はもう殆ど残ってないよ、て聞いて。始めはフーン、て感じだったけど
もう同種にお目にかかる事は無い、て思うとなんだか凄く寂しかった。
んで、あたし世界中飛び回って仲間が生きてないか探したの、でも当然簡単には見つからない。
理由はジェイドが探しても見つからなかったのと同じ」


「他者、特に人を嫌って、もしくは、関わらない様にして隠れたからか」


「たぶんそう。で、人の目に触れない可能性が高い、なら、元々誰も行かない所にいけばいい、て考えた。
それは正解だった
すごく北の方に、僅かしか人が住んでない、いつも雪か吹雪の国で氷の山があるの、そのあたりに行って飛んでたら
向こうからあたしの「頭の中」に話しかけてきたの、その「ある人」が」


「氷の山の下にその人、いえ、老竜は住んでた。すごく大きくて、何歳かも自分で分からないほど長生きな
昔から、というのも変だけど。まだ、竜がいっぱい居る頃からずっと長老みたいだったそうよ
あたしの姿をみておじいさんはこういった「これは子猫のように可愛らしく、母のように美しい竜だね」って
彼は今まで溜め込んだ知識、技術、魔法、戦闘、人間の歴史、竜の歴史、まだ、色んな魔とか神、とかが居た頃の話まで
全部教えてくれた。あたしはそれを学ぶのが楽しかったし、おじいさんとずっと居た。


でもそれも、20年くらい?で習得しちゃった。んで、そんときあたし、今よりもずっと子供で馬鹿だったから言ったの
「そろそろ、また皆を探しに行くね」て。おじいさんはしばらく黙ってたけど言ったの

「ワシも隈なく探したわけではないが、もう皆というほど残ってないよ」て、んで

「それよりはまず自分の幸せを探しなさい」て、そのときは意味が分からなかったけど、んで

「もし、人に恨み、怒り、恐怖が君に無いなら、人として生きるのがたぶん楽だ、そこで生きていく知識も技術も与えたよ仲間の皆を探すのはもうやることが無くなってからでいいんじゃないかな?」て」


「あたし、おじいさんも凄く好きだったから「分かった、そうする!探すのはあとにする」て素直に受け入れた、で
おじいさんに「おじいさんも一緒に行こう。きっと楽しいよ」て誘ったけど

「ワシはもう飛べないし、這って行っても洞窟から出るのが精精だよ。一人で行きなさい。大丈夫君なら誰とでも友達になれるしすぐに幸せになれるよ」て言ってやさしい笑顔で送り出したわ」



「あたしはそれから大陸の移動以外では「人」のままで過ごしたわ、いつの間にか慣れすぎて
適応してそっちのが楽なくらい
色々な所に行って生活した、おじいさんの教えてくれた知識は人の世では凄く役に立った、
その沢山の一つがエンチャント
今にして思えば、おじいさんは、あたしの人生を楽にするために人の世で通じるものを沢山くれたんだと思う

そしておじいさんの言った通り。「人」として生きるのは凄く楽で楽しかった。
あたしから見たら、決して進歩が早いとはいえないけど、どんどん新しい技術や知識が出てきて
色んなとんでもない数の人が居て。それでまた何十年か過ごして、来たのがこの大陸で後の話は分かるよね」





「ああ、壮大な話だったな」

「以上おわり、何か質問は?」

「そうだな‥そのおじいさんはまだ生きてるのか?」

「うん、生きてる、たま〜に会いに行って、こんな事あったよーて話しに行くよ。‥でも
お願いしても戦ってはくれないよ?」

「わかっとるわ、俺はドラゴンキラーや戦闘狂じゃねーよ」

「えーでもなんでも竜と剣、優先じゃん」

「そんなことは‥」

「他には?」

「あー‥あれ、この計画さ」

「あ、うん」

「俺を認めてくれて竜に合わせてくれたのは分かるけど。なんでこんな回りくどい事を」

「まだ、最初はどんな人か分からなかったし‥。あと、うーん、思いついた時に、凄く個人的な?
つまんない思い込みで
閃いて、始めちゃったのと、ジェイド以外の人に知られる、悟られる訳にもいかなかったから、色々」

「個人的な思い込み??」

「あーうん、その、怒らないでね?」

「内容によるが‥」

「んと、嫉妬?したの」

「は?何に?」

「自然広場でさ、戦う前。王国の仕事誘ったでしょ?んで悩んで「旅と竜があるしなぁ‥」て
んで、あたし、ジェイドは「きっと受けてくれる」て勝手に自分で思って決め付けてた」

「で?」

「んでも、そうじゃなかった。この人は「あたしや土地より旅と竜が優先なんだ」て。だったらどっちかなくしちゃえ‥て」

「そんな深刻に考えなくてもいいのになぁ‥別に行くのは伸ばしたっていいんだし‥」

「それもあたしが勝手に思ったの、きっとこの人は自分の目的を必ず達成するって、だからどこかに行っちゃう、て」

「達成するのは目指す、けどな。それで誰かを傷つけたり、困らせたりはしないし、それは別に伸ばしてもいいんだ。俺には「暇潰しの種」なんだよあくまで」

「ごめん、でも、貴方の希望を叶えてあげたい、というのと、貴方にどっか行って欲しくない、のと半々色々」


「まあ、いいんじゃないかな。いきなり「あたし竜です戦いましょう」て戦ったら俺、
ボロクソに負けてたんだし、この刀も作られなかったし
そもそも死んでたろうし。「良い勝負」が出来るように調整してくれたからこそ。
それなりに戦って楽しかったんだし
あれだ、結果オーライってやつ?」

「軽いわね〜‥」

「俺は元々深刻には考えねえよ、そういう人間だ」

その彼の言い方で悩んだり嫌なことを考えた自分が全部馬鹿じゃないかと思えた
彼があえてそういう言い方をしたのかは分からないが、何もかも許されたように感じてスッキリしていた

「でさ、マリー?」

「ん??」

「一緒に居たい、残って欲しい、て程俺が気に入ったのかね??」

「うん。好き!ずっと一緒に居たい!」と あまりにストレートに言われたのでジェイドは吹き出しそうになったが

「あ、いや、そういうんじゃなくて、うーん」とマリーは頭を抱えて首をぶんぶんしている

「そう!、あたし、メルトの街も国も好き、だから、もう理解できない理由で誰かが居なくなるのは嫌だ。
ママみたいのはもうごめん」

「ああ‥そうか。そうだよなぁ」(こいつの「好き」はそういう「好き」じゃ無かった、おじいさんとかママとかの好きなんだな)と思った



彼女はやっぱり妙に子供ぽい、「まだ成体じゃない」と言った通り、少なくともまだ、未成年前後なんだろう
見た目はそうは見えないが‥
だからジェイドはこう続け安心させてやる



「分かったとりあえずしばらくここに居るよ、竜の問題はとりあえずお前が片付けてくれたんだし
お互い、国が安定して、出かけられる状況、になったら旅の方は考える、かならず一緒に行けるように調整して」

「え〜‥しばらくてどんくらい?」

「え‥、数年?」

「絶対相談してよ!勝手にどっかいったら嫌だからね」

「もちろんだが、けどなマリー?」

「うん?」

「お前も何でも相談しろ。今回みたいな偶然丸く収まったみたいのは御免だぞ俺も」

「あー‥ごめんなさい、必ず聞きます‥」






二人は少し休んで身支度を整え再び転移魔法で戻る。またあの魔方陣?書くのかと思ったが
往復用の目印なので精密なのが必要だったそうな




「ところで竜と剣士の世紀の一戦はどっちが勝ったの?」

「俺死にはぐったけど?」

「そうかなぁ‥、あの懐に飛び込んでの一撃ずらさなければあれで致命傷だったと思うけど‥」

「切り殺すのが目的じゃねーし、あれでいいんだよ」

「やっぱり手加減してたんじゃん」

「それ言ったら飛んで戦ったら、こっちは何も出来んぞ、大体、魔法武器なきゃブレスで一発だし」

「それじゃお互い納得出来ないでしょう?」

「あのな、そもそも論を言ったら収集付かないだろうが」

「じゃあ‥やっぱ引き分けで‥」

「もうそれでいいよ‥」

という子供の言い争いのようなやり取りをしながら、お互い、今日はとりあえず、て事で其々の塒に帰った





X二人〜






そこからはトントン拍子と言える






ジェイドはマリーの要求に答え、剣を教える師に、と同時に軍への客員剣士で兵長待遇でねじ込まれる
訝しんだ者も居たがマリーの推薦で「絶対だから!」と王に進言、王も受け入れ誰も逆らえなくなる

疑いを晴らす為に、ジェイドは嫌がったが城の近衛と10対1で対戦を、試合だが全力でやらせる

マリーは「あのくらいジェイドなら余裕なんだから!見てから文句言いなさい!」

と不満を言う連中に言い大勢客も集めさせた
更に城の兵でも「武」に自信のあるものが選抜されたが。ジェイドはかすり傷一つ受けず
練習剣で子供をあしらう様に軽く全員のした

当然の結果である。前後が事情が明らかにされず、秘密であった為知る者は皆無だが
竜と単身戦った男である。世が世なら英雄や勇者と呼ばれても不思議でもない人物だ。
誰がまともに相手になるだろうか


さすがにこれは文句の出ようも無く。見学した王様も大層喜んだ


ただし、何者だ!?と驚きと尊敬を集め軍部の上から下まで彼が城に居る間中常に誰かに
質問攻めにされることになり
それは一週間続いて「だから嫌だったんだ!」と後でマリーに言った




一ヶ月程して育成施設「学園」は古い聖堂を借り上げ修復、なかなかの規模になる。授業料が払えない者には
貧富差に応じて補助金が出され、無料あるいは格安で学べる、本格的施設、しかも老若男女受け入れたので
子供でもない学びたい人も多く集まる

ジェイドは基礎の剣と各地の武、兵装にも詳しいのでそのあたりに専念


基礎的学や政治、読み書き計算は城の政治官が交代で暇を見て受けるが、その者には一回事に
「給与と別に謝礼をだしてはどうか?」
とまたもマリーが進言。こずかい稼ぎしたい官僚や政治官が嬉々として受ける


教師専念と言ってもマリーも、魔術、戦略戦術、歴史、地理、治世、等兼任、とても回らないし、
自身も自分の時間が無くなる為


一般人から、商、農、漁、建等で実際に街で仕事をしている専門家に公募依頼で
やはり「一回事に謝礼が出る」とされ
バイト感覚で集まり、又、普段やってる仕事のこんな知識が役に立つのかーと皆楽しんで教えた、又
そこから実際其々の仕事をしてみたいという生徒が出て、タダで仕事を手伝う人間がそこそこ出て皆喜んだ



意外だったのがこの件をクルストのおっさんが「月1回くらいなら」と受けた事にある
鍛冶屋志望ってはそう多くないが「名工クルスト」の授業は名声から

関係ない国や遠方、一般人や剣士、貴族や豪族、美術家等
からも「是非とも」集まって初回はとんでもない大混乱になった

2回目以降は様々な工夫によってどうにか授業の形で
出来るようになっていたが基本的に毎度人が集まりすぎて大変なのは変わり無かった
ただ、「名工」の一言も聞き漏らすまい、と人数がやたら多い割りに全員異常に静かで迷惑にはならなかったが




困った事と言えばクルストのおっさんがラウトス流剣盾術を指導したいと言い出した事だ
「免許皆伝ですから教えられますぞ」とか言ってたが

どうしたもんかとマリーとジェイドは相談して「有効な戦法には違いないから」と希望者がいればやっていいよ、
という形にして募集を掛ける。

超重装備剣盾歩兵の類など大陸でもあるところは2国しかなく
「意外に有効ですよ?」とマリーとジェイドが
軍官僚や王にそれとなく進言、たしかにあれは強いですな、と比較的容易に予算を捻出。


そもそも兵としてだけもなく
高級仕官や貴族、王族の近衛、施設防衛、としても「守る」面で非常に有効なので、
政治官や官僚からも反対は出なかった

しかし大規模だと資金面で負担が大きすぎるのでここぞと言うときの部隊で100人規模ならいいよって事になった


あんな剣法習いたい奴いるんか?と二人は思いつつも待ったが予想外に初回から80人は集まった
「学はからっきしだけど体力には自信があります!俺もこの国を守りたいです!」て若者がかなり多かった


志と自分にはこれが向いてるという分かりやすさから、初めから適正がハッキリした人間が多かったゆえ
マリー曰く「拷問訓練」も脱落者がほぼ出なかった
少々暑苦しかったが‥


ジェイドはマリーの屋敷に住むようになった

「宿代とか官舎とか無駄、うちの屋敷部屋余ってる、来なさい」と半ば強引に住まわされた

彼女の目的の半分は「家事お願いね?」だったが、「まあ、宿泊費タダだしな」と一応やった

猫が2匹増えて3匹になった、元から居た黒猫が産んだわけではなくいつの間にかどこからか進入して居座っていた
ただ、猫は全部ジェイドに懐いた。マリーは「裏切り者ー!」と言ったが

いつご飯をくれるか分からないご主人様より
毎日ご飯をくれる新しいご主人様のが良いに決まってる。



家事といっても非常に困ったのが掃除だ、広すぎて一人でやってられない、プラス庭まである

かと言ってマリーと二人でも労働力に大差無い
金はあるのだから、と「人を入れたらどうか?」言った。

何がレアなのかさっぱり分からないが「非常に貴重なアイテムも沢山あるし
捕られたりしたら困る」と言って拒否された。彼女が金持ちなくせにメイドを雇わないのはそういう事かと納得した


定期的且つ、信頼できる、人数もそれなりに必要なメイドなり掃除婦とかお手伝いさんとなるとだいぶ難しい
一日亭でおかみさんに相談したが、さすがに無理だった



王や軍のお偉いさんに気に入られていたジェイドは時々部屋に呼ばれる、足が丈夫で無く自分が遠出出来ない
王は旅の話と武勇伝が非常に好きでよく呼ばれて話を聞きたがった。

そこで「掃除」の一件をつい何かの弾みでグチってこぼしてしまったら
それを聞いた王様や軍のお偉いさんは笑い死ぬんじゃないかというほど爆笑して。
身辺や城のメイドや庭師を定期派遣する手筈を整えてくれた。

「廃墟にならない程度でいいですよ」とジェイドが言うと王様とお偉いさんは紅茶を吹き出した後

「なら月初め1回でいいな」と言った。ネタやギャグで言ってる訳でもなく真剣に悩んでいたのだが、二人にはそれが爆笑ネタだったらしい

だがたしかに、陛下や将軍のお付きメイドの類なら怪しげな者は居ないだろうし、手癖が悪いという事もなく
普段から広い場所を手入れするだけに安心でもあった。

マリーに報告したら終始嫌そうだったが。とりあえずよほど貴重な物は鍵部屋か自分の部屋に移動しろとやらせた









そんなすったもんだの忙しい日々が一年程続き、生徒から教師も出て。
城に上げる優秀な兵士、騎士も出るようになった

また、士農工商に学院から、進む者も出て、基本的にあらゆる方面で成功したと言える
だが、基本的にある程度育てたら、後は後任に任せられるし、以降は楽になるだろう。と思っていた指導も
マリーとジェイドは離れる事が出来なかった


まず、マリーの場合神聖術以外の、あらゆる面で並ぶ者が無いほど広く深い知識があり
「先生だから」と偉ぶる所が皆無

地頭も良く、話術も巧み、どのような質問や疑問もに平然と答えられるので。変わりに成る者が居なかったのと
人柄も良く、皆から友達の様に好かれた為、生徒の方が離さなかった。

実際一時、自分がずっと一線なのは後身が迷惑と授業の数を減らしたが
「先生をやめないでください」という投書が相次ぎ
マリーの屋敷に押しかけ、懇願する者まで出た為に離れる事が出来なくなった




ジェイドも似たような物だが。単に強い剣士で、教えが上手い、偉ぶらない、というだけで無く
大陸中殆どの剣術を体験、もしくは習得済みであったため、実際指導も、○○の剣術ならこういう攻めをしてくると
かなり具体的且つ細やかな対処法等も熟知説明出来るの為、代わりの居ない先生であった

幅が異常に広く、どんなタイプの正確、才能、体格の生徒でも微妙に異なるそれに合わせた指導が出来る為
非常に好評だった

とかく○○流剣術、その流派の技を皆に同時に教える事になるが
ジェイドの場合、君ならこの技が向いているから、と技に人を合わせるのでは無く、
人に技を合わせる育成が出来るため

習う当人が「自分に合わない」という不満がでないうえに、微妙に一人一人
違う個性と戦法の剣士が輩出される事となる



二人とも、城でも学院でもそれなりの立場であり、また評判、噂も良い人物であった
特にマリーの場合、以前の様に、ど派手な衣装は着なくなった
馬には相変わらず乗るので太腿をみせて歩いていたが

白を基調にした露出の少ない物を着るようになった。装飾品はジャラジャラ付けていたが、色を揃えている
ジェイドにド派手と言われてたのを気にしてか、公人としての立場を気にしてかは分からないが

マリーのそのジャラジャラした石は全部エンチャンターの石であり、魔術授業を通してその知識を知った者は
彼女の付けている石だけの合計金額を概算すると金二千は軽く超える事に気がついた幾人かの生徒が卒倒しそうになっていた


ジェイドも国から支給された衣装を着た、単純に「郷に入れば」の精神とやはり公人としての立場に気を使ったからだ

依然、大刀は担いでいた


二人は目立つ人物でもあり、特にマリーは大人っぽい美女で男性から人気があったがそれが「美人過ぎる」故と
彼女の周りに常に老若男女が人の輪を作る為。色恋沙汰は無いがラブレターともファンレターともつかない
手紙の類はかなり届いた



一方ジェイドは美男子、という程でもないのだが。とかく城や生徒の女性剣士や騎士。また軍のお偉いさんの縁者の女性に人気があった
ぶっきらぼうで怖そうに見えるが、やさしく、甘いマスクでは無いが男らしく頼りがいがある。
幼少の頃から苦労の故か


他人や弱者、幼い者には非常に親切で優しく、誰に対しても寛大で。その年輪は見姿にも表れ。
20台前半にしてダンディとすら感じる者が多かった


ジェイドの場合マリーと違い。割と直接的なアプローチを受ける事が多かった
「ぜひ、私の娘を妻に」と願われる事も多いが「いずれ、旅の続きに戻るかもしれないから」とやんわりと断っていた





余談だが。一見するとそうは見えないが。
ジェイドはその手の女性の扱いは意外に上手い
過去、旅の途中に立ち寄った、西の氷の女王の「銀の国」である事件があり。今以上に高貴な、あるいは王国騎士の女性に滞在中、終始囲まれる経験があった為、意外にその面は如才ない対応が出来た




この頃から、「浮いた話を聞かない」二人の関係に変化が生じていた



ジェイドが寝室に入ると猫達が着いて来る、当初ドアを閉めて入れないようにしていたが
「ニャーニャー」と3匹で合唱して
爪で扉をカリカリするので常に少し開けておくようになった

彼に選択権はなかった。遅い早いの違いはあるが、確実に毎度進入してベットに潜り込んでくるが
別に寝床を用意しても勝手にいつのまにか戻ってくるので、なすがままにされていた



ある日、猫が自分の部屋に来るのがご無沙汰になったマリーが、寂しかったのか、妬いたのか。猫と一緒にジェイドのベットに潜り込んで来て寝るようになっていた。
それが寂しさ人恋しさなのか分からなかったがジェイドは拒否しなかった


二人は寝るまでの僅かな時間を、互いの一日の出来事の報告、思った事、また以前言ったように
どんな小さな事でも、何の関係もないと思われるような事も何でも「相談する」事をした




彼があの日「何でも相談しろ」と言うのを守っていた

忙しい二人は、街や城に居る間は常に誰かに囲まれていた、この今の二人の時間は貴重な物だった




その「夜の寝室会議」は毎日続いた
それが更に3ヶ月続いたある日。マリーは呟くように包み隠さず直球で言った



「あたし、ジェイドのお嫁さんになりたい」と


彼女の、その子供っぽい行動や発言、甘えるような部分「好き」といった時のアクセント

それは兄や父に甘えるような物だと感じていた、だからそういわれた今彼は一瞬戸惑った


「お前、まだ成体じゃないんだろ?」

「みたいだけど、実際の歳わかんないし、記憶が間ないし。竜の歳で何歳が人間の何歳なのかわかんない」

「人間の時のお前は俺といくつも違わんように見えるんだがなぁ‥」とジェイドは悩んだ

「人によって「見える」のって結構差がない?」ごもっともである

「それにジェイドは初見30前に見えなくもないよ?」と

「よく言われるな、見た目で分からんか実際の歳なんて」

「ジェイドは「大人」ならいいの?」

「幼女を妻にする趣味は、たぶん‥ない?」

「でもさ、あたしが「大人」じゃなかったとして、「大人」になるのを待ってたらジェイドもうおじいちゃんじゃない?」

「‥つか、死んでるかも‥」


「あ!!」とマリーが声をあげて言った


「ど、どうした?」

「うん、あした、出かけてくる!お城、休むって言っといて!」

「え?なに?」とさっぱりわからないふうに返した

「おじいさんとこ行く!‥きっと分かるはず」

「例の老竜か、なるほど」



「いや、今から行って来る」とベットを降りて、部屋を飛び出す

止める間も無くすっとんでいった  「オイオイ‥」







翌日の夜、ジェイドは一回ホールの応接セットの付近の床に山盛りの餌を盛った銀の器を置く
猫3匹が顔を突っ込んで食べる
ジェイドも応接セットの椅子に座ってお茶を啜った


その瞬間ドアをブチ破る勢いでマリーが帰ってくる

「ジェイドー!」と


思わず啜った紅茶を噴出して、咳き込んだ後


「な、何事だよ‥」と言う


「あたし子供生めるって!」


盛大にドアは開けっ放しで言った

「玄関口で何言ってんだおまえは!そこを閉めろ!んで落ち着け!」と思わず怒鳴る

二人は応接セットで対面して座って落ち着いた後、しばらくして報告会が始まる、
ちなみに猫はマリーの勢いに驚いて逃げた

老竜、おじいさんに言われたことをそのままジェイドに報告した




「たぶん‥人間で言うと、16〜17歳くらいじゃろう‥、成年とは僅かに言えんが、人間の出産適齢期は16〜25くらいかと‥だから結婚出産しても問題ないハズじゃが」


「どっちに似るかで、子供の特徴はかなり差異はあるハズじゃ、こればかりは成長してみんと分からん。過去、
ワシの思い出せるくらいまで遡っても、人間と竜がパートナーに成る例は多くは無いが少なくもない。」


「竜同士がパートナーなのは理想ではあるが。竜のオスが仮にまだ幾人か居たとしても
君がその相手を気に入るかは分からない
君が今パートナーに成りたいという相手が出来たのなら、それが最善だろう」と



マリーは待ったジェイドの言葉をそして真剣に聴いた
ジェイドは昨日の晩言われた事を整理する時間があったので、迷いは無かった



「なあ、マリー」

「うん」

「俺各地を転戦してる中、結構いろんな所で「結婚してください」は言われてきたんだ」

「知ってる、ここでも、お城やなんやで言われてたよね」

「けどそのどれもが、まあ、嬉しいんだけど、そこまでじゃなかったんだ」

「うん」

「でも、昨日のお前の「お嫁さんになりたい」てのが一番嬉しかった」

「うん!」

「だから、受けるよ、結婚しよう」と




マリーは、やったー!と飛び上がって喜んだそのまま抱きついてずっと笑ってた
まるで生涯最高の宝物を手にしたように。やっぱり子供ぽいなぁとも思ったが
彼にとっても今はそれが可愛らしかった








その後、王城で二人は結婚報告を重役や王にした、それは学園の生徒にもあっという間に広まった
残念に思う人も居たようだが「やっぱりね〜」と言う人も多く、皆から見れば二人の結婚は意外でもなんでもなかった
常に公私共に側に居、同じ屋敷に住んで「そういう関係じゃない」と当人達は否定したが、
それは「まだ」の範囲だった
予想の範囲内だったのだろう

「式は可能な限り質素に」と二人は言ったが立場上そうもいかず、王城で一般の人は入れない場所という
制限をかけて式を行ったが、それでもかなりの人数が集まって祝福を受けた




それから更に一年程経過する、その経過はこのような物だ



こうして二人は夫婦と成り、二人の生活を楽しんだ、しかしながら今までの公的な立場が変わったわけでもなく
相変わらず忙しく、「甘い新婚生活」とはならなかった。

二人は今後の計画を話し合い。「このままじゃ何も出来ないから、とりあえず仕事を減らさないと」と考えまず
学園の生徒の中から、やる気と才覚と、特に指導力が高い者を、内弟子にとり、後身の育成を急いだ


そうした、「特に指導力が高い」者を自分達の兼任していた授業に当て
自分達は指導を一つづつ減らす。という作業をゆっくり進めた
それは比較的上手く行き。「先生止めないで」という不満、懇願は以前よりは少なかった
更にそれに合わせて内弟子の類も徐々に取らなくなり、最終的に「弟子」として残ったのは二人だけにした

学園の方は二人が居なくても回る程度にはなってきていた




合間暇を見て「マリーの後見人のような立場かな‥」と思い老竜の所へ報告を兼ねて二人で訪問する
ほんとに雪だらけの土地で驚いた



「おじいさん」は氷の山の洞窟奥深くに巨大な竜の姿のまま生活していた。
馬鹿みたいな広いホールで殆ど寝てばかりだそうだが
それほど本人は退屈そうにはしていなかった

それぞれ自己紹介をして挨拶した。おじいさんは「結構結構。」と笑っていたようだが「さて」と言うと
目を細めてジェイドをしばらく見つめていた

マリーは突然ある事に気がついて「ちょ、ちょっとなにしてるのよ!おじいさん」と言った

「え?なんかあるのか?」とジェイドが訳が分からなかったが「かなりの魔力が‥」と呟いた

老竜は


「はっはっはっ、慌てなさんな。ジェイド殿の「力」をみておったのじゃよ」と

「力?」

「サーチという術じゃ、昔はそれなりに皆使ってた魔法なんじゃがな。それにワシは片目が魔眼でな、
精神的な資質も見れる」

「驚いたな‥」

「言ってからやってよね‥」

「ふーむ、‥精神的資質は高いのぅ‥ワシから見ると強力な青い炎がまとわりついているように見える。それに
体自体から白色光が発せられているようにも‥」

「そうなのか‥」

「それ、どんな意味が?」

「精神的な意思の強さ、どのような時でも害されない冷静さ、目的を必ず達成させる継続、正しさを貫く正義かの」
「だが‥」

「身体的な特徴は、これまたなんとも妙というか‥そう、実にレアだな。 レア竜にはレア人なのかのう」

「?どっか変なの?」

「うーん、‥全体的に普通なんじゃが。資質の面で‥」

「普通なの全部?」

「分かってるけど普通、普通って言われるとなんか微妙な気分だな‥」



「いやそれが不思議なんじゃよ‥あらゆる面に置いて資質は普通、良くて中の上くらいだが。
現在の総合した戦闘力、武の部分が
多くの人間の中から比べても、相当上位くらいの所に到達しておる。

「凡才」の資質ならどうがんばっても精精小国の兵士長くらいで止まるハズじゃが、彼の場合現在の力が。
恐らく剣だけなら人間の10年史に名が残る名人クラスには行ってるかもしれんレベルに高いんじゃ」



「それすごくない?」

「普通を連呼されてたのにな、なんなんだ?」




おじいさんはブツブツ言いながら首だけ右向け右して近くにいくつか置いてある巨大な宝玉を見て回る、
その輝きからエンチャンターの石である事は見て取れる、恐らく人間にとっての辞書や本のようなものなのか?



「うーむ、どこかで聞いたような‥、」


と何かを見つけて


「これじゃ!」と言う


「これじゃ、と言われても、マリー分かるか?」

「わかんない‥」

おっほん!と一つついて説明を始める

「まず、どういうことか説明すると、本来才能の限界を超えて「成長する」というのはありえんのだ。
どれほど才能に差があっても
最終的に到達するのが誰だろうと100は100.それがジェイド殿の場合恐らく、そこを超えて101、102と伸びているんじゃろう」

「そんな事あるの?」

「どこかで聞いたことがある、と思ってさがしたのじゃが、いくつか過去に例がある
その一つが、今探した、もはやおとぎ話に載るようなレベルの逸話で「不屈の騎士フィルフェリア」という正伝じゃ」


「ききたいかの?」と勿体つける


(そういうのいいから‥)とジェイドは思ったが、ほぼそれと同時マリーが

「おもしろそう!ききたーい!」と言って目を輝かせていた。

(意外に両者精神レベルは近いのか?)

と口に出したら殴られそうな事を
ジェイドは思ったがそこは堪えて。黙って聞く事にする


「まだ、神、人、魔の世界の境界が曖昧だった頃の話じゃ‥」




とある小国に「剣」とは全く縁など無かった。フィルフェリアという普通の少女が居た。ある日彼女は
「おつかい」で国の外に出た
そこで獣に襲われて殺されかけた彼女は寸での所で騎士団の副長を努めていた男に助けられる

彼女は彼に感謝した、そのとき彼女は12歳で、15歳になるまでずっと彼を思っていた、彼女が「その年齢」になると
即日騎士団の門を叩いた、ただあの時の思いとあこがれだけで。
だが悲しいかな、なんら経験も無く、更に彼女には「剣」どころか「戦い」の才能もなかった

18歳になっても彼女は騎士団に居ついたが、練習も足をひっぱり、試合では誰にも勝てず、
後から入った者にも追い越される

だが、副団長のあの「彼」は彼女を見捨てず「剣」を教えた、彼は彼女を覚えていなかったが。
彼女にとっての憧れの彼は理想の通りの彼だった。

その時から「憧れ」から「愛」に変わっていったがその思いをずっと封印し続けた


「え??なんで??」

「彼には妻がおったんじゃよ既に」

「うわ‥かなしー‥」


そんなある日ある「人魔」の討伐任務で団は出かけたが、そこで「彼」を含む多くの団員は
人魔に返り討ちにあい殺される


「人魔?」

「人と魔族のハーフじゃよ、この種は大抵双方の悪い部分が強調されるため暴虐である場合が多い、しかも強い」


フィルフェリアは仲間の足を引っ張るからと重要な任務にはいつも外されていた、ゆえ死ななかった

彼は「強い」から駆り出され死んだ 彼女は「弱い」から死ななかった、皮肉な話だ
「彼」の妻は泣いて過ごしたがしばらくして自殺。雪辱戦の討伐を他の団員を含め願い出たが、
国は渋って最後まで出さなかった



「なにそれ‥全然いい話じゃないじゃん‥」

「おちつかんか、本題はここらじゃ!」

(なんだこのコンビ、まじで血縁じゃないのかよ‥)



フィルフェリアは失望して騎士団を辞めた、それから「こうなったら私が彼の仇を、いつか、」と思いつめるようになる



自分が救いようの無い程、弱い事を知っている。そこで彼女は「寝る」時間以外の殆どの時間を剣の訓練に当てた
彼女自身の様々な物と者への喪失感と悲しみを紛らわせられれば何でも良かったのかもしれない

世界中歩き回り、剣を振っては寝て、起きては振り、寝てをずーと続けた
誰彼構わず剣士に挑み、どんな場所でも行き、戦いと剣を振るだけの作業を23まで続けた

その年齢になってある変化があった。「誰にも勝てない」剣士の彼女が、
他流試合で5回に1,2回は勝利するようになっていた
そうなると最弱の自分が強くなっていると実感が出て、更に剣に励むようになる


「ちょっと待った!、寝る時間以外を剣の練習に当てたのに、どうやって「更に励む」のよ?」

「恐ろしい事に、彼女は「旅」の移動の時間すら惜しむようになったんじゃな」

「うえええ!?」


彼女が使う技は2つしか無い。余りに物覚えの悪い彼女に「彼」が基礎中の基礎としてやらせた
足を一歩踏み出しての突き、と斬り

それを歩く移動の際全ての時間で
右足を踏み込んで突き、左足を踏み込んでの突き、また右足を踏み出しての斬り、左足を踏み出しての‥と前進しながら、繰り返し続けた


「執念ね‥」

「もはや狂気すら感じるレベルじゃの」


27に成る頃にはもはや敵は居なくなっていた。全ての試合で、2手目は必要なくなっていた
「2手要らずのフィル」と言われていた
「努力は絶対私を裏切らない」とそれでも続けた

30に成った時彼女はこれならいけると確信を持ち「あの人魔」に挑んだが
勝負は一瞬だった

相手も剣を使っていて終始ニヤニヤしていたが、彼女が一歩踏み込んで剣を伸ばす
軽く剣を出してそれ受けようとしたが、受けた剣ごと人魔の首は両断された。

その首はニヤニヤした顔のまま転がっていた


彼女はその首を持ち帰り、元居た騎士団の国に戻って。城に報告。褒め称えようとする国の重臣や王にそれを叩きつけて去った。

「彼」と奥さんの眠る墓前に報告し、彼らの墓の前で丸一日泣いた

その後同年遠方の大国に召抱えられ、近衛兵の筆頭と後身の指導に当たった

彼女の「2手要らず」は事実だったようで
彼女の弟子や同僚はその技を「木刀で大理石に穴を穿った」と証言した。

その頃から自己回想録を執筆しつつ「魔狩り」も続けた、35の頃にはその相手すら身を隠して居なくなった

38で回想録を投函、第三者が調査や物証、証言を取って創作で無い事を概ね確認し
それら証言、物証を同時記載して
本として出された、数は多くはないが、各地の図書館等に収められ至極好評を博したとされる


「うーん、ところでさぁ〜。最強の一撃はいいけど、防御どうすんだろ?避けるのかな?
受け練習の描写がないんだけど」

「うむ、彼女は防御練習を完全に捨てて。先手を取られたり奇襲をかけられた場合。
相手が突いてきた剣その物に攻撃を加えて、叩き壊したり。斬り折ったり、したそうじゃな。
相手の攻めを見てから後から打ち込んでも
楽に間に合う程早くなっていたそうじゃ」

「うへ‥」

「だが利には叶ってるな。小手打ちを手で無く、武器に打ち込んだだけのことだ」


歳を取っても全く衰えを知らず「二手要らず」で全ての戦いで無敗を誇ったが。40で近衛と王国騎士を引退
生涯独身のまま45で他界。早世ではあるが、ここは。若年からの体への無理が祟ったのではとも
神界に召し上げられた、だの、諸説ある

また、38以降の人生については彼女の日記やメモからまとめ追記され再出版、これは大々的に販売され
好評であったそうだ


「という話じゃ、恐らく300年程前の正伝とされる本じゃな」

「この本を後注釈した物も出ているが、どう見ても剣の才能が皆無な彼女が。
史上最高という剣士にまで引き上げたのは
人間が限界を超えようとする行為の結果、とか、彼女に同情した神仏が祝福を与え限界を取り払ったのだ、とか
彼女は人魔の一種なのでは?など、無責任な論評も出ておるが、まあ、そこまで的外れでもないが」


「そうかな〜??、後からてきとーな注釈して、故人を侮辱してる感じじゃん」

「全体ではそうだが、抜き出して見ればそうでもないぞい。修練、付与、血だからのう」

「あ〜‥」

「修練はジェイド殿其のモノであるし。付与は側にあった物に力が込められていた場合
血はなんらかの親族にそういう血統が混じっていた場合特殊能力として付与されたりする、
しかも世代を超えてある孫が突然とかもありうる。これはワシや君。いや、
マリー嬢に当てはまるからの。尤も、どれか?と言われても確認は出来んが」

「とにかく、ジェイドはまだ、伸びるかもしれないって事ね」

「続ければな。ただ、限界を超えても、それがどこまで伸びるかはなんとも‥
110で止まるとも120で止まるとも言えん。
今までが今までじゃから、修練は止めてもやめないじゃろうが」

「それにこの「フィルフェリア」と違い、剣の資質は元々中の上くらいはあるし、精神面では余人の追随を許さぬレベルにあるしの」


「ジェイドってフィルフェリアみたいな無茶苦茶な練習してきたの?」

「そこまでは流石に‥。」


とは言ったが、思い返して見れば、旅の移動中「暇すぎるし時間の無駄だなぁ」
と似たような事を一時やってた事を思い出した
気持ち悪がられても困るので秘密にすることにした



おじいさんは「子供が出来たらまたおいで」と言ったが何時の話になるやらと思った





学院はほぼ顔を出す程度、城も席を置くだけジェイドは兵長を退任で仕事は
ほぼ切り、変わりに何かあった時の為にと
「予備客員騎士筆頭」というなんだか意味不明な役職を貰って少ないが給与も支給された

まあ早い話この謎の役職は「城には出なくてもいいから戦闘や戦争では手を貸してね?」という用心棒的立場である
依然として兵や騎士はおろか軍や将ですら誰も彼に敵わないのでフリーにはしたくなかったのもある

一方マリーは事、魔術の授業と内弟子の指導だけは離れられなかった




まず、魔術に対して「人造魔人」のトラウマは依然強く、「学びたい」という人は元々少ない
その術は、系統事に別の学科のように1つ1つ複雑で難しく そもそも脱落するものが多い

また、才能、に依存する部分が非常に多く。基本魔術士というのは、広く深い知識と努力、
適応する才能と狭き門なので
どうにか「教師」になれそうなものが彼女の学科からは2年ちょいで、ついに1人しか出なかったのである

魔術の内弟子も取れたのがその一人ともう一人だけという想像を下回る結果だった




一人は「教師候補」に ウェルチという少女、彼女は12歳で学科の門を叩き学んだ
とかくまじめで素直、物覚えも良く努力家、更に基本魔法元素である7種全てに親和性を持ち
初級だが全系統の魔術を1年で習得した、はっきり言ってこの時代の世界では、この時点ですでに
そこいらの国なら宮廷魔術士に乞われるレベルで「数十年に一人の天才」だったが


逆に致命的な欠点が2つあった


1つは魔力許容量が極端に少ない事。

早い話「ガス欠少女だった」
やたらなんでも出来る割魔力を余り感じないわね〜と一度、火の弾の魔法を連打させてみたが、
5発撃った後ぶっ倒れた

2つに攻魔力の低さ、事攻撃魔法に関してはかなり弱い、今の火の弾の魔法も一応飛んでいくけどヘロヘロだったり
相手に着弾しても熱がしばらくまとわり着く、という程度だった

マリーは上手く行けば兵や軍に同行させて後方から援護させる新しい戦法を考えていたが。
4,5発しか撃てない上に
大してダメージが無いのではハッキリ言って火矢でも撃ったマシだった
流石にorzになるほどがっくりしたが。

ウェルチは性格もまず立派なものだし頭もいい、基本7系統全て適応があり、学科もいつも満点
こういった万能型の才は魔術教師には向いていた、

なにしろ「あれ教えて」と乞われて「知らない」では話にならないからだ


かと言って欠点を放置はせず、学院と内弟子のレッスンをほぼ攻魔力の強化と許容量の上積に費やした
とっ言っても単純な方法だが、非常に退屈でもあるのでマリーはあまりやりたくなかった

攻魔力は魔力の弾を作り、それを形を変えず充填圧縮し続けると云うものでマリーは万が一の事故の対応で
見てるだけ

許容量増加は なみなみ注いだコップに零れないように一滴ずつ魔力をマリーがウェルチに注入して上積する、
という物で

極端に繊細で精密な作業なので疲れる


そのかいあって多少は1年で改善したが更に、誕生日プレゼント、
としてウェルチに微妙に調整した超圧縮で巨大な
エンチャンターの装飾品をブレス、ネックレス、サークレットの3個を与えた。当然知識は知っていたのでウェルチは

「こ、こんな高価な物、も、ももも貰えません!!!」と絶叫したが。

「受け取らないなら捨てるわよ」と無理やり押し付けたが
概算でも3個で金貨300は軽くすると知っていたウェルチは受け取って直ぐ卒倒した


実際はマリーの特別調整の再充填特化と保有量特化の超圧縮品で激レア物で恐らくオークションにだしたら軽くその5倍にはなるだろう
と計算していたがそれを言うと今度こそウェルチが死にかねないのでずっと秘密にした



実はマリーはこのエンチャンター技術を伝えようかと一時思ったがウェルチの素直すぎる、のと
正直過ぎる性格が災いすると考え
それはしなかった。どんな小さないたずらでも容易にひっかかり、よく人に騙されたりしたため。

うそ話の類で騙されてトンデモな物を生み出すことになっては問題だろうと考えた
また、この極端なガス欠体質ではそもそも「魔力注入を行い続ける」というは無理だろうと思い。断念する事となった

しかしならが教師の資質は十分であり、実際試しにやらせてみたが、なんら問題ないレベルだった
マリーに事情を説明され、後事を託されたウェルチは感動のあまり またも卒倒した
こうしてウェルチは14歳で準教師。15歳には教鞭を振るうようになり「学園史上最年少の天才魔術教員」となった







もう一人の弟子はセシル。14歳 まず魔力もかなり多く、初級攻撃魔法なら。20発は連打した後
「あー疲れた」というくらいの許容量を生まれつき持っていた

しかも一発の威力が高く、風魔法の「風の斬撃」という攻撃魔法を使ったが
一発で家のドアに使う丈夫な木板を両断した

ただ、ウェルチとあべこべに風と特定の対象に掛ける補助魔法しか習得できないというやたらと尖った
才能の持ち主だった


彼は同時にジェイドの剣の授業も希望して習った「どっちか物になればい〜よ」

という軽い感じだったが
どっちも物になってしまった、ジェイド曰くセシルは「猿」だそうだ、見た目は平均より良いという感じで
どちらかというと甘い系のハンサムで「猿」に顔が似ている訳ではない

とにかく彼の戦いは転がって打ってきたり後転して避けたり、時に足蹴りを出したり、武器すら投げたりと当初むちゃくちゃな喧嘩戦法だった


ジェイドもマリーも喧嘩戦法の類は割合使うが、最初からこれでは流石にまずいだろうと

ジェイドはセシルに基礎半分と残り半分は自分との立会いを2つに分けて指導した、
あえてその「喧嘩剣法も」咎めなかったが
立会いの中でセシルがその技を使うとそれをあえて「極めて正統的な剣術」でジェイドは返し。

「そんな奇襲のナマクラ剣法では一生俺に追いつけないぞ」と言い。

セシルはジェイドに心酔、以降は基礎もきちんと習得し
なかなかの剣士に育つ。ただそれが大人になってもずっと続き「師匠!」と何かとジェイドについて回って
うんざりな事態になる


一方魔術は相変わらず、「風」以外才覚が0で。結局、風魔法の「空騨」という飛行するのではなく、ロケットの様に
飛び上がる魔法と
「空の階段」という空中の床に立って歩く魔法、「風の盾」という見えない空気圧の盾で防御を張る魔法等習得
剣と合わさって最終的には。


空を駆け、飛び掛り、剣技を振い、見えない盾で防ぎ、離れては風の刃で切り刻む。という個性的な
空の魔法剣士と呼ばれるようになる

ウェルチとは逆に「欠点」ではなく最初から何も無い。のでどこかを補ってやる必要もなく
手が掛からない弟子ではあった


また彼は物と者に掛ける補助と魔力感知力が高かった為、マリーはセシルに「サーチ」も伝授した
これと合わさり、「魔法具鑑定士」としても活躍、何しろ、魔法具はマリーの供給するもの以外では
古代の出土品が全てで

「どれにどんな効果があるか使わないと分からない」という困った物で、まさか実際使って
間違って火柱が上がるのを確認して
家を焼いた後分かりましたでは、話にならないので。使って調べるのは無謀だった


ゆえに「魔法具鑑定士」という立場は役に立った

並びに「人物能力サーチ」は人事評定にもとても有効でこの2種の評定は世界の魔法具の半分を所持し
兎角、有能な面白い奴を集めるのが大好きな
氷の女王マリアに大変重宝されてセシルは専属で召抱えられるが後の話である


Y 急転







学園を起こしてから2年ちょいの間に成すべき事を達成した二人は
いよいよ旅の準備も出来るかなぁと思っていて、その下準部も少しづつ始めていたがそうは成らなかった


ここで事態が急転するのである






メルト国の南の自治領主の国街トルテアにベルフ軍が侵攻、自治防衛軍は二日で敗退して占拠された
これは!とメルトの国が大わらわで戦闘準備を整えるべく会議が始まるのである

本来、大陸のメルト周辺側、つまり東側は境涯で 森、山、丘、海、川、砂、岩、の地域が多くそれを嫌っていたため
放置され続けていた

これまで侵攻は重視されていなかった、実際ベルツは東地域に、そういった立場の将は派遣しなかった

が、ここ10日で急に帝国五大将のうちの二人の将。ガレス、エリザベートが東方面を任され彼らの軍が動いた

その人事を知ったメルト、またその北西山岳の自治区「岩代」の軍が驚愕と共に畏怖したが
メルトは即時岩代の領主を招き対応の会談を持った




ベルフが大陸の中央から割って北半分への進行は考えていたが、そのルートは3つあり



一つは中央のヘブンズゲートと山脈と山岳を真っ直ぐ北に人の手でどうにか開き山道として開かれた中央街道
しかしこれは元々旅路であり。軍が進むには狭すぎ、険しく、天候も変わり易く危険で、北に抜けるだけでも一ヶ月はゆうにかかるため
「最後の手段」として使わなかった


2つ最西の「銀の国」の右真横に南北に繋がる平地でなだらかな広いどこの国の領土でも無い。街道が存在し、当初それを使う事を考えていたが
「銀の国」の氷の女王マリアが「空気の蓋」作戦というのを敢行して使えなくなってしまった


となれば3つ目の東回りのこのルートしかないわけでそれは当然の帰結であった
このような様々な地形の場所は非常に攻め難くかなり躊躇したが他になければそうせざる得なかった



ちなみに女王マリアの行った街道封鎖作戦は以下である




西方面担当だったベルフ軍の五大将の一人アルベルトは自らの軍「イナゴ部隊」「草刈り軍」を率いて
その「どこの国の物でも無い」街道を北に進軍した


しかしある程度進んで「北側」に足を踏み入れた途端。マリアの直属軍が西自国と繋がる道から街道に侵入、草刈り軍の背後を制するような動きを取ったので反転して道を戻る


それを見たマリアの軍は自国方面に後退して自国境界線で待機




次に日を改めて再び北に進行しようと街道中ほどに来ると、またも、マリアの軍が今度は
真横に鉢合わせするような形で進入
一触即発の空気になるがここも両者自国へ撤退



3度目、今度はマリアの軍は進行する草刈り軍の前に立ちはだかりいきなり自軍の演習を始める

流石に三度ともなるとアルベルトも怒り、道の真ん中に陣を張って
悠然と演習を紅茶をすすって見学するマリアの元に乗り込む


「一体なんの真似だ女王!」と

「新兵の演習じゃ、問題あるのか?」と平然と言った

「何が新兵の演習か!貴様の直属軍だろうが!さっさとどかせ!」

「ここは「誰の物でもない街道」じゃ、演習くらい構わんだろう?」

「ふざけるな!我等の進行の邪魔だ!。どかぬなら押し通るぞ!」

「あー分かった分かった、どけばいいのじゃろう」



とその場は納めてマリアの軍は道を譲った、草刈り軍はそのまま北に進軍しようとしたが、
今度はマリアの軍はそのまま
草刈り軍の後に付いてくる、時々気勢を挙げて「ワー!!」と攻めてくるような勢いを見せると
向こうの進行も止まり反転
対処の構えを見せるが彼女はまた「演習じゃ」と言ってのけた


当然そのまま北に侵攻する訳にもいかず、またも自国に一時撤退




次に、アルベルトは仕切りなおし。「銀の国」境界に陣を敷くマリアの元に会談を持ちかけ面会した

「我々の北伐任務を邪魔されては困る、陛下の軍には自重されたし!」と努めて普通に願う

ところがマリアは書状を出してヒラヒラとアルベルトに見せ

「すまぬのうアルベルト殿、今朝、北の隣国ワールトールの国と共闘同盟を結んでのう‥」と言う

アルベルトの軍が北伐で真っ先に戦うであろう国である


「な!?」


もちろん「今朝」な訳がない、この会談自体早朝だ


「どういうことだ!!」とテーブルを叩く

「うーむ「今朝」の同盟会談の席で「街道のベルツ帝国の侵攻があった場合背後を制し」「西へ折れて銀の国に向かうなら我が国は北から軍を出して挟み撃ちにしましょう」と持ちかけられてなぁ。
いい話だと思って受けたんじゃ」


同盟書状は本物だが
向こうからの提案は大嘘である


「な、な!」

「すまんのうアルベルト殿。大人しく帰ってくれんか?それとも二正面作戦でも取ってみるかえ?」

「ぐ‥」と声を挙げて黙り込んだアルベルトは

「分かった‥陛下はベルツの五大将の一人、アルベルトと事を構えるを望むか」と言う

「それは宣戦布告かえ?」

「どうとってもらっても結構と」短く言って彼女の陣を出る







そこからの行動は早い。マリアは即日その場を引き払い王都に引く
アルベルトは即軍備を整え戦の準備を。

強気な態度だったアルベルトはマリアの軍の規模が多くないのを知っているからだ
およそ「銀の国」の総兵力の5倍の兵を10日かけて用意した


彼女の軍は大兵力でもない、またこれまでの散々なめ腐った態度に腸が煮えくり返ったのも事実
どちらかといえば少数精鋭という彼女の軍なら数を揃えれば倒せると考えたし

北に侵攻するにしても彼女に横や背後をイチイチ伺われては危険過ぎる、ならばいっそ先に、と考えた
また、銀の国は大陸国家で最も裕福な国であり、金銀、宝石が出土する為、押さえて損も無かった

これまでのやり取りを見ても、女王は齢はこのときまだ、15歳だったが
既に政治、戦略の駿才として大陸中に知れ渡っており

事を構えるのを誰もが躊躇する程の人だが、それを落とせば、自己の評価はあがり、
更にここから北は当分無人の野のレベルの国ばかりで
早めに落とすのもよかろうと考えた



「二正面作戦」を取るつもりならばと、アルベルトは街道に北から西の分かれ道のところに
2割の兵を置いて北のけん制に配備
自らは残り8割の軍をもって西街道から銀の国に侵攻した




南大回りの別の進軍ルートもあるがそちらは狭く、海、丘、森林、草原が多くあり、彼女の「策」を挟む余地が多い
実際第二次10年戦争開始当初、ベルフ軍の他の将が南ルートから戦争を2度しかけたが
マリアの地形を利用した「策」に散々叩きのめされた経験があり、それを嫌った為と

「二正面作戦」をちらつかされた為、片方をけん制する必要もあった



ここから王都、銀の都まではかなりの距離だが、西にひたすら進むだけだ。
途中2つの街がありそれをカバーするほど相手の兵力は無い
また兵力分散は愚作と考えるだろう

確実に王都での決戦になるだろうと考えて進軍したが。そうはならなかった
草刈り軍が国の街道を西に進むと領土境界線直ぐの所で敵の弓騎馬が現れ一撃離脱戦闘を掛けて来たのだ


彼女の軍の特徴の一つでもある特殊弓騎馬、特に足の速い馬を揃え、手で弓を引くのではなく、
多重装填式のクロスボウの射的をする
ベルフの軍はその象徴でもある重装突破兵でありそれを前に出して防ぐ、正直ダメーシはほぼないが

弓騎馬は走りながら遠めから全弾撃ちつくした後即時撤退、そこで軍のように引くのでは無く
四方八方に散会して逃げる

追撃と言ってもどこにしたらいいのか分からず、また足の差は大きく、無被害で弓騎馬軍は逃げて行った

アルベルトの軍は、馬や馬車はあるが殆ど運搬用、徒歩、の歩兵で構成された集団で、それは割り合い有名だ
それを知ってのこのやり方である




最初の街に着くまでこの「いやがらせ攻撃は」20回ほど続いてかなりアルベルトはイラついていた

彼らが「草刈り軍」と呼ばれる由来は物資の現地調達である、この時もそれは多かれ少なかれ出来るだろうと
考えていて1つ目の街に侵入したが、徴収するものが何も無かった


それどころか、人も居らず、金品もコイン一枚無く、米粒一つも持ち去られていた、
さながらゴーストタウンの様相であった
やむなく、休憩だけして次の街に向かう



その際も何度か当初の様な弓騎馬によるいやがらせはあったが基本同じことの繰り返しでしかない
足を止められる事はあるが当初の8割軍という数は維持していた


2つ目の街も、何も無かった、この辺りで兵糧がきつくなる。何かあるだろうと森林の類や畑を探したが
収穫前の物まで全て刈り取られて持ち去られていた

兵糧は勿論大目に用意したが、人数を揃え過ぎた事と、現地調達、買うにしても、人も物もない

そして「いやがらせの連続」思ったよりの既に2倍20日は経っていた

だが、王都まで空という事はなかろうし、一度決戦に持ち込めば圧倒的多数相手の4倍で優位、と我慢して進む
しかし、決戦前に空腹ではまずい、飢えた軍が勝つ例は無いからだ

そこでまた嫌がらせの攻撃を受ける。
この時は向こうも疲労からなのか。鈍く落馬した相手兵を数人捕らえた
彼らは懇願し「何でもしゃべるから」と泣いていたので

食料、なんでもいいから食える物、買える所でもいいと聞き、王都ほんの少し南に港町があり
海産物ならあるだろうと聞く

またマリアはこの攻撃を最後に全軍を王都に集結正面決戦の用意をすると情報を引き出す






決戦前に陣を敷き、何かあの女ならやってくるだろうと考え、自らその港町に半数の兵と共に食料の調達を図る
まさか泳いでいる魚まで持って逃げれまいと考えた。

そこには普通に住民が居て海産物をあるだけ買おうと言い軍資金の大半を出して購入する
ここで略奪しては、向こうの軍を呼んでしまうからだ、今それは避けたかった



当然何かあるのではと疑い、見たことの無い赤い魚だったので怪しんで。この魚は食えるのか?と聞いたが
「はぁタイの仲間です、うちの特産ですよ?鍋にすると美味ですな」と
同じ物食っている現地人を見た上で、自分も切り身を一口食うが、問題無いと、安心する

更に「この果実酒も美味くはありませんが沢山ありますよ」と言われそれも現地人が普通に飲んでいるので
「酒を振舞うのも悪くないな」とあるだけ購入、相手はホクホク顔で大層喜んだ


明らかにマリアが狙っているのは兵糧攻めであったが、ここに来てベルフ軍が食料調達に成功したため
それはギリギリで崩れたなとアルベルトはほくそ笑んだ。

最終戦の前に早速それを消化し、士気を挙げ、昼過ぎ、王都前でマリアの軍と対峙
この状態なら正面突破で楽に勝てると踏んだがいざ開戦となるとマリア軍は街を背にして
一歩も動かず防御体制を取った

何か罠があるのかと怪しんだが

ここは街道の平地で策を挟む余地は無い重装突破兵での力押しに出る


正面に立ちはだかる軍は前王から使える宿将グラムバトル。
名将と名高い彼はひたすら後方の王都とマリアを守る様に
突撃してくる敵を防ぎ倒していくが、圧殺するほどの多数、個々の剣技でどうにか成るものではない



それはポツポツと起こり始める前線で戦うベルツの兵が次次倒れ始める
なんだ?と思いつつも様子を見ていると
自分の隣に居た近衛もバタバタと倒れる


何が起きたか分からないアルベルトは「腹と口を押さえて蹲る」近衛を見て確信した「毒!?まさか??現地人はなんでもなかったのに??それに毒見したぞ!?」と

「いよいよか!」とマリアの軍は一斉反撃、戦うどころではないベルフの兵は防戦
しかし大丈夫な兵も居たり、自分にも何も起こらない、わけがわからなかった




実はあの魚と酒はその「食べ合わせ」で強力な体調不良を起こす組み合わせだった 死ぬような物ではないが
その吐き気や腹痛はなかなか、強力なモノだ

本来あの赤い魚、は捕ったらリリースするか、破棄して肥料か、絶対に「食べ合わせ」しないようにしていた
しかしこの計画のためマリアはこれを大量水揚げ。更に港町の住人を2割を城の人間と入れ替え
大芝居と町その物を舞台にした。更に万が一の事故も起こらぬ様
「魚を食べる役者」と「酒を飲む役者」で完全に分け。まんまと騙す事に成功

アルベルトや残り半数の兵が無事なのはどちらかしか口にしなかったため起こらなかった
つまるところ「兵糧攻めに見せ掛けた」毒皿でしかなかった




戦える兵、はまだベルフ軍のが多かったが突然周りの味方が倒れ始める状態で大混乱に陥る、
陣形もバラバラになり
そこへ敵陣左右から高機動弓騎兵が包囲走り抜けながら弓を浴びせかけられ命令無視して逃げ出す者も出る
もはやベルフ軍は「軍」の体裁を保っているのは数だけであり、やられるままになっていた

アルベルトは動けぬ味方を回収しつつ後退を指示。どうにかそれは果たされ、軍を収集して後退するがマリア軍は
ヘタな追撃戦はかけず、一定の距離を取りつつ、背中をつつくように、槍、弓、で手前の相手から
確実安全に倒していく

更に「降伏するものは助けてやるぞ」と声を掛け、またつつくように撃ってくる
どうにか1日近い撤退戦の後離脱に成功、残った兵は決戦前の半数だった

それでもマリア軍の2倍の数だが、もはやここぞの時の為の非常食すらこの2日後に尽き
何も口にするものが帰りのルートにも一切無く、更に思い出した様に現れては遠めから
降伏を呼びかける声の次にまた撃たれるを繰り返しになる

精根尽き果て降伏するものが後を絶たず、過労や空腹で倒れる者が相次ぐ

アルベルトが10日かけて、軍を率いて銀の国の領土を出た時味方の数はマリア軍の五分の一、
侵攻した際の5%に満たない


この見せ掛け焦土作戦の概要はこうだ


マリアの「名前」を恐れて、大兵力を用意させ攻めをさせる、かつ、無礼千万な挑発を繰り返す、
二正面作戦をちらつかせつつ
戦力分断を計り、且つ、「中立街道側から侵攻させる」
ベルフ軍の進軍の足をおくらせる嫌がらせを開幕から掛ける


これで合わせて1月弱稼いだ
そのスキに間の2つの街の領民に「金、食料を王都に持って来た者は倍にして返す」と告知し金物人を引き上げる
更に、「まだ、実っていない果実等も正規の値段で買い取る」として周辺の麦、米、果実さえも刈り取らせる

散々に兵糧攻めを食らわせた後あの毒皿をしかけ戦術的圧倒的勝利を得た後、無駄に殺さない程度につつき
降伏を促し捕虜を増やし続けその数は2万を超える。そこから自己の軍に希望者を登用して、加えたが
その数は1万を超えマリア軍の総兵力が一気に2,5倍程になる

ベルフの兵、と言っても皇帝の為に死ぬ、という意気のものでもなく、どこまでいっても兵は、兵、
所詮元は一般人である
特にベルフの兵は徴兵と徴収で半ば無理に集めた兵が多く、それを看破してのことだ


この作戦に代表される様に女王マリアは「味方に被害が少ないなら。敵がどうなろうとかまわない」という
極端な策を持ち要り
また、「内には寛大で太っ腹、外には狡猾で獰猛」である事も知られているため「味方の側」に居る方が得
と考える者が多かった

更にマリアは「後顧の憂いの無い者を歓迎する。ある者で希望者は、家族も招くがよい、銀の国の領民としてまとめて面倒を見る」

と宣言したため。半数の捕虜が即日彼女に忠誠を誓い加わり、以降数ヶ月の内にベルフの占領地から、
親戚家族、便乗した無関係の自称遠縁者まで大挙して流れる、という事態になった





倍にして返すも本当に倍にして返した、備蓄食料を殆ど放出、国庫も空にした、既にこの策を何年も前から
用意していた為
各地の領地の長に「銅1枚も無駄にするな」と、かねてより貯めさせておりそれも半数開放
守った領主に恩賞も出す


毒皿の策の際、相手に買わせて使わせた金を港町から1割税で回収
更に「一人金貨1枚で捕虜を帰してやる」として金貨1万をせしめ、敗戦賠償とばかりにふっかけて
更に3万せしめる、備蓄食料をとりあえず足りる程度にワールトールから買う


不足した国庫はその余りで埋める、「とりあえず1年持てば」いきなり2倍に潤った国民からの税収で
倍は戻るので問題ない

彼女はこの年齢と時代、にして「民が潤えば国も潤う」を知っていた


それでも不測の事態があれば、自己の資産が国家予算一年分相当あるので用意はしたが
今回はその機会はなかった
2倍にして貰った国民、領民から「こんなにもらえないよ」と一部返納するものが半数程出た故だ

戦って勝つのが目的で無く、相手の物資、金、兵、心を大きく削り取る、ある意味多重焦土作戦ではあった

云わば「手に噛み付いたら両手足を折られて餌まで奪われた」レベルの敗戦である

この一件により西軍司令官のアルベルトは「貴様はしばらく防衛だけしていろ、西からは諦める」と
勅命を皇帝から受け動けなくなる

この一件により、「誰の物でも無い街道」の無人街道をベルフ軍は使う事が出来なくなった、銀の国のマリアは
敵に回すなと諸国に認識させた


「この向こうに見えるけど進めない、この間に何もないけど動けない」、という「空気の蓋作戦」は2つの「蓋」をして完遂

銀の国への侵攻、北への侵攻への2つの蓋をして






それがこのルートを諦めさせ東周りの侵攻に切り替わった経緯である





トルテア占拠から10日、街はガレスが滞在防衛し
もう一人のエリザベートの軍が北伐する。

ガレスは名剣士で、極めて正統な両手剣の技の持ち主で特に「防」に優れた冷静沈着な古参将 齢47

エリザベートはベルフ国の古い貴族の名門、エンデルト家の出で矛と斧の中間のような武器の使い手で「攻」 齢22

そのエリザベート軍と指揮に入った数人の将との混成軍が侵攻担当に成り更に12日程かけ
メルトと南の広大な平地と川を挟んだ南に姿を現す事となる



その間のメルトはたしかに慌しいかったが、混乱をしていなかった
「その為の準備」をずっと続けていたからだ

またどのように戦うのか、も比較的すんなり決まる
先に説明の通り、メルト自体、海、川、山、森に囲まれた天然の要塞であり
城と城下街の周りに2重の壁があり南正面大門の ベルフが取り メルトが守る、という戦なのは規定路線だからだ

メルトにしてみれば天然の盾があり、出撃して正面決戦する必要など微塵もなく
兵糧の類も非常に豊富で篭城し、敵を撤退させればそれでいいのである

立場上ジェイドもマリーも軍会議には出席したが

奇策の入り込む余地はほぼ無くその様な者が必要でもなかった
一応あるとしたら、という前置きして、

北西隣国の岩代の「援軍に見せた」裏切りか、船を出して東側港からの進入
別働隊を出しての西山岳からの
横突きによる包囲戦も可能性は低いがあるとマリーが軽く進言はし、更に情報収集はされたが、
今回そのどれも気配は無かったようだ

ちなみに、クルストのおっさんは自分の育てた重装剣盾兵に加わって参戦しようとしたが止められた


ジェイドは「用心棒」の立場で軍戦そのものには関わる立場でもないが彼の武勇を知らぬ者はもはやおらず
それを活用したかった国は 軍ではなく「部隊」を率いて状況を見て自由参戦してはどうか?と持ちかけられ

彼の下で教えに関わったすでに城に上げた者で、更に希望優先で、兵、騎士など50人程の少数部隊を預かった
当然皆若く、主戦で行動する戦争では未熟でもあるので「後学の為の見学」に近い立場でもあり
それが投入される事も無いだろうと考えた

二人の愛弟子でもあるウェルチとセシルも参戦希望したがウェルチの場合まだこの時14歳だし、
また卒倒されても困るので
マリーと共に後方観戦の立場で後ろへ


セシルは「師匠と共に戦うぜ!!」と頑として聞かなかったのでやむなく加えた
ただ、彼はウェルチと違い、剣と魔法合わせて全力で戦えば「ジェイドの足元には及ぶ」ほど
総合戦闘力はかなり高いし、物事に動じない度胸もある、またこの時16歳だったので


「まあ、初陣には悪くないだろう」と認められ、更に「もしもの場合」で魔法の予備タンクにエンチャンターの石を
マリーに授けられてだいぶ大喜びしていた







この戦争は非常にありきたりで正統な戦いとなった



メルト軍は兵力五千、ベルフ軍は一万二千。双方が南大門の前の橋。横10人並べて進めるくらいの
狭い出入り口で
メルトは防ぎ、ベルフは突破を試みる、という面白みは無い戦闘が間断なく続けられる


この際。エリザベートの下に付いたベルフの二将が指揮を執り、エリザベートは自身の100人騎馬隊を率いていたが
後方に敷いた軍の陣で観戦するに留まった


それにはいくつか事情がある


彼女はいつも主力は誰かにまかせて、自身の百人騎馬のみで戦場を自由に駆け、
常に相手の陣形の左右どちらかに周り込みながら
突撃突破を繰り返すスタイルを用いる、

又そのために自身が選抜した、「個々の武の高い者」の集団であり
驚異的な強さを誇る、その性質上
この様な狭い場所での戦いで相手が引き篭もっている篭城戦、状態ではそもそもあまり用が無いのが一つ



2つにこの戦いでは彼女の下に居た将二人が「我々に全軍指揮を!」と願った事にある
エリザベートの戦法による戦果と強さは凄まじい物で、当人にそのつもりは無いのだが
功績自体、百人騎馬隊の独り占め状態が殆どで、功をあせる2将がそう願い出て彼女も「まあ、よかろう」と任せた


更に言えば。メルトなど我々だけで、という思いが2将にあり前に出る事を望んだ
要はメルト国は「武」としてこれと言った人物がおらず、軍も下、「楽な功績の立て所」と甘く見られていたのである



しかしながら。「そういう状態の打開」にメルトの王は準備を整え今に至っており
想像したよりメルトの軍は弱いという事は無かった
3日程その「攻」「守」の連続が続き双方疲弊し、一時軍を後退させた



明けて四日目、ここでラチが開かないと考えた2将は例の「重装突破兵」を投入


これにはたまらずメルト軍は後退、門を抜かれ、入り口の広場まで押される、何しろ剣も槍も弓も跳ね返して
鈍足前進してくる
まともな兵は相手にならない。そのさながら化け物の様な相手に畏怖を覚える。

メルト軍前線は次々と打ち倒される
情報は知っていたが実際に使われ目の当たりにすると、その「単純な強さと恐ろしさ」は脅威であった


がここで


「まさか実戦投入するとは思わなかった」がメルトにも組織してあった「重装剣盾兵」が立ちはだかる
この時「剣盾兵」は200人程組織されていたが、その「硬さ」は十分であった
お互い押しくら饅頭のような押し合い打ち合いで全く互角


まさかその様な部隊があるとは思わず、門と壁を抜けてまたも「守」と「攻」の戦いが繰り広げられるとは
思いもよらずだった



3時間程の押し合いと打ち合いの末、どうにかベルフ軍をまた橋まで押し返し
これは流石にと思い一時後退のハメになり、双方軍を後退させた


この「重装兵」の副産物は死傷者の極端な少なさでもある。あれだけ重武装だと中身の被弾率も当然少ない
だが異常に重いだけに疲労は尋常ではなく連続戦闘にはそう耐えれなく、更に「攻撃」ベルフは負担が大きく下がらざる得なかった

更に当日夕方には「岩代」の援軍が500程現れ、相手にも動揺が一時出た






その夜ベルフ軍の陣で軍議になる





「まさか向こうも重装兵を組織していたとは‥」2将は驚いていた当然である

アレを持つ国は北の「獅子の国」と「皇帝ベルフの軍」だけであった

更に後方から自治軍の「岩代」の参戦、自治軍なので数は揃えられないのだが総兵力は千五百程度はあるはずで
それも投入されては数の有利も縮まるのではと喚いていた


「ま、メルトが占領されれば次は自分の番だからね。向こうも最終的には追加してくるだろうさね」と

エリザベートは事も無げに言う


如何いたしますか?と判断を仰ぐが、そのくらい自分で考えなよ、と言いたげだったが


「戦力差がまた、縮まらない内に攻めだろうね、このまま長期化すりゃこっちは遠征軍だけに苦しくなるだけ。
更にメルトの防衛に周辺国から援助が無いとも限らないからね。防波堤の意味でも放置できんだろうよ」


しかし、あの剣盾兵を抜くのは厳しいのでは、と声が出るが
それもエリザベートはめんどくさそうに


「向こうの剣盾兵はあれで全部らしいから、交代連続戦闘を掛ければ向こうが先にぽしゃるだろ
向こうの重装兵は二百、こっちは全部投入すりゃ五百ある二部隊に分けて交代で突撃すりゃいいさ」


ご尤もですな、と戦術は決定される






明けて五日目

二交代制で重装突破兵の突撃が再開される、これは流石にたまった物ではない
防ぎ切ったと思えば後ろに控える二隊目が一隊目とすれ違いに前に出て下がった部隊は次の準備を整える
二隊目が引いたと思いきや一隊目がまたも突撃してくる。更に負傷、過労の者は余りの百人の中から
交代して補われる


どれほど体力があろうといつまでも耐えられるハズも無く
連続戦闘でメルト側の負傷と装備の破損、過労で倒れる者が出て、午前中に始まった戦闘で午後2時くらいには
半数が行動不能に陥った。依然、死傷者だけは少ないが もういくらも耐えられないだろうと思った

ついにメルトの剣盾兵は数で維持出来なくなり、まさに「ぽしゃった」門を抜け前の広場になだれ込んで
決着かと思われた







だが、そのベルフ軍の重装兵の前に、ジェイドが立ちはだかる「観戦」を決め込める状況では流石に無く、咄嗟に自ら前に出た

「なに‥?」とベルフの兵は一瞬足が止まる。



身の丈程の大刀を肩に担ぐ様に立つ大男、眼光鋭く不敵に笑って、彼らを制する姿は異様に見えただろう



彼に続いて彼の「弟子達」も彼に並び立とうとするが彼はそれを片手で制した

「アレはお前達では「まだ」無理だ俺にまかせておけ」

と威圧するかのように味方も制する、が、空気が読めないのか
彼だけを死地に行かせる様な真似は出来ない!と思ったのか
セシルだけは彼の斜め後ろに来て剣を抜く


「師匠だけじゃ無理ですよ!俺もやります!」と。そういう覚悟をさせるほど絶望的な状況に見えたのだろう、が
ジェイドにとってはそうではない


「しょうがねぇなぁ、けどありゃまともな武器じゃ無理だぞ。
「お前にでも」、だからセシルは剣を使わず「魔法」で援護しろ」

といつもの顔を見せて言った

「は、はい!」と即座にその準備を整える

「間違って俺に当てるなよ?」と軽口を叩いてジェイドは敵の集団に単身突撃する

(まさか「人間」相手にこれを使う事になるとはなぁ‥)と彼はいつもの彼だった



突っ込んでくる男に対して先頭のベルフ兵は盾を構える、当然それで防げると思った が


彼の刀はその受けた盾ごと相手を地面に叩き落とした。まるで虫を上から叩きつぶすように

「んな!?!」と周囲、敵味方から声が挙がる


更にジェイドは左右に払う様に周囲に居たベルフ兵にも大刀を叩き付ける
それをもちろん盾で防ごうとしたが軽く吹き飛ばされる
盾ごと持っていた手まで折られ苦痛の絶叫が起こる

ジェイドは立ちはだかる相手を上から横から切りつけ次々叩き伏せて行く
その光景は倒れてきた石柱に潰されていくようだ

幾人かのベルフ兵は短槍を突き出し反撃を試みるが大刀を絡めるように華麗に巻き取りバランスを崩され
返す刀で殴り飛ばす
まるで達人が普通の剣でやるような見事な動きと速さの技で。まるで反撃も意に介さない

当然だ見た目は身の丈程の大刀で「重そう」に見えるが
「彼にとっては軽い」 そして「決して折れない硬さ」だ普通の剣と同等に使えるのだ



余りの出来事、光景に味方ですら、動けなくなるが、セシルは「すげぇ‥」と呟いたが
次の瞬間「ハッ」として自分の「役目」を思い出す

自分はどう援護するのかを考えてそれを成す


セシルはジェイドのサイドや背後に回ろうと動く兵に「風の斬撃」を放つ、
いきなり何も無い空間から背中や肩を打たれて
方膝をついたり打たれた所を押さえて呻く
それに示し合わせるようにジェイドはその相手を切り伏せる
セシルの魔法は中々強力で当たり所が良ければ鎧を貫通して中身にも斬撃を通す程だった


時に複数で同時にジェイドに襲い掛かる相手を「風の盾」で防ぎ、「何か」にぶつかった兵が
「うわ!」とのげぞった瞬間
神速の速さでジェイドがまた切り倒す


あのガキが使ってるのか!とセシルに向かって一部兵が走るが、セシルは自らの剣で受けソバットの様に
相手を蹴り飛ばしそこに
ジェイドが兵の背後から倒す。背中を向けたジェイドに襲い掛かるが、そこにセシルの「風の斬撃」1,2,3と連続で
見えない剣撃で叩き伏せられる、振り向いて即時下から上に打ち上げる様にその兵は切り殺される



この急造コンビはまるで「かねてから練習してきた」ように連携する
あまりの息の合いぷりにお互い楽しくなってしまう


「やるじゃないかセシル、さすが「俺達」の愛弟子だな」と声をかける

「師匠が両方いいですから!」と返す



ジェイドが最初の兵を叩き潰す、光景を遠めに見ていたウェルチは早々に卒倒しそうになっていたが
そのフラフラする体をマリーに抱きとめられ支えられて、こういわれた

「出来るだけ見ときな。一生に何度も見れる物じゃない、寝たらもったいないよ」と

ウェルチは「は、はひ!‥」とマヌケな返事を返したが胸を押さえて、飛びそうな意識を繋ぎとめながら
それを最後まで見届けた





相手は初めて見る「魔法剣士」と「大刀剣士」。一度も体験したことのない一方的にやられる状態
同じ装備で簡単に倒されない、味方が断末魔の声を挙げて倒される状態に

驚き、「死の恐怖」に取り付かれた
以降はジェイドが前に進むだけで、同じ距離下がるような状態に陥る

時に「恐怖心」に追い立てられ狂った様にジェイドに単体で襲いかかる者も数人居たが
そのつど何も出来ずに叩き潰される

気がついた時にはいつの間にか城下門の橋の外の平地まで歩きジェイドは立っていた

「化け物‥」 彼らにはそうにしか見えなくなっていた


これには、その指揮をしていた2将も言葉が無かった、ただ口を開けてポカンとしているだけだった

味方兵と彼の隊の弟子達は「ジェイドを援護しろ」とばかりに飛び出し彼の左右に展開して対峙する


2将の後方で見学を決め込んでいたエリザベートは自らの特注武器「槍斧」の武器を咄嗟に取り、
馬にまたがり単身最前線に走る
彼女の百人騎馬隊もそれを見て咄嗟に皆馬に飛び乗り遅れて彼女を追いかける






土煙を上げて接近する馬と将、エリザベートは最前線に近づくと大声でうろたえる味方兵を一喝する


「どけー!馬鹿共!私がこいつを止める!!」と叫び。


馬に乗ったまま、ジェイドの前で転進、横から駆け抜けざまに馬上から彼に一撃を加える。ジェイドはそれを刀で受け
エリザベートはその反動で引っ掛かかるように馬から飛び降りる
二人は刀と槍斧の先端を合わせた姿勢のまま立ち、対峙した

その光景を見て両軍。「うお‥」と思わず声が漏れ数歩離れ、二人からじょじょに後ずさり離れ。二人を挟んで輪のようになった



「ベルフ、五大将の一人、エリザベート=フィフス=エンデルト あんたは?」と問いかけた

「ジェイド、ジェイド=ホロウッド‥」



五大将の一人エリザベート、メルト軍側は初めて見る大陸的な名士に「あれが‥」と注目する

彼女は長い金の髪をなびかせた、整った、美しいというより男性的な「精悍」な顔立ちを持った女性騎士だった
白と黒のコントラストの軽装気味の鎧を纏い、170後半の身長、不釣合いとも思える大型で槍と斧の中間の武器を携えていた



お互い合わせた武器を離し、数歩下がって構える、エリザベートは上に武器の先端をやや持ち上げるように
ジェイドは中段正中線に



「聞かない名だね。どこから出てきた化け物だ?」

「ただの雇われ用心棒、みたいなもんさ。武者修行の途中でフラリとここに立ち寄った旅人でね」

「へぇ、そりゃ立ち寄る場所を間違えたね」

「俺にとってはそうでもないさ、お前にとってはどうかしらんが」

「そういう「立場」には興味無し、てかい?」

「あまりな」

「残念だねぇ、ならしかたない、か!」



と言うが早いかエリザベートは踏み込んで「槍斧」の先制の一撃を叩き付ける

ジェイドはそれを、剣を手元で10センチ程動かし最小限の動きで刃を合わせる様に槍斧を弾く

即座二撃を放ち、3、4と撃ちつけるが同じく弾く、エリザベートは目を少し細めたが
それを続ける、エリザベートの一撃一撃で空気が振動するような錯覚
打ち合う武器から火花が飛び散るような苛烈なやり取り

その場にいる殆どの者がおそらく生まれて初めて見るであろう「最強クラスの武人同士の戦い」に目を奪われた


20合ほどそれを続けた後エリザベートは手首を返して銅を払うような横切りに変化させる
ジェイドはそれを僅かに前進して刀の中ほどで弾く様に合わせる
その直後、お互いの武器と体が反発する磁石の様に離れて距離を取った所で止まった

両者構え直す

「いやな奴だ‥簡単に弾くんだから」エリザベートが本当に嫌そうに言う

「簡単‥ではないがな」

「ついでに嫌味な奴だ」

「そりゃすまんね」



エリザベートは離れた距離を一気に縮める様に、大きく前に踏み出し両手で握った槍斧を
背中か遅れて出てくるような形で
大円を描いて地面ごと叩き潰すような振り下ろしの一撃を放つ

同時にジェイドはすり足のまま前に跳ぶように前進して振り下ろしの槍斧の一撃を懐に潜り込みながら刀を下から上に出して受けた

それが合わさった打撃音と衝撃で爆発したかのような錯覚を周囲は覚える


一瞬二人は鍔迫り合いのような体制になるが即座、ジェイドは軽くその体勢のままエリザベートを押しのけた

「軽く」に見えたがエリザベートの足は地面を離れ、体ごと後ろに飛ばされる
彼女は「つっ!‥」と声を小さく挙げ、両手で持った武器の左手を離しサッと引く、
ふわりとそのまま後方に着地したが

顔を歪めてジェイドを睨んでその左手を三度、開いて閉じた


「名人芸の様な技を使うかと思えば‥‥」と憎らしそうに呟く。が笑っていた

「悪いな、色んな剣法が混じっててね」と返した


ジェイドは鍔迫り合いのような姿勢から押したのと同時に自分の剣のグリップの余り下部分で
エリザベートの武器を握る
左手「手の甲」に打撃を加えたのだ。 

彼女の左手甲の篭手の金属部分が少々へこんでいた
負傷するほどではないが、痛みと痺れがしばし残った


だが残念ながらこのやり取りが理解できたのは、見ていた観衆の中ではマリーと
エリザの百人騎馬隊の中でも2,3人という
僅かな人数だけだった

お互い構えを又取って対峙したが、ここでエリザベートは。一度「すー」と大きく息を吸い込み。そして





「全軍!自陣まで後退する!急げ!!」と重たい声で叫ぶ





一瞬「え?」となったが即座にエリザベートは

「命令が聞こえんか馬鹿共!「この」エリザベートが命令しているのだぞ!」

と怒号を発すると。味方兵は即座に逃げる 軍の撤退というより大人にしかられた子供の様に


一瞬。それを見てメルト側の兵が逃がすか!と駆けようとするがジェイドはそれを片手で制する

「我らは「守る」が方針だ、無駄に「逆撃」を受けて犠牲をだすな」と言って止めた



全軍はわらわと逃げ出したが、エリザベートの背後には百人騎馬隊がそのまま残った、
彼女はジェイドを見据えながらゆっくりと後退し
自らの馬に乗って言った


「フン‥しかも可愛げが無い。‥隙が無さ過ぎてうんざりするわ」と言ったがその言葉とは裏腹に顔は笑っていた

「重ね重ねすまんな」

「まあいい、貴様とはまたいずれどこかで‥」

と彼女はいい、腰に差した短剣を鞘ごとジェイドに投げた

それを彼は左手で受け取る、視線だけ動かしそれを見てまた彼女に視線を戻す、かなり高価な物だ。

「この手の求愛は受けないんだがな」と返し、それを聞いたエリザベートは「フフ‥」と笑い

「そういうのは嫌いか?」

「俺には「妻」がいるんでね」

エリザベートはハハハッと愉快そうに声を出して笑った

「それは二重に残念だな。」と言って馬を返し腹を軽く蹴って走り出す 「さらばだ、またな!」と
それに続いて百人騎馬隊も後退した

それを呆然と見送ったメルトの兵士の一人がジェイドに、何故止めたのか?と問うた


「アレの最初の目的は崩れかかった味方への渇と維持。後のやつはこっちを「平地」に
よしんば引きずり出したかっただけだ。
平地であの騎馬隊と戦うのは反撃してくださいと言ってる様なもんだ、そもそも数は向こうのが多い」と

分かるように説明した



だがとりあえず、ジェイドの活躍で突破を押し返した、更に言えばここでほぼ後の勝敗も決していた

両者軍を引きその日の戦闘は終了した

その後ジェイドは賞賛を受け、しばらく取り囲む人は絶えなかった。街に雪崩れ込まれかけた重装突破兵を押し返し
更に大陸でも名を馳せる、ベルフの五大将で「武」に置いて1,2を争う
エリザベートと互角の戦いを見せればそうもなる

ジェイドが「強い」のは皆の共通認識だったが、まさかここまでとは誰も思わず驚愕と敬意でいっぱいだった





マリーだけはエリザベートとのやりとりのおかげかジト目を向けてきたが

「ずいぶん気が合う相手のようで」と開口一番皮肉られた、無論本気言ってるわけではないが

「どっちかって言うと男同士の拳を交わした後の認め合いだと思うが‥」

「向こうもずいぶん貴方をお気に入りみたいに見えたけど?‥美女ってほどでもないけど。中々いい女だったしね〜」

「だからそーいうんじゃねぇての!」

先ほどまで戦争していてその張り詰めた緊張感と緊迫感との余りに逆方向の二人のやり取りが妙におかしく
周囲の人達は笑いを堪えてブルブル震えていた

2人「あーすいません、とりあえず解散で」









夕刻、彼のらの元生徒達の隊で集まり さながらパーティーの様な明るい食事会が開かれた

何時に無くセシルは静かで置物の様になってお茶を啜っていたので
声をかけてみる

「どうしたセシル疲れたのか?」と

「あ、いや、ちょっと考え事を‥」

割と深刻な感じだったが、空気をよまない、すでに「できあがっていた」マリーがつっこむ

「あんたでも難しい事考えたりするのね〜」

「あのよっぱらいの事は気にするな、で、話せない事か?」と

「いや、そういう事でもなくて」

「?」

「俺ってすげー人の弟子だったんだなって‥」

なるほど、と合点がいった 今日の2戦の事を思い出していたのか

「重装兵に関してはあれに有効な武器を俺が持ってたってだけだし、あの女が世界最強ってわけじゃない
どっちも名前が知られてたから「実像」よりでかく見てしまうだけさ」

「そういうものなのか‥」

ジェイドはセシルの髪をぐしゃぐしゃするようになでた

「お前だって「その武器」があったから最強兵とあれだけやれたんだろ?お前だって「すげー弟子」だよ」

「お、おう‥そ、そうだよな!」

「そうです!」と対面に座ってたウェルチが立ち上がる勢いで言う

「セシル兄さんとジェイドはとってもすごかったです!私なんか、あんな時に何もできなくて!‥」

「に、兄さん!?」

「あ、その同期ですけど、兄弟子ような立場だと聞いたので‥」

「あ、いや、兄弟子か、なるほど」

「別に気にする必要はないぞ、マリーの代わりの教師などウェルチにしか出来ないんだ
何でも出来なくてはいけない事はないんだ」


一度咳払いをしてジェイドは

「世の中には、名前は知れ渡ってないけど。凄い奴、なんていっぱい居るもんさ。誰誰が一番なんて決め付けられないのさ、だから面白いし見てみたくなる」

「そっかー‥だから師匠は旅を、俺も何時かやってみたいな〜」

「ついでに言うとだな。その知られてないけどすげー奴はここにももう一人いる」

セシルとウェルチは「え?」とマリーをチラッと見た

「正解。マリーは剣でも俺といい勝負するくらい強いぞ」


二人は飛び上がる勢いで驚いた

セシル&ウェルチ「え、えーー!」

「ま、マジすか‥初耳だ」

「うううううそでしょ!?そんな風に、ぜ、ぜ全然見えません!」

酔っ払いと化していたマリーはテヘヘと笑って

「2年前の話よぅ〜もう間違ってもダンナにはかてないよ〜」とエヘエヘと言った

一同のやりとりを聞いていた若い兵士が口を挟んだ

「いや、ほんとですよ。マリー先生とジェイド先生は前に広場で試合して引き分けました」彼はあの場に居た
「そのときのジェイドの教え子」の一人だったらしい


「うおー!マジかよー」と隊のメンツ含めセシルとウェルチが彼を囲んでその話を求めた、
彼は自分の事の様にドラマティックにリアクションを加えて話まくった


「勘弁してくれよ‥」とジェイドは呟いて、「おいマ‥」と言いかけマリーを見たが彼女は既にテーブルに顔を突っ伏して寝ていた




このようなメルト側の和気藹々とした空気とは逆に、ベルフ軍側の陣営は暗く士気もかなり低く葬式のようであった

さらに空気が悪かったのはその軍議の場だった
テーブルを叩き潰すかのような勢いで2将は声を挙げた


「全軍撤退ですと!?」


エリザベートは一々説明するのも面倒だったが、納得しないだろうとやむなく返す


「士気がもう戻らん、このまま続けてもこっちの被害だけ増大するだけ。向こうは守勢に徹する方針を変えん。
これ以上は無意味だ」

「な、しかし!あのような弱国に我らベルフが後ろを見せるなど」

「二度とメルトとやらない。とは言ってない「このままでは無理だと」言っている」

「で、では?」

「そうさね。ガレスのじじいを呼んで2正面攻めか、アリオスに協力してもらい「策」を貰うか。
あるいは向こうの「あの剣士」を切り離すか、何れにしろ私と
もう一人くらいは「あの化け物」と剣を合わせられるくらいの将が2人は必要だ。だから引く」


「しかし皇帝陛下の御意が‥」2将は呟くように言う


「陛下は「相打ちにしてもメルトを落とせ」等言っておらぬ。あくまで「任せる」だけだ」


しかしあくまで「陛下の御意が」「陛下の威光が‥」と繰り返す2将に「貴様らの功だろう」と感じ、引かないならば
とエリザベートは考慮してから

「分かった、ここは貴様らに全権委任する。好きにしろ。が百人騎馬隊と私は下がる
それから重装突破兵も全軍引かせる。あれは補充に金と時間が掛かりすぎる、
これ以上無駄にされてはかなわんからな
それでよいか?」と

2将は「それで結構です!後はお任せください!」と言うが

その返事を聞くか聞かないかの時に既にエリザベートはさっさと陣幕を出て、
そのまま夜の南の森に歩いて入った





しばらくしたところで彼女を待っていた青年騎士は、彼女の心情を理解していたかのように話す

「大変でしたな姉上」と、彼はエリザベートの実の弟でクリストファー、通称クリス
彼女の百人騎馬の副長。姉程ではないが
中々武勇にも秀でた人物である

「馬鹿な味方程迷惑な物は無いな」と溜息交じりに返す

「彼らは兎も角、他の残り1万の一般兵はそういう訳ではありますまい。どうします?」

その意味を瞬時に理解したエリザベートは

「馬鹿二人が死ぬのは構わんが巻き込まれる者はたまったものではないな」と

「左様ですな」

「間に合うとは思えんが陛下に書状を出し、「勅命」を持って馬鹿二人を止めてもらう。他の軍を呼んでも
最速でも15日は来るまでかかる
が、早馬を出して命令書を貰うだけなら上手くすれば6日‥それでも間に合うとは思わんが」

「やらないよりはやったほうがいいですな」

「そうだ、書簡を頼む、それと騎馬隊と突破兵の撤収準備。すぐ出る」

「ハッ!」と彼は命を受け取り、即座に走る



一人残されたエリザベートは空を見上げて星を見た

そこで「何か」を感じた彼女は「その方向に視線を飛ばす」 すると草を掻き分け黒猫が姿を現しエリザを見上げて
しばらくすると力なく「にゃ〜」と鳴いた

「なんだ‥」とホッとした後優しい笑みを作って

彼女はそれを見て無言のまま、ポケットから携帯保存食を取り出し、
味の無い肉を一枚取り出し猫の前に投げてよこした

しばらく猫はそれを匂いをかいでいたがやがてガツガツとかじり始める
彼女はそれを確認してから口で笑ってその場を去った




その夜の内にエリザベート達は自部隊を率いて明かりを挙げたまま出立

クリスとエリザは馬上雑談しながら道を進んだ

「で、あの「化け物」とやらは如何でした?ジェイドとか言いましたか」

「そうだな、比べる者が余り居ないのでなんとも言えんが‥」と前置きしたあと

「ガレスのじじいと対峙している気分だった」

「それは‥嫌な相手ですなぁ‥」

「あんな武器を使うから私と同質な奴かとおもったが、アベコベだった。
やたらと守備に強く、だが攻撃も嫌な感じだった」

「といいますと?」

「あの打ち合いの中私が少しでも「力」の配分を乱すとその打撃の受けを微妙にずらして、
こちらのバランスの崩れを広げる
更に、隙あらばそこから反撃の「意思」をチラチラと捻じ込んでくる。
高級な精密仕掛けの様な静かさと精密さで
心理戦を仕掛けてくる。心技体共にまるで隙が無うえ、
時間を掛けるほど相手を、精神、肉体の両方から追い込み逆転を計る」

「‥それはまた‥」

「更に、だ。ガレスのじじいと違って喧嘩技も平然と使う。あの篭手打ちだ」

「まさに化け物ですなぁ‥」

「あんなのがこれまで無名で、あんな国に居るとはね。だが‥自分を武者修行中の旅人と言う」

「地位や権力にも靡かないですか」

「ああいう面倒で崩しようの無い相手は、敵にするものではない‥と、思ったんだが‥」

「姉上の誘いや釣りにも一切かかりませんでしたな‥」

「剣に置いても同じだろう、たぶんだが、相手が倒れても近づかず観察してから
絶対の確認をもって、肉を食らう獣のように慎重だ。
「勝った」と思わせて誘うような策も利かんだろうな‥」

「姉上ならどうにかなりますか?」

「無理だろうな。命を捨てる覚悟を持ってしても「痛い目に会わせる」が精精だろう」

「なら相手にしないが一番ですな‥」

「そうだ。それにああいう奴は「同じ所」に留めて置くのは難しい。災害が通り過ぎるのを待つのが一番楽だろう」

エリザベートは軽く伸びをして

「まあいいさ、戦うにしても「誰か」に押し付けておけばいいし、あいつの体は一つしかないからな。
軍の戦いならどうにかなる
その意味で。「剣を合わせられる将が最低二人必要」と言ったんだが‥」

「それを理解出来る者はあそこには居りますまい‥」

「仕方の無い事だ。ヒントはやったんだ後はもう知らん」

「そうだ、奴の情報を調べてくれぬか。もう一度会うとは思えんが」

「私も興味がありますからやりましょう」と締めくくった




二人が帰路でそういった話をしていた、同刻
マリーは「緊急の事」として城に訪れ、軍将と王に面会する

その会談の場で「策」を進言する

「何?百人騎馬と重装突破兵が撤退!?まことか?」

「ハイ「斥候」を放って調査、更に監視させておりましたが、離脱を確認。
また、エリザベートと2将の間で仲違いのようになり
エリザベートの部隊は南の街へ、残った2将は指揮を取り、おそらく戦闘と続ける事になりましょう」

「しかし、擬態の恐れは?」

「ありません、私の「斥候」は向こうに術士が居ない限り気づかれません。
それに擬態ならこちらに情報が流れてくるハズです」

「たしかに何の情報も出てきて居りませんな」

「しかしながら‥、このまま向こうが散発的な攻略戦を続けるならこちらの被害もまだ続きます。
故に奇襲作戦を持ってして
明日一日でこの戦を終わらせたく存じます」

「それは?」

「では、その策の概要を説明します。奇襲のこの部隊には私とジェイドの隊のみで敢行します」








明けて6日目。予想した通り、ベルフ軍と残った2将は、有効な策も無く、城下壁の突破を試みる
突っ込んでは打ち倒され、弓で撃たれ、無策の極みでベルフ軍だけこの朝から昼までの攻略戦で千人弱失った
ベルフ軍の「兵」は昨日の終戦時点。
重装突破兵でなんとかならなかった事、相手に「あの大刀の将」が居りあれを止められる人間が
エリザベートしか居ない事を誰もが知っており、無謀な戦いであることを知っていた

更に昨日の夜には重装備兵と主将エリザベートの2つの頼りが消えたため

今朝の戦いは士気が低かった

突っ込んでは跳ね返されの繰り返しで死傷者だけは増えていった



午後三時頃、それすらも崩れる。メルトの軍は防御から攻撃に転じた
重装剣盾兵を押したて押し返し。平地まで出て、全軍出撃、左右に場所を確保して陣形を展開した


これには指揮を取っていたベルフ軍2将は驚く

「野戦を挑むというのか!?何を考えている?」と

「だか野戦というならまだなんとかなる、向こうは援軍合わせて六千 こちらはまだ八千五百、数では有利」


と思い戦闘開始されたが、メルト軍は剣盾兵と弓、槍を交互にぶつけ入れ替わりながら付かず離れずに戦う
野戦に持ち込んだのに攻めないメルト軍に気分の悪さを感じた

そのほんの僅かな後。なんとベルフの背後の指揮陣を敷いていた後方の森から、
敵の伏兵が現れ本陣に突撃してきたのだ


数は百、ジェイドとマリーの隊の護兵などを合わせた奇襲部隊である
これがベルフ本陣になだれ込む

「敵は少数だ!落ち着いて対処せよ!」と指示したが

既に士気も低く、心身共に疲労の極みであったベルフ本陣の護兵や近衛は脆かった
特にその奇襲部隊の殿を務めるのは「あの男」である。戦わずに逃げる者まで出た

たかが百と言ってもこの百は並の百名ではない。彼らの弟子、生徒達、セシル、ジェイド、マリーも剣を取って戦った

この四重奏は強烈だった



ジェイドの強さは尋常ではなくもはや相手と剣を交わすというレベルでなく泥を切り捨てているように人が倒される
彼の生徒や弟子達も皆「自分に合わせた個性的な戦い」が出来る者たちで並の兵など簡単に倒し、
味方が危険を思えば
セシルは魔法と剣で援護する


更にマリーの「対軍」における魔法は強力だった、弓を空気の壁で防ぎ、突然背後が爆炎に包まれたかと思えば
まるで舞うように瞬く間に5,6人切り倒される


が。


彼らの目的はただの奇襲ではない

そしてそれは直ぐ成される

ジェイドとマリーはその目的の2将を左右から挟みこんで追い込む

「化け物か‥」と将は呟いたが、ジェイドとマリーの二人は相変わらず軽口だった

「こんな美しい化け物が居ますか、失礼な」

「見た目はともかく化け物には違いないと思うが‥」

「ひど!?」

2将はワナワナと震えていたが剣を抜いてそんな二人にそれぞれ「ふざけるな!」と飛び掛る



剣を振り上げる、前に2将の首は取られていた



ジェイドは転がった首を髪を掴んで拾い上げる

「きもちわりぃ‥」とジェイドが言う

「これっきりにしたいわね‥」とマリーは返した



ジェイドは首を高く掲げ、ありったけの大声で

「貴様らの司令官は死んだ!この戦いは終わりだ!降伏せよ!」と


元々「嫌々やらされていた」戦闘であり。ベルフの兵の半数は逃げ、半数は降伏し。一日で終わらせると宣言通り
午後四時過ぎに終戦した


前日夜半、マリーの提言した策の概要はこうだ


夜の内に軍船を城下の東港から出し、気づかれぬ様に沖に出る、そのまま相手の目に触れないよう
大回りで南の森に侵入

かなり慎重にこれを行ったため海に出てから森に入るまでに10時間かかった
準備が整った所で指示を受け取りメルト軍は反転攻勢。野戦に持ち込み防御に徹し敵、前線を引きつける
タイミングを計って奇襲部隊で敵本陣を急襲、敵大将の首を挙げるというものだ

5日目の終わり時点で勝敗はほぼ決していたが、あえて奇策を弄したのは
作戦説明会で、マリーはこういって認めさせた。
「敵も味方もこれ以上無駄な戦いを続けて死者を増やさないためです」と
明確な意図を持って進言し
王もそれを認めた


こうしてメルト国、並びその後ろの周辺国につかの間の平和が戻った
ベルフが東回りルートを諦めるかどうかは分からない、が、メルトに再侵攻は、当面ありえない
状態に追い込んだのは間違いなかった




Z 終幕




ところで「二人の旅の計画」はどうなったかというと。

またも準備の途中で事態が急転して頓挫することになった




二人の間に子供が出来たのだ、「少なくとも人間に見える女の子だった」

大わらわでジェイドとマリーは子育てに入りそれどころでは無くなった

この少し前ジェイド自身に起こった「妙な変化」が発覚する

相変わらず家事が頼りにならないマリーの変わりに料理を作っていたジェイドが指を切った
「ムッ」と思って指先を見ると、見ている先から見る見る傷が消えたのだ
この時は流石のジェイドも慌てふためいた。「俺何者だよ!」と

事態を子供が出来た報告のついでに老竜のおじいさんに報告したところ


「それはあれじゃの。たぶんじゃが、命の契約、とか共生というやつじゃな」と言った


竜の、何らかの形での「生涯のパートナー」に成ったことで共に生きる者が
人間等であった場合「双方の力の分け与え」が起きるらしい。それでマリーの特殊能力の一つでもある
「超自然治癒」が付与されたのだろうと。更に

「たぶん御主寿命も相当延びておるぞ」と言われてジェイドはひっくり返った

マリーは相変わらずそれが「道で金貨拾ったばりのラッキー」かのような言い草で

「やったじゃん!ジェイドと長く一緒に居られるじゃん!」と言った、間違ってはいないが‥


結局そんな事があってメルトから当分離れられなくなった。子供のためを思ってか
流石にジェイドが居ない時に「家事がまるで出来ない」では困ると思ったか

少しずつマリーも家事をするようになったが


救国の英雄に祭り上げられたジェイドとマリーは引退等できず
しかし身辺が出産で忙しくなったので軍に席は置くが実質なにもしない。名誉職を与えられてメルトに留まった

しかし困った事が一つあった。それはジェイド自身がボソリと

「どうやって伸びた残り時間を過ごせばいいんだ?」とマリーに聞いた事だ

おじいさんとマリーは口を揃えて「時間なんて過ぎてみればあっと言う間」とジェイドより遙かに長く生きている二人に言われ

「そういうものなかな‥」と納得するしかなかった





二人の初子は「フォルトナ」と名づけられる かなり二人は悩んで結局決まらず、おじいさんに相談して決めた

古い古い言葉で「果報」を意味するそうだ。響きも良かったのでマリーも気に入ったらしい



フォルトナはジェイドの様に落ち着いた、それでいて芯の強い真っ直ぐな性格と。長く黒い髪を持ち
マリーのような涼しげで隙の無い美、それでいて子供の様な素直さを受け継いだ
今で言う「和風美人」の様な外見の子になる。

困った事もあった
驚いた事に2歳くらいに成る頃には既に人間の6歳くらいの外見になっていて歩き回るようになっていた

おじいさん曰く「異種間の子供は特徴がバラバラなので何とも言えない」だそうだ


そうなると表に出すわけにもいかず
結局。屋敷の周辺で生活させる事になった、他の人間と接触させるには色々問題があったからだ

ただ、フォルトナは屋敷の猫、馬、ヤギ、時に飛んでくる鳥と遊んで、
特に寂しいような感じは無く、毎日楽しそうだった


ここで彼女の特殊能力が1つ発覚する。どうやら動物と意思疎通できるらしい‥ 
あまりに動物達と普通に会話するように
していたので、聞いてみたところ「何を考えてるかぜんぶ分かるよ」と言って発覚した






もう少し育たないと、他に、どんな「能力」を持つか
ハッキリとはしないだろうが、それは後の話である


マリーは自分の経験則とおじいさんのあのアドバイスを守り、「人間として人間の中で育てる」事を優先した
何れ話す事に成るだろうが。その時まで竜←×→人への変化もおじいさんとマリーは相談、同意し封印したのだ


事情が分かった後事、それはこの子が自分で判断してどう生きるか決めるだろう










ここで「二人の出会いと家族が出来るまでの物語」は終了となった。








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