流の作業場

剣雄伝記〜終幕への攻防  トップ







フリトフル大陸での「第二次大陸戦争」も

終盤に向かっていた

皇帝ベルフの拡大戦略と侵攻、これまで見事と言えた戦略の衰え

対して、反ベルフへの大陸各国への連動と集う人と国

この潮流を変えるのは如何な手段が必要であったのか


その手を知っている者は少ない

だが、その者にはそれを行う、立場が与えられていなかった不幸である


大陸戦争、明けて七年目の初月の終わりの始まりである


















連合会談







南フラウベルトのエルメイアと西、銀の国マリアは一定の両国安定状態

また、南と西、南西での陸路の繋がりから
一度直截面談を行いましょう、と中間点と言える
南西地域王都クリシュナでの国家間会議を行った

南と西と南西の最高責任者が一同に集まれる場所でもあり
やってもよかろうとも相互に同意して集まることになる


「ようやく直接、会えましたね」エルメイアは母の様な涼やかな笑みを見せた

「うむ、やはり顔を会わせて話すほうが良いな」マリアは何時もどおりだが

猫を抱いていた

シューウォーザーはこの光景に感慨と時代が変わったな、という複雑な感情をもった

何しろ大陸連合の「盟主と副盟主」が双方若い女性である
だが、一つも偉そうではない
この様な場で無ければ、貴族のお嬢様同士の友達にしか見えない

どの様な話合いになるかも決まっていないのだが
一応の事としてクリシュナの軍の大会議場が充てられ
集まった三軍責任者らが巨大な円卓を囲んでの会談となった

其々分かれて席に座り、マリアだけ円卓の上に抱えていた猫を乗せた

一同はそれが不思議だったのか「?」という顔をしていた


そこを見計らってマリアが「北から送られた渡しを付ける者じゃ」と言ってのけて

「聞こえておるか?アレクシア殿」と猫に向かって言い

テーブルで丸くなった猫が顔だけ向けて

「もちろんですわ」と猫がしゃべって返した

これには一同ひっくり返る程驚いた。もちろんマリアは半分いたずらで
わざわざ猫を持ってきた
その反応を見てマリアは「ククク」と笑っていた

無論そんな事は百も承知であったアレクシア=猫は



「‥私の使い魔をいたずらの道具にするのは止めてくれませんか?」

と言った為、一同も事態が飲み込めた


「これが!?」 「使い魔?初めて見た‥」

「北の獅子の国、総軍、軍師、兼宮廷魔術士で、並びに政治面を取り仕切っておる
アレクシア=ハーデル殿じゃ」

とマリアが紹介したが、まだ、肩を震わせて笑っていた

「な、なるほど‥この場に居なくても話せるという訳ですか‥」


正直猫に向かって挨拶するのもオカシイだろうと思ったがそういう事情ならと

「は、始めまして、聖女エルメイアです」と自己紹介をする

「アレクシアです、まあ、私、飛べますので、直接行けなくは無いのですが
マリア様が「来るな」と言われましたので‥」

「マリア様‥」と一同に呆れらてジロッと見られたが、マリア自身は全く意に介さない

「くくく‥御主らのあの反応‥くくく」とずっと笑ってた

一頻り笑った後満足したのか、スッとまじめな表情を作ってから

「さて、聖女の要望あっての会談ではあるが。この様な場はこれからそう何度も
ある訳では無い、故に、せっかくなので大陸戦略について
話し合いの場、ともしたいと思う」

といきなりまじめに切り替えた

「ご尤もですな。大陸連合としての体勢、応対の準備も整いつつありますれば
が、我々としても具体的な戦略がまだであり、両盟主様の見識も拝見したいと思います


シューウォーザーが言った通り、具体的な策はこれからであり
両盟主から方針決定があるのと無いのでは動きも変わる


「うむ、そうしたい所だが、まだ、メルトの代表者が来ておらん、故、しばし
自由意見の出し場としよう」

無論、東代表で政務、外交官、大御所付き軍師という立場であるマリーである
この様な場にあっても朝だけに思いっきり遅刻していた

「東は隣接地がありませんからね、ある程度はしかたないでしょう」


「では」とまず基本的な事としてシューウォーザーは

「全体兵力としても、拮抗していると言って良い現状ですが
それ以上に人材は上回って居ります、今後の向こうの戦略次第ですが
基本的に守っても攻めても、問題は少ないと思います」

「更なる軍備の増強を図りつつも、でしょうか」

「その辺りは既に北がいち早く展開しておる、終戦間もないが
更に「人」の数と質の向上は図られておる」

「はい、我が王は北伐開戦前からそれを続けております。また、兵力自体も
増強しても財政面が潤っている為続けても問題ありません
また、これまで戦争が無かっただけに周辺国家の軍力も劣化しておらず
北は北だけでも反転攻勢が可能な状況にあります」

「ほう‥流石、というべきか‥」

「ただ、残念ながら「ルート」が中央街道しかありませんし、抜けても
ベルフ本国周辺に繋がる為、少々こちらからというのは無理があります」

「たしかに‥」

「故に、マリア様から、西中立街道からの攻勢というのが妥当ですが。」

とアレクシア=猫が言いかけた所で会議室にマリーが訪れる

「遅れました、申し訳ありません」とそそくさと空いた席に進む

「いや、構わんよ、遠路であるからにはやむをえん」

実際は単なる寝坊だが、そうフォローされたのでホホホと誤魔化して座った


「で、どの様な話に?」

「まだ、各国の状況を披露しているだけじゃ、メルトは軍備や周囲状況はどうだ?」

「ええ、兵力は単身で一万、「武」の者も揃っております
更に兵力自体も志願、学園卒業者中心に増えております、教育システムが
確立されておりますので

ただ、東地域、という全体での話しとなると、メルト以外がそれほど強国ではありません
また、現在対しているのが向こうの大軍将のガレスという事になりますので
進軍して破るという状況でもなく、隣接地が連合としては北しかありませんので」


「そうじゃな、そもそもメルト側が天然の要塞じゃし、攻める意味が薄い
有利な条件を捨てるのも馬鹿らしいからの

何かするとしたら
誘引策となるが、相手がガレスと成ると、ヘタな挑発は無理じゃろうな
しかも、北は兵も将も揃いすぎくらい多いからの」

「まあ、相手がガレスでも、うちのダンナのジェイド‥いえ、軍将なら正面から打ち抜けなくも
ありませんけど」

「な?!」

といきなりマリアが声を挙げて立ち上がった


「ジェイドじゃと?!「あの」ジェイド=ホロウッドか!?」

「は?、はい、ご存知でしたか?」

一同「?」だったが、マリアは無理やり落ち着いて座った

「あいつ、メルトにおったのか、しかもダンナじゃと?‥」

「お知り合いですか?」

「う、うむ、昔うちの国の武芸会に参加して、いきなり優勝した奴じゃ
ある約束があってのう‥‥」

「そうでしたか」

「音信不通だからどっかでのたれ死んだかと思っていたが、メルトに雇われとったか」

「雇われたというか、私が武芸の教師として招いて、そこでエリザベートの東軍に攻められたので
メルトを捨てるという判断はしなかった、そのままなし崩しな感じですね」

「ふーむ‥、ま、それは後で聞こう、話を止めてすまんかった」

「いえ」


「これで全方位の責任者が揃いましたが改めて全体戦略を話したいと思いますが」

「そうですな」

「とは言え、わらわも今の所、これと言った明確な「策」がある訳ではない
と言うより、もう少し時間を稼ぎたいのもある」

「と、言うと?」

「うむ、南戦から北伐に掛けて、どうも妙に皇帝の戦略ミスが目立つからじゃ」

「そうですわね、自ら戦力分断を行っていますし、基本的な事が抜け落ちているようにも見えます
ソレ前も戦力分断はして居りましたが、兵の多さと速攻で勝ってきましたが
今の状況にあって同じ事をするというのも間違いだと思います」


「左様じゃ、消極的ながら、向こうのミスを更に待ちたいというのも一つある」

「更に重ねてくれれば、ですが」

「うむ、そこで、策というより、基本方針のような物があるにはある」

「お聞きしたいですね」

「何、たいした事じゃない、ここまで来るとヘタな奇策は余り必要が無い現状じゃ

だから基本方針になるのだが」

「はい」

「これまで通り、各国軍備を増強しつつ防備主体、向こうの焦りを突いて、尚且つ
嫌がらせの攻めを続け、敵の疲弊と判断の誤りを更に誘発させたい」

「南でシャーロットやカリス軍がやった削り作戦ですか」

「うむ、ただ、個々の状況判断がより一層必要になるが」

「うーむ」とマリアの言を聞いて一同は各々考えていた

まず最初にアレクシア=猫が同意するが

「奇策をかける「余地」も「必要」もたしかにありませんね、大規模な何か
が発生するまで只管向こうを追い込むのは正しいと思います
向こうから自然と瓦解する可能性も出てきますし
ただ、更に工夫するなら、向こうの人材の「数」を更に圧迫したいと思います」

「うむ、せっかく包囲戦略に成ったのだからのう」

「はい、多方面からの突きで、更に向こうの将を分断しつつ戦うのが良いのですが、ただ」

「そうね、実際それが出来る「地域」の問題ね、現状マリア様の西、かしら」

「後は我ら北から対峙しているベルフの北軍への嫌がらせ、ですかね」

「メルトとガレス東軍は戦力が拮抗しているし、勝ち負けは兎も角痛いですし
こちらの南地域もまだ、クルベルに6千で防備以上は厳しくあります」

「うむ、故に、圧迫戦略と共に「時間稼ぎ」を続けてもう少し状況の変化を待ちたい
と、いう事じゃ」

「妥当ですな。」

「そこで、先ほど指摘のあった通り、主に、攻めはわらわが行う、後は奪取した
トレバーからじゃな。ただ、兵は余るのだが、やはり将が厳しい
付ける軍師もおらん」

「では、獅子の国から人材、北連合から兵、というのはどうでしょう」

「頼めるか?」

「はい、私はアリオスを止めねばなりませんから、動けませんので
主軍補佐のハンナがおりますのでそれを、将や武芸者も数人は派遣できるでしょう」

「うむ、有り難い、ただ、向こうは西南にシャーロットやエリザベートがおる
武芸ならそれとあわせられる者、戦術でもシャーロットに好きにやらせないくらいのが欲しいのう」

「それはやってみないと‥、まあ、武芸や指揮、武装なら問題無いのですが」

「そうじゃな、ま、ぶち抜いて勝つ訳でもないしな、そこまで贅沢は言えんか」

「うーん‥じゃあ、うちのダンナか私が行きましょうか?」

「?!!??」

「ほ、ほんとか!」とマリアが立ち上がった

どこかで見た場面の再現だなぁとマリーは思った

「え、ええ、ハッキリ言ってこっちは守勢一本のが効率がいいですし、
どっちかメルトに残ればガレスが出ても止められると思うので」

それを聞いて一同もギョっとした

「え?!え?、マルガレーテさんって武芸も!?」

「え、一応、そもそも魔法剣士ですし」

「しかし、相手は八将じゃぞ!?」

「うーん、ダンナがエリザベートよりちょっと上くらいだから
たぶんあたしでもいけるでしょう」

「エ、エリザベートより上?!?」

「どういうレベルなんじゃ二人は‥」

「あ、エヘー‥」

まあ、それはそうでしょうね、とアレクシア=猫も思った

そもそも人間じゃないんだし

その「ダンナ」もドラゴンスレイヤーである人間の最高到達点に居るのは明白だ

まあ、人の事は言えないのだが


「ま、まあ、兎に角よろしく頼む、基本方針も全体の展開待ちの、小中戦闘の繰り返しになる
また、不足する部分も「国家の拘り」を捨てて何でも相談、要請せよ」

「了解しました」

「とりあえず、全方面で「渡し」を付けてあるので、即応が可能じゃろう」

「あ、そうだ、皆さんこれを、伝心のイヤリングです」とマリーが例の

「エンチャントイヤリング」をバラバラと10個ほど、テーブルに置いた

そこでまた、マリアが立ち上がる

「伝心じゃと!!!ももも貰っていいのか!!!」

「え、ええ、ど、どうぞ‥」

(マリア様‥また‥)と どこかで見たような光景の再現にエルメイアは呟いた
口には出さなかったが‥

全部強奪する勢いだったが流石にマリアは自重して其々の責任者と分配した

「ああああ」と泣きそうだったが


そこで一同の顔合わせと、とりあえずの基本戦略が決定され其々解散となった

ただ、援護派兵と人員だが、メルトはジェイドが出される事になる

「文武」となればマリーのが適任だが、前線で活躍するのを渋った為である


「何で俺なんだ‥」

「あたしが目立っても困るでしょうに、色々追求されたらやだもん」

と言って決定された
















銀の国でも「人材不足」の解消の為、先年からグラムの娘となった
バレンテイア、実子のクルツらが共同で色々当ったり、見出したりもしたのだが
兎角武芸の者が少なく、お国柄か政治官の類だけ偏って増える

それ自体、まあ、有り難い事ではあるが。現状、マリアが居る限り
その面で不足する事が無いのが困り者である
何しろ、銀の国200年に一度の政治的駿才の名君である
代わりが必要な訳はないのだ

ただ、バレンティアが主軍に加わった事、指導力がフリットに劣らぬ名士である事

女性としては「異常な強さ」、優雅で美しく優しい人である為

弟子やある種「同姓ファン」の様な物は大量に増えたのだが
そこから育成となると何年か後の話なら兎も角、即、直ぐに使える戦力にするのは
無茶であり、割りと時間が掛かるのである

それでも「これは?!」という即戦力の名士は1人だけ出た


フランチェスカ=ランペールという20歳の女性

元々軍属の一騎士で、下級貴族の出である
どこがどう極めて凄いという事もないのだが
兎に角バランスが良い

適正を図る為にバレンティアは色々な武器を持たせてみたのだが

剣を振るっても、槍を持たせても、盾を持たせても
劣りが無いという万能型で指揮も学もという
非常に珍しいタイプである

その時点でも指揮は中隊、数百ならソツなくこなし
武でも、「鍛えればフリットに並ぶかしら?」という能力があった為
主軍での一部隊を任せた

判断に優れて、命令を厳守する為、軍の中では非常に使い易い


無い者、出ない者をねだっても仕方ないので
マリアは元々多い兵を志願中心に増強もしていた

更に、北から齎されたマニュアルから、運べる大型機械弓や
対人投石、大型輸送、重装備兵も創設

元々国家財政が豊か過ぎるくらいである為その辺りの兵装の増強に一切問題は無かった故である

また、「戦略家でもあり戦術家でもある」マリアにとって「戦場での打つ手」が
多いに越したことはないのである








大陸連合会談から3日後には最速でメルトからジェイドが銀の国に来援する
マリーは転移でジェイドを運んで

「じゃよろしくね」とさっさと帰った

また、マリアに捕まると仕事が増えるし帰れないからだ

正直ジェイドも気が進まない、やはり彼も過去にマリアに捕まった経験がある
だが、国家間の戦略の一環、と言われれば拒否も出来ないのだ


もちろん、銀の国の謁見の間でマリアに飛び付かれて
木に捕まる動物状態になった

「おぬし〜終わったら戻ると言ったじゃろ〜なんで連絡くれんのじゃ〜」と

グチグチ言い続けられた

「ああ、話す話す、とりあえず降りろ!」とマリアを引き剥がして床に置いた

「まあ、いいじゃろう、さっさと話せ」と玉座に戻って何時もの
片肘頬杖足を組んで座った


その後、長い話ではあるが、旅でメルトに辿り着いた事、竜と出会えた事

戦って引き分けた事、竜は戦いの後他の大陸に旅立った事、マリーにその為の
武器を依頼して作成してもらい

その後のベルフとの戦い、結婚の事を「マリーがその竜である事を隠して」アレンジを加え
全て話した


その場にいた近習含め、あまりの事に驚いて居たが
マリアは感慨深そうにしていた


「そうじゃったか‥、わらわの「男」に出来んかったのは残念じゃが
まあ、あのマリー殿では仕方ないのう
それに、あの時のわらわの「目利き」が間違っていなかったのも嬉しい事じゃ」

「まあ、いいじゃないか、また、会えたんだし」

「しっかし、ここまでの剣士になるとはのう‥まさかドラゴンスレイヤーとは‥」

「実際はお情けの引き分けだがな、向こうは飛ばなかったし、武器自体も
マリー、クルスト製の魔法剣がなきゃボロクソ負けだったろうし」

と背中に担いだ武器を抜いて見せた

「むぅ‥」とマリアは再び玉座を降りてそれをシゲシゲと見る

「これが、現時点で最強の武器、という事になるかのう‥、しかし御主にしか使えんなこりゃ」

「見た目はな、だが実際は普通の人間でも持てる」

「ほほー、そういうエンチャント処理か」

「そうだ」

どうやらそっちに興味が移ったらしい


「せっかくじゃし、グラム辺りと試合してみるか?」と無茶を言うが

「流石に竜剣士とは無理ですが‥」とグラムに即、拒否された





「兎に角、ベルフの連中と連戦になる、頼むぞ」

「ああ、最善は尽くすよ」

「とりあえずアレじゃな、誰につけたらいいのかのう」

「とりあえず、ならバレンティア殿で良いのでは?」

「うーん、せっかくの武力じゃしのう、どうせなら少数部隊で
ここぞの一撃という場面のがいいんじゃがのう」

「フランチェスカ殿か息子でも良いかと、どちらも武力にやや不足がありますから」

「構わんか?それらの下に付く事になるが?」

「構わんよ、立場には拘らん、そもそもメルトでも用心棒扱いだ
都合の良い様に好きに使ってくれ」

「とは言え、実際事が起こるまでなんとも言えんからの、まあ、しばらく
休んでいてくれ、城に部屋を用意しよう」

「ああ、分かった」










一方「人材」と言えば先年のクルベル奪還作戦の後から
増強を指示されてフラウベルトら南側もそれを行っていたが西と同じく
それほど劇的な何かは無く

銀の国と状況は変わっていなかった

兎角、「学術都市」である側面もあり、政治官、商売、学者、宗教家等は
出るのだが事「武勇」となるとライティスの矛頼みな面が多い

そのライティスの矛から武芸者を、とも思ったが極めて目立つという者は出なかった

そこで、精神的面で不安があるが、アンジェラの師で教師兼仕官でもある
ヒルデブランドを昇進させて軍略、戦術補佐に充て

宗教国でもある側面から、「神聖術者」や、所謂「戦闘僧」の類を探し
軍に幾人か登用し、兎角「回復」の面で補う

ただ、こちらも1人だけ「モンク」として名が有名で
戦闘訓練の師範であるベルトランという35歳の
「武」に頼りになる者を招いて主軍に付けてクルベルに置いた

特に「こちら側」にはマリーが居る為、エンチャントの肩代り石が製造出来る為
術士といってもそう多くは無いのだが
かなりの稼動、回復が可能であり、この人事は寧ろ「当り」であった

ただ、当面、東と南は防備主体で「事」の起こりが直ぐある訳でもなく
急務でないものある

その為一時、聖女の護衛に付いたメルトのウェルチが
ジェイドが離れた事もあり、一旦メルトに戻る事になった
彼女も「メルト学院の天才魔法剣士、兼筆頭教師」であり何時までも置いておく
訳にもいかなかった

ただ、彼女は僅かな期間の間に護衛任務の傍ら「神聖術」
をほぼマスターして帰った
教師でもあるからに、兎角知識欲が高いが
それ以上に戻ってメルトで広げる事にも役立つとの事である









一方で「人材の輩出」という点では、北の獅子の国とメルトが郡を抜いて優れていた

北はロランの人事選抜眼が異常であり

「個」の目立った人材があふれ


東は育成その物がマニュアル化されている効率性があり

「平均的に高い」人材が排出されている


更に一方で
人材強国で「あった」ベルフは、皇帝の様々な面での衰えにより、その影は潜めたが

ここでも代わりとして支えたシャーロット=バルテルスがその面を補った

父の友人の子であって、生徒の1人でもある「ラファエル」に遊撃軍として1千与え
領土中央付近に置き

自分が家の主となった際、商売の取引で様々な面でパートナーを務めた
豪商の「ベッツ」という中年紳士から「裏」の渡りを付けて貰い
「裏社会」からも人を探した


あらゆる面からフル稼働して「国の劣化」を防ぎ止めたが
シャーロットと言えど、個人でどこまでも出来る訳では無い点

更に、皇帝そのものからの信望が厚い訳でないという所から
後の話だが崩れていく事になる













絶えぬ連戦







そして、大陸連合側、マリアらの戦略方針からかけられる
「多重戦闘」への対処である


まず、銀の国に北から人が到着する

本国の防衛を担当していた近衛軍のニコライ=カールトンを長として補佐にハンナ

軍その物は2千だが再編して遠距離武器、投石、機械弓を揃えて、もしもの事態に
自由参戦軍として後詰にクルツに1千の弓騎馬を与え出撃


トレバー砦からもキャシーらが混成軍二千で出撃してスエズの最西前線
ロンデルへ向かい

更にキャシーの後ろからグラムが4千率いてトレバー砦回りに後に張り付く様に動く


まず、マリアは間にある、独立自治区の長に領土通過の許可を取り
北回りルートからニコライが徹底して遠距離によるロンデルへの仕掛けを行う

キャシーのラバスト軍は南から回って正面決戦

グラムは南街道の「千年草原」の分かれ道に陣取りスエズ側からの援軍を跳ね返す役目を受けた


更にマリアは直属軍五千を率いてデルタ砦に向かい北回りのベルフ援軍も封鎖

ロンデル自体防衛軍は三千と少ない訳ではないが、それ故、遠距離主体の包囲戦を誣いた


ここは囲まれると逃げのルートが無く孤立死しかねない為
シャーロットが自らスエズを出て援軍に向かい、ギリギリのタイミングで

ロンデル南街道別れ道での封鎖を防止したが、シャーロット自体軍は3千であり
南連合軍だけでも、グラムとキャシーと合わせて六千と倍である


戦って撃退する状況で無く、止む無くロンデルの軍だけでも生かそうと、城からの撤退を指示して
自らはグラム、キャシーの軍と決戦してロンデルの南街道へ出るまでの時間を稼ぐ

劣勢な上、相手も並の将でない、更に街道分かれ道を取られるわけにもいかないという
極めて厳しい状況であるが

ジャスリンと自分の騎馬隊を交互左右から突撃して敵を止めつつ
重装突破兵を中央防御に当てて、一歩も下がらず丸一日稼いだ後
城から出た味方の防衛軍と合流して味方をスエズへの道、東に少しずつ逃がす策をとった


が、それを容易に許してくれる相手でも無い

銀の国の「宿将グラム」である

グラムは敵が交差する瞬間を狙って自ら最前線指揮で前進突撃

陣形が交差する所に突撃を敢行され、崩れかかるが
シャーロット自ら突撃に突撃を合わせ返して足止めする

その隙に陣形を再編させ全軍反転攻勢の姿勢を見せるが、形だけの事と
グラムに見抜かれ前線で打ち返される

「ならば直接落とすのみ!」とシャーロットとグラムが直接
前線対決、激しい打ち合いになる

が、グラムもシャーロットも「武」に置いても名人

両者一歩も譲らぬ半ば一騎打ち状態になるが、10分の打ち合いの後
個人戦はほんの僅かグラムに傾く

グラムは兎に角「隙」が無い、壁を撃っているような錯覚を覚える程の「守将」である

年齢、経験、頑強さ、それらから差が出る

グラムは徹底して防御迎撃、そこから、合わせた剣を防御しながらも
強く返して、相手のバランスを崩し、相手を圧迫する

いかにシャーロットと言えど「女性」である

この「力の防御返し」で一撃一撃ごとに疲労と肉体ダメージが蓄積される
一方「向こう」は長剣を片手で振り回す頑強な武芸者

「なんという、力の防御将‥」

初めて当ったグラムの強さに驚いた

この相手には「長期戦」を挑んではいけなかったのだ。


だが、状況がそれを許さない、向こうの特徴が分かっても、味方の再編まで支えないといけないのである

しかし、シャーロットにも対応する物があった

数歩馬を下げつつ

槍を捨てて、剣と盾に換装して「防ぎ」にかかった
それは功を相して、更に10分稼いだ

シャーロットには「どの武器で戦っても名人」という特徴と武器があった

知に置いてもそうだが、シャーロットは偏りが極端に少ない
所謂「万能将」であった為である


そこで味方が立ち直り、前線の打ち合いを個人戦から集団戦に少しづつ移行して
この個人戦を打ち切った後、味方を収集して後退迎撃を展開する

グラムも「これ以上は無理だな」と見切って
近接から半撤退の相手に弓での削りという遠距離に切り替えて

敵をいくばか削った後両軍後退した



連合側はロンデルを奪取、そのまま占領軍としてニコライらが滞在防衛し

グラムは本国へ撤収
キャシーらもトレバー砦へ後退

地形条件から、ニコライらの北軍二千でも防衛には十分と考えた
トレバー砦とロンデルの位置からも敵が攻め返してきても
二正面作戦を展開出来る故である

その為「あえて最速での奪取」を行った

そもそもベルフがここを再奪取しても先の戦闘の様に寧ろ維持、防衛が厳しいのである

ただ「一応の事」としてクルツの1千もロンデルに当面置き

北連合で「兵の余る所」から兵の増援を要請する

ロンデルの防衛司令が獅子の国の者であるからに近い者で集めた方がよい
との配慮である

マリア軍自体はこの時点で総軍二万を超えており
出そうと思えば出せるのだが
なるべく北軍から兵を出す戦略を取った

10日後にリッカートから援護軍1500の来援と共に
そのままロンデルに合流させクルツも引かせる

デルタのマリア直属軍はロンデルの奪取を受け、やはり一戦もせず撤退して終えたが

ここでマリア直属軍は本国でなく、トレバー砦の最北の領土線に
滞在施設の建設を行う
大軍でのデルタ牽制を行ったのはクロスランドからの援軍の封鎖が一つと
この「中立街道」監視施設の建設がもう一つの目的である


言わば、トレバー、ロンデルの両地域の更に後詰を確立させるためと
ここを更に「連合合同地」としてどの方面連合軍が滞在しても良いように開放した

何れの事だが「連合側」の兵と人の移動、各国独自の戦争参加を
各個の判断で自由にさせる目的がある

実際北や南西地では前線の後ろ地域は既に兵があっても出し所がないという
状態になって居り

それが独自判断で前線近くにもってきて自由参加出来るのは
連合にとっても

また、マリア自身にとっても負担軽減になり楽であろうとの事である


実際、1ヶ月後の事であるが。南西のラバストの長ゴールドが最低限の治安維持軍を
本国に残して、長自ら1000の兵を率いてこの「連合砦」に滞在する事になる

娘のキャシーもそうだが父親も「勇」に自信があり
「義を見てせざるは勇なきなり」を体言する人物であった為である


連合側はロンデルの奪取した事により、またも「ベルフの領土」が奪取される事態となった









「ま、そりゃそうでしょうね‥」

「西と南、もう西前線と言っていいか、ここに兵力を集めて防ぐしかないな」

森街の維持を命じられ動けなくなったアリオスとロベールは
アリオスの司令部の会議室でそう言った

「打てる手が無いですからねぇ」

「そもそもシャーロットに掛かる負担がでか過ぎる
それでも何れ崩れる」

「ご尤もです」

「お前ならどうする?」

「さあ‥スエズとクロスランドまで引いて防備ですかねぇ
そこで向こうの前線の距離を長くして分断戦とか」

「後は防備で削っていくしかないな」

「まあ、我々が北を放棄して戻って防衛に加わるのがいいんですが」

「だろうな、何故こっちだけ戦力分断を自らやる必要があるのか」

「向こうの兵力を圧倒的に上回るなら各方面同時に押せばいいんですけどね」

「戦争5,6年目まではそれで行っていたからな」

「ええ、強引に見えますが、こっちが攻めている間は
同時に向こうも削れますし、まあ、物量作戦ですね」

「立ち直る機会を与えず削り倒せば良かったからな
カリス王子のやり口を続ければいいだけだ」

「はい、ま、何があってもマリアに挑んではいけなかった
つまる所はそれですよ」

「やはりお前もそう思うか」

「ええ、ま、済んだ事を言ってもしかたないですが」

「現時点ならどうする?」

「うーん、やるとしたら‥ですが、南を全力で落とす、ですかね
ガレスさんと包囲戦が出来ますし
数の上では南は少なめですから」

「その後南西、東、西、だな」

「全く持って同感です、やりやすい所から戦略条件を整えながら落とせばいいだけです」

「それはいいとして、防備だが」

「はぁ、アルベルトさんが戻りましたので、数は5,6千防備に回るでしょう」

「なんだかそれも逆な気がするが‥」

「はい‥アルベルトさんを北で専守、私とロベールさんが戻るが
妥当でしょうね」

「そもそも、北等攻める意味も維持する意味もないからな、囮に置いておけばいい
そもそもアイツは守りならどうにかする」

「ご尤もで‥」

「と、言っても、勝手に動く訳にもいかんからな我らは「将」だからな」

「まあ、いいでしょう、西のお手並み拝見という事で‥」

「珍しく消極的だな」

「いえ、具申はしてますけどね、却下されてるだけで‥」

「そうか、ならしかたないな」

「とりあえずの方針ですが、北から嫌がらせの攻めがあるかもしれないので」

「ああ、それは俺がやる、向こうも全軍反撃するほど暇じゃないだろう
そもそも、俺個人としても、チカという武芸者と手合わせできるからな」

「楽しみがあっていいですね」

「状況を嘆いてもしかたないからな」


そこでロベールは席を立って解散となった

ただ、アリオスとしても「ただ」傍観している訳にもいかなかった



「キョウカさん、イリアさん」

「はい?」

「ここはさしてやる事が無いので中央に戻っていていいですよ」

「けど‥」

「向こう、連合側の動きを見ていてくれませんか?
後、姫百合さんを軍と共に西前線で活かしてください
指揮は委任、もしくはシャーロットさんに、ここに置いても遊兵になるだけです」

「成程‥」

「アリオスさんが1人になりますが‥」

「女人隊が居るので大丈夫ですよ、それにいざ戦争になっても前に出るつもりもないですし
ま、ロベールさんが居ますからね」

「ご命令とあらば‥」


と、アリオスは手持ちの配下からも中央へ戻す、現状ではそれが「出来る事」であった







アリオスとロベールの話の通り
本国へ戻ったアルベルトはそのまま西に充てられる

敵の攻勢が激しく、既に兵力で劣りつつある
そこでのアルベルトの6千近い兵は役に立つ


また、現状が厳しくあり、皇帝自らアルベルトとアグニに直接面会

「現状では個人的なわがままは困る、必要とあらばお前も前に出よ
結果を出せば個人恩賞もだしてやる」

アグニに直接言って共同して当れと勅命されたので
流石のアグニも従わざる得ない

「まあ、褒賞を別にくれるならいいでしょ」と謁見の間を出た所でアグニも言った

とは言え、アルベルトにとっても西側は元々の任地であり
しかも王子や姫も居る為、「ベルフ」という物に対して信心の高いアルベルトには
むしろ嬉しい事である

ただ、実質、マリアとの対決が多いという事は同時に不安も多い
そもそも大陸戦略での攻勢が崩れたのはアルベルトがマリアに完膚無きまでに叩きのめされてからの事である

西軍司令自体はそのまま「姫」が置かれているが実務はシャーロットが仕切っており

「まあ、戦略、戦術ではアレにまかせて置けば大負けはしない、だろう‥」とは思っていた





それから一ヶ月はマリアは「宣誓通り」北と南西、自軍を使った
千名規模の少数連続戦闘を仕掛けた


出撃しては相手の最前線 レバンやデルタ砦を交互に突き
向こうが出撃してくると適当に当って後退してまた、逆方面を攻めるという作戦を
間断なく繰り返した

これに対処する為ベルフ側も特に個々の力のある
エリザベートやシャーロット自身が移動と戦闘を繰り返し
全体軍の疲弊を避けての対応を展開したが

連合側も少数戦の部隊に武芸の者を紛れ込ませて
個人武力での圧迫を続ける

この頃には連合西軍に、キャシー親子、バレンティア、グラム、ジェイド、と質も量も
揃っており、個人戦武力でも「八将」に負ける要素は無かった

これ幸いと最初は思っていたエリザベートもあまりの戦闘の連続と
武芸者との前線の当りに後半からは完全にうんざりだった

「斬られて死ぬ前に過労で死ぬぞこれは‥」

とグチった事でもそれが分かる


特に6戦目にジェイドと当った時は本当に嫌だった
西に居る事自体驚きだったが
始めに手を合わせたメルト開戦の時よりジェイドの「武」の伸び
が更にあった事による

グラムよりも更に守勢が強く乱れも隙も無く
戦いの楽しみより、うんざりのが遙かに多い
何しろ「何か」を差し挟む余地すらないのだ



アルベルトが加わった後、一時全将が集まり、スエズでの会談を行う

と言っても「戦略面」に関してどうにかできる状況にないのだが


「このまま防御してもジワジワ疲弊するだけだと思うが」

「こっちに選択権が無いんですけど‥」

エリザベートの言にシャーロットが返す


「父は何を考えているのか‥守って削れる状況でもないし
相手がマリア中心となれば、それすら望めない」

「ヘタな反撃は逆用されるでしょうな」

王子も、無論一度痛い目に合っているアルベルトもそこが問題であると理解している


「失敗した私が言うのもなんですが‥現状、南に集中して潰すのが
最も反撃が成功する可能性が高いですが、受け入れられないでしょうし」

「小国が多い事に変わりはないのと、兵力では比較的少ない事だね
そもそも各個撃破の対象にしやすい」

「ええ、しかし、時間が掛かる程、南連合の兵力が整います
故に遅くなる程成功率は下がります」

「うーん、時間も2,3ヶ月以内、かな
とは言え、一度南連合側に雪崩れ込めればそのまま行けると思うが」

「まあ、具申その物が通らないでしょうけど‥」

「なら、わたくしが具申してみましょう、他将が言うより聞き入れられるかもしれませぬ」

「それは‥」

「ロゼット‥まて」

「しかし、このままでは‥」

「いや、それは捨てよう、他に何かないのかシャーロット」

「‥一応、全体的な戦略の話ですから、陛下に指示を仰ぎましょう
それに従うしかないでしょう
当面はまた、防衛迎撃です、とりあえずそれで」

「分かった」


そういう基本方針で引き続き、と成ったが
実際一同の意気が下がっているものある

方針の変えようが無いのはどうしょうもないのだ

そもそも包囲戦に近い状態であり、この場合
包囲の薄い所を破って逃れる、その後反撃でも撤退でもすれば良い


戦略条件と戦術条件が重なった様な展開であり
アリオスやシャーロットの見解が同じなのは当然とも言える






「全方位での侵攻作戦の失敗。あえて引く勇気の無さ
これが致命的でしたね」


南方連合会議の場でアンジェラは一同の問いに答えて言った

「アンジェラさんに同意です、たらればの話になりますがシャーロット=バルテルスが
西侵攻作戦時に居れば大分違いましたね」

「そもそもマリア様の挑発に乗らないでしょうし」

「あれで、4万も兵を失うのがねぇ」

「一方で連合全体が動いておりますが、こちらは何かしないのですかな」

「うーん、まだ、時期尚早な気がします、まあ、嫌がらせでスエズ侵攻してもいいんですが」

「ですが、やるなら、西との呼吸を合わせたほうがいいですね
多方面から当る意味がありますし」

「今の所クルベルに7千用意出来ましたから、4千くらいでいけますが」

「やっぱり少し不足な感が‥」

「分かった、今しばらく待とう」


一応の事としてマリアにも相談したがアンジェラの言う通り

「ちと、まだ早い、二、三ヶ月待て」と止められる事になる


西以外はほぼ動きは無いのだが
それだけに西に人が集まり、戦闘自体は苛烈ではあった

特に反撃作戦が次々成功した事もあり

連合全体の意気がベルフと逆に高まっている側面がある





その後「陛下の指示」を仰いだのは良いが、具申の内容自体
アリオスと同じく「将を集めて南へ逆進」という物であり
皇帝自身が「またか」と、うんざりでもあり、黙殺されていた

が、現状も厳しくあるのは理解はしていたゆえに
自らの策を打つ事にしたのである

その通達が具申の内容と合わせて折半案の勅命として送られる


つまり「アルベルトにクルベルを攻めさせる、他の者は出撃して敵の西軍の目を引け、可能な限り
野戦も行え」だった


「ま、俺としては有り難いがな、本来の攻撃速攻が出来る」

とアルベルトは喜んだが、シャーロットもカリスも意味不明に近い物だった

やるなら当てられる最大の火力をもって南を一気に突き抜けるべきである
ヘタに突っ込んで跳ね返されたら逆に削られるだけであるし
そもそも時間を掛けると他地域から援軍が間に合う

「折半案‥なのかしら‥」

「たぶん、けど、そう命令されれば無視は出来ないな」

シャーロットも王子も言って黙認するしかなかったが

「とりあえず向こうが手をこまねいて傍観してくれる訳はありませんね
レバン、デルタの防備とこっちも進軍、兵力展開を」

「分かった」













二日後にはアルベルトの軍六千がクルベルに進発する
同時皇帝はある内密での「策」を打った
これを極秘であるため、我の直属部隊を西と南に通せ、とだけ連絡がある

「何事かな?」とカリスも言ったが

「極秘とならば詮索は出来ません、陛下に期待しましょう」

とシャーロットは返して自分らの準備に専念した

そもそもそれに構っている時間も余裕も無いのだ

だが、同時、シャーロットの元へアリオスから「姫百合」の軍が訪れる


「アリオス様から命令を受け参上しました、数は二千です」と挨拶した

「流石ね、有り難いわ、私の手持ち兵だと数が苦しい
加わって頂戴」

「分かりました」と短く交換し、即座進発してレバンの城で迎撃体勢を整えた

南を攻めた、と成ればマリアらがほうっておくはずも無く
横から突いて邪魔をする、追加軍を送らせない為に仕掛けてくるのは自明で
それへの迎撃防備である


しかしこのクルベルへの「南進」は南連合一同は意外であったが

マリアにとってはそこまででもない

「苦しくなれば積極的な攻勢もありうる」というのが基本的に頭にあった為である

ただ、数はクルベルより劣る事、速攻、5日以内でのクルベルの再奪取が成されたなければ
落とすのは無理であるとの目算はしていた


「あるとすれば連携しての戦法になるが‥どうも苦し紛れ感があるのう」

鏡を通してのマリアとの会談で先ずそう言った

「というとガレスが出て来るとか?でしょうか?」

「その面はどうだ?何か情報が出ておるか?」

「今の所何も‥」

「ふむ‥出てきても五千以上じゃないと話にならんような‥まあ、いい、
そっちは引き続きロックとショットに、出てくればだが、任せてよいだろう」

「はい、私達も本国からクルベル援軍に出ます」

「うむ、任せる、こちらも横から突いて邪魔しにいく」


とエルメイア、マリアともに同意して両軍も出撃する



三地域同時開戦の様相である
まず、クルベルも七千の兵力があり、城に篭る意味も薄い為まず
野戦を挑む為出撃して前方展開

翌日には到着したアルベルト軍も展開
正統正面決戦になる

双方縦列陣、過去の戦争でも分かる事だが、さほど広い訳でないので
可能な限り兵力展開できる陣形を敷いた



同時、銀の国からグラムを司令官にバレンティア、クルツらが5千率いて出撃してデルタへ


西からキャシー親子、ニコライ、ハンナの軍も出て、レバン側に牽制、総軍は4千である



対するベルフ側は デルタにエリザベート、カリスで五千

スエズ側から出たのはシャーロット、ジャスリン、姫百合の混成軍五千である


ただ、こちらは明らかに牽制であり、南への西からの援軍を防ぐ目的であろうと
さほど重要と考えて居らず、とりあえず同数近くがあれば良かったのと
最悪、防衛か後退戦を維持出来ればよかろうと思っていた

だが実際には両地域のベルフ軍は出撃して野戦を展開してきた

それ自体驚きだが

数にそれほど差が無い為、ならば受けようと判断して戦端が開かれる




「野戦しろ、というなら望む所だな、前はお任せください王子」と

エリザベートは百人騎馬を前に押し立て突撃


「ふむ、エリザベートか、しかし野戦を挑むなら相手してやろう」と
グラム、自らも前に出て受けた

双方これも縦列陣で「手合わせ」の意味が強い更にエリザベートが前で火力を活かす
というならそれを迎撃すべきだろうとグラムも当った

お互い正統武人らしく前での打ち合いになるが、百人騎馬率いての前線突撃である為に
エリザベート側は強力だった

が伊達にグラムも「銀の国の宿将」と呼ばれておらず
前での打ち合いもそれを平然と百人騎馬ごと防ぎとめて打ち返す

「壁みたいなじじいだな‥」

エリザベートも思わず呟いたが

「まあいい、精々遊ばせてもらう」とグラムに直接当る

双方大地が震える様な一撃の応酬であるが「壁みたいな」そう言った通り
エリザベートの強烈無比な一撃も跳ね返す

ある意味、最高級矛と盾の戦いであり、全く双方譲らず前線も膠着する


一時間もの前線膠着の打ち合いの後、カリスがまず、動く

「ま、邪魔しても悪いが、膠着させるのが目的でもないからね」と

ロズエルの姉妹、姉コーネリアに指示を出し、王子の自軍から1千出して指揮を任せ
右横から回りこんで崩しにかかる

「ならこっちも対応ね私が行くわ」とバレンティアも同数でそれに当り、打ち返す

「たしかシャーロットとやった奴だな」

「一応ね」とこちらも最前線での打ち合いが開始

ただ、一騎打ちに拘りが無いバレンティアはどちらかと言えば防御姿勢で
味方の前線と呼応して維持と反撃を繰り返し「全体」での戦いに終始して
少しづつ戦線を押して返した

「巧妙だな、勇を誇る相手ではないか、しかたない」とカリスは

姉妹の妹二人も姉の援護に加え「武」による圧力を掛けるがバレンティアは
微妙な後退と前進を味方と合わせて行い、それも防ぎ止めた





一方逆方の

レバン開戦も行われたが「一応野戦した」と言うレベルで積極的な打ち合いはほぼ無く
弓による遠距離の打ち合いを展開した

兎角シャーロットはこの戦いに意味を見出せず、後の事も考えて兵力を維持する戦法をとった
からだ

ラバストの二人、親子は「勇」に傾倒する為、騎馬を率いて突撃するが
ジャスリンとシャーロットは止める為の突撃を返しては足止めして
弓を持って反撃、重装兵を押したて防御線を維持しては後退するという
徹底被弾減らしで展開

更に円陣を敷き、外側の防御兵を盾のみ換装して防ぐ為これを崩せず
膠着戦争となった


更に、南進戦争、で行われた「被弾減らし」を徹底して全軍にやらせて
数も1千多かった為、予備兵との交代戦法も使い
行軍自体も一歩進んで二歩下がるという展開で敵の攻勢をいなし続けた


ただ、北軍から参戦していた

ニコライもハンナも意図は分かっていたのだが
攻勢に出るキャシーらの積極姿勢を無理に止めても長所を削ぐと考え
弓の打ち合いの中での攻勢を展開した

所謂、北軍独自の「移動式機械弓」をいくつか出し
向こうの被弾減らしを少しでも削ぐ様に動いた

バリスタの小型版の様な物で二、三人で持てるのと
滑車付きで平地なら引っ張って行ける物で戦場でも使える

兎角、飛距離と威力がある為数は多くないが有効ではある

ある意味、混成軍の統一性の問題もありこのような手段に出たが
逆に近接と遠距離のバランスをハンナが取った為、軍連携としては
効率的な結果となった


個人戦自体も、ゴールド親子は両者共に斧使いで
破壊力は高い為、シャーロットが交換で相手して
槍で「相手が出て来る所を突く」というチカ=サラサーテの様な
攻撃的防御を返して止めて凌いだ

まともに打ち合うと武器ごと壊されかねない程火力がある為である












陰謀の種







一方で「本戦」と言えるアルベルトのクルベル侵攻は
重要な割りには手抜き感が強い

数も劣っているし、将は兎も角、これと言った人材も付けず
である

戦術的な戦いが主流であれば、カリスなりシャーロットなりも付けねば成らないハズだが
そのような人事も成されなかった

実際アルベルト軍と

クルベルの主軍は野戦展開したが「何か」がある訳でもなく
通常の打ち合いの様相であった

流石に前線指揮を取って迎撃したフリットもグレイも

「何か策があるのか?」

「ふつーの正統決戦だな‥」

と言って逆にこの展開に驚く程だった


ただ、アルベルト軍は重装突破兵だけは多く、前線維持に苦戦したのと

アグニが最前線戦闘を仕掛けて来た事で厳しくはあったが

フリットらをぶち抜く程でもなかった


これが三日続いた後、届いた情報を受けたマリアも正直驚いた

わざわざせめて来るからには「策」があるのだろうと思った

アリオスやシャーロットが示した見解の通り
当然南を抜くなら「高い火力での早期突破」が必要であり
そもそも人選からして不可解である

せめて、シャーロットとエリザベートのコンビは必須で
自分ならそうすると考えていたからでもある

しかも、多方面からの進軍、つまりガレスを動かし東から突くという事も
無かった

ただ、実際連合会議で話した通り「更なるミスの誘発」が
上手く行った結果であるか、とも同時思った

「ふむ‥思った以上にベルフの戦略の衰えが深刻、という事なのかの‥」と呟いた

そうなっては寧ろ歓迎すべき事態ではある



それと同時に、現状への対処も行う

「とりあえず、シューウォーザー殿、フラウベルト側に兵を領土線辺りに出してくれぬか」

「は、開戦直前に出しております」

「流石じゃな」

「恐縮です」

「エルメイア様から告知あれば即、フラウベルト、クルベルに向かえます」

「了解した」

「尤も、現状の情報を見るからに必要とも思えませぬが‥」

「同感じゃの‥」






不可解な戦争であり「何を考えているのか?」という感じだった




「その日も」マリアの部屋に呼ばれていたジェイドは
腕を組んで怪訝な顔をしていた

まあ、昔からのお気に入り、というより初恋の相手でもある相手だけに
何かと大した用事で無くてもジェイドは呼ばれるのだが


彼の一連の報を聞いた後のその態度にマリアも「何か」不安を覚えた

「なにか思う所があるのか?ジェイド」

と素直に聞いた

「ん?‥まあ」と歯切れが悪い

「言ってみよ、つまらぬ意見でも構わんぞ?」

そこでようやくジェイドは重い口を開いた

「‥エルメイアには武芸者将の護衛が付いていたか?たしか」

「うむ、以前連合拡大の交渉の際他国に赴いた時、暗殺者に‥」

とそこまで言ってマリアもハッとした


「まさか!‥聖女を暗殺?!」

「苦しくなれば手段を厭わない、という事はある、まして軍で勝てない、戦略で負ける
それらを一発で逆転するとなると長を殺してしまえば良い、と考える可能性はある」

「いや‥だが今更聖女を暗殺しても‥連合の瓦解はありえん‥し」

「俺もそう思う、が、今回の開戦は不可解過ぎる、そもそも勝つ気があるのかすら
疑いたくなる程いい加減な戦略だ」

「うーむ‥それはそうじゃが‥しかし、どういう‥」

「俺なら野戦を全方位で仕掛け目を引いた後、工作員を潜入させる
仮に暗殺では無いとしても、内部工作、破壊工作の類は有るかも知れん」

「う、うむ、何れにしろ注意するに不足する事はないのう‥」

「ただ、俺は聖女を狙う可能性が高いと思う」

「何故じゃ?」

「エルメイアはフラウベルトから援軍軍に加わってクルベルに向かったのだろう?
となればやる方からすればそれが一番やりやすいとも言えるからだ」

「うむ‥そうじゃな‥戦場での混乱に便乗してというのが行うに成功率も高いし
最前線に「引っ張り出した」とも言えるからの」

「ああ、とりあえず、護衛を厚くするか、エルメイア自身は引かせた方がいい
ま、確たる証拠がある訳では無いし、意味は聖女より薄くなるが
深読みすれば、重要人物の暗殺ともあるかもしれぬが」

「ううむ‥難しいのう、それを言ったら「常に危ない」訳じゃし
一応通達して注意喚起するかの」

「それでいいだろう、後は向こうの考え方次第でもあるし
要らぬ不安を煽る事になるからな」

「分かった、聖女の周囲に一層気を配れと言っておこう」

「ああ」


そこでマリアは聖女で無く、フリットらに連絡を入れて対処を求めた
無論その対象としてはフリットも含まれる事

現在の武芸者護衛としてはライナ、カミュが付いている事

事、個々の戦闘力の高さ、また、ライティスの矛は普段から護衛、見回り
斥候、情報収集、犯罪者の検挙すら行っている
最強の万能特殊部隊の側面もあるからで最も効率的であるからだ

クルベルでの防衛戦で前線を張っていたフリットらはマリアに呼び出され
一時そこを離れ

伝心での、その通達を受ける


「成程、ありえない話ではありませんな」

「うむ、一応じゃがその辺も気を配って置いてくれ」

「了解しました」

「杞憂であればそれでいい」

「ええ、やっておくに手間や人手が多く要る訳ではありませんから」

「頼む」


と、フリットらは即時、夕方にはクルベルに来訪したエルメイアに
気がつかない程度にライティスの矛の精兵を「護衛」という目だった
形で無く、部屋や施設に多重配備する形で周囲の配慮と警戒を増やした

更に、ライナとカミュには一連の事情を伝えて
準備もさせた


5日目にはこのクルベル戦争はエルメイアの援軍の来訪で戦力差が更に広がり
アルベルトも一旦引いて、皇帝の指示を仰いだ

総軍戦闘不能は500程度で

「攻めて来た割」に打ち抜く意思が薄く被害も少ない
それだけに先に通達された「裏」の工作があるのではないか?
とフリットらも警戒した










更に二日後、本来防備に必要であるスエズの防御兵2000もアルベルトの援軍に
出して付けられる

そこで再び戦端が開かれるがそもそも兵力展開がそれほど出来る地形ではない為
やはり「詰まった」打ち合いの戦争になっただけで
無策としか言えなかった


アルベルト自体は張り切っていて
兵装と合わせて、アグニ、自身も前で打ち合いに参加して只管押しの一手を展開する

アグニを相手したフリットは前線、個人戦でも互角の戦いを展開して膠着した


とかく、アグニは個性的な喧嘩屋であるが
フリットも経験値的には大陸武芸者では、ジェイドと並んで最強のレベルにあり

この手の喧嘩屋にも対処出来。良い勝負、を魅せた


当日の接戦の後アグニに去り際に投げキッスをされて

「アンタ気に入ったわ、また、会いましょう」と言われたが

「機会があればな」と返してその日の戦争を終えた

どうやらこのアグニに気に入られたらしい


このアグニはグレイのが興味を持ったらしく

「面白い奴だな、それに良い女だ」と言った

「ああいうのが好みか」

「じゃじゃ馬のが好きではあるな」

「じゃあ、次はお前に任せる、ただ、苦戦するぞありゃ」

「どっちの意味でだ?」

「武芸に決まってるだろ」

「朴念仁はこれだから‥」

「戦場で何を考えてんだお前は‥」

というやり取りがあって矛のメンバーに冷たい視線を浴びだ





一方で、事前の警告があって護衛や城内警備を増やしたが
特になんら変わった事は起こらず

「杞憂であればそれでいい」の通り

何も起こらなかった

結局二日目の開戦も正統的な打ち合いでこれと言った策も展開されず
そのままアルベルトは被害が少ないうちに撤退

クルベルは防衛される事になった




同時に一連の報を受け、多方面での戦闘も停止され、両軍総撤退となった


「では、兵を残したまま、王都へ戻りましょう」

とエルメイアは矛のメンバーらに護衛されアンジェと共に本国へ戻る



一連の報告を受けた後、マリアも安堵したが、同時にジェイドの指摘もあり

「何らかの工作が有るかも知れぬ、調査せよ」と手持ちの政治官や近衛らにも周辺調査などもさせ

展開した軍の将らにも出先施設や城などの警戒、調査も同時行ったが
精々出たのは、一部下士官の不正程度で

ジェイドの心配したような「大事」は無かった

幸いにして心配が「杞憂」であった為これも安堵して落ち着いた







一方でベルフ側の西将は不愉快である

アルベルトとエリザベートはそうでもないが
カリスとシャーロットは腹立ちすら覚えた


「何なんだこの目的の無い開戦は‥」

「無駄に兵を損なっただけですね」

「総軍で1700名近い被害を上乗せしただけか」

「まあ‥、救いは互角に近い戦闘だっただけに、向こうも同じくらいの被害だった
という所でしょうか?」

「兵の回復力でも、もう上回っている訳ではないのだが‥」

「私にもさっぱり分かりません‥」



兎に角、カリステアもシャーロットも「知」将だけに
こういった「戦略も戦術も無い」戦闘が不快であった


それから一週間



双軍収拾と再編、再軍備を整えた

エルメイアとマリアは鏡の会談を行う、正直、先の開戦が不可解すぎた為でもある


「目的がよく分かりませんが‥」

「わらわにも分からん、強いて言えば双軍共倒れでも狙うのかの」

そう冗談めかして返すのが精々な程、マリアも意味不明だった


相変わらず猫を抱いていたが、そこでアレクシア=猫が意見を挟んだ

「この様な意見を言うのもあれなんですが‥」

「なんじゃ?」

「向こうもこっちと似た様な戦略方針を展開したのでしょうか?」

「どういう意味じゃ?」

「時間稼ぎと連続戦争、そこからこちらの崩れを待つ、とか」

そこでマリアもうん?と暫く考えて意味が分かったようだ


「そういうことか‥」

「ええ‥ものすごく消極的ですけど‥」

「あの、私にも教えてくれませんか、おふた方」

「ああ、すまん、様はこのまま戦闘を膠着化させて、こっちの乱れを待つという可能性じゃ」

「ええ、基本的に向こうは「ベルフ」という「統一軍、国家」こちらは
そうでは無いという事です」

「所詮連合と言っても、元はバラバラの国、ベルフに対しての寄り合い所帯じゃからの」

「な、なるほど‥」

「戦争が長引けばそれだけ連合各国での繋がりが薄まる可能性、心理的疲弊
反対運動、また、接敵していない国からの兵力の援護など不公平感等、出ないとも限りません」

「条件はそれほど変わらないのだが、ベルフは統一国家だけに
その辺の押さえは利く、こっちは其々の王や領主がどう考えるかで分かれる」

「今は「大陸連合」の衝撃と意気の向上で繋がりは強いですが
4,5年したら分かりませんね、そもそも国王は兎も角
民衆の反対運動等出たら崩れます」

「し、しかし、それほど長い期間、ベルフ側が耐えられるのでしょうか?
既にこちらが押していますが」

「いや、単なる可能性じゃ、それを成さない内に片付けなければならん、という意味だ」

「なるほど‥」

「故に、「似た様な戦略方針」と言ったわけです」

「うーむ、どっちが先にボロを出すか、という事にもなるかの」

「まあ、1,2年でどうこうという話では有りませんけど、あまり時間を掛け過ぎるのも
問題が出ます、マリア様はそうした「心理」面は得意では無い様に思ったので」

「いや、忠告は有り難い、わらわは今までが今までだけにそういう心理は
アレクシア殿に劣ると思う」

「それは私もかも‥、今のお話も「大義の前には皆付いてくる」と思う所もありましたし」

「いえ、実は連合の合意から半年過ぎになりますが、こちらの「前線で無い地域」から
不安視する声が出ておりまして‥」

「どのような?」

「そもそも、ベルフの脅威が無い地域が何ゆえ民を犠牲にして援助が必要なのか、
あるいは、結局戦争が拡大しただけではないか、等です」

「個々人の不満を全部聞いたらキリが無いのだが‥」

「今は無視なさって良いとは思いますが「心理的に引きつける何か」は必要ですね」

「大陸戦争も7年だしのう、いい加減にしてくれ、というのもあるの」

「ええ、まあ、一応こちらでは、無理押さえをせず、元々ロラン陛下に協力的な3国から
だけ「武力協力」を行い、他の地域からは求めない方針で流して居ります」


「全く面倒な事じゃな」

「人の心程移ろい易い物はありませんから‥」

「しかし、具体的にどうするのですか?」

「まあ、もう少し、圧迫を強めてみるかのう」

「ええ、こちらからも、軍を送ります、向こうの北軍は動く気配も無いので
というより「やる気」が全く感じられませんので」

「どういうことじゃ?そんな事分かるのか?」

「はい、当初アリオスとは小さな「裏」での策の打ち合いがありましたが
この1ヶ月、全く動きが無くなりました
こっちが全部叩き潰したというのもあるのですが

それとアリオス自体、手持ちの将や兵を次々中央に戻しているようですし‥
しかも個人的に」


「中途半端な戦力で北を攻めてもほぼ無意味だからのう
しかし個人的にとは‥皇帝の命令無視しておるのか?」

「ええ、潜入調査の結果、アリオスらの皇帝への具申の類も
ほぼ潰されているようですし、勝手に動き始めたのかも知れません」

「そんな事まで分かるのか‥」

「まあ、それが出来るのはわたくしとマリーさんだけですけどね」

「あー‥使い魔か‥」

「はい」

「なるほど、よく分かった、ある意味、向こうの焦りや分裂もあるのだな
どっちにしろ、より圧力をかけていくのは有効じゃな」

「と、思います先ほどの話とハンチクに成りますが「崩れ」という面に置いて
向こうのが大きいですので、仕掛けの次期としては悪くありません」

「うむ」

「なので、こっちの出しうる最大兵力を送ります、全体の4割程度ですが
というか、まあ、こっちの人達が戦いたがってるともいいますが‥」

「ふむ」

「で、マリア様側のルートから更に敵を圧迫して崩して頂き
向こうの崩れを大きくしてもらいましょう」

「うむ、やってみよう」


「あの〜私の方は?」

「そのままで良い」

「さ、左様ですか‥」

「いや、気を悪くせんでくれ」

「ええ、南はクルベルへの先日のような反転攻勢、東からガレスが出て来る
という可能性がある為、防備の軍を削ると厳しくなる為です
また、全体的な兵力、地形条件では南が不利であるからで」

「ああ、たしかにそうですね」

「いよいよ、の反撃までは動かんほうがいいんじゃ」

「わかりました」



こうした方針の転換、というより、拡大もあり、まず、北からの派兵を一時待って
その間マリアは策を練る

「北から送る」と言っても15日前後は最低かかるからで時間はあるからだ


策と言っても、それほど工夫を凝らした大胆な策が必要な訳ではない
既に包囲戦略が達成された以上、そこから奇計を仕掛ける意味は薄い
むしろかえって効率性を損なう



だが、その「15日前後」の間に「事」が起こる








陰謀の発芽












その日、フラウベルト王都では

北、西、から齎された技術、武装、マニュアルの提供から

「資金的な余裕」からフラウベルトでも「重装剣盾兵」の創設が行われ
とりあえずの事と50名の装備と一定の訓練を終えた兵が揃い、開設式を行い
その視察にエルメイアや軍官が参加

「お言葉」の後責任者を任命して、労いと今後を任せる

フラウベルトでは初の重装備兵団であり前線の負担の軽減になると期待された


「今後どの辺りまで増強されますか」

「資金面との折り合いですが、300までは‥」

「兵は数ですから、一定数は居ないと話になりませんからな」

「ええ、分かっています、可能な限りやりましょう」

そうエルメイアも言った通り、兵装での負けは全体の負担になり
それを聖女も理解していた


既に、先のクルベル奪還作戦で作られた機械弓、も北から齎された技術らで
移動式の小型バリスタ等に改良され、一部投入
クルベル等に送られている

特にフラウベルトも財政難という事も無く
やろうと思えば、北や西の様に軍備強化は可能である


本来エルメイアも宗教国の、しかも「聖女」とまで呼ばれる人であり

「戦争は好きではない」のだが

ただ、守るだけの軍ではベルフに戦場にいいようにされるだけで

武装の負けは兵の死を拡大させる、という事も実体験、経験則で理解し
五年目までは消極的であった軍備の増強も認める事になった


一度始まってしまった戦争は如何にエルメイアが和平を
と言った所で収まる訳も無く、特にベルフの様な例では
周囲にも相手にも「綺麗ごと」と言われるのがオチである

その心理はベルフのカリス、ロゼットと同じであるが
また、その両者とも同じ決断に至ったのである

「一度事が始まってしまえば易々と和平等出来ない、ならば
早く終わらせてしまうしかない」

カリステア=ベルフ=マティアスが過去、そう宣言した通りの思考をエルメイアも持った

「それが、人の世に争いを齎す原因なのかも知れませんね‥」とも
同時思った


もし、カリスがエルメイアと同時期、あるいは、早期に代替わりを果していれば
大陸戦争自体も極めて早期で終わった可能性も高いが
あくまで「仮定の話」である







その日、様々な思考も重ねながらも
心身共に疲れもあって夜8時には寝所に戻って休んだ



日付の変わる時刻、一旦目が覚め、書斎で本をパラパラめくりながら
軽く喉を潤してから再びベットに戻ろうと移動するが

そこで

不穏な空気を感じる

本来居るべき近習、近衛の者の気配が部屋の外にも無い


思わず「誰か」と声を掛けるが、エルメイアの求めに応じて
部屋の扉が少しだけ開く

そこから顔を半分だけ、何かを探すように見せたのは何故かライナであった

エルメイアの安堵と同時にライナは

「入って宜しいですか?」と聞いた

「え、ええ、どうぞ」と言ったと同時の速さでライナは部屋に
まるでそこに居ないかのように一切の物音を立てず滑り込んで入り言った


「何者か侵入しているようです、外の見回りがやられております」

「な?!」と声を挙げそうになるが、ライナに止められる

「私の後ろに、窓、扉から離れてください、それと伝心のアイテムを
矛の連中を呼びます」

「わかりました、相手は‥」


そこで、エルメイアには伝えられていなかったが、マリアから受けた警告
一時、その情報から警戒を増やしていた事を話した


「しかし、先のクルベル戦からもう二週間は経っていますが‥」

「一旦警戒させ、それが解けるまで潜入して機会を待っていた、
の、でしょうね‥狡猾、辛抱強く」

そこで、仕舞って置いたイヤリングを出して、ライナに渡す

「これを‥」

「お預かりします」

即座、ライナは味方に通知したが
それが終わるかどうかというタイミングで扉から「敵」が音も立てず入ってくる




ライナは敵がこちらを見て「何か」をする間も無く一瞬で最初の1人を斬って倒した

ドシャ、と何に斬られたかも分からない、という風のまま敵は床に落ちた
その瞬間、進入してきた後続の敵も5人
即座拡散して前に居るライナをはさんで包囲を展開する

身姿は明らかに例の「スヴァート」だが

過去にエルメイアを襲った連中とは明らかに違う

「中身」が

完全に専門訓練を受けた「暗殺者」である



ライナはエルメイアを背後に部屋の隅に下げ
軽く深呼吸した

その瞬間「アレ」を使う


敵は3人前を半包囲しつつ、二人は左右に離れてエルメイアへ向かう姿勢を見せる

要は、目的の相手を殺せばそれでいいのだ、ライナを押さえて
聖女を殺せればいい、寧ろ二人も要らない程だ

そして、それは分業して行われる

ライナに向かいつつ、左右二人は飛ぶ

一度に止めるのは流石に不可能、故に、聖女を真後ろに置き下がりつつ
守りながら左の1人斬り、中央の3人の内1人斬り、右の敵の剣を跳ね返して引かせる

あえて、自分、聖女のラインを一直線にして、二人の距離を重ね
敵の対象範囲を絞りつつ

壁として立ちはだかって対象と自分を重ねる事で
聖女から自分に攻撃対象を移す

一度に動く相手を交錯させて動きを制限しつつ
一度に相手する人数に微妙にずらして時間を作って止めた

そして二人倒した瞬間、残り三人に向かって逆にライナから斬りつけ
更に1人絶命させた



如何に暗殺訓練を受けた専門家であっても
ライナには遠く及ばない

彼女は生まれながらにして、それを上回る特化能力がある
更に歴戦の勇士で剣士である

「武」で対するには無謀な程桁違いに強い

そして「特化装備」を物ともしない「剣」もある



二対一、この状況が既に敗戦に等しい

故に「敵」は味方の増援を待ったがそれは果されなかった

連絡を受けたカミュがいち早く聖女の部屋向かい
外にまだ居た「敵」を4人倒した

外の戦闘の音で、それが両者にも分かった

「グ‥」と刺客は声を挙げたが、その一瞬、意識を外に向けた瞬間ライナの
伸びる影にすれ違い様に斬られて胴から半断されて絶命した


ライナは警戒したまま、周囲を見渡し、窓に少し寄って確認し
完全に安全を確かめた後、聖女に寄って
背中に置いたまま味方の来援を待った


数秒して、部屋に矛とカミュが確認した後入って来て
ライナと無言で頷きあい

「終わった」事を相互に伝えて、城の者を呼んだ


エルメイアは驚いて居たが、立って、胸を押さえて居たが
真っ直ぐに前を見つめていた

以前の様に、か弱い少女ではなく「聖女」であった

だが、彼女にとって驚きだったのが「暗殺者」以上に
ライナであった
彼女の姿を見て声も出せず、動く事も出来なかった

何時も側に居た彼女の人外の強さと機械の様な冷たさと圧力である
初めて見た「スラクトキャバリティター」の資質に一番驚いていた

当然かもしれない、フリットやグレイですら、エリザベートですら
「怖い」という感情を植えつける程の物だ


「とりあえず、聖女を別の部屋に。カミュが一緒に居てあげて‥」

「はい」と短く答え、カミュは聖女の手を取って部屋を出た


聖女が目を丸くしてライナを見ていた事を知っていた
だからそういう配慮をして、後の処理は自分らが受けた

ただ、この頃のライナはエリザベートの感じた

「夜に迷った森の中で狼に出会った様な恐怖」とは質が変化していた


「武」の極まり、ライナ自身の「ソレ」のコントロールで

より冷たく、冷徹、鎌を喉元に突きつけられる様な怖さ

「死神に魅入られた」かの様な絶望に近い恐怖に変質していた

気丈だったエルメイアさえも動けなくて当然である



兎に角この「事件」は聖女を守りきり終わった
首都に残る矛のメンバー総出で探索、残りが居ないか探したが、それに掛からず

エルメイアを狙った10人が全てであった

隊員は「退路、撤退を考えていないようです、何も出ませんでした」と報告した


当然の事ながら、聖女は部屋を移って眠る事など出来なかった

ずっと側についたカミュの手を握って俯いたまま朝まで過ごした





世話の物6名、近衛15名が惨殺されたが

エルメイアは守って撃退し、一連の暗殺事件を終えた









しかし、これでベルフの打った策が終わった訳では無かった

同日、同刻、マリアの下にも同様の策謀が展開されていた







特に規模は倍、更に、マリア自身が過剰警備を元からしていないこともあり
また、マリアの部屋は王座の間の後ろの部屋、一階であり
向こうにしてはやりやすく

厳しい状況であったと言えた


だが、こちらにも幸運な事にジェイドが居た



彼はマリアの側に置かれ、毎日呼び出されては雑談、会食
果てはベットまで引きずり込もうとするほど前から気に入られており

この日もマリアが寝るまでつき合わされていた

だが、彼自身、進言した通り


「どこかのタイミングでマリアを狙う策があるのでは?」とも
考えており


護衛のついでにそれに付き合った、それが功を相した



マリアの部屋のソファで座りながら目を閉じて集中していた彼は
それに誰よりも早く気がつく

僅かにあった、床に物を落とす振動の音2つ

多人数の外の庭の草むらをしのび足で駆ける音

それすらも彼は掴み取った

元々の「資質」もあるがマリーとパートナーと成った事で
彼の元々の内面資質や「鋭さ」「冷静さ」が
強化されていた

集中すると「隣の部屋で紙を落とした振動」すら感じるほど
感覚が鋭く切り替えられる様になっていた



即座立ち上がり剣を抜き

マリアを逆手でそっとゆすり、声を掛けて起こした


「マリア起きろ」と

だがマリアは「何じゃ?一緒に寝る気になったか?」とふざけた言を返した

「バカタレ、敵だ、直ぐ出るぞ」


そこまで聞いてようやく状況を把握したマリアも飛び起き
上に一枚羽織って整えた


「対象はわらわか‥!」

「狙うなら「最も消えて欲しい相手」だろうな」

「人を‥」

「いや、もうやられてる、2回、何かが床に落ちる「振動」を聞いた」

「?!!」


ジェイドは左手にマリアを抱え

「首に巻きついてろ、目も閉じてろ、恐らく、相当な数を斬らねば成らん」

「わ、分かった」

言われて素直にジェイドに抱きつき首に手を回して、ギュッと目を閉じた

「じ、邪魔にならんか?」

「手荷物が一つ増えても大した問題じゃないさ」


彼はどこでも「彼」である、これほど頼りになる奴も居ないな
とマリアも心で呟いた

「ただ、叫ぶのは困るぞ「耳」が使えん」

「わ、分かった」と口もギュッと結んだ

マリアは剣の練習もしたがその才能は皆無
一応振り回せる、レベルで物の数には入らない

ジェイドに頼るしかないのだ





「刺客」は外窓、正面扉から同時に侵入

即座二人を見つけ、構えてジリジリ距離を詰めた

マリアは本当に怖かった自然と手に力が入る

だが、ジェイドは「フ‥」と笑った
何も恐れる事は無いのだ、彼にとっては


飛びかかる刺客、迎撃して大刀でボールでも打ち返すように二人叩き潰して返した

防御鎧や盾など問題にもしない

破壊力が尋常ではない、流石の刺客も一瞬たじろぐ



当然だ、飛び掛った人間が剣で打ち返され吹き飛ばされて絶命するなど
なんの冗談かと思う光景だ


部屋は広い、壁を背にして移動しながら敵を正面に持ってくる
そしてたいした数ではない

「たった」10人だ

この時の刺客は手持ちのクロスボウも使って放つが
そんな物はジェイドには葉っぱを払うに等しい、すべて叩き落して防ぎ

数歩前に出て瞬く間に3人両断した


「レベルが違いすぎる‥」

当然だろう人間の最高到達点に居る剣士だ、まともに相手になる人間すら探すのは難しい


だが、刺客は諦めない、初めから撤退路等用意してない
エルメイア側と同じだ

だが、逆にそれが凄惨な現場を作り上げてしまう結果になった

ジェイドに向かい、手を合わせるが、剣を交わす事すら敵わない

一方的に上下左右に斬り別けられて絶命する刺客



物の一分持たずその場の10人の刺客の死体が積み重なっただけだ


「目を閉じてろ」と言われたが開けられる訳がない
見なくても酷い事になっているのは分かる

絶叫と断末魔の悲鳴と斬り潰される嫌な音しかしないのだ


ジェイドは正面の扉から堂々と、静かに刀を使って扉をそっと開け

外の状況を確認しながら、出る

そこにも刺客が居たが、出てきたのが「味方」で無い事に驚いた

「!?」思わず声に成らない声を挙げたが構える


その「間」にジェイドは駆け、構えすら敵に取らせず
3人一刀で横に払って纏めて倒した

もうそうなると、戦いにはならなかった
ただ残りを斬るだけの作業である


こちらも1分で終わった



逃げぬ、なら斬るしかないのだ
ならせめて、即死させるしかジェイドも無い故の全滅である



一度、回りをぐるりと見回し
全員を斬った事を確認した後、被害をカウントした


刺客20

隣室に控えた護衛6 部屋の外に控えた護衛2

世話人の女性2 外の庭に5

の被害である


が、こちらもマリアを守った




まさかこの様な惨状を見せる訳にもいかず
ジェイドはマリアを抱えたまま、一旦その場を離れてから

彼女を降ろし

味方を呼んで報告して後の処理を任せ
近隣、城周辺の警戒を徹底して行えと指示して移動した



マリアに返り血すら浴びさせない様に配慮するほどジェイドには余裕だったが

その分、刀を持った右手から肩までは真っ赤だった




一通りの後始末も終えた後、マリアを上階の部屋に預け
自分も戻ろうとしたが

上着の裾を掴んで止められる


「い、一緒に寝てくれ、一人で寝れそうもない‥」

と言われた

「子供じゃあるまいし‥」

「う、うるさい!」

だが、たしかにこの様な目にあっての事「まあ、そりゃそうか」と
ジェイドも思い、その日はそれを叶えた

マリアはベットでも、途中何かに驚いて何度か目を覚ますが
隣に彼が居る事を確認して安心してまた寝るというを三度繰り返したが
次第に安定して眠った

尤も、ジェイドは寝た「ふり」のまま、警戒は続けた
周囲の調査が終わるまで

「完全」に終わったとはいえないからだ




結局マリアは昼まで寝続けたがジェイドは一睡もしないままだった


もう、大丈夫だろうとそっとベットを離れ
城の広間に出たが、そこで城の高官、報告を聞いて城に上がり
待機していた軍官やグラムにまで
土下座する勢いで頭を下げられた


「偶々俺が居ただけだ、運が良かっただけだ気にするな」

といつもの様に返して止めさせた

「それより、何か出たか?」

「は‥敵は近隣の森等に潜伏、機会を待って事を起こした様です‥
かなりの日数、過ごした形跡がありました、ただ、火も使わず、食い物も携帯の物だったようで」


「よくやる‥」

「それだけ、意識の高い相手だったようです‥発見されないように、という事でしょう」

「分かった、マリアの方は大丈夫だ、キッチリ寝た、後の事はそっちにまかす
だが、しばらくは様子を見ろ、精神的ショックが残るかも知れん」

「ハハ!有り難うございました!」

とそこでも一同にズラっと頭を下げられた

仕方無い事ではあるが



その後ジェイドも自分の部屋に戻って軽く3時間程眠った

起きて再び部屋の外に出て、とりあえず現場に行ってみるが
そこは既に綺麗に成っていた

ただ、マリアの部屋は高級調度品や絨毯があり
再生するのか、破棄するのか困った様子だった

グラムとバレンティアはジェイドを見つけ、更に細かい状況を聞いた後
また、礼を言ったが
イチイチ止めさせるのも面倒なので「ああ」とだけ返した

マリアも起きて、食事を軽く取ったが部屋からは出てこないそうだ
まあ、昨日の今日だ、当然だろう


余計なお世話かと思ったが

マリアの部屋の調度品は掃除出来る物はして
絨毯は悲惨な状況なので破棄しろ、と指示を変わりに出した

そこでグラムは

「実は‥」と報告した


「エルメイアの所にも刺客が?」

「ええ、撃退された様で、聖女は無事ですが、かなりショックを受けている模様
暫くは出られないだろうと‥」

「マリア様も少なからずショックを‥で、どうしたらいいかと
決定機関が無い状態で」

「様子を見ながらでいいだろう、俺個人の意見なら、即時情報公開するがな
綿密な調査報告も同時に」

「なるほど‥」

「何れにしろ政治的判断の問題だ、マリアがダメならそちらの政治官に協議させ
決を出させればいい」

「しかし‥それも難しくあります」

「ええ、それで決まって、行ったとして、マリア様がその決定を良く思われない場合
と、政治官は最終決定は出しにくい環境でありまして
先ほどジェイドさんが指示を出したマリア様の部屋の片付けで動けなかったのも
その理由です」

「ふむ‥そういう事か、分かった俺がマリアに伝えよう
ま、たぶん判断は俺と同じだと思うが」

「では、調査結果も出しますか?」

「ああ、被害者、加害者の、姓名、今回の一連の流れ、詳細、全部あったほうがいい
尤も判断は結局マリア次第だが」

「分かりました」


そこでグラムはそれを兵らに伝えに離れた

それを見送ってジェイドは言った


「あまり強烈過ぎる王、てのも大変だな‥皆顔色を伺うようになる‥」

「ジェイドさんは、まるで彼女の父か兄の様ですね、まるで普通にやり取りする」

「ジェイドでいい。 ま、マリアはソッチ面で優れているが、別に普通の少女だぞ
暴君でも無いし、部下が間違っても首を刎ねるわけじゃない

しょうがないの〜とか言ってあっさり許してくれるさ」

「フフ‥なるほど」

バレンティアにはその真似が可笑しかったらしくしばらく肩を震わせていた


「ま、とは言え、びびるのも分かる、恐らく歴史の偉人伝に載る人物だからな」

「それほど明敏でありますからね、失敗は許さんイメージがありますし
そもそも今や大陸最大の国家の君主ですし」

「まあな」

「ところで「判断は俺と同じ」というのは?」


「俺なら情報公開を可能な限り詳細に、広く全国に無制限にやる
ベルフの非道、卑劣を周知させ、奴らに大陸を統治する資格が無い事を示す
すっとぼけられても困るので被害者、加害者の情報も誰でも閲覧出来るようにして
反論の余地を与えない

更に、これで、向こうの分裂を図り、こちらを持ち上げる

丁度連合的にも、こっちに一般の民なんかに、不満や不安が出ている時
更にマリアとエルメイアを持ち上げるだろうし
不満に対する緩和剤、あるいは高揚、キツイアルコールになりうる」


その見識を聞いてバレンティアも目を丸くしていた


「武勇の方かと思いきや‥中々恐ろしい方ですのね‥ジェイド」

「そうでもないさ、冷静に損得考えればいいだけだ
誰でも気がつく。

まあ、今は昨日のアレの後だから
冷静な判断がしにくいだけさ
そもそも、起こってしまった事、なら、時間を撒き戻せる訳じゃない
精々、最大限にこっちの利益に転換すればいいのさ」


「少なくとも私にはそこまで考えられませんけどね」

「何れにしろ、決めるのはオレじゃない
それより、聖女の方も心配だ」

「ええ、私はあちらに居ましたから、他人事ではありませんね
しかし、暗殺、しかも同時二人、とはね」

「向こうから見れば一番厄介なのが「マリア」「聖女連合」だからな
盟主と知恵袋、どっちも狙うのは至極まっとうな謀略ではある」

「強いて言えば、マリア様が重要ではあったという事ですね
規模から見て」

「だな、道も兵も知略もほぼ西から出ているからな
ここを潰せれば、という期待があったのだろう
兎に角、マリアはこのまま上階に置いた方がいい
あとは、これで終わりか分からん、その辺の配慮も欲しい所だな」

「了解しました」







一方の聖女は落ち着いてはいたのだが、かなりショックであり
ずっとカミュとアンジェが交代で付いて居た
こういった精神的ダメージは何時抜けるか分からないのだ

特にアンジェも一度経験しているだけに
その気持ちはよく分かる

何れ立ち直るだろうが、その意味で、内々に処理しようと
フリットらも当初配慮して分からない様に動いたのだが

まさか潜入して、その時が来るまで長期潜伏

機会を見て事を起こすとは意外であった
無論、前後の事情を見る限り、その配慮は続いていたのだが
「もうないだろう」と気が緩んだ側面は否めない

反面、一度目の「聖女暗殺未遂」から
何があっても聖女に武芸者護衛を付けたマリアの慧眼である
それがピタリと嵌るとは恐れ入った



ただ、例の「スヴァート」だが戦場で見る物と多少違っていた

中身も専門家であったし、回収した遺体や鎧を見る限り
改良が図られていたのは見て取れた

チェインメイルもリングメイルに変えられ、稼動部にも布皮等補強
屋内潜入に不向きと「クリス」の意見も受けての
より、「静か」な物にして

今回、屋内潜入をやってのけたのが見て取れた






銀の国では夕方近く一連報告をジェイドから受けたマリアが
のそのそ部屋から出て来る

「俺と同じ」とジェイドが言った通り、
マリアの判断、指示も同じだった

「全部の情報を公開せよ、向こうが自ら材料をくれたのじゃ
こっちが不愉快な目に会った分、10倍にして返してやれ!
大陸全部にこの謀略を周知させてやれ!」

と政務官らに告知

「コピーもありったけ作れ!、総出でやれ。寝ずにやれ!
それが向こうの二撃目を防ぐ効果が出る!」と怒鳴った

昨日の出来事がマリア自身もそうとう腹に据えかねていたのであろう
半分八つ当たり気味に指示を出して、ズカズカ部屋に戻った

「ジェイドの指示」を受けて徹底調査もしておいてよかったなぁと
政務官らも胸を撫で下ろした


一連の流れを見て

「こんなんだから、びびる部下が多いんだろうが‥」とジェイドも溜息をついたが


一方マリアは、ジェイドを部屋に置いて、ここぞとばかりに世話させて
甘えまくった

「飯くらい自分で食えよ‥」

「いいから食わせろ、わらわはまだ病人じゃ」

「どこがじゃ」

「お前は酷いショックを受けたか弱い少女に掛ける優しさはないのか!」

「うるせー、口に物入れて怒鳴るな、顔に吐きかけるな!」


夜には

「おい風呂に入れろ」

寝る前には

「まだ寝れんぞ、本を読め」

寝たと思えば

「まだ、怖いぞ一緒に寝ろ」


といった感じのやり取りが後三日続いた
まあ、今くらいはいいだろうと甘い顔をしたのが間違いである


「戦ってるほうがまだ楽だ‥」とジェイドに言わしめた



すくなくともマリアは大丈夫そうだ






この「情報公開」と「一連の暗殺未遂事件は」マリアのあの剣幕もあり
銀の国の政治官、政務官、兵らまで参加して拡散される

ダイナミックに大陸全土に作りまくって撒かれた資料も、あらゆる詳細と情報が公開され
大陸全土、上から下まで知られる事になる

それがベルフにも届いたのは更に一週間後である

しかもただの「話」で無く、書面、レポート、しかも図解付きで展開するという
とんでもない状況である

こうなると「言いがかりは止めろ」「どこに証拠がある」とも反論出来ない

完全に逆手に取られた




クロスランドでの将会議の場でアルベルトは

「何が問題なんだ?失敗したことか?
戦争ではよくあることだろう」と平然と言った


あまりのアホっぷりにエリザベートにすら説明される

「我らが大陸侵攻で勝って、評価が下がらないのは「正統な正面決戦」での
武力領土奪取だったからだ、戦場でやったのなら兎も角
相手領土に乗り込んで寝首をかいたんだぞ
それが、軍や戦場の知略で勝てないから暗殺等、情けないとしか思われん

しかも相手は20前の小娘二人の盟主

更に、歴史に名が残る程、「聖女の名に相応しい聖女」「銀の国200年に一度の善政の名君」だぞ

一般人から見たら「聖者の忙殺を図った愚か者」だ
身内にすら後ろ指差されるほどマヌケな事態だ
しかも内々に処理出来たのなら兎も角、証拠も詳細も叩き付けられたのだ」


「ぬぐ‥」

「実際、こっちの元々の領地の住民にすら陰口を叩かれてますけどね」

「成功したなら兎も角‥」

カリス、シャーロットも呆れてモノが言えない状態なほどガックリしていた




当然アリオスもロベールも呆れた

やはりロベールは

「成功したなら兎も角‥」とシャーロットと全く同じ事を言った

「後の善政で評価を取り返す事もできましょうが‥」

「完全に「ただの」悪者だな」

「元々宜しくない評価が地に落ちましたね」

「それでも「正面からブチ破る正統な覇王の強さ」あっての事」

「ええ、こりゃ終わりましたね」

アリオスはそう言ったがロベールは

「気持ちは同じだが口に出すのは控えろ」

「そうですね‥壁に耳ありですからね」

「しかし、どうしたものか」

「もう、傍観でいいんじゃないでしょうか‥」

と二人も以降何も言えなかった


しかも「暗殺」は良いとしても
その手段もお粗末である、最善は向こうに居る兵なり近習の者なりを
買収するなりして、向こうの人間にやらせるのが証拠も掴まれ難く
失敗しても大して痛くない

にも関わらず、それを皇帝直属の配下の者にやらせ
撃退された上に証拠すら与えて
トボケル事すら出来なくなったのである

一番問題なのが「皇帝自らの策」であること
アルベルトやシャーロットが勝手にやったのなら
独断先行で罪を被せられるが、そうではない

「スヴァート」の力を過信した故
更にそれに頼りすぎた故の結果である

「成功前提」でやってしまった事である






一連の事態を聞いた北軍から、アレクシア=猫が連絡をしてくる


「いかが致します?マリア様」と

「将、軍はそのまま送ってくれ、もうベルフ北は一歩も動けん
ついでに色々追加してくれてもいいぞ?」

「ですよね」

「後で資料はそっちにも送る、そっちで不満の出ている地域にもばら撒いてやれ、んで
そっちのローランス陛下を一度こちらへ、副盟主に北の王も加える」

「なるほど‥分かりました」



要らぬ説明をしなくても意図が通じるのは楽である


一旦北から送る軍をアレクシアは即座停止、一旦そのまま待機させ
ロランらと護衛官らも加えてから銀の国へ再出立させた

メンバーはロラン、妹、護衛官のベルニール姉妹、もはや北が出て来る事も無く
チカも、剣聖の弟子ら、ゴラート指揮で軍2000である


軍自体、既にワールトール手前に居た為銀の国への到着は十日後

即時王都に迎え、会談と意図を伝える


「始めましてマリア」

「うむ、宜しくロラン殿」


「アレクシア殿から聞いておるかの?」

「ああ、北の不公平感の解消での副盟主の件だね」

「うむ、さっそく署名と告知、発表をお願いする、共同宣誓じゃな」

「了解した」

「とは言え、明日か明後日になるじゃろ、一応公式宣言での場を用意する」

「了解、じゃあ、休ませて貰うよ」

と、両王は握手したが、マリアもロランもお互いをじっと見つめた

「人事の魔術士、の慧眼に肖りたいものじゃ」

「僕は君の戦略の魔術を拝見したいよ」

お互い言って尊重しつつも分かれた


副盟主2人目にロランを加えるに
どういう意味が?というと

まず、一部北の地域や領民からは
「何で西や南の為に兵を援助するんだ?自分らで守ればいいじゃないか」という声

これを北の王、を加える事で一体感と部外者ではないという意識付け

副盟主に置いた事でそれなりの権限や発言権はあるのだろうという見せ

兵を出して、領土奪還した所で支配地が増える訳ではない、それを
何れ見返りが得られる立場、とする為


もう一つが、先の暗殺未遂事件に対する拡散、不測の事態があって
暗殺で無くても、盟主副盟主が倒れても、連合の維持は保てる
ましてロランは誰に変わっても維持出来る名君である

そして、暗殺対象として二人より三人に拡散したほうがいいのである






後日、大陸連合宣誓によって、北の獅子王の副盟主への就任の発表後
簡単な催し物、パーティー

その10日後には連合国会議の開催が行われる

とは言えエルメイアは今だ動けずであった為代理にアンジェラが

一回目と同じくクリシュナでの開催となる




「さて、メンツもほぼ揃っておるが
今後の戦略について話したい」


「と言ってもここまで来るとそれ程「手」が変わる訳ではありませんな」

「ええ、このまま各個撃破で押せるでしょう」

「うむ、ただ、向こうの兵の数が劇的に減ってる訳では無い
ま、そこで嫌がらせのついでに、レバンかデルタも奪取する」

「策がお有りで?」

「何、ここまで兵も将も士気も上がると、そのままいけるじゃろうというだけじゃ」

「同感です」

「まあ、一応それらしき小技は考えたが」

「拝聴しましょ」

そこでマリアはその小技を説明

「まあ、エルメイア殿待ちでもあるが‥」

「なるほど」

と一同も納得する

「他に何かあるかの?」

「南が少し厳しくありますね」

「うむ、ショットに追加兵を送るか、現状なら陸路があるしな」

「クルベルの兵は?」

「はい、今一万を超えています」

「分かった、タイミングは、まあ、一段が終わってからじゃの
成功前提での動きもまずい
最初の一手自体もまあ、一ヶ月くらい後での開始じゃ」

「了解です」


と会議はすんなり終わった、最早力押しでもいける状態だけに
それほどもめる事でもないゆえである







マリアが銀の国に戻ると一種城前がお祭りに成っていた

銀の国の将と北の国の武芸者の間で試合が行われようとしていた


「ほほう、それは面白い」とマリアも容認


チカや剣聖がジェイドを見て一発で「強い」事を見抜き
一手ご教授をと求めた事にある

じゃあ、せっかくだから、とバレンティアやグラム
北軍の武芸者やらで練習試合が大人数の展開になった


一種武芸大会の様になったがこの手の娯楽は民衆も喜ばしい事で
人が集まるがマリアは「せっかくだから」と

数日置いて広く告知

店も自由に商売せよ、とほんとにお祭りになった


ジェイド、チカ、ベルニール姉妹、グラム、バレンティア、ウィグハルト、ソフィア
が出されて、全員が全員「誰々とやってみたい」と、かってな主張をした為
総当り戦を二日かけて行われた

殆ど全員、達人、名人であり「お祭り」でありながらも
とんでもない頂上決戦大会になった

ただ、このレベルになると打ち合いも長く隙も無い

ほんの僅かな差の戦いで異常なハイレベルで固唾を呑んで見守る大会になった

ハッキリ言ってみている客のが疲れる

緊張しすぎて実際倒れる者が相次いだ



どうにか終わった時には

やはり群を抜いて強いのはジェイド

以下

グラム
チカ
ウィグハルト
バレンティア
ソフィア
ジュリエッタ
カトリーヌ

という順位になって終えた

ベルニール姉妹はorzの事態だったが
正直相手が悪すぎるので気にする程ではないのだが


ただ、マリアも剣聖もえらく喜んだのと

参加した武芸者らも「良い勉強になった」と清清しい顔を見せて
お互い称え合った事


自分でも予想外に二位だったグラムは自信を持った

「まだまだいけますな!」と馬鹿笑いしたが翌日寝込んだ

50過ぎなんだから自重して欲しい、とクルツもバレンティアも世話しながら思った
















自壊する帝国










ただ、「その一ヵ月後」の間にベルフが自壊し始める


致命的なミスがやはり聖女とマリアの暗殺未遂事件からだ
ギリギリの展開から逆転を図る物で、理解は出来る手であるが
余りにも味方と敵の立ち位置を理解してない

ベルフにしても「覇者」の戦略だからこその一定の支持だったのだ


アリオスやシャーロットの策を用いていればまだ
逆転は可能であったがそれら進言も中途半端なまま実現し
具申その物も大方無視した

これで「接戦に持ち込め」等ありえないだろう


更に、このミスでの著しい味方将の士気の低下

もはや進言や具申も意味を成さないと成れば
だれもそれすら行わなく成る

もう一つは評判の著しい低下による
志願兵、徴兵が上手く行かなくなった事である

「悪」でも別に構わない
だが、姑息な者となればそれの下に着こうとは思わないのである


シャーロットもカリスも「自分の国」であり
それでも奮闘するのだが

深刻なのはアリオスだった

過去に言った通り
アリオスはまさに「国士」である それだけに
自滅して崩れる国、それを自ら行う皇帝への反発は増大する

ハッキリ言ってもはや何も動かなくなっていた
故に彼は新たな「戦略」を練る事にした

言わば「ベルフ」の後に来る世界まで読んでの「策」である

戦略家であるアリオスらしい先読みである


ただ、この時はそこまで考えていなかった


実際にそれを決断したのは
更に「その一ヵ月後」のマリアの戦略後

起こった大事件での事である












マリアは丁度一ヵ月後、先に行っていたデルタ、レバンへの派兵を行う

また、嫌がらせ戦法か、とベルフ側も思って対応にデルタ、エリザベート

レバン、シャーロットが向かった


実際、連合側も兵は両方2000ずつ

デルタ、北軍ロランら

南、キャシーらに任せたので同じ戦法かと思った



実際開戦すると、両戦遠距離武器の打ち合いに終始して三日嫌がらせした後
後退したが、やれやれとベルフ側が撤退しようとした所に北


デルタに後詰と思われ、北軍の背後、中立街道に展開していた銀の国の軍
グラムを主将とした一万の兵が北軍の撤退と入れ替わりにデルタへ進軍

虚を突かれたが、エリザベートは軍を返して、反転対処するが
数が5倍、一旦足止めするが、どうにも成らずデルタ砦へ篭城する

これに援軍に向かったアルベルト、カリスの軍が同数を揃えて来援し
再び野戦展開して戦端を開くが数は互角で相手はグラム
どうにか防ぎ止めて接戦になる

だが、本隊は南、スエズ西のレバン

キャシーらは撤退から反転して進軍、こちらも後詰に街道に置いた
銀の国の軍がマリア直接指揮の下レバンに進軍
数はこちらも一万で更に、

ロンデルからもニコライ、ハンナの軍が出て合流、総兵力1万5千である

止む無くシャーロットも出るがレバンと合わせて7千 数で二倍差である


しかも地形的にも平地、城、背後に湖であり、数で負けると途端に厳しく
なんらかの策を持って当るのも不可能

しかも相手はマリアである

「捨てる‥しか、ないか‥」

シャーロットもそれしか言えなかった、一旦当ったが
マリアは数で勝っているからと言って力押しせず、遠距離武装、キャシーらの騎馬隊
投石等縦列に交互に誣いて只管火力と距離を活かし

シャーロットに「戦術の発揮為所」すら与えなかった


一旦突撃し、前を崩して縦列陣を崩そうともしたが

キャシーの騎馬隊と重装備兵と押し立てられ失敗

そのまま前線にどうにか噛み付いて個人武を活かそうともしたが
ゴールド親子をぶつけられ膠着

その硬直の楔を付けられた所を中段、左右から遠距離を当てられ
味方が崩れた為後退、一旦下がって再編するが

ここで、どうにもならず、城兵と合わせて撤退指示をだして
レバンを譲る決断をした


デルタで味方も足止め

援軍の来手が無い、篭城という選択も不可能であった
そもそもスエズも空には出来ない上、残っているのはロゼットである


粘りに粘って三日が限度であった


どうにか、それでも、マリア軍の追撃戦、弓での背中削りを
向こうが前に進むタイミングと換装の僅かな隙を拾い
反撃して突撃を当て、手痛い一撃を返し
一矢報いて、敵前線を崩し混乱させ

その隙に反転離脱して被害も防いだ

そこが彼女に出来る最大の反撃だった



被害自体シャーロットの軍のが向こうより5百ほど多かった


即座、スエズに戻ったシャーロットは北、デルタに援軍に向かうが
ここは、連合側がレバンを奪取、占領した事により
グラムが撤退して終えた為
そのまま一同も引いた



既に、最初の戦略から嫌がらせ、削りの連続
多方面からの交互侵攻作戦で全体兵力も逆転し広がり
プレッシャーから皇帝もミスを誘発し
連合側を利する出来事の連続


「圧力をかけて削り、相手のミスを更に誘発する」という
連合戦略会議の思惑に完全に嵌った

マリアらもそこまで上手く行くとは思って居なかったが
「流れ」がもう連合側に来てしまっていた








そして「起こった大事件」とはこの敗戦とレバンを失った事である

クルベル、トレバー、ロンデル、レバンと失い皇帝も不愉快であった

そして事もあろうに

その責任を取らせて前線を任せたシャーロットを外したのである



元々、新将である事、実績の薄い事、信頼度が低い事
西の実質的司令官であったにも関わらず
立て続けに領土を奪われ守れなかった事

そもそも、その割に独断が目立ち、意見だけは多い

これで、外したのである

西司令官はロゼットではあるが、別段戦争に出ている訳ではなく
その下で前線司令を担当したシャーロットを
云わば「スケープゴート」にしただけである


皇帝自身もうんざりであったのである

辛うじて、八将の立場は維持されたが

「お前はもういい、家に帰って謹慎していろ」と告知されたのである

これには、他の将も、彼女の配下も唖然である

「正気か‥シャーロット無しで西は維持すら出来なくなるぞ‥」

「兵はどうなる」

「一応、ロゼットにそのまま移譲、だ、そうだけど」

流石にエリザ、アルベルト、カリスも失望した


だが、最も腹立たしいのは常に隣で戦い
困難な状況から何とか支え、逆転を狙っていたシャーロットの苦闘を
常に見ていた弟子で部下のジャスリンである

「ふざけるな!シャルルの判断は一つも間違っていないぞ!!」と怒鳴って

スエズ軍会議でテーブルの上の物を払い飛ばした

「分かって居ます、が、これが「国」でもあります」

シャーロットはそう言ってジャスリンを制して押さえた

「兎角私は戻ります、貴女は武人としての責務を全うなさい
それは何れ貴女を立てる事になります」

「私でも分かる!ここから反撃等ありえん!!どう立てるというのだ!」

「だからと言って、この決定は覆りません、我々は「軍人」なのです
だから貴女は戦いなさい、それは必ず誰かが見ている
せめて「次」に活かしなさい」

「ぐ‥、次など‥私は、私はシャルルと共に戦えれば良かった‥」


「分かっているわ、それでも進みなさい、貴女は若い」

「なんて‥なんて厳しい先生だ‥」

泣き出すジャスリンをシャーロットは抱きかかえて落ち着かせた


10分は泣いていただろうか、それが落ち着いた後
何度も言い聞かせて、彼女を留まらせた


当日夕方には準備を整えて


シャーロットは、家の者、ローザとオロバスを伴ってスエズを出た








ジャスリン以上にこの決定が腹立たしかったのはアリオスである

最早一言も無かった

配下の者も声を掛けられず、近づく事すら出来ない空気を放っていた

普段が温厚だけに怒ると途轍もなく恐ろしい


(最早これまでか‥)そう心で呟いて自室の部屋に篭った

勿論、ただ引き篭もった訳ではない


半日の思考と準備の後、部屋を出て
補佐の者を呼び指示、その後自らもロベールの下へ行き会談

その場で、自分の軍を置いていく事、ロベールに指揮を移譲する事を伝える

普通の将なら怒るだろうがロベールは
黙って頷いた


「どうするつもりだ?‥離脱でもするのか?」

「もう、北は動きません、シャーロットさんが外されたなら私が中央へ行きます」

「お前も外されるぞ?」

「構いません、もはや、そんな事を恐れて行動しないのは、国の崩壊を見過ごす事です」

「分かった、ここは任せろ‥」

と、だけ言って以降何も言わなかった



ロベールもアリオスの「質」を知っていた事もある
意図は分からないが、それは結果マイナスになるような事はしまいとも思っての事である

だが、皇帝の意に逆らうのであれば、何れ外される事は当然だ
そもそも自分らは軍将であり、命令を無視するのであれば
「軍」としての統制も何もあったものではない

しかし、ロベールも今の状態がまともとは思えず
「アリオスが勝手にやるというなら」というのもあった


「本質的に‥熱い奴なんだよな‥」と言って黙認する






とは言え、アリオスの個人行動はタイミング的に遅いとも居える

中央に戻るだけでも一ヶ月は掛かる

その為、軍そのものはロベールに任せ
周囲の補佐官や「女人隊」一部騎馬や輸送だけで
中央街道を戻った


幸運だったのは、連合側がエルメイアの復帰を待った為
「時間」の余裕が出来た事である


アリオスは中央街道を南進しつつ
先に戻って離脱させた、キョウカ、イリア、姫百合にも指示を出しつつ
到着と同時に行動できるように計らった


その為、姫百合は一時、西から離れ、中央付近に戻る

元々アリオスの軍であるし、預けられたシャーロットも外され宙に浮いていた

一同はクロスランドとベルフ本土の中間にある巨大な街、レンフィスに移動して次を待った




アリオスの手持ち軍は800だったか、少ないだけに移動は早い
かなりの強行軍でもあり大幅に移動期間を短縮して二週で中央に辿り着く

ほぼ近い人間以外誰にも言わず、通知もせず行っていた為
知る者は部下とロベールだけであるが

ロベールも一切言わず黙殺した


一方でそれらを逆に知ったのは「特別な潜入」が可能であるアレクシアである

そこから情報を受けたマリアは考え込んだ

「まさか、アリオスが単独で行動とは‥一体なにを考えている」

「追い込みすぎた、とも言えますね、シャーロットを外した事で
アリオスもかなり怒った様子、というか、彼には
戦略の立て続けのミスが許せないようですね」

「まあ、気持ちは分かる、そもそも戦略でボロ負けしたら
如何な知将と言えど、いや、むしろ知将で有る程、腹が立つじゃろう」

「同感です」

「しかし、そこまでやると、シャーロットと同じ目に合うぞ」

「承知の上の様で‥」

「ふむ‥これは寧ろ動かん方がいいのかのう‥」

「一理あります、私もどちらでも良いと思います」

「が、アリオス程の者と成れば、何か考えあっての事じゃろう」

「ええ、様子見、したほうが良いかも共思います」

「そうじゃな‥うーむ、悩む‥」


悩む、のは当然でもある、当初の方針「向こうのミスと瓦解」が今、目の前で起こっている
同時に、アリオスが自由にしているという事は何らかの策の可能性もある
その準備に精励する機会を与えず、逆に速攻を掛けてもいい

「とりあえず、まだ、デルタがある事じゃし、突いておくか‥
それに、削り作戦にはなる」

「特に反対はありません」

と、アレクシア=猫も同意した為、西で残っているデルタ砦への
消極的侵攻は続ける方針を見せた














其々の決意と決断







実際デルタには、嫌がらせ攻撃を連続で行った

前で敵と近接で防御線を張る軍を四千

後ろから攻城投石を行う軍1千と完全分業二段構えで

それを二グループで敢行


1のグループが攻め、一通り打ちつくして終えた後下がり
2のグループが交代で前に出て同じ事を繰り返すという

所謂、タッグマッチのような攻城戦を間断なく、一月も続けた

無論ベルフ側も出撃してそれを制しようと試みるが
前を担当する軍に

1にグラム

2にマリアと、軍としても付け入る隙が無く、無意味に打ち合って
疲弊するだけになる、シャーロットが前線から居なくなった事により

「叩く手へ噛み付き返す」事すら出来なくなっていた


それらのグループ攻めの1と2が終わった後
今度は更に1に北軍2に南西軍と混成で更に続けられ
総当り交換戦法が継続され更に一ヶ月嫌がらせを行われる

デルタ防衛を行ったアルベルト、エリザベートらも後期にはやられるままになっていた



肝心のアリオスは中央に戻った後、何か仕掛ける、という事も無く
このデルタ戦を傍観、自軍と姫百合の軍を合わせて三千軍に再編


自分の近しい部下だけ集めて密室会談の後
其々手元から離した


一方で皇帝はアリオスの行動を中央街道から戻った時点で知ったが
放置してそのままであった

イチイチまた、面倒な事を言われても敵わん、というだけの事である





ここで、エルメイアも復帰して、まず、マリアに頭を下げた

「申し訳ありません、どうにか区切りをつけました‥」と鏡の間で報告

「何、構わんよ」そうマリアも返したが

あまり、大丈夫、とも見えなかった


その会談ですら、アンジェやカミュらを側に置いての事である

ただ、以前とは面持ちが違う「区切り」とは、どの区切りなのか図りかねた


「一連の情報は聞いております、南は何をするべきでしょう」

「ふむ、依然こちらの攻めが続いておるので、まあ、そちらと合わせて
同時侵攻というのも考えてはいる

クルベル、レバンがある故、挟み撃ちで攻め、スエズ奪還じゃな
ま、向こうも大分戦力を失っておる、それほど大接戦にはなるまい」

「了解しました、フリット隊長らに伝心を渡してあります、兵力も、その時には
あちらへまず指示を」

「うむ、分かった」


と短い会談を終えたが

「どうも表情が硬いですね」

と先にアレクシア=猫が言った

「そうにも見える、わらわにはイマイチ分からん」

「怒っている、のかも」

「うん?」

「ベルフの暗殺未遂に」

「そうなのかの?」

「マリア様の翌日の八つ当たりと似た様な感じでは」

「八つ当たりしたかの?」

「‥」

「ま、エルメイアは「聖女」だけに、卑劣な手段が許せんのかもしれんな」

「はい、本調子で無い割、ベルフに対しての反撃策に積極的でしたね」

「つまりあれか、区切り、とは決意の事か」

「と、思います、ただ、無理をしてはいます」

「ふむ‥、ま、当面はフリットらに任せて問題無いじゃろう」

「ええ、エルメイア様自身の事はアンジェラさんやカミュさんに任せましょう
それだけ近しい人ですし」



アレクシアの見解は当り、だった

エルメイアは「この様な手段」を平然と行うベルフが嫌いであった

全く対極に居る君主であるだけに、それが自分やマリアに向けられた事で
より一層その感情が強くなった


ただ、立ち直り、はしていた、攻めに対して積極的なのも
依然からあった「早く成してしまおう」との意思の増大である

「時間を掛ける程、被害が増えます、それは悪い事です」

「そうですね、民衆も不安でしょうし」

「ええ、北の国も加わったのだし、当初の方針も達成されました
なるべく引き伸ばさずに終えたいです」

「ええ」

とアンジェと交わした事でも分かる


一方でエルメイアとカミュの距離が一連の事件から急速に縮まる

求めに応じて常に側に居て、常に慰めてくれる
常に守ってくれる彼に友人以上の物の感情があった

ただ、その感情を出す事は無かった
立場とまだ、何も片付いていない事

それが常に前にあっての事である






大陸戦争も八年目に成ろうかという所
十分過ぎる優位、から、マリアら連合は本格的な攻勢に出る


レバン、クルベルから派兵し、西と南からスエズへ侵攻

同時、デルタへの侵攻である


スエズに侵攻する軍はフラウベルト主軍五千、フリット、グレイら矛も200

レバンからはゴールド親子、クリシュナから二千、北軍のニコライ、ハンナ、数は5千

スエズには防衛二千とロゼット、カリス、ジャスリンらが居たが合わせて八千


一万対一万二千で数で劣り、士気も既に低く厳しくあった
まして、防衛に極めて強いシャーロットの不在と
援軍のアテである


同時進行であるだけに、手持ちでやりくりしなくては成らない状況
そして、反対側デルタにはマリアらほぼ全軍二万を繰り出した

もはやどこを守る必要も無い
完全に「落としに」来ていた

特にデルタは二ヶ月の連続戦闘のお陰で、砦の体裁も最早無く
アルベルト、エリザベートも合わせて五千まで削られていた


まともな防衛戦等展開出来るハズも無く

「こりゃ終わったな」とエリザ自身も分かっていた
故に、百人騎馬らも前に出さず
「捨てる」つもりの防衛を展開した

そもそも、数が違いすぎる上、戦略戦術で対抗できる将を自ら捨てたのだ
その時点でもう勝ち目等無い

が、アルベルトはどのような時も「皇帝」への信心が高く
1人奮闘したがそれでどうにか成程現実は甘くない

更に悪くしたのは、最後まで防衛戦を展開した為
無意味に前に出て被弾し、重症を負って離脱する事になった


僅か二日でデルタ砦は陥落

特に被害の多いアルベルト軍が2200失い

エリザベートは500で留めて撤退する

それ自体戦略ミスである

そもそも砦もボロボロ、碌な防衛施設として成り立っていないのに
兵力展開して篭城防衛してもたいして意味がない
故にこれまでやっていた「兵力は維持」するという
シャーロットのやり方しかないのだ

無意味に兵を死なせず、数と戦力を維持
領土を譲っても何れあるかもしれない反撃攻勢の次期に備え
それら貯金を使う、それが最も正しかったのだ

守って維持する事ではない
「最終的な勝利者になれば良い」のである




同時期始まったスエズの防衛戦は善戦していた
指揮がカリスであった事もあるが


スエズは場所が狭く防衛野戦でやり易い事、城自体も硬い事
それでも南と西からの包囲戦、数負けであり
苦しい事は変わりない
特に「人材」劣勢である

自軍を分けて二正面防衛になるが
手元にロズエルの姉妹、ジャスリンしか居ない事である

自身は後衛において全体指揮し
前衛はロズエルの姉妹とジャスリンに任せて戦うが
どう見ても向こうの個人武芸者に質はともかく数で負ける

終始苦しい展開であった

それでもカリスはスヴァートや突破兵を展開して

防御線と武芸者、将の劣勢を個と全を巧みに交換させながら
維持して五日凌いだが


デルタの敗戦からクロスランドへ撤退したエリザベートも
まさかここを放棄してスエズに援軍に行く訳にもいかず

クロスランドを動けず
援軍のアテも無かった


どうにか接戦を展開したカリスも

「このまま凌いでも何も状況が好転しない」との考えから野戦から篭城

更に、放棄前提で反撃、迎撃を五日行い、最後にはロゼットらも連れて

スエズから撤退した

兎に角、劣勢で耐えても、兵の被害が拡大するだけであり

「こちらに流れが来た時の為に兵力だけは温存する」という選択をした


実際カリスは粘った割りには800の被害で済ませ

伊達にシャーロットやアリオスの弟子ではないな、という結果は見せた


とは言え、「こちらに流れが来た時」等、もう無いだろう、とは思っていた

既に全体でも敗戦濃厚としか言いようが無い
好転するなら兎も角、更にミスを上塗りするという流れだ
当然だろう


カリスらはスエズの撤退から5日掛け、クロスランドへ
元々大戦前から、大陸の重要要所であり、堅い砦街である
ここから東、つまりベルフ本国まで防衛展開する砦や城も直通路には無い
その為ここがある意味、最終防衛の要所でもある


此処より巨大な街が背後のレンフィスであるが

砦や城とは違い「防備」は弱い為である




既にクロスランドに集結した総軍も
一万であり、銀の国の軍だけに比しても半数
もはや「西軍」とも言えないような状況だった



ここでようやく皇帝が北の放棄とロベールの撤退を指示した
しかし、数が多いだけに戻るのも最速で二ヶ月という絶望的な状況である

その判断すら遅い

連合側も「もう詰んだな」という意識だった

特にベルフ側は例の「暗殺未遂」事件から志願兵の類も減り
徴兵自体も上手く行かなくなり
支配地域から離脱する民も多くなっていた













最後の策







アリオスはここで、レンフィスから本国へ戻り
まず「家」に戻ったシャーロットに面会した




彼のレンフィスに戻って打った「策」の準備は既にほぼ終わっており
後はそれの展開が「動き出す」のを待つのが大半である

だから「終わった後」の事の為に
シャーロットに会った



彼女の屋敷を訪れて顔を合わせた時シャーロットは驚いたが
同時、嬉しくもあった
元々長い付き合い、兄弟弟子である
そして、何ら意味もなくアリオスが動く事はありえないとも知っていたからだ

アリオスを応接室に招きコーヒーを出した後
自分も座って対面した


「で、暇な私に何か御用かしら?」

「ええ、まあ、大した事では無いんですが、後々の事でちょっと」

「と、言うからには敗戦の後の事かしら?」

「ハハ‥流石「シャルル」もう打つ手なしという見解ですね」

「そうねぇ‥どうにかこっちの動きで反撃、らしき物が出来たのは
やっぱり暗殺事件前のクルベルかしら」

「ご尤もです。あそこで東、西を専守、南に全軍攻撃、これで抜けたハズです
となれば、向こうも攻勢にでられませんでした」

「仕方ないわね‥間違いは取り戻せない」

「まあ、それでも成功率は良いとこ五分ですけどね」

「そうね」

一時そこで双方会話が止まってお互いお茶を啜った


「で、私、中央に戻った後、色々工作してましてね」

「ええ」

「まず、シャルルについてですが、今のうちの家の資産なんかを
隠した方がいいと思います」

「もう処理してるわ、元の商売の仲間に「銀行」をやらせているわ」

「流石です」

「で?」

「で、シャルルさんの方、要するに「御身」の方ですが、やはり何があっても動かないほうが
いいと思います、私の方で一応「八重」さんらに周囲を守らせます」

「何があっても、とは?」

「まあ、無いと思いますが、皇帝から呼び出しが有るかもしれませんし
また、戦場に駆り出されても、もう、無駄でしかありませんし
死地に赴く事になるだけですから」

「アルベルトも重症らしいからね」

「代わりに、となっても無視なさって良いと思います
まあ、自分で冷遇しておいて助けろ、とは笑える話ですが」

「そうかもね」

「で、ですね、身の危険というのもあるし、ここも戦場になるでしょうから」

「もう、そうなるでしょう」

「今更兵力分散の愚かさを知って、ロベールさんを戻しましたし
たぶんガレスさんも戻して決戦でしょう
んで、私の方ですが、それを早める、策を打ってあります
色々、なんというか条件付で、可能な限り味方を潰さずに」

「そう‥じゃあ、私はあくまで「ベルフの元八将」て立場でいいのかしらね」

「ええ、私はシャルルさんの安全は確保します
それと戦後の事も」

「うん?何を考えてるの?アリオス」

「言うまでも無く、秘密でお願いしたいのですが」

「ええ、もちろんよ」


そこで、アリオスは自身の考えた、既に展開してる「策」をシャーロットに披露した


「‥貴方らしい‥と、言っていいのかしら‥」

「本心から言わせてもらいますが。私はもう、皇帝の命に従う気はありません
このまま進んでも、全員死ぬだけです。
ですが私自身「ベルフ」という国が歴史から消えるのは耐えられません」

「要は、愚かな判断を繰り返す王が変わればいい、そういう事ね」

「はい」


と両者見詰め合って沈黙した


「分かったわ‥私に出来る事はある?」

「シャルルさんの中央、本土付近に配した、ラファエルさんもこちらへ
貴女はそのまま、「皇帝の不興を買って外された不幸な名士」という立場で
なるべく安全には配慮してください、それだけです‥」

「分かった」

「では、私はこれで‥」

「次はどこへ?」

「皇帝に会います、まあ、誘導ですね。」

「死なないでよアリオス」

「そのつもりです、後の事は分かりませんが、片付けが終わるまでは死ぬつもりはありません」

二人とも立ち、柔らかく、長い握手を交わした











同日、アリオスは宣言どおり皇帝ベルフに面会
無視されるかとも思ったがそれは実現した

皇帝自身、現状の打開策が皆無であった為
アリオスに頼らざる得なかった

「勝手な行動を取り、申し訳御座いません」

「‥それはまあ良い、特に何かマイナスがあった訳ではない
で?何か用か?」

「は‥「策」というより、反転攻勢に最後に望みを掛けたいと思いまして
その許可を頂きたいと」

「ほう‥まあいい、言ってみろ」





そこで、アリオスは「策」を伝える


「ふむ‥たしかに、それしか無いな‥」

「ハイ、事ここに至っては、ただ戦力結集して戦っても不利になる可能性があります
領土を維持するのが目的では無く、我々は「敵」を倒す事が目的と思います
陛下にとっては不快な手段と思いますが‥」

「が、理には適っている、いいだろう、ワシも耐えよう
貴様に任せる」

「ハハ!‥」

「ただ、少し時間が掛かります故‥」

「構わん、好きにしろ」

「ありがたき幸せ‥」

と、アリオスは肝心な部分を除いて策を披露
皇帝その物を釣って自身の「策」を通した






ただ、この「策」は連合側、ベルフ軍各将にとっても余りにも予想外だった

皇帝とアリオスの会談の後

一週間後にそれは訪れる、まず、ベルフの全将に書面での通達

既にアルベルトとシャーロットは居ない為

6将ではあるが

「本国決戦‥か」

「間違いではありませんね、しかし、問題は物資の移動ですが‥」

「皇帝からその為の部隊や人員は回すとの事だ」

「とは言え、やるしかないな」

エリザベート、カリスはそう見解を示してその策を同意し
その準備に取り掛かる





一方で連合側には「内密」の使者がマリア、エルメイアの元に来訪した

その通達と書面を見てマリアもエルメイアも驚いた


「な?!何でこんな事が‥!」

「後、アリオス様も来られます、ですが、それも内密にどこか別の場所を用意して頂きたい」

「うむ‥しかし信じていいのか?」

「これは「ベルフ」としての会談ではありません、アリオス様としての会談です」

「分かった‥ではこちらの領土でいいのか」

「ハイ、そのくらいでないと情報が漏れます」

「うむ‥ではトレバーの後ろ、港町がある、そこでよいか?」

「分かりました、ですが人数も最少でお願いします」

「よかろう‥10日後の夜、の方がいいか」

「ハイ、伝えます」

と使者に充てられたキョウカは相互に情報交換の後、即座城を出た


そしてエルメイアの方にも同じ内容の使者が訪れ
内密会談を行い、同意を取った



両盟主共「何かの罠か?」とも思ったが

アリオスがそこまで姑息な事をするとも思えず

更に、その手の謀略は現状、寧ろベルフを更に損なうだけだろうとも思った


この一件を聞いた極一部の連合軍師

アンジェ、アレクシアとも、やはり同じく

「この段階に至ってそこまでセコイ手を打つとは思えない」との見解を示し

更に「内密」ならばと少数のメンバーと更に人目に触れない様に最大の
配慮がされた


指定日、トレバーの西、「ロドテシス港」でマリア軍の船を着け

夕方には会談メンバーも選抜される

海上なら誰の目にも触れず、情報漏れの確率も極めて低い
何か策だとしても向こうも逃げれないし、そもそも送り込むのも不可能

故である

メンバーは其々の連合代表者で来れる者、最小である

エルメイア、アンジェ、カミュ、マリア、ジェイド、ロラン、チカ、アレクシア=猫、シューウォーザー
である


海上に出した船に、実際アリオス自ら、キョウカ、八重と護衛5人という
疑いすら吹き飛ばす程の少数で、しかも自身らが乗れるだけの
小船で乗り込んできた


会談自体も密室を用意され
会議テーブルを囲んで会談が行われる

まずアリオスは

「大陸中の名士とお会いできて光栄です」と挨拶した

「うむ、そなたとは初めてではないが、この様な場で再会出来た事を幸いに思う」

「まず、皆さんには私の策がある程度完遂するまで、決して秘密を洩らさない
それに同意願いたい」

「分かった」と一同頷いた


「まず、本心を言わせて貰いますと、私は、皇帝を見限りました」

「!?」

「最も帝国に尽くしたそなたが‥?」

「信用しろ、とは言えません実際今までが今までですから」

「いや、まあ、現状、この場を作ったのだからある程度は信用するが‥」

とマリアの言には一同も同意である

「何がそこまで‥」とエルメイアも思わず口にして呟く


「ハイ、私は戦略家であります、皇帝もそうです、ですが
南方戦争から、その慧眼が衰え、国を損なう様な命令と指示
更に、ベルフに尽くした将らを軽視し、意見すらまともに通らなくなりました」

「それで‥」

「個人的な事ですが、兄弟弟子でもあるシャーロット=バルテルスに対する
為さり様、エルメイア、マリア様への、愚劣な暗殺策動
それで自国民すら軽視するような展開‥
これでは、もう王としての意味がありません」

「だが、だからと言ってどうするのか?」

「は、そこで私、皆様に皇帝を討って頂きたいと思い至った次第です」

「分からなくは有りませんが‥」

「しかし、王を裏切る者を信用しろというのは無理があるのでは」

「ご尤もです、ですが、私としてはベルフを潰すというつもりもありません
私自身「ベルフ」という生まれ育った国に対して愛国の心はあります」

「ふむ‥」

「故に、頭を挿げ替える、という策を考えております」

「暗殺でもするのか?いや‥我らに討って欲しいというからには違うか」

「はい、大陸連合はベルフに対する者、故に正面から倒すのです」

「しかし、それで頭を挿げ替えるとは?」

「は、私の弟子でもあります、カリス様、ロゼット様に代替わりして頂きたいのです」

「成程‥カリステア、ロゼット両名共、民心の信頼と評価の高い人物
しかも皇帝の子供じゃ」

「左様です、贔屓目かもしれませんが、お二人共、優しく、美しく
下も上もよく見るお方、更に戦争を嫌っております
そうなれば、代替わりを果せば、和平の道も有りえます

特にカリス様は「早く事を成せば、それだけ人死にを少なく出来る」と考え
自ら戦場に出てきたお方です」



エルメイアにとってはその言は意外でもあり、共感があった
同じ事を考えていたからである


「わたくしも、同じ考えで御座います‥」

エルメイアが真っ先にそう言った

「勝ち負けは兎も角、戦争が長引いて不幸になるのは民衆です
人の上に立つ者、国を預かる者が、それを悪戯に長引かせるのは間違いです」

「慧眼で御座います」

エルメイアにそう言われると一同も唸って考え込む


「ですが、皇帝陛下は降伏などあり得ないでしょう、故に
新たな王を入れたいのです」

「しかし‥アリオス殿に何のメリットがあるんじゃ?」

「は、私はもう、負けは確定していると思っています
なので、交換条件を願いたい、無論全て上手くいったらの話ですが」

「聞こう」


と、そこで、アリオスはその「条件」を述べた


「そこまではいい、が、アリオス殿のそれが、我らを損なう「策」でないという
保障は?」

「は、私、既に「策」を皇帝陛下に具申して呑ませてあります
それらもお伝えします、そこで、ソレが全て伝えた通り展開したら
偽りは無いと考えては貰えませんか?」

「うーむ‥」

「何でしたら、書面にでもしましょう、何らかの裏切りがあった場合
それを公開して、私を向こうに居ながら殺せます、味方の手で
何しろ「裏切り者」に出来ますから」


エルメイアはそこで立ち上がり

「わたくしはアリオス殿を信じます」と声を張って宣言した

「うむ、ここまで見せられてはな」

「聖女の判断に従います」と一同も追従する


「有り難う御座います皆さん」アリオスもそう返して感謝を述べる


「さて、ではアリオス殿、その「策」とやらを聞かせて貰おう」

「ハ」

と、一同に説明を行う


「成程‥」

「うーむ、という事はこちらは何もしないのか?」

「いえ、余り手抜きするとバレますので、適度に皆さんにも「妨害」のふりを」

「分かった」

「それと交換条件ですが」

「それも分かった、ただ、完璧、とは行かんかも知れん、何しろ戦場
戦争での事だ」

「承知しています」

「では、一旦解散としよう」

「殆ど、やるべき事はこちら側の事です、なので、改めて連絡を入れます」

「了解した」


ここで、この秘密会談は終わる


船を港に戻し、アリオスらも先に離脱
ただ、その後「偽りの正式外交会談」が後日にはマリアらと行われた

「万が一の疑い」もさせない為である

そこでアリオスは連合に対して単身乗り込み
「マリアらと直接休戦交渉を行い、物別れに終わった」と両軍に周知させてから
疑いの目すら向けさせず、更に、「戦争の気運」を高めた後、自国に戻る










一方クロスランド、背後にある本国までの道、砦、城、街では
皇帝に示した策の準備が進められる

アリオスは一旦クロスランドに戻り
他の将と会談

一同も再会を喜んだが、同時、この策への問いを受けるが
無論、肝心な部分を排除してアリオスも説明する


「それにしてもよく皇帝に呑ませたな」

「というか、手が無いんでしょう」

「けどまあ、理には適ってると思うよ」

「ええ、これしかありません、ただ、成功率は高くありませんが‥」

「それは仕方ないだろう、もうどうしょうもない所まで来ているからな」

「はい、兎に角、私も兵と将を持ってきました、急ぎましょう」

そう会談を早々に切り上げ、準備に精励させた
連合に伝えた反面、ベルフ側の味方には「真の目的」は一切伝えていないのだから
それ以上言いようがないのもある


策としては単純な物だ

連合の支配地からベルフ王都まで、間にある全ての街や城で兵力を放棄する

物資等も民衆、非戦闘員の分だけ残し引揚げる

下がり防衛しながら敵を削り、王都まで引き

戦力を結集した後、正面決戦を挑み、撃退して反転攻勢

という物である

「理に適っている」と言った通り、敵の遠征軍を引き込み、疲弊させ
その疲労のピークで反撃して叩くという焦土策として
正統的な物である

アリオスだけに「もっと奇抜な何か」があるのかとも思ったが
逆に奇策を挟む余地も無い物であり
一応の納得が得られての展開である





ただ、この作戦の場合、全戦力を結集する事、一旦領土を捨てる事であり

「皇帝には不快でしょうが」と言った通り、我慢を擁する物である

また、逆に連合側からすれば

それだけの物資の用意が必要である事

向こうが捨てた領土の確保維持を必要とするものであり手間が掛かるとも言える

更にただ傍観しているだけで無く、一定の攻めも行わなければ

アリオスの策を台無しにする事にもなる為

やらない訳にはいかなかった


マリアはそのままクロスランド

エルメイアはスエズからクロスランドへの包囲戦を仕掛け

更に向こうの収拾に合わせて東地域も取らなければならない為

メルト、隣接地のある、南方からも攻めを展開する必要がある



実際、東からガレス、北からロベールが引き

領土放棄して中央に物資回収しながら撤退を始めたのは更に一ヶ月である



連合各国は敵が引くのに合わせて領土奪取を行いつつ

各国から予備費や予備物資、兵糧等を集めて次第に全方位から領土奪還戦を行った

この作戦に連合側、事情を知らない国、領主からの不満は出なかった

表面上は「大反撃作戦」に見えた事

それが次々成功した、と見えた事にある



















残ったベルフ六将がレンフィスに集まったのは更に一ヵ月後である


「まさか、全員ここに集まる事態に成るとはな」

ロベールが先ず言った、ありえない事態であり、予想外であった

「我らがここまで追い込まれる、それ自体考えておらんかったからな」

ガレスは殆ど無表情のまま、腕を組んで堂々としていた

「まあ、兵と軍と将を集めて最終正面決戦、私は悪くないと思ってる
勝ち負けはここまで来たらさほど気にならん」

「お前らしいな‥」とエリザベートの言にロベールもガレスも返した

そこは三者共同じ気持ちだったのかもしれない


「所で、最終防衛戦はどこで引くのだ?」

「ええ、王都前まで引きます、地形的優位があるので」

「だろうな‥」

「ただ、六将と言っても、ロゼット様には城に戻って貰います」

「え‥ここまで来て私を外すのですか?アリオス‥」

「申し訳ありません‥ですが「後」の事を考えた場合、誰かが後事を取らねばなりません
それが出来るのはカリス様かロゼット様だけです
ここに居る将らも、カリス様やロゼット様の意思なら従います」

「言うは心苦しいが、ロゼット様が居られても、余り決戦の役には立ちません」

ロベールの言う事も尤もである

「そしてカリス様は戦場ではそれだけの結果を出していますし
配下の三姉妹もカリス様にしか使えません、そういう事です」

「そうですね‥、ご尤もです
分かりました、私は「後」を承ります」

「それに、我々も死にに行く前提ではありませんし、もしもの事があった場合です」

「ハイ、承知しております」


「さて、戦略は決まっているが、戦術だが」

「まあ、総力戦、ですね、一応、武装、兵装、等も全て本国に準備を整えてありますが
ただ、向こうの疲弊、物資不足があると思うので」

「うむ、基本的に守勢、膠着を長引かせ、向こうの崩れを待ち、反撃となるか」

「はい」

「逆にこちらは補給線の長さを気にする必要は無い、という事だな」

「まあ、私は普通にやらせてもらうがな、コレほどの決戦は
もう一生無いだろうし、精々楽しませて貰う」

「フ‥同感ではある」

「そもそも、この策自体、成功率が高い訳でもない
大軍を相手にするのは武人の本懐でもある」

相変わらず、ロベール、エリザベート、ガレスは純粋な「武人将」である
こう言われるとアリオスも

「真に代えがたい武将だなぁ」そう感慨すら覚えた


「死にに行く訳ではない」とは言ったが一同は既に「覚悟」があったのかもしれない




















二重決戦











そこから更に一ヶ月双方

ベルフ本国手前で進み、対峙する事になる


大陸戦争8年目の中ほどの事である‥









ベルフの王都がそう遠くない所に見える場所

草原での決戦である



連合側もほぼ全ての軍が集結し数は7万

ベルフ側も全戦力を結集した数、5万五千である



双方、軍を三つに分けた正統戦法

それら三軍に其々、ロベール、エリザベート、ガレスが置かれ

戦闘開始される


「大軍となれば、これと言った小技は必要ない各々の武を発揮せよ」

そうロベールが指示したが、全くもってその通りである

ここまでの規模となるとマリアの戦術の様な
軍を分けての挟み撃ちや、細かい包囲戦等連動の面で難しく
更に連合側は混成軍
正統決戦での打ち合いしか無いのである



とは言え、数でも武芸者でも武装でも上回る連合側にしてみれば
それ自体望む所である

特に其々の武芸者は力の発揮為所でもあり
それはベルフも同じであった


しばらく接戦が続き、半日経過するが


其々最前戦に出てきた三将とそれに合わせた連合武芸者
これも対峙して当る事になる



右翼担当したロベールにチカが立ちはだかる


「フ‥チカか」

「お久しぶりですロベールさん」

「腕を上げたか?」

「そのつもりです」

短く言って構えた





一方左翼ではエリザベート、ジェイドが当る


「そういえば、まだ、決着がついてなかったね」

「そうだな‥」

「もう、私じゃ及ばないだろうが、楽しませて貰う」

「つき合おう」



4者の武芸、当初は個人戦では無く、前線の戦闘の中での戦いだったが

余りの異次元の個人戦に自然と兵が離れ手が止まる



チカとロベールは余りの速さと風切りに竜巻が起こるような錯覚

エリザベートとジェイドは打ち合いで空気と大地が振動するような錯覚


両軍の前線兵が動けなくなり、近寄れなくなるのは当然ともいえた


が、この個人戦はどちらも10分の打ち合いの末、連合側が勝つ事になる








「グ!‥」とロベールが洩らし、後ろにぐらついて馬も自然と数歩下がった

右肩を打ち抜かれ、思わず声を上げた

「‥既に技術でも俺を超えたか、いや‥「速さ」か‥」

チカの渾身の一撃が「見えなかった」のだ

「‥か、勝った‥」

ロベールは深い傷を受けながらも笑っていた

「そうだな、お前の勝ちだ‥もう、槍は振るえん」

そう言いつつ、ジリジリ馬を下げて返した

「あ‥」とチカは何も言えなかった、何かを言いたかったが何も出なかった


「誇っていい、もう、お前に勝てる槍士は居らぬ、さらばだ‥」

と前線から引いていった


勝って嬉しい、より、悲しい、彼が去っていくのが
そんな心境だった。
チカは何も言えずそのまま自分も下がった





一方ジェイドとエリザベート戦も決着が付いた


エリザベートはジェイドの一撃を受けるつもりで出した
槍斧ごと体を、右肩から左脇腹まで斜め下に切り裂かれて倒れ


仰向けのまま言った


「やはり私でももう及ばん、か‥が、人生最高の戦いだった‥」


致命傷である、もう助からないそれでも
エリザベートは笑っていた

「姉上!」と弟クリスが滑り込み怪我を見た
誰が見ても同じだ、もういくらも持たない


「すまんな、加減する余裕が無かった‥それほど強かったよエリザベート」


だが、ジェイドは左手で胸元にあった「アレ」を出し
それを二人に投げてよこした

「?」という顔をしたエリザベートとクリスに言った

「ヒーラーの石だ、使え、まだ、間に合う
念じろ、治せと」

咄嗟に理解したクリスはそれを取って念じる
その手から眩しい光が放たれ、エリザの負傷をみるみる癒す

それを見たクリスは人目もはばからず涙を流した


「ある程度は治るが、失った物は戻らん、これだけの出血だ、早く連れて戻り
手当てをしろ、そしてそのまま戦争が終わるまで寝ていろ‥」

それだけ言ってジェイドは背を向けた

「ああ‥」クリスもそれしか言えなかった
そして去り行くジェイドの背中に頭を下げた


数人の部下に運ばれて下がるエリザは笑ったまま言った


「くそったれ‥何もかも完敗じゃないか‥‥ホントに惚れそうだよ‥」

だがクリスも同じ気持ちだった

「ええ、私もです‥」








ロベールもエリザベートも戦線離脱となる

この手痛い一撃は元々劣勢条件であるベルフ軍を更に追い込む


ロベールの代わりにカリス

エリザベートの代わりにアリオスが入って穴埋めするがそれで足りるハズは
無く、ジリジリ劣勢が広がる


特にアリオスは手元武芸者に女人隊しかこの時居らず、全名を当てて
数でカバーするがそれでも負ける

止む無く、姫百合、ジャスリンらも両翼に参戦させるが
もはや対処療法の時間稼ぎでしかない


中央陣のガレスはその状況でも奮闘して接戦を繰り広げるが両側陣が劣ると孤立気味になり
全体のバランスも次第に崩れていく



「このままでは‥向こうの意気が落ちるまで耐えるまでも無く
最短で負ける‥」

カリスはそう呟いたが打てる手が殆ど無い

一時重装備兵を並べて、攻勢を防ぐが連合側にもそれがあり
足を止めるに留まる、それほど武装でも優位性はなくなっていた


それでも全軍、最後の戦いであり、不眠不休の全てを投入した戦いを展開する

どうにかそれで凌いだのは3日だった

まず、中央陣で奮闘し続けて居たガレスが倒れる
過労だ、高齢ゆえ、連続戦闘等彼には厳しい


そうなると全軍の崩れが一気に広がり、打ち倒される


ここでアリオスが見切りを付け全軍後退指示

王都前の人造湖まで軍を下げて、キョウカに指示を出した




「引いたか、一旦再編だな」

「ええ、もう勝敗は決している、と言ってもいいでしょう」

「これ以上無駄な戦いはしたくないですね」

マリア、アレクシア、エルメイアは続けて言う

そこにアリオスからの密書が届く

それを受け取って読んだマリアも向こうに合わせて一旦全軍後退、と再編
休息を指示して下がらせた





その夜、陣幕を貼って、連合側軍官の責任者らが集められる


何事かと思われたが、ここで
マリアらはアリオスの「策」の全容を説明する

半数の者は知っていたが知らぬ者にとっては驚きだ


「つまり、取引したと言うことですか」

「うむ、無駄に戦争を長引かせず、且つ、ベルフ本国は残すというな」

知らぬ一同は「うーむ」と考え込んだ
不愉快な者も居ただろうだが

「わたくしがこの件を容認しました
戦争が長引いて苦しむのは民です、それを悪戯に引き伸ばすのは為政者として
完全に間違いです、だからアリオスとの取引を受けました」

余りにも尤もな意見を「聖女」から言われると
一同も頷いて納得する
そもそも「盟主」であり、決定は優先されるのである


「和平‥という事ですか?」

「いえ、それは皇帝を倒すまで成されないでしょう」

「では?」

「先の戦闘の終わりにアリオスから密書が届いた
我々は王都前まで攻め、人を敵の城に潜入させる
その手筈はアリオスが整えた、との事だ」

「つまり、皇帝を直接殺して、終わらせるという事ですか」

「左様じゃ」

「分かりました、エルメイア様の言う事も尤もです我らも従います」

「有り難う御座います」

「そこで、これには直接城に乗り込む訳じゃが‥」

「あまり責任の多い者はまずいですな、ある意味、潜入工作員のような物ですし」

「そうじゃ、メンバーを選抜したい、だが軍の責任者や将、指揮官は困る
戦争、正面決戦も続けてこっちに目を引きつける
それでいて、武芸者で個々の力の高い者じゃ」


「なら、俺だな」とまずジェイドが手を挙げる

「それなら私も」とチカが続く

「そうなると、僕もですかね」

「じゃあ私もね」カミュ、ライナが立つ

「うーん、一応あたしも行こうかな」マリーが続いたが

何故か一同「えー」という感じだった

「いやほら、いざって時転移出来るし‥伝心術もあるし‥」

「な、なるほど‥」

「心配するな、マリーは見た目はこうだが、武芸は俺と良い勝負する」

「さ、左様ですか‥」その一同も驚いていた

「何であたしの時だけ不安そうにするのよ‥」

「どう見ても強そうに見えんからな‥」

「ま、まあ、それほど心配する事も無い、向こうの手引きがあるんじゃし」

「そ、そうですね」

「とりあえず、明日にはまた戦争再開だ、向こうの王都まで押さねばならん、
潜入ルートは西から回って森から背後気味に出られるとの事だ
入り口に案内を置いているとの事」

「分かりました、出立は早い方が良いですか?」

「うむ、出られるなら夜のうちのがいい」

「了解です」

と選抜メンバーも決定

ジェイド、マリー、チカ、カミュ、ライナに護衛、専門家10人程である



本当は参加したい武芸の者も居るのだが、正面決戦も継続しなければならず
軍や隊を預かる者は自重した





その選抜メンバーは指示された森西への道に深夜到着、そこには
全身黒尽くめの一団とショートボブの黒髪の少女が待っていて
一同を出迎えた

「道案内と任されました、八重と申します、どうぞこちらへ」

殆ど直立不動、返答も待たずに森の獣道へ入っていった







翌日、午前中から「正面決戦」は再開される

作戦通り、王都まで一気に押す攻勢が展開される
既に、数の上では63000対30000であり、意図した攻勢は
達成される、そこでわざと膠着戦を作り
時間を稼ぎつつ、全軍を釘付けにするという物である


一方、潜入部隊はそれに合わせて城の裏手から侵入

王座の間を目指した


城内は殆ど途中まで無人、全戦力を結集した点

そしてアリオスらが既に残った城の者も誘導、捕縛して閉じ込めた為である

意外な程あっさり、王座の間手前まで辿り着いた

そこで待っていたのはアリオスの部下のキョウカ、イリアであった

最後に残っていたであろう、城の護衛兵もその場に打ち倒されていた


これに驚いていたのはライナである当然だろう

同時、イリアは走ってライナに抱きついた

「ライナ!」

「まさか、また、会えるなんて‥」

お互い自然と涙が溢れ出す

もうずいぶん長い間会っていない、そして最後に分かれた
「あの日」以来の再会である




「では、私はこれで」キョウカは下がって言った

「有り難う、キョウカさん」

「いえ、後は直進するだけで、皇帝の居るのも確認しています」


「了解した」

キョウカはそのまま去って行った

アリオスはこの時点でイリアを返す事を決断しイリアを送った

イリア自身は最後までアリオスの下に居るつもりだったが

それは受け入れられなかった為である






一同はそのまま誘導に従い、王座の間に踏み込んで構えた

中は広い、皇帝は近習の者とやり取りしていたが

踏み込まれてそちらを見た


「何だお前ら‥」

「敵か!」と護衛の者が叫ぶ

皇帝も王座を立ってギロリと見る

迫力のある50過ぎの中年、体も大きく

一種八将のような武芸者にも見える程迫力がある

「まだ、戦争は終わっていないハズだが、どこから入ったのか‥」と

そこで一同の中に八重らを見つける

「そうか‥裏切りか。たしかアリオスの部下だったな」

八重は一切無視して下がった

「私の役目はここまでです、後は好きにしてください」とだけ言って
早々に部屋を出た


ジェイドは中の人間を全て一瞬で数えた

「皇帝、護衛10、近習2余裕だな」

そう呟いて前に出て抜く


「皇帝ベルフ、首、取らせて貰うぞ」

「フン、若造が」

とベルフも剣を抜いた、どうやら皇帝は武にも自信があるらしい

それに合わせて、護衛兵も剣を抜く、しかし

「タイミングが早いが丁度いいとも言う、オイ、あれを出せ」

「は、はは!」と兵が1人走り、右奥にある扉に

巨大な頑丈な扉だ、それに掛かっている鍵を外し開け放って離れた

その開けられた扉から「何か巨大な者」が出て来る

その姿はライナもカミュもジェイドも見覚えがある

「人造魔人」だ


「闘技場に出せるくらいだから居るんでしょうね‥」

思わずライナが呆れて言った

「でも、僕らは経験がある」


「フン、戦争で使おうかと思ったが、今と成っては貴様らに使ってやろう」

「人造魔人か‥俺も2度会ったな、まさかこういう餌があるとはな」と

ジェイドは寧ろ嬉しそうに不敵に笑った


「ジェイドってやっぱ、戦うの好きよね‥餌って何よ‥」

「もう、戦う事も無いと思っていたからな、嬉しくもある」

ジェイドもマリーもまるで緊張感が無い


「じゃあ、皇帝は私が貰っていいですね」とチカが無表情に言って構える

「単身であの化け物と戦うの?ジェイド‥」

「譲ってくれるか?ライナ、カミュ」

「え、ええ、いいですけど‥」

「しょうがないわね、他の雑魚は掃除してあげるわ」

「わるいね」とジェイドは構え

ゆっくりと歩み寄る魔人に対峙した


皇帝は不愉快であった、まるで余裕なガキ共の態度にである

「なめおって‥」と、獣がグルル、と鳴く様に言う

チカが前に出て、皇帝の近衛がそれに合わせて立ちはだかり

動く

が、同時動いたハズなのに近衛は剣を振るう前に3人チカに突き倒されて転がった

そこにライナとカミュが横から襲い掛かり更に4人倒す

「な?!」と言った途端残り3人の首も飛んで転がった


実力が違い過ぎた


「掃除」とやらは30秒で片付いた


「一応礼節を持って、一対一で相手します」

「3人でも足りんくらいだ、ひよっこ共」

とチカとベルフは打ち合う

一瞬で決着が付くかと思われたがベルフは「自信がある」だけに
強かった、チカの攻撃も防いで返すほど

伊達に「覇王」等呼ばれて居らず、八将に勝るとも劣らない強さだった


「強い‥!けど!」とチカは小さく叫んだ後、槍をねじ込んだ

それは皇帝の胸を貫き、チカが槍を抜いた後、片膝を床についた


「ぐ‥!」と血を吐いた後、もう一方の膝も付いて、剣を落とした後

チカを見上げた


チカはそれを見下ろし、吐き捨てた


「ロベールさんより二段落ちる」と冷たく言う


無念そうに皇帝は前に倒れ絶命した








一方、魔人と当ったジェイドは20合打ち合った後

魔人の左足を両断、倒れ掛かる所へ横切りを浴びせ

首を飛ばし、後

右手に持った刀を床をかすめる様に払って付いた血を拭って

「ふう!」と息を吐いた

まるで「いい汗かいた」と言いたげな程である


「あちゃ〜、もう人造魔人でも余裕かぁ‥」

「そうでもない、結構苦戦したぞ?」

「たった今三枚に下ろした人の言うセリフですか‥」



何時でも何処でも、マリーとジェイドである



「あんまりやる事なかったわね‥」

「強すぎなんですよ皆‥」

「ホントに‥」とライナとカミュ、イリアに言われた

やる事がなかったのは一同に着いた護衛もであるが

兎に角これで終わったとの思いでむしろ喜んでいた



マリーは即座、伝心術を使い、アレクシアに一連の結果を伝え
マリアにそのまま話して戦闘停止の指示を告知する


同時、敵側、ベルフ軍にも伝え、止めさせる

「どういう事か」とざわめいた



「どうも、納得し難い様ね、あちらさんも」マリーが言った為

「しょうがないな‥」とジェイドはベルフに近づいて刀を振り上げる


数分後、城のバルコニーに出て、皇帝の首を掲げてジェイドは叫んだ

「貴様らの皇帝の首は俺たちが取った、戦闘を停止しろ!」と


これほど、説明のいらない示しは無い

「ああ‥」とベルフ軍もそこでようやく事態を飲み込み、戦闘停止する事になる



「ヤレヤレ」と王座の間に戻ったジェイドだが
一方一同は深刻な顔をしていた

特にマリーは皇帝の遺骸の側に傅いて何かを調べていた

「どうした?」

「ええ、皇帝のこの剣、エンチャント武器ね‥」

「うん?」ジェイドも見るがエンチャント武器独特の「玉」が無い

「宝玉は無いが‥」

「刀身中央に挟むように埋め込まれているわ」

「何か問題が?」

「すっごい魔力があるわ、触らない方がいい、アレクシアも呼ぶわ」

「そんなに珍しくて危ない物なのか?」

「かも」

「分かった、誰にも触らせるな、と周知させてくれ」と護衛兵に伝え

その情報も外の居る全員に示され

求めに応じて、アレクシアも飛んでくる


マリーとアレクシアは何やら相談しながら術を掛けてはまた相談するという事を繰り返した

何なんだ?と思っていたがそのうち一定の結果が出る

「所謂、全体資質強化ねこれ」

「ええ、多分‥」

「しかも、内面にも利くタイプ」

どうも言われてもよく分からないので

「何なんだソレ?」

とジェイドが聞く

「えーと‥持った人の全体能力、つまり、力とか技とか全部上乗せされる魔術が掛かってる」

「ええ、しかも内面的要素も」

「何が危険なんだ?さっぱり分からん」

「うーん、ジェイドなら問題無いわね」

「持っていいわよ」

「オイ、人体実験かよ!」

「違うわよ、内面資質が「悪」じゃない人は問題ないって事」

「はぁ?」

「全体資質の強化魔法、つまり、その者が欲深いとか野心が高いとかだと
それが強化されるって事、だからジェイドが持ってもなんも悪い事は起きないって事」

「おい‥それって‥」

「ハァ‥酷い喜劇ね、皇帝の覇王の資質がエンチャントのお陰だなんて」

「全くね」

「ああ、でも、あれね、元々「そう」じゃないと大して意味ないか」

「ええ、何れにしろ、この「乱」はあったと思うわ」

「しかしどっから出てきたのかしら、この剣‥」

「わっかんない‥出土品、じゃないわよね?」

「ま、それは後でいいだろ、これからやる事が山積みだ‥」

「そうね」

「まあ、剣はお願いねジェイド」

「俺持ってるのかよ‥」

「エルメイアでも大丈夫じゃない?あたしらでも」

「でもそれデカイし」

「とりあえず対抗魔法の石を作るわ、それでセットで押さえ込むわ
後、メルトに持って帰って破棄か破壊か、まあ、色々裏も探るけど」

「ええ、それは任せるわ、マリーのが適任だし」



その出土品でない「魔法剣」がどこから齎された物なのか?

それは無論気になるが、今はそれ以上にすべき事があり

まずソレに精励する事にした






皇帝の死、それにより、この第二次十年戦争は終結した

8年目の事であり「十年戦争」では無いが大陸全土を巻き込んだ戦争ではあり

特に「十年」の部分の名称は変えられず歴史に残る



「やる事が山積み」とジェイドが言った通り

すべき事が多い、勝った方も、負けた方も





エルメイア、マリアは戦闘を収拾して再編、負傷者の手当てを両軍に告知して行わせた

早ければ助かる者も居る

特に神聖術者も総出で当らせる


一方敗軍の将と成ったベルフ側も皇帝が直接討たれた事で素直に従った

完全な負けであり、もはや戦う意味も無い

だが一方でこちら側はどの様な処遇があるのかとも心配でもあった

だが、エルメイア、マリアが特に縄を打つ事も無く、動けるベルフ将らに
両軍の中間地に陣を張って招いた

と言ってもカリスとアリオスしか残っていないが


「とりあえず「ベルフ」という国は残す」

というマリアの言にカリスが驚いた、当然だ、戦争の元凶である

全員処刑でもおかしくない

「何故‥」

「今回の一件は皇帝の暴走、の側面が多い、更に後継者や領土の問題じゃ」

「と、言うと?」

「地形的に連合側、どこが取っても揉める可能性が高い
それと、皇帝の後継者たる、カリス殿、ロゼット殿は世間の評判も極めて良い
更に、残った八将を抑える意味もある」

「そうか‥」

「貴君らの人格、資質はアリオス殿から聞いた、ならば責任を取るなら
死ぬのでは無く、この様な事が二度とない様精励せよ」

「生きて責任を取るのが正しいという事か」

「うむ、それとエルメイアが、御主とロゼット殿に共感しておられる
盟主にそう言われては処刑とは言えん」

「しかし、それではそちら側の将兵が納得しまい?」

「故に、貴君らは降伏、和平という事で終わらせる
まあ、死んだ皇帝に罪を被せておけば別に問題ない
覇王の象徴、が死んだのじゃ、一定の納得は得られる」

「分かった、従おう」

「兎に角兵力を一部放棄、近隣国に仕掛けられない程度まで開放して普段の生活に戻せ
その後の事はこちらの事だ」

「どちらが新王になるのが望みですか」

「どちらでも良いさ、それはそちらの問題」

「分かった、後継者問題、兵の解放、だな直ぐ行おう」

「まあ、賠償金もそれなりに要るじゃろう、戦争を起こせない程度には削らざる得ない」

「ああ、そうだね」

「では、とりあえず、その様に頼む、後、書面にしてそちらが選んだ新王と
会談、署名という事になる
当面はこちらの軍が領土に滞在して統制、監視という形になる」

「ああ、では‥」

とカリスは下がった


「さて、次にアリオス殿だが」

「ええ、私は一定の収まりが着くまで残らせて貰います
ベルフという国が残った、私の親しい人、優秀な人が生きて全うできる事を
確認するまでは、その後は処刑してもらっても構いません」

「そういう訳にもいかんがな‥」

「とは言え、私の様な知略、策略に長けた者がベルフに残ると、それだけで
連合側には不安でしょう?居ない方がいいんですよ、私は」

「まあいい、直ぐどうこうと言う話でもない、落ち着いてから話そう
当面は貴公の知略も必要じゃ、それまで王子らを支えてやれ」

「有り難き事、色々配慮していただき、感謝に絶えません‥」





後継者の選抜、は別に揉めなかった、カリステアが男子であり
皇帝の息子である
実績、人望も十分であり、八将も同意して収まる

とは言え、もう、六将であるし

軍力もかなり放棄されるだろう、形だけ、の事になると思われる





10日後には「和平会談」で調印

ベルフ側は賠償、軍力の大幅な放棄が成される

戦争その物の責任は一連の情報から

宣言どおり「死んだ皇帝の暴走」とされベルフ国民には寛容な対処がされた

兵達にとってはそれも有り難いし民衆も「やっと終わった」という思いである

特に賠償で「徴税」という事もなく

兵も家に帰れる、どうなるかとベルフの一般人も不安だったが
酷い扱いらしきものは一切無かった







更に10日後にはレンフィスでの全国会談が行われる

街の領主の別荘を借り、一同に集まって行われる
街名そのままの「レンフィス平和会談」と記される


ベルフは元々の最初の領地をそのまま維持され、国名も残される

残りの領地、を連合側で分割、ともならなかった

そもそも隣接地で無い所を貰っても困るのである

かと言って戦争中奪取された地域、城も責任者が既に大半死亡している為

それが一番の悩みである


その為クルベルを抑えていたエルメイアがそのままスエズ周辺を統治

兎角政治官の多いマリアがロンデル、トレバー、レバンを一時統治し

後、安定すれば、自治区に戻すという案が出される


しかしながら、そこまで偏りがあるのも困る為、戦争で功労が特にあった

者で将を務めた者が「国」その物を統治してはどうか?とされ

同意される


特に連合の主軍を勤めた各国の王らも、別に領土が欲しくて戦った訳でもなく
単に戦争が終われば良いという思い、攻められて反撃しただけの事である

更に、マリアもエルメイアもシューウォーザーもロランも
別に孤立領地等欲しい等思わず、あまり欲が無いのも困り物でもある

というより、元々豊かな国の王でそこに拘りが薄い

かといって欲深くても新たな乱を生みかねない

そこで、この戦争で活躍した将が統治者、となるのは悪くなかった

皆立派な者だし、皆、実力も人望もあるのでとりあえず案で妥結される



と言っても、新王、新領主、を勤められる者も多い訳では無い


候補として、実績人望からフリット 元々が名家で宰相の息子でもあるカミュ

剣王として誰からも実力を認められ、人望もあるジェイド

獅子王ロランの妹である モニカ=エドワルド

更に政治、知略面から外せない部分もあり

アレクシア、マリーらも選ばれるが残念ながら

この選抜は殆ど「様々な事情」で立ち消えになる

何しろ、アレクシア、マリーはそもそも恐ろしく長寿な上そもそも人間じゃない

当人らが速攻断る

ずっと一線に居ては困るし目立ちすぎも困る、まあ、既に目立ちすぎだが‥


そして、カミュとジェイドは別の事情からそれも立ち消えになる



結局、モニカがロンデル〜レバンの統治者

フリットも相当嫌がったがクロスランドを任されグレイらと責任者に
ここを、所謂、「どこの領地でもない」中立自治区とし派兵の自由も認める

背後のデルタをマリアが抑える形で落ち着き

トレバーをクリシュナが押さえ

エルメイアがクルベルとスエズをそのまま統治する事になった


更に東地域も3国あり、これも困ったのだが、元々の領主が存命な為そのまま
統治に充てて事なきを得た


それでもベルフ南地域、ルフレイスの城があるが、これにアリオスの勧めで
シャーロット=バルテルスを復帰させ任せる事になった

意外と言えばそうだが、彼女も野心が無く、政治も智謀も抜きん出ている事

ベルフに置いては「皇帝の愚考で外された元名士」と
一般の人にも認知される、元々から敵からも賞賛される程の人であり
更に家も名家、配下も優れて、美女となれば、これ以上の人もそう居ないのである

シャーロットも始め驚いたが、そういう事ならば‥とそれを受けた

彼女自身「乱」が起こる事を嫌っており、ロゼットやカリスの為に出てきた様な物である

ただ、彼女に仕えた、特にジャスリン=ビショップは喜んだ

「シャルルの苦労が報われ、更に王なのである」


ベルフから払われた賠償金の類
所謂「財布を空にする」やりかたの金は協力のあった連合国に分配される



これで一定の形で収まり、戦後処理も一応終わる












其々の道




その後、ベルフの将だが。

重症を負って療養に当って居たアルベルトはそのまま退役し元の裏世界に戻った
とは言え、退職金と自分の資産があり、体がその後も怪我の影響でやや不自由になった事もあり
隠居に近い形に

いきなり老け込んでしまった為、元の部下らも一般の生活に戻り
アグニも「つまらないな‥」とアルベルトと別れる

ただ、事もあろうにクロスランドに訪れ「あたしを雇わないかいフリット」と
言い寄ってきた事でかなり参った事態にはなる




ガレスも高齢から引退してそのまま家に


ロベールは元々メイザース流、槍術の「師」であり、軍には残ったが、どちらかと言えば
指導者になって
カリスらを支えつつ、残る


ロゼットも普通の「姫」として兄と共にベルフを維持に


エリザベートも元々貴族の娘であるが、辞めてもやる事無い、として
軍に残った。

ただ彼女も別段野心家でも無く正統武人、「戦えればいい」という人であり
ベルフの将という立場を外され、大陸重要要所でもある
クロスランドの遊撃軍として充てられ

フリットの下に

要は「有事の際は出撃して止める」という警察隊のような物である
しかも百人騎馬もそのまま残された為、居るだけでの効果が高いのだ

クロスランドで再会した際

「よ ろ し く な、フリット」と思いっきり肩を組まれ言われる

「何故俺がこんな目に‥」とフリットも二重災難である

尤も、実際に戦争、戦闘がある訳でも無く暇であるし
別にアグニと違って色目を向けられる訳ではないのでそこが救いではある

最終戦の後、エリザベート自体はジェイドにマジ惚れ状態になっており
何かと単身で出かけては押しかけるという事にはなった
もちろん百人騎馬らはクリスに押し付けた

「そもそも相手は妻子持ちでしょうに‥」と思ったが

クリスは姉が楽しそうだったので寧ろ微笑ましく見ていた
戦争中は一度も見た事の無い表情である

ただ、姉の思いが達成されるとは夢にも思わず
そうなった時の報告を聞いた時にはクリスも驚いたが









一定の安定とベルフという国が残った事を確認
それがもう失われず、望みどおり、カリスが王と成った事を
確認した後、肝心のアリオスは姿を消した


アリオスの「最後の策」と「交換条件」はこうである


ベルフ側に防衛焦土作戦を取らせる為に誘導し、皇帝に呑ませ

間にある地域から兵と物資を引き上げさせ、連合側に無被害で奪取させる

本国に戦力を結集し、連合側も本国まで来させる、直接皇帝を取らせ、戦争を最速且つ

最小被害で終わらせる


ベルフという国と名前を残し

後継者に国主に相応しい、カリス、ロゼットを継がせる

自分を除く八将を可能な限り生かし、非道な扱いをさせない


その後は自分は死ぬか消えるかする

卑怯者、裏切り者の自分が残っても人々の不満や不安は残るからである


これら最後の策を完遂し

彼は満足だった






「全て成されました、私が居る理由もありませんし、裏切り者の私が居ても
皆の不安を生むだけです」

それだけ残して去った

ただ、彼が救って来て、配下となった
キョウカ、姫百合、八重、「女人隊のメンバー」等はそのまま付いて来た

「皆さんも酔狂ですね‥」

「ここまで来たら、最後までご一緒します」

「どこへいかれますか?」

「んー、そうですね、もう大陸に居場所は無いですね
他所の大陸にでも行って見ますか」

「お供します」と一同はフリトフルから去り

大海原へ旅立った







ところで、ジェイド、カミュが候補から外れる理由だが


それは更に1ヶ月後の事


エルメイアがカミュに告白した事である


最早、エルメイアにとって、欠かせない人物でもあり

戦争も終わり、安定が訪れる、そこでやっと自分の決断と
思いを優先したのである

カミュにとっても意外ではあったが
二人で居る時間は好ましい物だった、そしてそれが
長く続いた事で好意もあった、故にそれを受け、夫婦と成った

周囲の者も「まあ、そうだろうな」と納得だった

常に側に居て、常に守り、友人でもあり、お互い温厚で裏表がない上
美男美女カップルであり、双方名家の者

お似合いという言葉しか無い程である


フラウベルトの夫と妻が分かれて任地で統治等ありえないのと

エルメイアが離さなかった事である
それが領主や君主としてカミュが外された理由である











一方のジェイドはマリーと共に
銀の国、マリアに呼び出されて応接室の場でマリアに
とんでもない申し出をされる


「今日はどのような?」

「うむ、ジェイドを半分くれ!」

といきなり言われて二人共紅茶を吹き出した


「何なんだそれは‥」

「わらわも昔からお前が好きだった!だからじゃ!」

「あの‥もう結婚してますし‥」

「だから半分でいいんじゃ、別れろとは言わん!」

マリアにとってもジェイドは離したく無い相手だった

そもそも、マリアは初見からの恋で
更にまともに話してくれる数少ない相手
特に、暗殺未遂事件での一連の出来事は決定的であり

何があっても叶えたいという思いである

無茶を承知でそう言ったのだ

それが分かるジェイドもマリーも悩んだが

「まぁ‥‥その思いは分かりますし、このままだと
マリア様は一生相手がいなそうですし‥」

「お前な‥そういう訳にいくか‥」

「ならこの国をやる!王になれば何人女を作っても文句は言われん!」

「無茶苦茶言うな、そもそも俺たちには「アレ」があるしな」

「あー‥」

「なんじゃ??」

「しょうがないなぁ‥絶対秘密にしてくれます?それなら話しますけど」

「おう、勿論じゃ」

とそこでマリーが竜である事、そのパートナーになった
ジェイドはそもそも寿命が延び、年齢劣化が極端に少ない事

表舞台、人々の記憶に長く残るような事は出来ない事
そうなった場合何れこの大陸から出る
或いは、誰の目にも触れない様に生きる事になる

それらを話して聞かせた


「なんと‥、そうじゃったか‥」

「ええ、なので、マリア様の夫というのは」

「分かった、では通い妻になろう、二番でもいいぞ!」

「なんで、決定事項なんだよ‥」

「お前以外誰がわらわと釣り合うのじゃ!
お前は銀の国が後継者無しで潰れてもいいのか!」


もはや無茶苦茶の完全な逆ギレである


「で?ジェイドはマリアをどう思ってる?」

「うーん、可愛いとは思うが、妹みたいなもんだしなぁ」

「ならそこはそういうプレイだと思って受け入れろ」

と言われひっくり返る

要は「何があっても諦めない」つもりらしい


「まあ、いいわ‥別に重婚がダメな法律なんか無いし‥」

「そうだっけ?‥というか、なんでお前まで決定してるんだ」

「んー、マリアの気持ちもよく分かるのよねぇ‥
あたしもあの時「もう一生会えない相手」だったし
結構無茶苦茶な事したし‥可哀想じゃん」

「そう言われて断ると、俺すげー悪者なんだけど」

「まあ、いんじゃない?マリアも絶世の美少女なんだし
ラッキーじゃん?」

「ハァ‥分かった、そこまで言うなら一緒になってやる」

「オイ、何で嫌々なんじゃ!貴様は世界一の美女が妻では不服なのか!」

「いやー‥そうじゃなくてだな‥」

「調整が難しいんですが‥」

と、言ったとおり、結婚するのは良いが王になるのは難しい
その上、住処が違いすぎる、おおっぴらになっても困る
どっちかが独占するのも困る

「ふむ‥なら、国主はそのままわらわ、式も身内だけ、お前たちはこっちに住むか
ジェイドが定期的に来る、夫だが、銀の国の者としての立場は
メルトと大差ない武芸者、それでどうじゃろな」

「出来なくはない、か?」

「んー、まあ、それもいんじゃない?あんまり後の事だけ
考えるのもアレだし、そもそもあたしが竜である事がばれなきゃいいんだし
なんかあってどうにも成らなくなったら、名前変えて移住でもすればいいし」

「そうだなぁ‥」

「じゃあ!結婚してくれるのか!」

「あ、ああ、そうだな」

「ひゃっほー」と飛び上がって抱きつくマリア

思いっきり泣き笑いだった

こうしてマリアはジェイドの二番目の妻となるが

あくまで本妻はマリー

メルトと銀の国、立場と重要地の関係でどちらかと言えば
ジェイドは銀の国に居るのが主流となる

ただ、マリアが二番目である事で銀の国の関係者から不満が出るかとも思ったが
皆考えている事は同じらしく、むしろ歓迎された

「マリア様」に対等に話し掛けれらて、意見も言える
更に子供扱い、小荷物扱いする男がジェイド以外誰が居るのか?


それだけにマリアを口説こう等と思う男が居るハズも無く

権力目的で近寄る男など、一瞬で見抜いて叩き出す程
明敏な女性である

「絶対行き遅れる」と心配すらされており

更に、ジェイドは一連の「暗殺未遂事件」での恩人、マリアが伏せっている間の対応

大陸戦争での功労者でもあり、「武」でも大陸最強レベル

半分夫、でも不満らしい不満は出なかった側面がある


寧ろ「マリア様と我々の間に入ってくれると胃痛の種が減る」と
政治官、軍官らも期待していた

これらの人物もまず最大国家の重臣であり
類稀な人物達である、その彼らですらびびらせる程の君主である

既にジェイドのあたりの柔らかさや親しみ易さは一同も周知されており
その面で期待された

後の話だが「マリアへの伺い」の前に一同が「ジェイドにまず聞く」
というまぬけな事態になったのは言うまでもない

実際彼に先に聞いてからマリアに進言しても
まず、思考面、正しさからジェイドの判断が間違う事は無く

マリアに「なんじゃと?」と睨まれても
ジェイドがフォローするという緩和剤になった為
政治官一同からすればジェイドは神の様な存在となる


その上子供も出来れば次も安泰である

どう見てもこの二人から愚君たる後継者が生まれる訳は無いと
思われていた


式は希望あって極めて簡素、城内だけで行われた事
ジェイドは半分は城には居ないという事にはなった



グラムも大変喜んだ

「まさかジェイド殿が夫に成ってくれるとは‥あの姫が
結婚出来るとは‥生きて花嫁姿を見る事になるとは‥」

本心を言って
ガチ泣きしていた


どうやらグラムも絶対行き遅れると思っていたらしい




この一連の事態により、更に困った事が起こる

ジェイドにガチ惚れだったエリザベートが乗り込んできて

「二番目がいいなら三番目に!」と成った事である

マリーやマリアらと喧嘩に成ったが、ここまで来るとジェイドも

「もう勝手にしてくれ‥」としか言えなかった


けどまあ、何だかんだでエリザも受け入れる事になる

「結局ジェイドって女の押しに弱いよね」三人に同時に言われた


ジェイドの弱点はまさにそれである
裏表の無い感情をぶつけられ、懇願されると断れない事である

まあ、三人共幸せになるならそれでもいいだろう
断って泣かせるよりずっといい。ジェイドはそう思った






名士一同については

北はロランが安定治世で乱れなく、アレクシアは妹との統治国を行ったりきたり

軍もロルトらが主将として抑えてなんら問題無く

ベルニール姉妹も陛下の側に居れれば満足だった
ただ、武芸大会の結果もあって無茶苦茶武芸の訓練には
励んだ

ダブルAもボンズも軍に残って努め

アラン、アレンも残って
軍に、獅子の国に貢献する

エリは斥候隊に生きがいを見出し武芸も習って
そこそこの剣士にもなる
そもそも元々親なしであるし身軽なものだし
ロランに恩義もあった為である


一方、近衛、軍長のニコライはモニカの統治国に配属され
そのまま軍の統制に付いた

モニカの統治国は二国ある割り、人材が少ないので
ロランやアレクシアらも交互に行ったりきたりで
政治の安定と人材の選抜を行う
モニカ自身もロランと同じく極めて人当たりもいいので
その点の人材収集にはそれ程困らなかった

何もしなくても集まるくらいである


ハンナは本国に戻って、教師兼政治官も続けた
そもそもこの立場になると商売人の夫の3倍の収入である


ただ、チカは最早ロベール、皇帝を倒した者であり護衛官ではなくなった

当人の希望あって一軍を与えられ、同じくクロスランドに滞在、中央から
事の起こりに備えての自由遊撃軍の将となる
よくロベールの下に行っては技を習っていた

既に武芸者としては腕はチカが上だったかもしれないが
実際対面して槍を交わしたチカには
それ以上にロベールの武芸者としての素晴らしさ
誠実さ、潔さ、優しさ、に憧れと恋心の混ざったような感情があり
何かと彼の所に通って交流するというふうになった

チカ自体、あまり積極的ではなく
直接的なアプローチはしなかったが
ロベール自身はそれを何時からか悟り
かなり後の話だが、自然に好敵手から友人、恋人となっていった

ただ、チカはいくつになっても見た目が余り変わらず
知らない人が見たら親子か兄と妹にしか見えない
というカップルになったが
まあ、実際10歳差であるから当然でもあるが

更にクロスランド自治軍は大陸の名士、武芸者が集まっており
練習相手、武芸の相手に事欠かずチカは充実した日々を送った



グラムは最早マリアを親の様な立場で見て、マリアの子供を楽しみにしつつ
バレンティアやクルツにも只管結婚相手を紹介するという事が続いた
どうやら、おせっかいじじいの立場になった模様

バレンティア、クルツ自体は銀の国にあって後身の育成等も続けたが
意外な事に「行き遅れた」のは二人の方であった
クルツはモテるのだが、しれっと流すタイプであまり本気にならない

バレンティアに至っては同姓ファンが多すぎて男が近寄れない
しかも、銀の国でバレンティアに誰も勝てず、まず男性が向こうから
自信喪失して離れるのである


ショットは気楽だったのでやはり連合の遊撃将として観光ついでにあちこち見て回った
意外な事に年少者に好かれて、そこそこ偉い立場になっても
ガキみたいな言動である為、壁を作らず、人が寄ってくる
傭兵団の頃の「年少組み」のような部隊になり
名士の類を輩出する事になる


シューウォーザーは四天王と共に南西の治世と維持に
ただし、エドガー、カルラの経験の話から
実戦武芸を取り入れ、その経験の高く、指導力の高い、フリットやバレンティアの下に
部下を派遣して習わせるという事を繰り返した

キャシーはカミュが聖女とくっついたので少しガックリしていたが
まあ、相手が悪いとも思って特に気にしなかったが
武芸者としてあちこちの国へ旅するようになった

父親もいい経験だなと容認して手元から離したが

キャシーは北に行った際、ロルトを気に入って
付け回すという事態になる
意外と気の多い女性のようだ


ライナはスエズの軍将に充てられ、司令官としての経験を積む日々
彼女程の「武」のある人もそう居らず、後の事を考えてそのような立場になった

おそらく、ジェイド、チカと比較されるレベルの個人「武」で
一武芸者として置くにはあまりに惜しいからだ
カミュを育てた指導力もあり、名声も十分である

思惑通り、ライナは多くの名剣士を育てる事となる

その後、エルメイアは隣接地で無い事もありスエズ統治を譲り
そのままライナが初代「剣の女王」となる

彼女の育て作った軍は「Cut caused whirlwind」
カマイタチの軍と後に呼ばれる
少数でありながら
先制打撃の強力さと、疾風の如き素早さで並ぶ者の無い強軍となる
実際、後年、エリザの百人騎馬と演習模擬戦があったが
百人騎馬がボロ負けするというトンでもない結果を出して
一同を驚かせた



イリアはライナと同じくスエズに教師兼
武芸指導に、暇があればクロスランドへ行き
遠縁のフリットらと交流する日々である
アリオスとも行きたかったが、流石にそれは断られた
そのほうが平和で彼女の幸せになると思ったのだろう
ライナが王と成った後も彼女と共に生き支える事となる


ロックはフラウベルトに戻り
南方の遊撃軍指揮官に
その傍ら、求めに応じて戦術、戦略の教師もする事に
これは実際に対峙して「やっかい」と言わしめた
シャーロットの推薦である


アンジェもヒルデブラントも相変わらずで
軍、戦略戦術担当官として忙しい日々である
ただ、ヒルデは教師も続けており、その中でアンジェ以来の
「天才」を見出し指導に当り、名士として育てるが後の話である

カティ、パティ姉妹も軍、というより
矛に残ってフリットに付いた

この頃には既にトップ武芸者の仲間入りを果して
グレイも追い越した
またも彼の部隊内ランキングが下がる事になる



アクセル=ベックマンは当人に出世欲が全く無く
そのままスカイフェルトに戻ろうとしたが
南戦で対応の見事さから求められて
ロックと同じく南方軍の一軍を与えられクルベルに司令官として置かれる
まあいいか、とアクセルも受け、毎日てきとーに過ごしている



剣聖らは元の森街に戻り、ウィグハルトも後継者として励んだ
軍や連合からも「惜しい」として求められたが
あくまで、剣聖の技を継ぎ、伝えるとして頑として受けなかった

一方ソフィアは北軍に残って武芸に励みつつ
その後求めに応じてロランの妹モニカの統治国
ロンデル、レバンの専属武芸者となる

シャーロットの弟子、部下らもそのままシャーロット女王の下に
彼ら、彼女らにとってはコレほど幸せな事も無く

君主の万能さや高いカリスマ性もあって
更に人材を輩出する事となり、民からの評判も極めて良い
名君伝に名前を並べられる程の治世を行った


カリス、ロゼットも二度と戦争などしたくない思いがあり
ベルフ自体は残ったが質の違う
堅守防衛型の軍に作り直し、平和への条約
政治等作り上げる事に大きく貢献することになった

「陛下」となったカリステアに
ロズエルの三姉妹は更に「ファン」になりずっと
ラブアタックを続けた

ただ、一連の戦いの中で三人も人間的成長を遂げ
じゃじゃ馬具合はいくらか緩和された

長女のコーネリアだけは「ファン」では無く
真剣に彼を好きに成っていた
立場の違いからそれは見せなかったが
新王を支える支柱となり、大分後の話だがカリスの妻になる

また、ロゼットもアリオス、シャーロットの弟子であり
政治、治世に置いて兄に劣らぬ結果を出す
その為後年、空位になった南東地域の一国を与えられ
統治者となる



東メルトも王が代替わりしたと言えど
学園の完全なマニュアル化
次々出る人材、名士により、まったく乱れらしい物は無かった

ただ、クルストは授業を通して
内弟子を10人近く取り
「名剣鍛冶」の士が幾人も出る事になった

ウェルチ、セシルは結局セシルが口説き落とし
恋仲になった模様
セシルは鑑定士として引っ張りだこで
大陸中駆け回り

ウェルチは更に出世したが「教師」は辞めず
南で習得した「神聖術」も広めた

というのも「魔術素養」がそれほど多くなくても
習得できるというメリットがあり
「諦めなさい」と言わずに済む事である


最後まで行方が知れなかったクイックだが

やはり居所が掴めなかった、恐らく彼もアリオスのような道
を取ったのかも知れない


罪人島は解放、それぞれ再調査の後
囚人は普通の囚人として、冤罪の士は解放となる

既に50勝していたがあのアルバトロスは居座っていたが
それも放免される
「つっても、やる事ないんだが‥」と言ったが
じゃあと言う事でライナの下に登用され付けられた






一定の安定、治世が成された頃

連合国会議が開催、大陸連合の解散が宣言される


嘗ての、大陸条約の様な「軍備を戒める条約」も一部案としてだされたが
マリアが却下

「事の起こりの際、どこの国も軍力が無いでは第二次大陸戦争の二の舞じゃ
ある程度の軍備を持ち、有事に備え、互い同士の国家が牽制し合う方が
何かがあった際の拡大を防げる」

いわば「相互監視」の方針を示して通した、特にクロスランドには
将と兵も集め、大陸治安維持軍を置き、どこの国にも派兵できるという
システムを構築しており

「乱」などへの対処も出来る現状がある故である


こうして形が整えられ、其々の国家が其々の判断をするという
方針になったが


マリアは連合の代わりに「定期的に話合う場は必要じゃ」として

定期会談と「何か」があった場合それに対応、援助する

今で言う国際連合の様な物が作られ結成される

「大陸間会議」そのまま「ユニオン」とされここでも

マリア、エルメイア、カリス、ロラン、フリットの五者が
選抜され、高い発言権と決定権が与えられる

後、その仕事ぶり、誠実さから

シャーロット、カミュ、ライナ、ロゼット、モニカらも加えられる


また、マリアは

「如何に名士と言えど、本質が「悪」であれば
争いと不正、腐敗の会議になる」

故、「ユニオン」での人事選抜は
「全員での満場一致が必要」とした

マリアは様々な経験、例から能力が「ただ高い」だけでは
組織自体が腐ると知っており、そのような制限を
厳しく、細かく定め、これの安定に努めた

現代でも、政治組織、官僚組織が大抵、それだけの経歴の物が多い割り
かえって国を損なう事態のが多い事を考えれば当然と言える

平然と嘘をつき、民を苦しめ、自ら欲求のみ追い求める
そうした者のなんと多い事か


野心があるのはいい、だがそれは「自己の為だけ」であっては成らない




故に、より誠実で正しく


自己より他者、上より、下を大事にする者を集める方が優先と考えていた

その意味でのこの五者はそれだけの行動を生きた証として見せ続け
和平への道のりを作ってきた者でありほぼ完璧と言えるだろう

間違いは間違いと主張し、自らに問題があれば自らそれを正す者である

たったそれだけの事すら、出来る者は多くないのだ


武器を与えてそれをどう使うのか

脅しに使うのか、守りに使うのか、殴るのに使うのか、それが
内面資質である

故に「能力の云々以前」の問題なのだ














それらの会議の後、一定の時間を作った
マリーはアレクシアを招いて、「エンチャント技術」伝授を行った


その後、自分とジェイドの子供にも会わせた
大陸の戦争、二人も駆り出され、その上この子自身人目に触れさせたくない事情があり

「フォルトナ」は例の老竜のおじいさんの所に預けられていた
最北の大陸まで跳び山の地下で面会して挨拶した

ただ、老竜のおじいさんに会ったアレクシアは相当驚いていたが
おじいさんも驚いていた

「ここまでデカイ竜とは‥」

「内面資質が善の人魔とは‥」

呟いた通りの理由である

「もう知るべき事も無い、と思っていたが、生きてると何時も
驚きというのはあるんじゃな‥」

思わず老竜はそう言った


フォルトナは見た目はまだ子供だが年齢の割りに大きい

実年齢×3くらいの速度で成長している模様


おじいさんに預けられているだけに

珍しい魔法具、昔話、貴重な本等も調べまわって楽しそうだった

自然、知識と魔術もジリジリ習得する事となり

すでにこの時初級魔法を全系統習得するという
マリーに劣らず魔法適正を見せる

おじいさんも優秀すぎる弟子、孫のような存在に
楽しくてしかたなく、面白がって伝授しまくってこの様な事態になった

ただ、ここまで何でもホイホイ習得するとは思わず驚きではあった



この集まりの際唯一の不安の種だった

「皇帝の魔剣」の調査をおじいさんに手伝って貰ったが

出所等は分かるハズも無く、判明した事は


「割と近年作られた物」という所だった
そうなると出土品では無く、また、エンチャンターが別に居ると考えられる




「遊びか、陰謀か‥」

「遊びなら悪質、陰謀なら、大陸の乱を狙ってなのかな」

「そうね、献上品にしろ、売り出された物にしろ
これを手にする者が他の国の王ならこうは成らなかった」

「狙って‥というのを疑わざる得ないわね」

「ムカツクわね‥」

「うむ、じゃが対処方法はある」

「それは?」

「サーチの伝授を広めて、鑑定士を増やせばよい」

「なるほど、まず、効果が判れば怪しげな物を
「エンチャント武器だから」と取引される事もないわね」

「左様じゃ、それに例の大陸会合でも内面資質をある程度見れるから
工作員の様な者を選抜するに役立つ」

「さすがおじいさん」

「まあ、あれじゃ、ただ、過剰にやりすぎても困るが」

「そうねぇ‥何かする前に「お前はダメだ」というのも健全とは言えないわね」

「その辺の調整が難しいわね、一連の人事でも判ったけど
ベルフだからと言ってその重臣も「悪」とは言えない人物ばかりだったし」

「うーん‥」

「あくまで参考、一部の人間だけの注意喚起、じゃろうな」

「そうですね、サーチ自体、伝える人物も選ばないと‥」

「まあ、予防にはなるかな」

「うむ」

「兎に角、陰謀だと考えてこっちは防止、予防手段を考えましょう」

「だね、もう、あんなのはこりごりだし」

「転ばぬ先の杖ってやつじゃな」


マリーが生涯、エンチャント技術の伝授に慎重だった理由が
まさにコレである
遊び半分や悪戯、陰謀によってこの様な物が作られては
国や人を滅ぼしかねないのである

だからこそ「人を選ぶ」のである





近年作られた物、という事以外分からない以上、それ以上の事も出来なかった

大陸の乱はまだ終わらないのだろうか

それが成されるのかそうでないのかは、一同に掛かっているのだ











剣雄伝記、フリトフル大陸戦争 終幕














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