流の作業場

剣雄伝記〜竜を追い続けた剣士の物語



少年は空を見上げていた 雲ひとつない青空に太陽を遮るモノが有った
既にこの世から絶滅した種と認知されつつあった飛竜。ソレは少年の視線の先に確かに居た

竜は世界を見渡すように何度か空を旋回し やがて思い立った或いは何かを見つけたかのように北に飛び去っていった

フリトフルと呼ばれた大陸 多くの大小の国を抱えながら1世紀もの平和が続いたこの大陸で第2次10年戦争と後に呼ばれる争いが起こる数年前の出来事である。




T出会い〜








大陸東北東付近に位置する王国、メルト 東に海 北に森 西を山岳に囲まれる豊かで平穏で富多き国
その城下街の宿と併設した酒場「1日亭」は夕方には既に満席に近かった

第二次10年戦争は既に勃発して3年近く成っていたが、国には現状では危機感を持っている国民は居なかった
ほとんどの住人には「中央での事」という認識があり変わらない日常の取るに足らないことだったのだろうか




故に酒場に彼が訪れた時全員が彼に注目したのは当然だろう

「この時間からほぼ満席か‥丁度いいが」

彼は呟き、店に足を踏み入れると木製の床板が大きめな音をギシと出し軋む
それもそのはず、彼は身長190cm前後「重い」という感じはパッと見受けないが筋肉質でいかにも力のありそうな体
身なりを余り気にしないような黒尽くめで年季の入った服装、併せた訳ではないが黒の長めの髪と瞳
周囲の空気を2℃は下げそうなオーラと鋭い目付き
何より身の丈程もありそうな背中に担いだ剥き出しの大剣

いかにも剣士 傭兵という感じ それもあまり見た事が無い種類の
これで目立たないハズもなく店主のおかみさんもお客も一瞬唖然とする

そういう反応は彼にとっては何時もの事、戦火の及んでいないこの様な地域では特に彼の様な風貌の男は稀だろうし警戒もするだろう
そこで彼は

「失礼する、店主、自分は旅の剣士でジェイドという。尋ねたい事があるのだが宜しいか」

努めて平静、礼儀正しく、やや古臭い堅苦しいくらいであろうと他者が感じる言葉を使う

カウンター越しに、初めは面食らっていた恰幅のいいおばさん店主は小さくウンウンと頷き「なんだい?私に答えられる範囲の事かい?」と返す
周りの客もチラチラと見ていたが、2人の少ないやり取りを確認して元通り雑談と呑みに戻る
彼の態度と言動が周囲に「この男は相当な力を持っているが無頼漢の類では無い」と印象付けられたのだろう


力を持つ者は使い道を知らぬ愚か者なら周囲にとって恐れと迷惑でしかないが、逆なら安心感すら生む、
それを形にして見せただけの事だ


周囲の空気が平静に戻ったのを確認して彼は続ける
「6〜7年前の事だが、この辺りで赤い飛竜を見たとか、そういった類の噂を聞いた事はないか?」


あまりに意外な問いだったがおかみさんは真剣に考えて答える

「飛竜って、あの伝説上のアレかい‥??」

「‥あたしゃ50年近くこの土地で生きてるが、実物を見たとか‥見たって言う人もお目にかかった事はないねぇ」

彼はこの国に来て既に複数人に同じ問いをしたが、やはりここでも同じ反応だった、想定内ではある
しかしおかみさんは一案して

「皆ちょっといいかい?」と大きな声で酒場内に居る全員に聞こえるように言う

「こちらの剣士さんが6〜7年前この辺りで赤い竜を見た人は居ないかとお尋ねだが、そういった類の話を誰か聞いたことがあるかい!?」と

皆一斉に振り返り考えるがやはり答えは「知らない」「見たことが無い」

「そんなモノが目撃されたら騒ぎになるだろうから、噂くらいは残るのでは」といった感じだった

「分かった、ありがとう」ジェイドはそう皆に返し

おかみさんにも
「聞いて回る手間がだいぶ省けたよ、店主、ありがとう」と一言 だが今回はそれでは済まない

「にいさん、うちは酒場だよ、なんか注文してってくれよ」と満面の笑みで返される

なかなか如才ないな思いつつもそれも当然の礼儀だとも思いテーブルに金貨を一枚置き

「食事を頼もう、何かお勧めはあるかい?」と、即座に
「ライムを搾った薄味付けのステーキはどうだね?」
「それでいい」
「けど、金貨一枚はだいぶ多いね」
「では、保存の利く‥干し肉か、乾物があれば3日分。それでも多ければ宿3日」

おかみさんはスッと銀貨5枚を返し
「一番奥のテーブルが開いてるよ、焼き上がりをまっとくれ、後の2つの注文は準備ができたら声かけるよ」
即座に厨房の調理人注文を伝える

ジェイドは無言で頷いて返事をして席に向かい座るとほぼ入れ替えに入ってきた人物によって
既にいつもどおりに収まっていた店内の様子が、ジェイドの時とは逆方向に変わる


それはこの土地でよく知られた人物で、あるいは常連らしく、おかみさんは自然な笑顔で声をかける

「あらマリーさん、いらっしゃい」と

マリーと呼ばれた側もまるで友達に返すように「おはようルセリカ」と返す

「もう夕方なんだけどね」

「あたしはさっき起きたからおはようだよ」

「昼夜逆転だねぇ‥で、今日は何にする?」

「いつものボトル1ダース、一本呑んでいくよ」

マリーの顔を見た時点でボトルとグラスは準備されていた、おかみさんはそれをカウンターテーブルに置き

「今日は変わった果実酒が入ってね、やってみなよ」

「ならダースの半分はそいつを」

「まいどあり〜」

店内の空気が変わるのは当然だマリーと呼ばれた常連客の女性は美しくもあるが、それ以上にとにかく個性的だ
年の頃は20前半、栗色の長いストレートの髪、切れ長で涼しげな瞳、常に少し笑っているような口元

どちらかといえば涼やかな顔立ちの美女という感じだが、アンバランスに衣装は露出多く、色も深紅、短刀をクロスさせるように2本腰に帯刀
身に着けた装飾品もやたら大きく
宝石は値が張るものと分かるが派手としか言いようが無い

しかし言動は構えた所や気取った所が全く無い

「ところでルセリ、竜がどうとか話してたみたいだが、なんかあったかい?」

「ああ、それが」とジェイドが店に訪れてからのやり取りをおかみさんはマリーに聞かせる

「今時竜ねぇ‥」

「で、賢者様でもあるマリーはご存知かね?」 

「知識としてだけなら。見た事はまだ無いわね」「ま、彼が見たというなら居るんだろう」

マリーはボトルとグラスを取って店内を見回す、それを察しておかみさんが
「生憎とテーブルはいっぱいでね、カウンターじゃだめかい?」と、マリーは「なら相席を頼むさ」と、店の奥席に向かう

彼女が歩く次々声が掛かる 「よう賢者様お早いご出勤で」 「今日も美しいね〜」 
「テーブル席なら俺らの所が1つ開いてるぜ」と
マリーをそれらに笑顔や手を振って返しやりすごし

「今日は新顔さんが居るみたいだからそっちにいくよ」と言うと皆それ以上は食い下がらない
新顔、といえば間違いなく奥席にいるジェイドの事だろう
大人しくしてる彼を刺激したくはないのも事実で一同は「マリーさんがそういうなら仕方ないな」と少し乾いた笑いで
自分たちの世界に戻る

マリーは腕組みして目を閉じ置物の様に静かに待つジェイドの席のテーブルにボトルとグラスを置いて
対面席に座ってから
「ここ座っていいかしら?」と声を掛ける

ジェイドは姿勢を変えず目だけ開けて彼女を見て

「座る前に聞くモノだろう、普通」

マリーは涼しげな笑顔のまま

「貴方なら断らないだろうと思ってね」


依然鋭い目付きのままだが彼は口の端で少し笑って見せた


「酒の肴になるような話は持ち合わせていないぞ」

「竜の話を聞かせてくれないのかい?」と即座に返し付け加えて「どうせご一緒するならイイ男とのがいいからね、
貴方違うのかい?」と

「分からなくもないが、俺がイイ男かどうかは知らんな」

短いやり取りだがお互い話のし易い相手と認識したようで探りあいの様な会話はおこらなくなっていた

「あたしマルガレーテ、通称マリー」

「ジェイド=ホロウッド」

「で、貴方は何故竜を探してる?」

「15の時頭の上を飛んでいく竜を見たから」

「ドラゴンキラーでも目指すのかしら?」

「まさか‥単に戦ってみたいだけさ」 「どうして」 「暇つぶし‥かな」




ここでおかみさんがステーキを運んでジェイドの前に置く
ナイフとフォークでそれを食べ始める
ジェイドはその作業を続けながら一考して話す



「俺は5才から剣と振っている、ある段階に至り。剣を交わす、事に楽しみや充足感を得られる相手
というのが極稀になってしまった。
頂点を極めた等とは思わんが‥それ以上の相手が欲しくなる」

「それで暇つぶし、か」


「尤も、それも旅、武者修行のついでではあるが」

「今も生きているかも分からんし、学術、記録上、既に滅んだ種とも言われているからな、縦しんば生きていたとしても
「腕試しをしたいのでお相手願えますか?」というのが通じる相手かも分からん」

「竜は人間より遥かに長命で高い知能を持つとも言われるから、的外れなやり方では無いと思う、
話し合いってのは悪くないかもね
それに飛べる竜に挑むってのも無茶な話だし」

「俺は飛べんし、何れにしろ、それなりのルールでの戦い。その「交渉」は必要だ」

続けてマリーは

「けど、竜ってのは倒した方が個人にとってリターンが大きい、それは知ってる?」

「無論だ、血は薬、肉は長寿の秘薬、鱗は武具に化けるし、魔法の材料にもなる、とも言われる。
更に竜狩となればドラゴンキラーの英雄
金とか名誉とかが好きなやつには魅力あるモノだろうな」

「貴方にはソレは魅力の無いモノなのかい?」

「無くもないが、それで殺しちまったらそれで終わりだ。貴重種を殺してまで得る程の物ではない、と俺は思う 第一絶滅種と言われる程数を減らし、
人の目に触れなくなったのは人個人の名誉、金欲のおかげで狩られたせいでもある」

「それを繰り返す愚行をしようとは思わんな」

「で、マリー、お前は俺程竜に興味でもあるのか?」



既にボトルを半分程空けていたマリーはうーんと考えるそぶりをする



「どうかしら、単純に学術的興味、かな?一応知識者、だしね」

「そういえば、「賢者様」等と呼ばれていたな、なら俺よりは詳しいんじゃないか」

「知識的にはね。でも、ここで見たか?という話ならNOよ、あたしは5年前にこの大陸の外から来た人間だし、貴方の見た時期には居ない」

「ほう‥外来人というのは初めて見たな、どこの」

「残念ながら海難事故で流されてね、気がついたらこの国って訳、どの辺りにある土地ってのは分からないね」

「そうか」

「ついでに言うと、あたしの生まれた土地でも竜の話は聞いた事が無いよ」

「だろうな、でなければ絶滅種など言われんだろうし」

「夢でも見た、とか」

「残念ながらそれも無い、大陸中旅したが、俺と似たような状況でたしかに見た。というやつは幾人か居たからな、このメルトでは無い
というだけだ、まだ、北の獅子の国周辺には行ってないから何ともいえぬが」

「ここより北から北西方面て事かな、まだ6国は行くところが有るって事か」

「ま、暇つぶしの種が残ってるのはいいことさ」

「それに北の獅子の国には有名剣士が多いし、その南には剣聖フレスの生家があると聞く、当分楽しみは尽きないということだ」

「なら、そっち方面に行く時はあたしにも声を掛けて欲しいね、是非とも同行したい」

「かまわんが、賢者様の興味を惹くモノでもあるのかね」

「獅子王の元に10代で術を極めたと噂される稀代の天才魔術師がいるそうよ、名をアレクシア=ハーデル
叶うなら一度会ってみたい」

「なるほど、いいだろう、そのときは声を掛けよう」「と言ってもしばらくはこの国居るだろうが」

「別に構わないよ、あたしも「暇潰し」だからね」

ジェイドは食事、マリーは一瓶空にして終え席を立つ
其々注文しておいた保存食、ボトルを其々受け取り出ようとするが
先にジェイドが
「重そうだな、俺が持とうか?」と9本入りボトルの箱を持つ

「聞く前にもう持ってるし」

「断らないと思ったからな」

お互い思わず笑みが零れる 「馬をこの先に置いてあるからそこまでお願いね」

城下街の出入り口付近に居る馬に荷物を載せ別れる、その際

「あたしは海岸の古い屋敷に住んでる、遊びにきておくれ、「暇」だからね」

「機会を作ろう」

お互い社交辞令的ではあるし、いつのことやらという感じだったが、それは思いの外早く実現される


それは5日ほど経ってからの事である













メルトの城下、郭の北東の海岸というより海の上、一応陸続きではあるが半月湖の先端の島のような所に
それは建っていた

「なんだか王族か貴族でも住んでそうな屋敷だが‥同時に魔族が住んでそうでもあるな」


ジェイドは屋敷の開けっ放しの外門を抜け正面玄関に辿り着く、些かに戸惑ったが大きすぎる扉を強めに
ノックしてみる


が、反応は無い。1分程待ち、再び叩いてみるがやはり反応は無い
しかたないので扉を開けてみようと引いてみるが鍵も掛かっておらずそのまま開いてしまう




(どういう家なんだここは‥)と思いつつも入ってみる
一介から2階まで吹き抜けのホールに本来なら鏡のように映りこむであろう高級な石の床に壁だろうが手入れがされているという感じはあまり無く

埃が積もり鏡の変わりに使うのは無理そうだ
がらんとしたホールに無駄に古美術品レベルのソファとテーブルがぽつんと置いてある


「だれかいないか?」と声を投げてみるが反応したのはそのソファで丸くなっていた黒猫だけだった


猫はこちらを見てトテトテと歩いてきてジェイドの足元まで来ると顔をじっと見上げてくる
何だか人間の様な行動に可笑しくなりつい猫に話かけてしまう

「お前のご主人様はどこだ?お前が飼い猫かはしらんが」

猫は10秒ほどジェイドを見上げていたが、飽きたのか、理解したのか、右側にある階段に向かいソレをぴょんぴょんと昇っていく
ジェイドはそれを見届けていたが
黒猫は立ち止まり顔だけ彼の方を向けて「ニャー」と鳴く

「ついて来い‥てか?」

他に当ても無いし馬鹿馬鹿しい気もしたが猫に付いて階段に向かう、黒猫もそれを見て再び階段を上っていく






着いた先は2階の奥部屋、これまた扉は半開きで猫はいつものことのように部屋に入る
まあいいかという感じで間を取ってからジェイドも部屋に入ってみる
猫は「ご主人様」がまだ寝るベットに上がりこみ顔を前足で突いていた

全体的にだらしない、というのが率直な感想だ 時間は昼過ぎ
部屋は物が散乱しているし、掃除もしているという感じは受けない 部屋の隅におそらく入っていたのは酒であろう空瓶が多数並べてあり

寝ているご主人様は最初に会った時の服のまま寝息をたてており、猫に起こされている始末
不思議と「汚い」という感じはしないが、あまりの惨状に溜息が出る




「んあ?」とようやく彼女が目を覚ましたのは黒猫に口の中に片方の前足を突っ込まれてようやくだった
あくびをして伸びをしてまるで何事も無かったようにジェイドを見つけて普通に挨拶をしてくる


「おや、おはよう。来るの早かったね」と

皮肉のひとつも言いたい所だが、マリーのあまりの動じなさぶりにそんな気も失せてしまい普通に返す

「おはよう、という時間でもないが、おはよう」

「いくら呼んでも返事が無いから、悪いとは思ったが上がらせてもらったぞ」


「ああいいよ、ちゃんと猫が出迎えただろ?。それよりそこの棚のワインくれない?」

「その猫はメイドの変わりかよ‥」といいつつ、頼まれたワインではなく、あえてグラスに水を注いで差し出す

特に不満を言う事もなくマリーはその水を飲み干す「ワインね」とグラスを差し出す

「二度寝されては困るんだが‥」 「頼むから風呂入って、飯食って起きてくれ」

え?という感じで「あたし匂う?」

「酒臭い」

「お願いされちゃしょうがないねぇ我慢しようか」「じゃあ、湯と食事の用意お願いね」

「俺は客人なんだが‥猫メイドに頼んだらどうだ」

「餌は分けてくれるけど、湯とか掃除はしてくれないね。餌もねずみだし」

「それは狩りの成果を見せに来ただけだろう、第一ねずみ食うのかお前は」

「とってきてくれるのは有難いけど流石に食わないねぇ‥」

「他に使用人は?」

「あたしと猫しか居ないよ?」

「もういい分かった、厨房と風呂はどこだ」

「一階正面右奥2部屋」

「後着替えろ、その服5日前も着てたぞ」

と言うが早いか部屋を出て一階に向かう、禅問答のようなやり取りが時間だけ浪費するのを悟った





20分ほどしてマリーの部屋に食事が運ばれた。
微妙に嫌そうにもそもそ食事に手を付けるが、それを食べて数秒考えて明るい表情になる

「へー、美味しいじゃない。貴方才能あるよ,家事の」

「一人が長いからな、普通には出来るが」

「んーけど、うちって食材あったけ?」


「道具は揃ってるが食材はじゃがいも、硬くなったパンとチーズしかなかったな。
しょうがないから先日酒場で買った煮豆と干し肉を戻して使った」 「ま、街に居る以上保存食なんて食わんから
丁度いいが」

「使い道が出来てよかったね。あんたもちゃんとしたご飯もらったし」と横で肉を貰って、うにゃうにゃ云いながら食べる猫に同時に話す

「火を使ったついでに湯も沸かした、風呂も入れよ」

「うん」と、もしゃもしゃ食べながら返事をする。ジェイドはその返事を聞いてから

「俺は外を見てくる、終わったら声を掛けてくれ」

「うん」と、またもしゃもしゃ食べながら返事をする













海の上の島という感じだが狭くは無いそれなりの面積がある。屋敷の周囲を見回ったが、建物内の惨状とは違い
雑木林や地面は雑草伸び放題という事もない
周囲には馬や山羊が10頭前後放し飼いで、それなりに綺麗なのはその動物たちのおかげらしい
天候が荒れても大丈夫だろう程度の高さもあるし、なかなかどうして良い環境だったりする

「持ち物や調度品も値打ち物が殆どだし、金持ちなんだな」

そう呟くと後ろから返答がある

「この大陸は魔術技術、知識は凄く遅れてるからね。その手の仕事をするとだいぶ儲かるのよ」

身支度を整え現れる、今日は白のドレスを着てきたマリーが答える、だが相変わらず
両側に深いスリットのある服だった

ジェイドの考えを読んだようにマリーは腰に手を当てて

「移動は馬に乗ることが殆どだからね」と普通のスカートドレスでは馬に跨れないよというのを主張する
それが分かるジェイドも

「だろうな、良い馬を飼っているようだし」と返す

「で、この大陸の魔術技術や知識が遅れているとは?」

フンと鼻を鳴らし「人造魔人よ」


「人造魔人か、第一次10年戦争時に生み出された、人と獣と武器を魔術で強引に掛け合わせて作られたキメラみたいな兵器だな」

「そ、あれの苦い経験があって魔法は一時放棄同然に成った、だからあたしのような外世界の普通に魔術を習得した人間は貴重なのよ」

「なるほどな、しかし、百年も前の話だ、捨てる必要もなかろうにな」

「同感だけど、その作られた生物が未だに多くは無いけど繁殖して存在しているのだし。
自分たちがやった事の結果が常に存在している
そういう状況でそれから目を逸らして魔法をやろうとは云えないんじゃないかしら?」

「ま、其のおかげで神聖術は発展してるし、結果大きなマイナスとも云えないんじゃないかな」

「壊すほうではなく、癒すほうに比重が向いた、か、何かを失った分何かを得たと言えるな」

「人造魔人と言えば」 


「ん?」 

「戦う、ならあっちのほうがいいんじゃない?竜より数はそれなりに居るし」

「あー‥いや、実は俺は、大陸旅の最中、見たことがあるんだしかも2回」

「人造魔人を?」

「そう」

「戦ったの?」

「というより、いきなり襲い掛かってきた」

「!?」

「こっちが話しかける間も無く飛び掛ってきた」

「一回目は3メートルくらいの巨人で会話も成立せず丸っきり猛獣、しかたなく迎撃という感じだ」

「生きてるって事は勝ったのね‥」

「いや、当時は普通のロングソードを使ってたが、全然刀が通らずなんともならんかった。
どうにか剣を突き立てて手傷程度を負わせた、が
それを見て相手は逃亡、剣は真っ二つ、さ、向こうが続けていたら死んでただろうな」

ハッとして小さめな声でマリーは

「それで、貴方はその大剣を使うように?‥」

「そうだ、ナマクラで斬ると殴るの中間みたいな性能だが。壊れはしない」 「その時「人以外の者と戦う」にはそれなりの武器がいる
と悟って用意した、尤もまだ一度も使ってないが」

「で、2度目は中央のヘブンズゲート山脈の近く、見た目は普通の人間の子供、だが右手だけ鉄みたいだった」

「こっちが話しかけて黙って向こうは聞いていたが、言葉を話せないらしいし、見た目丸っきり子供と
戦うわけにもいかず、だったな」

「そう‥」

「個体差が大きすぎてな、強さの基準?が曖昧過ぎるし図りえないのがな‥」

「あたしは実物を見た事が無いし、個々でそんなに違いがあるのね」

「ベースは人間、らしいしな、半端に生殖能力があるだけに代替わりを繰り返すうち、そうなってしまうんだろう」

「神聖術も「彼ら」を戻す研究はしていたらしいけど。上手くはいかなかったそうだし、発展はその分したんだけど」

「しかたないさ、元体ならともかくその子や孫を人間に戻せる訳もない」


「なんだか悲しい話ね」

「なら話を変えるか」





一度大きめに深呼吸をしてマリーは明るい表情を作る 

「そういえば今日はどうしたの?あたしに特別な用事でも?」と切り出す

「特別‥とか急ぎって事でもないが、まあ、聞きたい事があったてのと、機会を作ろう、と言った手前、丁度いいと
思ってな」

「へぇ〜それで昼ごろ叩き起こしに来てくれた訳ね」

「起こしたのは猫だがな、大体寝てるとは思わんだろ普通、昼過ぎだし」

「まあ、それはいいとして、せっかく昼間に起きたのだし買い物にでも行きましょう」

「露骨に話をそらしたな‥」

「旗色が悪い時はさっさと撤退する、基本ね」

「えらそうに言っても自堕落で情けない事には変わらんぞ」「ん、そういや今日は比較的清楚系な服だな」

「比較的って‥」

「前のは露出多いし色もド派手、装飾品もカラフル過ぎると思ったが」

「ずいぶん酷い言われようね、まるでセンスが無いみたいな」

「と言うわけでもないが‥なんか、初見男漁りに来た踊り子の様な感じにも見えたしな」

「あたしを本気で口説こうなんて胆力のある男はそうそういないし、そんな期待はしてません」

「だろうな」

「なんかあたしの良くない話でも吹き込まれましたか?」

「それもある、が。お前の会話のペースについていけるやつもあまり居なそうだとも思ってね」

「確かにあたしと話のやり取りが続く奴はそうはいないわね‥」

「そうだろう」

「と、このままだと無駄話だけで日が暮れちゃうわ、街にいきましょう」「貴方馬乗れる?」

「一応な」 

それを聞いてマリーは、遠くで草をモサモサ食ってる馬の一頭を呼ぶ「スタディーこっちいらっしゃい!」と


マリーの元に来た馬は4頭だったが‥

「全然意思疎通出来てないんじゃないか‥」

「ほ、放任主義なの!」








2人は10頭居る中でも特別健脚で大きなスタディーに2人乗りで街への道をゆったりと景色を楽しみながら移動する

「こいつは良い馬だ名前の通り屈強だ」

「馬は本来臆病で繊細だけどこの子は穏健で勇気もある、珍しい馬よ。たぶん
鉄騎馬にしても一段抜けた活躍をするわ」

「俺と重い大剣、お前を乗せても何事も無いように歩くしなぁ」



「ところで「それもある」の所はどんな噂話なのかしら?」

「ん。たいした噂じゃないさ。お前の所への道を何人かに聞いてきたら、堕天賢者様かい?とか夜魔の魔女さんの事かい?とかおばさん達が
呼んでいただけさ」

「何だ、そんなことか。良くないうわさでもないわね」

「ワード的には宜しくないが」

「単に昼間出てこない、とか、知識者なのに伝授や教育を他人にしないから、そういわれてるのさ、だいぶ前からの事、別に悪意があって言ってる訳でもない」

「まあ、そんな感じだろうな」

「うん、でも‥」 「魔術士ってのは、この大陸じゃあまり好かれないのは事実かもね」

「ああ、人造魔人のトラウマか?俺は気にせんが、似た様なもんだし」

「と、言うと?」

「人より何らかの形で力ある者、てのは恐ろしいものなのさ。何時何時自分に噛み付くのか?とかな」

「見た目からしておもいっきり怪しいし異常に強そうだからねジェイドは」

「結局の所人造魔人もそうだし、いかに大人しい固体が居ると言っても誰も信じまい。仕方の無い事さ人間は基本弱く、臆病者だ」

たずなを握るジェイドに掴まる形で腰に両手を回しているマリーの手が無意識強くなる
「でも、ジェイドはいい奴だ」

「賢者様もな、いや魔女のがいいのか」

「名前で呼びなさいよ‥」
















壁に囲まれた城下街への門をくぐり、馬を降りて森に放す

「繋がなくていいのか?」

「あの子は勝手にどっかいったりしないよ」


普段昼間で出てくる事が無い賢者様、と旅の剛剣士、このツーショットはただ街を歩くだけでも異常に目立つ
皆振り返って驚いた様な顔をする


マリーが昼間出てこないのもそれが嫌だからでも「あった」
しかし今の彼女はそれが全く気にならなくなっていた、ジェイドは彼女以上に個性的で
大陸中旅をしてあちこちで同じような反応を受けただろうが
それを気にする所か楽しそうに感受していた、いい意味で彼に感化されていたのだろうか

「で、どこに行くんだ?」

「宝石店ね中古の、それとお酒が切れてる」

「あくまでアルコールなんだな、まともな飯食えよ」

「いいじゃん別にどこも悪くないんだし‥」

「生活態度が悪い」

「うっさい」

中古の宝石店というのが気になったが、店に着いてマリーが物色するのを見るとジェイドは

「やっぱり女の子なんだな、宝石を物色する姿を見ると‥」と洩らす

「残念だけど違うわよ」

「ん?」

ジェイドに体を寄せて、小声で店員に聞こえない様にマリーは

「中古とか年代物宝石には魔石の原石が混じってるのよ、山から掘ったとか、川で拾ったとか、誰かのいわく付き中古とかに偶に‥」

「それは‥知らなかったな。どんな効果があるんだ?その魔石ってのは」

「精神力を消費するのを石が肩代わりしてくれたり。何らかの付与魔法が掛けられていたり、呪いだったり、いろいろね」

「そいつは見つけたらぼろ儲けか?」

「そのままじゃ大抵使えないわね、武器や防具に付けて加工したり、魔術処理をしたり、ただ、それが分かるのも処理出来る人も殆どいないけど、魔法具は貴重もいいところだから、武器や防具に付けて売れれば、
どんな小さな物でも最低1個金貨100には化けるわね
そもそもそんなもの欲しがるのも学者、宮廷魔術士、貴族か王族くらいだし‥」

「‥たまげたな‥」 「もしかして‥いつも身に着けてる宝石も?」

「そう、全部処理した肩代わり系の石。いざって時には魔力消費無し、疲労無しで、魔法を連打出来るわ」

「おっそろしいな‥、単なる派手好きの成金趣味で付けてた訳じゃなかったんだな」


そこまでヒソヒソだった声がそれを聞いて思わず大きめの声になってしまう

「貴方!あたしをそんな風に見てたの!?」


子声だったお客さんの若い女性がいきなり大きな声を出したので売り子の若い女性店員さんがビクッとなる

「お客様どうされました?‥何か不都合でも‥」と声を掛けてくる

「な、なんでもありません。彼ちょっと失礼な事をいきなり言うから‥」 「あ、これとこれとこれ頂きます‥」

かしこまりました、と店員さんは3点の宝石を包みに奥に下がるチラッと2人を見て少し笑っていたようにも見えた
店員さんにはジャレている様に見えたのかもしれない

「ジェイド‥貴方、思った事ストレートにいい過ぎなんじゃない?‥恥かいちゃったじゃない‥」

「すまん、今のは完全に失言だった‥」

包みを受け取り代金金貨15枚を払ってそそくさと店を出た










その後城には入れないが外から見物したり、所謂オープンカフェの様な場所でお茶をしたり
そこでマリーは「あっ」と何かを思い出した様に言い、ティーカップを置く

「そういえば、あたしに聞きたい事って何だったの?」

ジェイドも思いっきり忘れていたが

「あー、1年2年でどうこうって話じゃないんだが‥」と前置きした後
「大陸の外の地に行くのはどうするのがいいのかなと、マリーは外来人だし知識者だから詳しいんじゃないかと、
思ってなぁ‥」

「大陸の外、ねぇ‥船だろうねえ」  「しかし方法は3つかな」

「聞かせてくれ」

「1つ国から船を出す、けど今の情勢だと難しいね、豊かなこのメルトでも、戦火は及んでないけど一応戦時だし、
そんな道楽に金も人も出さないだろうし」


「2つが自分で船を購入して出す。これも金が尋常じゃなく掛かるし難しいかな、最低限の装備でも
金貨千近くは要るだろうし
そもそもこれも国の許可が要るだろうし、コネかツテでもないとね‥」


「3つが既に学術調査目的で何度か船を出した事のある国に行ってメンバーに入るか」

「そんな国あったか?」

「最南の神聖国で学術都市。フラウベルト王国は2,3回決行して、大陸外の南方地と少ないけど交流があったハズ」

「あそこか、一度行った事があるが‥、何をするのも制限を多くて不自由な国だ‥」

「でしょうね、学者か敬虔な信者、位の高い僧、貴族、国の兵士か役人くらいしか公的施設には近づくことすら出来ないし‥」

「どれも今の時点じゃどうしょうもないな」

「とりあえず「今」の話じゃないなら、戦争終結してある程度金を貯めておけば、どうにもならない事もない、という程度の状況にはなると思うけど‥」

マリーは紅茶をすすってから

「それにしても、外にそんな行きたいのかしら?。良い世界が有るとも限らないし」

「有る無しというより、このペースだと30前にやる事なくなっちまう気がするんだよな」

「結局暇潰しの種なのね」

「いやー‥俺まだ23だし」

「そうは見えないわね。異常に生き急いでる感はあるわね。気持ちは分からないでもないけど‥」

「自分で言うのもなんだが。あまりに頂上に着くのが早すぎた、と思わなくも無い」

「地位権力に興味が無いなら困り者ね‥あるなら王様か国の重臣か剣王でも目指しなさい
とでも言っておけばいいんだけどね」

「ま、いずれ、の事だ、今考え過ぎてもしかたない、状況もどう変わるか予想出来んし」

「とりあえずお金は大事に、かな?」

「フ‥、そりゃ分かりやすくていい」
「いや、とても参考になったありがとうな、マリー」

「いえいえ」


その後、日も暮れてきたので一日亭で軽く食事をして帰る。もちろんアルコールボトル1ダースも購入した
マリーの言った通り、城下街北門の橋の向こう側に馬は待っていた。スタディーに荷を乗せて2人は別れる

「送らなくていいのか?」とジェイドは声を掛ける

「あたしこう見えて結構強いのよ」と、護衛が必要な程、か弱くは無いという意味を込めて返す

常に2本の短刀を帯刀しているのを見ているだけに、おそらくマリーは剣もそれなりにやるのだろうと想像はしていた
「だろうな」と短く言う


無駄な言を一切付けない2人の会話がお互い心地よかった

それが分かる2人は、何も言わず 口の端で少し笑って見せた

「じゃ、またね」

「ああ」

とだけ言ってマリーは屋敷にジェイドは宿に戻る







U 閃き〜






それから3日後の事。マリーはメルトの城下街に叉も珍しく昼前に訪れていた。
といっても、自分の意思で積極的にきたわけではない


メルトの王城前まで来て門番の兵に声を掛けた

「陛下に書状を頂、訪問しました。賢者マルガレーテです、面会の取次ぎをお願いします」と書状を差し出す

兵士はそれを受け取り目を通し、それをマリーに返す

「承っております、私の後に付いて来てください」と歩き出し、城奥に誘導する

途中何度か他の通行監視の衛兵に話を通したが、何かをかんぐられる事も無くすんなり謁見の間に通された



マリーが昼間、王城を訪れたのは賢王フロウズに「呼ばれた」からである


賢王フロウズ 皆の父とも言われる平和な時代の名君ではある、しかし今の時勢と成っては
名君とは言えないのかもしれない




謁見の間に、マリーが入ると王は既に王座に座って待っていた、マリーの姿を確認すると先に声を掛けた

「足が丈夫で無いのでね、座ったままで失礼するよ。マルガレーテ殿」と


マリーは完全に礼儀に則って傅き

「マルガレーテです陛下。」 「私を御呼びに成られたのはどのようなご用件でしょうか」と、
彼女には大体予想は付いていたがあえて聞く



「本来、ワシ自ら尋ねるのが礼儀だが老病でね、歩き回るのが辛い」

「存じております陛下、しかしながら私にはそういった病を治す術の持ち合わせはありませんが‥」


王は少し考えて

「マルガレーテ殿は術者としては長けているが神聖術の様な癒しの術はからっきしというのは聞いている」


「では‥」

「うむ、ワシは老齢だ、10年も生きないだろう。そこで貴方に頼みなのだが‥」


「時勢を考えれば。軍略、或いは後任の人材ですね?。」と先読し問う、更に

「まだ若い4世の事でしょうか?」と答えも出す


王は流石に驚いたのを表情に出したが、すぐに冷静に取り繕いおどけたように言う

「話す手間が少なくて助かる、心を読めるようだね」と



「では、この後の手間も省かせて戴きますが」と、付け加え

「陛下のご子息は28歳、陛下によく似て優しく、穏健な方です、平和の名君と成られるでしょう。
ですが今の時勢にあって少し頼りない
叉、陛下には治世の臣下を多くとも軍事、軍略に長けた者が少なく存じます。その辺りを心配されての事でしょうか」



王は思わず笑ってしまう 

「全くその通りだ、息子、の事は今からどうこうというのは難しい。
せめてワシの代で後の負担を無くせれば
と、思う」



「貴女は自分の時間を大切にする人だと聞いている、だから貴女自身にそれを頼むのは忍びない。貴女から見て、優秀、兵を統率出来る者を紹介
叉は育成して欲しい。無論城に住め、とは言わぬ‥どうだろうか」


「陛下は人の心を掴むのがお上手ですね。そういう事なら「出来る範囲の事」はお手伝いしましょう」と答える

「ですが、それにはいくつか要求があります」

「なにか?」


では、と一礼して王の顔を見据える


「1に、多数の人間に同時に何かを教えるにはやはり「授業」のようにする場所が必要です、その場所の提供」


「2に、能力やヤル気を優先するなら、どこどこの家の者だから、とかの区別はいけません。
皆同じ環境と条件で進める為にある程度の無償教育が必要です、そのために補助金の提供」



「3つに、その中から取立てて頂く人間に不分別や色眼鏡での登用があっては本末転倒になります、事、城に上げる人材の人事に関しては私に、
もしくは私が選んだ人事官に一任されますよう」


「4つ、私は世間の評判はそれほど宜しくない。故に指示、命令に従わない者も当初は、多少出るでしょう
なので、それに従わざる得ない程度の地位もしくは立場を表面上与えてくださりますよう」


「この4つです」



王はウンウンと頷き、「問題無い」といい
側に控えている側近に「今の条件で資金面は問題ないか?」と問う



「問題ありません、国庫も税収も安定しておりますし、不測の事態に対応出来るよう予備費も付けてあります
これを削れば」と全面同意する



「では速やかに用意をせよ」 「ハッ」と即座に側近はその場を離れる



王は満足そうに白髭を撫でていたが、目の前の彼女の見識をもう少し聞いてみたかった


「ワシは少し心配し過ぎかな?。戦火と言っても、中央の事だし、ここを攻めても落とす労と益が
釣り合わんかもしれぬし」

と、問うてみる

マリーは即座に 

「もし、陛下のような数年先を見越して準備をする者が中央の国の王に幾人か居れば。皇帝を自称するベルフに
立て続けに6国も奪われはしなかったでしょう」と返す

更に「このメルトは東に海、西に山岳、北に森 南に川を置く天然の要塞です。たしかに労は掛かりましょうが
それ以上に富があります

叉、私が皇帝ベルフなら、将も軍師も名の知れた者がおらず、徴兵制を敷いていない国と成れば
御しやすかろうと思います
遅かれ早かれ。戦火は及びるのではないかと、不安は尽きません」


その答えは王と同じだった




マリーは王のそれを見抜いていた 


「備えあれば憂いなしとも言います、心配が杞憂だったとしても、人を育てるという行為は
国を個人をより豊かにします」


実は今の王は彼女と同じ考えだったしかしそれに気が付いたのは自分が老齢で体の自由が利かなくなって、
あれこれ考え始めた近年の事だった


「まだ若いのに大したものだ‥」と言うつもりも無かったが自然に言葉に出てしまった

「恐縮です」と一言だけ返す





そうこうしている内に先ほどの側近が戻り一礼し

「御意は伝え、直ぐに準備取り掛からせましたが‥その、マルガレーテ様の職責は如何いたしましょう?」

と持ちかけてくる


「ふむ、どのような立場を望まれるか?賢者殿」と王はストレートにマリーに聞く

「そうですね‥」と少し困ったという感じで考えるが


「戦略、戦術も学問も多少教えられますし、剣武も。ですが魔術の知識が一番ですし、人の師という立場も必要ですが、あまり高すぎる地位も
行動を縛られてしまいますし他の者の不興を買いますので‥」


「ワシとしては軍にも席を置いて貰いたい所だが、これは難しいな」


側近はそこで


「では、教育関係は新設に成りますので事務方の雑事に適当な長を置き、マルガレーテ様は次長辺りで育成に専念。軍の過大な立場は不自由と
仰られるなら陛下の直属の軍師では無く戦略担当官が宜しいのでは?実質陛下の直軍は近衛に成っておりますし、直接戦争はほぼありませんし
周囲の不興を買う物でもありませんし‥それにもしもの事態に成って辞職の事がありましても
立場上影響は少ないでしょう」


王とマリーは「妥当だ」とその意見に同意する

こうしてマリーは メルト国教育長、次官 国王陛下直属軍戦略担当官 という立場を得、退室するまでに辞令を受け取る事になる


















城の外に出た時まだ昼過ぎ、1時過ぎくらいだろうか
せっかく早起きしたのだから、と、結局一日亭にずっと宿を取る事に成っていたジェイドを尋ねてみた


だが既にジェイドは出かけていた、おかみさんに行き先を尋ねると
「兄さんなら大抵暇があれば自然広場に行ってるんじゃないかい?」と聞きそちらへ足を伸ばしてみる

城下街の中にありながら石畳でなく土と草と木を植えた公園で誰も使える面積の広い所謂公園の様な場所である
半分子供の遊び場となっているがマリーがジェイドを見つけたときはそういった光景ではなかった






ジェイドは練習用の刃引きしてある模擬剣を横に置き、方ひざで芝生に座り 同じく練習剣を持った小さな子供から青年と言っていい若者達が剣を振っているのを
眺めていた、時々立ち上がり「動作が大きいと相手にバレバレだぞー」とか声を掛けたり手本を見せたりしている
12,3人程集まっているだろうか




「いいか?そんなに思いっきり頭上から振ったら今から打ちますってバレバレだろ?。
中段に構えて突くように斬るんだ」

と正中の構えから直突きで僅かに切っ先を持ち上げる様に振り下ろす

「えー、でもさー、それじゃ切れないじゃん」とちっちゃい少年がブーブー言う

「やってみりゃ分かるだろ、ほれ、どこを俺が狙ってるか分かるかー?」と頭上に剣を上げて上段袈裟斬りの構えを見せる


「えーと、上から僕の頭から肩?」

「そうだ、けどな中段の構えから真っ直ぐで少し上からならどうだ?」とやって見せる

「おー、全然わかんない」

「そうだ、それにな剣は棍棒じゃないんだ、何の為に刃が付いてんだ、スッと流すようにすれば切れるんだ。包丁だっておまえのかーちゃんは
上から力任せに叩きつけたりして料理すんのかー?」


「しなーい」


遠撒きに見ていた保護者の、そのかーちゃん達が噴出す



その中にまじっている10歳〜7歳の女の子数人が今度は「せんせー、おんなじ技ばっかりでつまんなーい、なんか違うのおしえてー」という



「んじゃ同じ形から下から上、あるいは横に打ってみろ」
「つまんねーかもしれないけど基礎は疎かにするな、繰り返す事で体がそれ用に慣れて強くなるんだ」

「へー」

「繰り返す程慣れて強く早くなる、ちょっと見てろー」とジェイドは近くの木の一番下の枝を剣で払う
軽く払った様に見えた一撃だがあまりに早く目にも留まらぬ速さだった、それだけでなく、刃の無い練習用の剣で
4センチ程の枝を綺麗にスパッと切断していた。


「ッ!?」と一同から声にならない声が挙がる


15〜18の年長組からは無言
女の子達からはまるで魔法でも見たかのような「ふぁ〜」という感嘆
小さい男の子達は「うわずげー!」と声が挙がる


「お前らに今教えてるのがそうだよ。お前らに教えてる技も極めればこのくらいの事は出来るようになるっていうお手本だ。続けろー
さぼらず毎日やればお前らも絶対出来る様になるぞー」

「うおーマジかよー」と一同また剣を振り始める









ジェイドは再び離れ芝生に座って見学に戻る


一段落したのを確認してマリーは座っているジェイドに近づき、斜め後ろに立ち

「子供にモテるんだねジェイド」と声を掛ける

ジェイドはニンマリしてマリーを見て 「みたいだな」と返す

「教えるのも上手だし、まさか子供に剣の指導をしてるとはね、意外」

「俺も意外だ、そんなつもりも無かったんだがなぁ」

「どういういきさつでこんな事に?」

「暇あれば俺はどこでも訓練するんだが、おかみさんに自然広場なら誰でも入れるし広いよ、て聞いてな
ここでやってる内に 見てたガキ共が集まってきてなぁ‥。こんな大惨事に‥」


「大惨事ね‥」


「とりあえず、俺の剣は我流に色んな国や名士の技が混じってるし、どうしたもんかと思ったが、一番正道で才能に
関係なく実戦向き且つ
一定の成果が出るであろう技の基礎をとりあえず教えてるが」

「いいんじゃない,其々成長して差が出てくればそれに合わせた戦い方になるんだし?」

「だな」 「しかし」

「うん?」

「人に物を教えるってのは案外面白いもんだ。皆少しづつ違ってて、やり方も色々だ、
せんせーて言われるのも悪くない」


「そうねとっても似合ってたし」


「それと気づいたんだが、ここは「ちゃんと教える」奴が居ないんだな。道場とかないし 
勉強も出来る奴が教える感じ、先生ってのが 主婦やおっさんの片手間みたいのが多い」

「それにあのガキ共の方が、戦時っていう現実を直視してる」

「そうなの?」

「あいつらさ「俺が剣士や戦士になって、皇帝からこの国を守るんだ〜!」つってさ、自発的にやり方もしらないのに剣振ってたんだよ」

「頼もしいわね」

「大人は駄目だよなぁ〜都合の悪い事から目を逸らして現実逃避して誤魔化して、、」

「うーん、全部が全部そうって訳でもないけどねぇ」

「ほう?」

「実はさ‥」


マリーはここで王城に呼ばれ、自分が後身の育成を願われたこと、教育機関の重役、王直下の官僚に任命された
経緯をジェイドに説明した


「マジかよ、いきなり大出世だな。おめでとう」 と素直に驚き祝福する

「正直、荷が重いけどね‥」

「昼間に弱いし酔っ払いだしな」

「あのね‥」

「今の見て思ったんだけどさジェイドも一枚噛んでみない?」

「は?何に」

「あたし、学問や魔術はともかく、剣武はね、ここ軍はアレだし‥あたしの剣は完全我流だし‥」

「ん、まあ、たしかになぁ、ここって名士と知られる剣士居ないし、軍も名の通った将も居ないしなぁ」

「既に所得の低い家の子にはそれに応じて国が補助金を出すのは通してあるし、年齢、性別による制限も無し
国の兵、もしくは政治、学、農、商に関わる事が条件で無償教育もさせるつもりなんだけど。」

「タダでも、教えが受けられる、てなるとえらい人が集まりそうだなぁ」

「容易に想像が出来るんだけど、それに比して。さっき貴方が言ったように。「ちゃんと教える、られる人」ていうのが殆ど居ないのよね‥」

「一世紀の平和ボケは深刻だな」

「そうなのよ」

「なるほど、それで「武」は俺にやらないか?って話か」

「うん、貴方の目的には沿わないかもしれないけど‥」

「ずっとここに居る訳じゃないしなぁ‥‥それに、そろそろ北に行こうと思ってたんだが‥」

「そうなの」

「一通り竜の話を聞いて回ったがゼロ収穫だったし、な」

「みたいね」

「こりゃぁ、お前も一緒に行くか?て訳にもいかなくなってしまったなぁ‥」

「そう‥だね、王様の誘いは断れないし」



「俺もマリーと居るのは悪くないと思うが、当初の目的の大陸を見て回るのと竜は見つかりませんでしたと
 両方投げるのもなぁ」



二人は思わず黙り込んでしまう、ジェイドは良い話を持ってきてくれたマリーに良い返事が出来ない申し訳なさ
マリーはジェイドと別れが迫っている事、あくまで旅と竜が優先な事を見せられた疎外感

それと「彼なら自分に答えて残ってくれるのではないか?」という勝手な期待をしていた自分への失望



ジェイドは右手で鷲掴む様にガシャガシャを頭を掻き

「あー‥その少し考えさせてくれないか?」とすまなそうに言う


「そうだね、ちょっと急過ぎたかもね」と返すが

彼がその判断を覆す事は無いだろうと、半ば確信していた 



この時マリーはそれならば。と彼女らしからぬ、直情的な思いで
人生を変える決断をした


そしてその計画を脳をフル稼働して整理し始めていた、それが状況を好転させる最善の方法かは分からなかったが
それ以外の事が思いつかなかった






そこで子供達が「せんせーおはなしまだー?」とやや遠くから声を掛けてくる、
いつの間にか「生徒」が25人に増えていたが‥

「わりぃ、行って来るわ」とジェイドは立ち上がる、数歩歩いた所でマリーは彼に今までに無い切実な声で

「ジェイド!」と声を挙げる

今までに無い声をぶつけられたので流石のジェイドも驚いて振り返り、すっとんきょうな声が出てしまう

「!‥な、何?‥」と

そのただならぬ雰囲気を察して周りの大人、子供達もシンッ‥と静まり返る
もちろんそれを気づかないマリーではないが、その時は初めて、最高に必死だった彼女は
周りへの配慮する余裕は無かった、そして



「あたしと、勝負しない?剣で」と



どういう意図でそういったのか理解出来なかったジェイドは

「どうしたんだ、急に‥」と気の利かない言葉を返すだけだった

しかし、マリーの表情は真剣そのものだった、意図は読めないがこちらも真剣に応じようと思わせた
ジェイドは大きく溜息を吐いて間を取り、冷静さを取り戻す


「今、ここでか?」


マリーは真剣な表情のまま


「うん、今すぐ」


「分かった、やろう。」とジェイドは自分が持ってきた練習用模擬剣を拾う、続けて

「真剣、て訳にもいかんだろうし練習剣でいいな?」と問う

「うん、貴方の強さを自分の肌で感じられるなら、それでいい」と

ジェイドは子供達の所に行き。「賢者様は俺と試合したいそうなんだ。君達の小さめの剣を2本貸してくれないか?」と
小さい子の持つ剣を2本借りる、子供達も快く渡してくれた。

ジェイドはゆっくりこちらに歩いてくるマリーにその小剣を投げて寄越す
マリーも歩く姿勢のままそれを受け取る

「得手は短刀二刀流だろ?」

「ええ」

「寸止めにするか?」

「どっちでもいいけど、ちょっとでも手抜きしたら許さないわよ」

「わかった」











両者対峙する がジェイドは大き目の声で周囲の人達子供達に言う

「みんなー、今日は練習が半分になっちまってすまないな」

「その代わり俺達の試合を見物してってくれー。きっと、勉強になるはずだ」と

「それと少し離れててくれ。周りを気にする余裕は無さそうだからなー」



それを聞いた周囲の人達は2人から離れ人の輪になる


ジェイドは中段正中線に構える「まるでそこに剣を置いただけ」の様に力みが無い

それを見てマリーも構えようとするが、ジェイドは口で笑って首をかしげて言う


「マリー〜、深呼吸しろ〜。お前らしくないぜ、良い勝負がしたいなら「いつものお前」じゃなきゃな」


それを聞いたマリーは驚きつつも溜息とも吹き出すともつかない息は吐き出し、笑顔を見せた、言われた通り握った剣をだらりと下ろし
大きく深呼吸して空を見てから、不敵な笑顔で構えを作った

「そうそう、それでこそマリーらしい」

「こんな時までジェイドはジェイドなのね」



その一戦、は名勝負になる



先に動いたのはマリー両手の短刀を交互に、片方の一撃を相手が剣で受けたのを見てから
そこから遠い「隙」を狙って

二刀目を防御しにくい所に差し込んでいく、徹底して相手の防御を突きくずしていく連撃
我流らしい、実戦的でいやらしい技でもあるが、それ以上に速さが尋常ではない

一方ジェイドは、中段正中線の構えで長めの直刀一本を両手で握りセンチ単位で動かし手元でコントロールして受け相手に攻めさせるスタイル

恐らく、マリーの攻めは同じ二刀を持つか、ジェイドの一切無駄の無い技でしか受け切れないだろう
対照的な2人だが、恐ろしく噛合った戦いと言える



誰が告知したわけでもないが、この世紀の一戦の観客はどんどん増えていった、旅の剛剣士と堕天賢者様
迷カードだと思った者も居たし、はじめは冷やかしついでに見ていた観客もいた
当初は口笛、指笛を鳴らし、見世物のように笑っていた者も居たが、2人のやり取りが続くにしたがって
歓声や「お〜」という溜息すら挙がらなくなり。固唾を呑んで見守るようになった



既にギャラリーは100人を超えていたが、それほど人が集まっても、二人が剣を合わせる、カンカンという音と二人がステップを踏んで移動する
音、二人が剣を振る風きり音、動くときに衣装が出すシュッという音、それ以外音は無かった



時間の概念がすっ飛んでしまったその場に居た全員どれほど打ち合っていたのだろうか




どちらかといえば攻めの負担の大きい、動きの激しいマリーは疲労か、微かに動きに鈍さが出る
防御一辺倒だったジェイドはその僅かな乱れ。一刀目と次に来る二刀に間に反撃の横薙ぎの一撃を差し込む隙を見つけて瞬間的に投じる


当たったかと思わせる一撃だったがマリーは顔への一撃を後ろに反らしかわし、そのままバック転のように
後方に回転して避けて距離をとる


これにはジェイドも驚きだった


「あのタイミングの一撃をそう避けるか」と


フフ、と笑ってマリーは返すが、流石に呼吸の乱れが目に付く


「体が付いてこないわねぇ‥あたし、まだ魅せられる技がいっぱいあるのに‥終わらせたくないわ‥」

顔は笑顔だが少し残念そうにも言う


ジェイドは 「なら、休憩してからまたやるか?」と問う

「そうしなくても続ける方法はあるわ、ちょっと「術」を使っていいかしら?」

「‥戦闘に関係ないなら、かまわんよ」


「ありがと」とマリーは言い、今までと違った構えを取って右足つま先を3回軽く地面叩く
それは意外な「術」だった

マリーはハミングを口ずさみ、ゆったりとした踊りを披露する、そして歌い始める 







−夢〜に見た〜私の勇者よ〜♪ 今〜貴方は〜 戦う〜
私の前〜で、私〜の為にー さあ 皆も立ち上がりなさい〜♪
あの 勇者〜は 私〜の夢ー 私〜の夢が覚める前に〜
皆の希望ーを掴みなさい〜♪‥






皆も予想外の出来事だったが美しく、どこか切なげで、どこかやる気の出る、その歌を聴いていた
マリーは、唄は止めていた、代わりにその口からジェイドに語りかける



「どう?貴方も疲れ取れた?」と


言われて初めて自分のだるさが抜けてスッキリしていた事とマリーの呼吸が正常に戻っていたの気が付いて、驚く


「これが術なのか‥」

「術唄、私と皆の夢の勇者。 聴いている者全員の力を取り戻す効果があるわ。
あたしだけ回復したら不公平でしょ?」とウインクしてみせる


「貴重な経験をさせて貰ったな‥」


マリーはステップを踏んだまま 「あんまり長く持たないけど、今から全部見せるから受けてよジェイド」


「応!」とジェイドも構える



それを聴きマリーは大きく前に跳び
ジェイドの前で左右に体ごと半回転させながら剣戟を仕掛けてくる


1,2,3,4と体ごと横回転の薙ぎ斬りの連続、速く、しかも上、中、下段と打ち分けられる
それは踊りの延長の様に鮮烈に美しかった


たしかに早い、だが次、次と打ち込まれる剣撃の合間は最初の戦法より隙を突き易かった、
前より動作が大きいので反撃を差し込む隙が多いのも当然だった、だがそれだけなのか?

という疑心もあり
試す、様に攻撃と防御を五分五分の配分でジェイドは反撃を試みた



それは完全に正解だった、マリーはその一撃を半回転から一回転に動きを変えつつジェイドの一撃を避け、即座に突き出された剣の持ち手に
薙ぎの小手打ちを放つ

それだけなのか?という疑心が無ければ決まっていたが、辛うじてその小手打ちをグリップを握る片手を離して回避
不完全な構えでの次撃を受けるのを嫌ったジェイドはそのまま大きく飛び退き、距離をとって構え直す


しかしそれを許す相手ではない、マリーは即座距離を詰める
ジェイドはそれに合わせて辛うじて形を整えた左、突き薙ぎ斬りを胸付近に放つ
マリーは体を下に縮めながら回転しつつ剣撃を避け、右後ろ蹴り、所謂水面蹴りを足元に的確に打ち込んだ
さすがにこれは予想外だったか大きく体勢を崩す、お互い不自然な体勢だが
自分から、そうした方と 相手にされた方では、立ち直りの速さが違う



決定的なチャンスにマリーは最速で最短の方法「突き」を喉元に突き立てる




が、ジェイドは刀を持つ右手を離し、突きを放った方、マリーの左手拳を掴んで止めると同時に
逆手で刀をつき返していた


マリーの剣はジェイドの喉元に届かず、ジェイドの突きはマリーの喉元に触れた所で止まっていた





互いが互いの目を見据えたまま固まっていたが、それがしばらく続いた後ようやくジェイドは口を開く



「これ、どっちが勝ったんだろうな‥」と

「あたしじゃないんじゃない?」

「いや、そっちの刀の長さが足りてりゃ相打ちだろ」

「じゃあ、引き分けにしとく?」

そこでようやく二人は剣を下ろした




と、それまでの緊張の糸が張り詰めた空気からいきなり、軽すぎる2人のやり取りに、周りの空気が抜けた感じになってしまったが


思い出した様に観客から拍手と歓声が挙がる

いつの間にか多すぎる数になっていたギャラリーの大喝采に二人はギョッとなったが、ジェイドは咄嗟に手を挙げて
「ありがとう、ありがとう」とワザとらしい返事をする

マリーは自分の持っている剣が借り物の模擬剣であることを手を見て思い出し、子供達の所に向かい
優しい笑顔を作り

「どうもありがとう、助かったわ」

と差し出す。しばらく子供達は呆けた感じでボーとしていたが

「う、うん」という感じでそれを返してもらった

その態度が気になったマリーは「どうしたの?」と聞いてみた

「あのーけんじゃさまってすっげーつよかったんだね」と言われる、それに続くように横に居る女子達が

「マリー様素敵だったー」
「私もマリー様みたいな剣士になるー」
「あのわざ今度おしえてー」「てー」
とはしゃぐ

(あたし剣士じゃないんだけどな‥)と思いつつも 「ありがと。今度皆の先生になるからその時はよろしくね」と返した

意味がよく分かってない子供達は「せんせーふえたー」と喜んでいた

その後も二人に言葉を掛ける人は止まらず、それが一段落して人もまばらになったのは一時間も後の事だった







ようやく二人はその場を離れてとりあえず、一日亭で一杯やろうという事になり帰路についた
アルコールはやらないのかと思っていたジェイドもこの日はマリーに付き合ってトマトで割ったブランデーをやった
マリーと違って呑み方はチビチビなのを見ると強いというわけでもなさそうだが

「で、何で今日はいきなりあんなことを?」とジェイドはうつむき加減で聞く

「貴方の強さを自分の肌で感じたい、て言わなかった?」

軽く咳払いをして

「あのな、だれか殺しかねない顔で俺に挑んできて、ほんとに理由はそれだけかよ」

あの時は本当に真剣だった、それが表情に出ていたのか、と言われて初めて気が付いた
「うーん‥それだけ、ていうか。うーんと、、」

「うん、すごく大事な事の一つだよ、あたしにとっては、あたし決めたの自分の全てを出す。それで決めて貰うって」

「お前だけ納得されても困るし、俺には意味が分からん」

「そのうち全部分かるよ。お願い10日くらい、でいいから、もう少しあたしに付き合って」

表情は戦う前の「誰かを殺しかねない顔」はもう無く
晴れやかであったがマリーはずっと同じく、真剣だった、依然、意図は分からないが、彼女の決めた事、
が知りたいのも事実だったし
彼女と共に居る時間は貴重な物に感じられていたジェイドはそれに付き合うのも悪くないと思っていた

「分かった、10日でいいんだな?」

「うん、10日」

二人は再び酒で喉を潤して

「じゃあ、さっそく次。ジェイド」

「はえーよ‥」

「明日朝一で大剣持ってここの店で待ってなさい」

「俺はともかく、お前は起きれないだろう‥」

「えー‥じゃあお昼で‥」

「やっぱ起きれないんじゃねーかよ‥」

「じゃああんた!起こしにうち来なさいよ!んで家事してよ!」

(この酔っ払いうぜぇ)と思ってマリーの飲んでるボトルを見たがブランデーを何かで割る事も無くストレートで呑んでいるらしく

 既にボトルを八割空けていた



ジェイドは逆らうのを止めた

「じゃあ、明日昼またここでな」

「あーうん、そうね、明日昼ココデ」

更にそのまま呑み続けようとしていたマリーをジェイドは止めて、代金をテーブルに置き、
マリーの腕を引く様に店を出た

酒は弱くはない様なので、この程度で、おぶったりは必要無いだろうと思い手を引いて歩かせる、多少訳の分からん所に行こうとしたり
ご機嫌で含み笑いをしたりするが、概ね普通について来る
そのままいつもの様に北の城下門まで来ると馬がやれやれまたかよ、という感じで近づいてきて背中を向ける

流石に一人で帰れるか?と聞くのは野暮だし、違うところに帰りそうなので、2人乗りで手綱を持って送ることにした
日は傾き空は赤くなりつつあった

マリーは横すわりで手綱を取って馬を操るジェイドの背中にもたれかかり、顔を埋めて時々顔をぐりぐりしたり
「うーん、うーん」と唸っていた

「おい、吐くんじゃないだろうな?」

「あんくらいで吐くわけないじゃん〜」

ふー、とジェイド呆れたように溜息をつく

「今日はなんなんだいったい。いきなりとんでもないペースで呑みやがって」

「だって楽しい事いっぱいあったじゃない?〜」


あまりにドタバタしていたので落ち着いて考える暇も無かったがたしかにそうかもしれない


「そうだな‥お前は大出世、あの試合も俺の人生のベスト3には入るギリギリの勝負で楽しかった」

「あたしもー。ずっと続けていたい‥そんな思いだった‥」

「意外だったよ‥多少はやるとは思ってたがマリーがあれほどやるとはな」

「でも、やっぱりジェイドのが強いよ‥‥無駄とか隙が全然無いし、長く続けるほど、あたしが不利になっていく
そんな感じだった」


「スタイルの違いだから、しかたないさ。だが、悲観することもない‥俺基準で言えば、大陸では間違いなくマリーはベスト20には入る名剣士だ、しかもまだ伸びるかもしれないんだ」


「うんー、でもそれはジェイドもでしょう」

「そうだな、お互いまだ若いし、壁に辿り着いたという感じでもないな」

「それにさ」

「ん?」

「今日は皆あたしたちを褒めてくれた‥色々‥」

「フ‥そうだな」

「皆もあたし達もたのしかった」

「かもしれんな」



しばらくして、屋敷に辿り着き馬を開放してから再びマリーの手を引いて彼女の部屋まで誘導して寝かせた
部屋を出る際少し扉を開けたままにした
ジェイドが出るのと入れ替わりに黒猫が来て一度彼に「にゃー」と言ってマリーの部屋に入っていった



V 計画






翌日、約束を律儀に守ってジェイドは一日亭の酒場で昼食を取りつつマリーを待った



「おはよー」とマリーが店に入ってきた、いきなりおかみさんに「あたしこないだの果実酒」と注文するが拒否された

「お酒出せるのは午後三時からだよマリー‥」と

「うえー!?‥じゃあ、紅茶で‥」と 心底残念そうに言い注文する。

「あー、おっさん!こっちこっち」と外に声を掛ける、どうやら今日は誰か連れてきたらしい


すぐさまマリーはジェイドの座るテーブル席の対面に座る

開口一番「アルコール‥午後三時からだって‥」

食後のコーヒーを啜っていたジェイドはマリーの顔にコーヒーを浴びせかけそうになったがどうにかこらえた


「アルコールを店で出すのは午後三時から、てのは法律で決まってたハズだが‥」

「そうなの?‥残念」

(地元民なのに来たばかりの俺より物を知らないとはどういうことだよ)と思ったが言わないようにした


直後マリーの同行者と思われる中年の背はでかくないが筋肉質でガタイのいい日焼けしたおっさん
が入って来て、おかみさんに「ビールねおかみさん」と言う

マリーと全く同じ流れで拒否されて、しぶしぶコーヒーを注文してマリーの隣に座り
「ビールだめだって‥」と心底残念そうに言う


(お前ら、親子かよ‥)と言いそうになったが面倒な流れになりそうなので自重した


二人の注文したコーヒーと紅茶が運ばれてきて二人はすすってから一息ついた、マリーはカップをおき
隣に座るおっさんの紹介を始める




「えーと、こちら、たしか、クルスト=ウル=なんとかさん、鍛冶屋さんよ」

クルストは「バイスです、よろしく。クルストで結構です」と頭を下げる

「で、こちらが巷で噂の旅の剣士様、ジェイド=なんだっけ?」

「ジェイドでいい、よろしく」同じく頭を下げる



ジェイドはどっかで聞き覚えのある名前で鍛冶屋とひらめきがあり、記憶を漁ってみる
しばらく渋い顔をして考えたが「たしか!?」と思い出す


「鍛冶屋クルスト?‥て、もしや」「名工クルスト!?」

対面の二人は「え?」という感じでジェイドを見て

「あれ?知ってたの?お知り合いだった?」とマリーは間抜けな事いう

「左様です、巷ではそう呼ばれております」とクルストは返す


ジェイドは無知なのかふざけてるのかわからないような言い草のマリーに

「あほたれ、名工クルストの剣と言えば、剣士、王族なら誰も一振りは何としても欲しいと言わしめるほどの名剣だぞ」

「いやー‥知ってるけどさ‥、武器は見事だけど、おっさんはこの通り、ふつうのおっさんじゃん?」

クルストは「いや、いんですよ、実際ただのおっさんですし」と宥める

「それにマル‥いえ、マリーさんの、誰にも媚びない、ズケズケ言う、そういう所があっしはとても好きでしてね‥」

「え!?さりげなく愛の告白!?」とマリーはまたふざけた事をいう

「いえ、妻にするなら、おしとやかで支えてくれるような、主張のきつくない女性が好きなので‥」と軽く流す

(なかなかマリーの扱いに慣れてるな)と思いつつ話が進まないので黙っておく



「で、マリーとクルストはどういう経緯で知り合いに?それにクルストと言えば別名「神隠し」とも言われる程会うのが
難しいとも聞くが」


「はあ、あっしは街には住んでおりませんで、メルトの西の山脈付近に工房を構えて、時々出てくるんですよ」

「あたしが呼ばないと来ないのよねおっさん」

「はい、で、出会いの経緯ですが、マリーさんは魔術付与の装飾品や武具なんかを作って稼いでおりますが
ご存知で?」

「前に聞いたなそいや」

「で、あっしその装飾品を市場で見かけまして、これは!と思い、マリーさんに共作をお願いしたわけです」

「そそ、あたしのエンチャンターとしての技術とおっさんの名工としての技術を合わせたらさぞや、凄い武器になるのでは?と 一緒に作り始めた訳よ」


「ところがですね。マリーさんのエンチャンターは効果を半永久付与するために何らかの魔石をかならずその武器に埋め込むんですが

その石が何でもいいと言う訳ではなくて、エンチャンターの石そのモノが非常に高価な物で、見た目も「宝剣」の様になってしまいましてね
おまけに、その、あっしもマリーさんも気まぐれなうえ、気に入らない仕事はしないもんで作る数も少ない」


「あー‥なんとなく分かった。希少且つ、高価、更に見た目も「宝剣」更に、世界に幾人も居ないだろう、名工の技術と
世界に幾人も居ないだろうエンチャント技術を合わせた剣、ともなれば‥」


「お察しの通りです。余りにも値がつり上がってしまいまして。「武器」として使う方は居られなくなる始末
例えば、西方の氷の女王と言われるマリア=フルーレイト陛下がお得意様ですが、芸術品や美術品として
扱われ収集しておりまして

名も値も余りに高い武器であるため、大功を立てた臣下などに最高の名誉としてあっしたちの武器を進呈する
という使われ方をされることが多く‥あっしとしては、その」


「武器は武器としての役目を果たすべき、か?」

「あっしはそう思っております」



「参考までに聞くが、どのくらいの値が付いてるんだ?」

「さあ‥あってないような値ですから‥」

「去年最後に出したミドルサイズの両刃剣は、市場だと即売過ぎるから、オークションに掛けてみたけど。金千八百落札だったかしら?」

「落札されたのもマリア陛下でしたがね‥」

「ここだけ世界が違うなぁ‥」 

ちなみにマリア「陛下」とはジェイドは面識があったが、二人には関係無い話なので特に言わなかった




そこまで話してクルストは本題の話を切り出す

「これは、あっしのお願いでもあるんですが‥」とジェイドを真剣は面持ちで見て

「マリーさんから依頼されたのも、もちろんありますが。ジェイドさんは大陸1の剣の使い手、更に人外の者に挑み

その為に自ら剣を用意されたとお聞きしました」

「まて、大陸1では無いと思うぞ、誰にふきこまr」

「えー‥あたしが大陸トップ20には入るならジェイドは間違いなく1番でしょ?うん」当然吹き込んだのはこいつだった

「後半は大体間違ってないが‥」 「竜に単身挑む、てのは事実だ」


「ハイ、マリーさんにジェイドさんの剣の改造依頼を受けまして。あっし是非ともその仕事、
うけさせてもらいたいと思いまして嬉々として
こうして参ったしだいで‥」

「ちょっとまて‥‥俺は金二千近くも出せんぞ。手持ちをかき集めても30くらいだ‥」


「いえ、あっし「剣を剣として使う」方の為に鍛冶をやりたいのです、基本は刀鍛冶ですから
しかもジェイドさんは大陸1‥の剣士かは分かりませぬが
大陸屈指の使い手と聞きます。更に人造魔人とも手を合わされ、更に単身、あの竜に挑もうとされるお方
あっし、こうした夢のある話が大好きでして」


「それにあっしは金銭には困っておりません、それどころか近年の出来事でジャブジャブで使い道も無く、どうしたものかという始末
流石に材料費は頂きますが、その費用も既に受け取っておりまして‥」

「うん、あたしもう払ったよ」

クルストはテーブルに頭を擦り付け「どうか!」と頼む
なにやらおかしなことになっとるなぁ、とジェイドは変な感覚を覚えたが、こう返答する


「クルストさん、皆は貴方に剣を作って貰いたくてお願いしに行くでしょう。そのクルストさんにお願いされるというのは栄誉な事でしょう
だから、俺の方からお願いします。どうか対竜用の剣を作り上げてもらえませんか?」

と言いクルストと同じように頭を下げた



「お、おお‥。もちろんです。最高の物を仕上げてご覧に入れます!」とちょっと泣きそうになってさらに返答した




ジェイドはテーブルに大剣を置く、いかにもな重量のある、ズンッという音が立ち、テーブルもギシッと音をだす


「ふーむ、かなり重いですなぁ。40キロ半くらいでしょうか、片刃の大剣。
色々工夫の跡があちこちに見受けられますなぁ‥

切れない方いわゆるミネの方、中央から割って後ろに非常に硬いが軽い黒炭鉄というのを芯に据え支え、折れないように工夫されております
切れる方の前半分には鋼鉄を据え、あえてナマクラに刃をしてあります」


「あえて?」


「そうです、これほどの重量と振り回せる腕力の方が使うわけですから、鋭利に加工すると自重だけで、石畳等に置いただけも刃がこぼれる
もしくは砕けます、あえて鋭角でなく丸みと厚みを作る事で「壊れにくく」してあるわけです」


「すごく考えて作ってるのね」

「色々な‥しかしさすが専門家、ズバリだな」

「ハハハ、話が早くていいでしょう?」

「で、どうするの?おっさん?」



「おっさん」は少し考えたのち



「芯は軽く丈夫な物ですし、黒炭鉄は簡単には量が集まりませんし作るにもとてつもない時間が掛かります
このまま芯として使い、刃は鉄や鋼鉄を使うにしても
そう、硬い物と柔らかめの物を交互に貼り付け丁度サンドイッチのように作り変えましょう
更に壊れにくくなりましょう、ナマクラなのは多少改善しても、問題ない程度に、このままですと
本当にただの鈍器ですし

後、加工を工夫してスリムにすれば
重量も多少減らせます、長さも10センチは削った方がいいでしょう。その程度なら使い勝手に差はありませんし
前より早く振れます」


「あっしはこんなもんです、マリーさんの要求は?」


「そうねぇ‥」と呟きながら懐から袋を出し、中から5センチ程度の綺麗に丸く加工した石をだし、置く

「この石と同じ大きさの石を最低3つは着けたいわね」

「その心は?」


「彼は純粋な剣士だし、遠距離からへの対応、並びに対抗魔法、人に強化を掛けると魔力が馬鹿にならないから
剣そのものに
更に軽くするか硬くするかの付与を掛けたいわ、それでもこの大きさだと長時間戦闘になった場合、石が死んでしまう可能性や衝撃で石が破損する
可能性を考慮して、埋没埋め込みはメンテが出来ないので困るわね」


「うーむ、せっかくの宝玉を埋め込むのは美しくありませんしなぁ‥外に見える様に、ええ、なんとかなるでしょう‥
かなり作業が増えますが」


「本石は同じサイズの物を用意するわ」


「いえ、石そのものにも加工、溝をつけてもらいたいので、こちらが出来上がってからそちらの用意を‥それで、可能であれば円柱にしてもらいたいんですが‥」


「筒の形に石を成型加工するの?出来るわ、後でサンプル作成して持って伺うわ」

「ハイ、ではさっそく持ち帰って取り掛かります、預かってよろしいですね?」

「もちろんだ」

「そうそう、それから、見た目は今よりかなり変わると思いますが大丈夫ですかね?」

「そこには拘らないから大丈夫だ」

「時間も余り無いようですし直ぐかかります」

「そういう事なら、別に余裕を持ってやってもいいが‥、俺の出立は伸ばせる訳だし」

「いやいや、もう、はじめたくてしかたないのですよ。こんなに燃える仕事はウン年ぶりですから」と
クルストは嬉々として剣を抱えて店を出て行った

「おっさんのあんな嬉しそうな顔、私と共作を始めた3年前ぶりくらいから、かねぇ」

「やる気がでたなら彼にも皆にもいいことだな」





二人は店の外に出て晴れの日の太陽をその身に受ける
マリーは「うん」と伸びをして

「さて、おっさんの仕事が終わるまであたしもあんまりやる事無いし帰って寝よっかなー」と

「おい」

「ウン?」

「城から仕事貰ってるだろ?忘れたか?」

「あー‥」

「忘れてたのかよ!?」

「いやーそうじゃないけど、施設も予算捻出も仕組み上の組み立て、法整備もあっちの仕事で、あたしはまだ
特に‥」

「議論の場に出てアドバイスとかしないんか?」

「面倒事はなるべくしない様に配慮してくれたのよ。ま、門外漢に口出されても嫌だろうし、てのもある」

「なるほどな、わからんでもない」

「後は教師、を集めるにも、あんまツテないし。募集は掛けるけど。後は他所の国から剣士とか軍略家とか
引き抜くとか。流石に無理かなと」

「うむ‥この時勢じゃな」

「人数に制限を掛けて少なめで初めて、あたしがそこから教えるのが上手い人とか優秀な人を選抜して
教員にしたり。
こういう風にしてくださいというマニュアル化するか。ここは政治官、事務方は居るからやってもらう事も可能ではあるわね
いずれにしろ初めは、あたしが複数兼任しかないわね‥特に王は軍部の人が居無すぎるのを悩んでいたし」

「さっきのおっさんも誘ってみたらどうだ?名工クルストの授業は面白そうだな」

「あーいいかもね。それにあのおっさん意外に剣も出来るし」

「そうなのか?」

「うん「剣を作る者が剣を使えないでどうする!」とか言ってたし、何気顔広いし、
獅子の国で、主流の剣法も習ったみたいよ?」

「つーとあれか、王国騎士団が正式採用している。‥ラウトス流剣盾術、だったかな」

「それそれ。」

「割と正統派だな‥軍向き、要人護衛向きだが」

「わが身を盾にして仲間と主人を守れーみたいな暑苦しいやつよね」

「集団ではかなり有効だけどな、重装備と馬鹿でかい盾で一列に並び、亀移動で守備展開するやつだ。」

「あんま好きくないわねぇ、それで相手に攻めさせて、装備で跳ね返し、隙を片手剣で突いて倒すやり方でしょ?」

「誰でも簡単に習得できる技っては有象無象の居る軍隊では有効だけどな。そもそもあの流派片手突きと振り下ろしの斬りしか攻撃技ないし技自体は恐ろしく単純で習得が楽だ。それ以外は殆ど体力訓練だしな‥」

「どんな事すんの?」

「フル装備と同じ重量の重り付けて丘とか浅い川を行ったりきたりとか‥」

「なにその拷問‥」

「第一あれが出来るのは、軍にかなり予算付けてる国だけだぞ‥」

「あんで?」

「想像してみろ、全身フルプレート、フルフェイス、体を隠す巨大盾にくそ重い片手剣だぞ‥
あれを一軍全員に配備するとかいくら掛かるんだ」

「きもちわる‥」

「まあ、メルトも出来なくは無いだろうが、たしか財政は大陸国家では三番目に豊かなはず。軍に予算付けてないだけで‥」

「相談してみようかしら?」

「‥そんな軍隊入りたいか?‥」



「ちなみにだが。皇帝ベルフの重装突破兵てのはラウトス流の攻撃バージョンでほぼ同じだ、
片手剣が片手短槍に変えられてるがな」

「益々きもちわるいわね、そんなん迫ってくるなんて」

「ま、ベターとか単純てのは案外有効なもんだって事さ、軍剣法ってのは達人育成カリキュラムじゃないからな」

「そうかも」



「あー、そいやさ?」

「どうした?」

「おっさんかなりのガチムチだよね?」

「やったんだろうな、あの訓練‥」





それから、五日ほど経って、クルストは剣を完成させ、マリーの屋敷に納品される
要求どおり、剣の柄と剣身のつなぎ目に1つ ミネと前身の合わさる所
根元に2つの穴が開いていた。再加工が必要と言うのはその穴の加工自体が特殊だからだ


本体の穴に渦巻状のレールが付けてあり、円錐成型した石をそれに嵌るようにミゾを付ける必要がある
つまり、本体の穴のミゾが差込口、石がネジといった感じに回しながら奥に挿入する加工がされたからだ
なるほどこれなら、外から宝石として石が左右どちらからでも見えるし、見た目も損なわない上、外れにくく、
逆回しすれば容易に嵌めた石は外れるので。

取替えは楽だ、本来そのミゾに合わせて石を掘る作業は精密で大変だが
納品と同時に同じ形の石の擬似模型見本も用意されていてそれに合わせて掘ればいいだけだった

見事としか言いようが無い仕事だった

マリーはその為の魔石を手持ちの物から予め選定してある石を球体もしくは、原石等から削りだし或いは成型し直し 指定の大きさの
円錐形に加工、用意した。それに一日
それぞれ魔術処理にもう1日かけて行う

と言っても特別な事でも無く、極めて、中立性の高い石に、彼女が直接付与したい魔法をゆっくり注入し中立で無い方向の付与をする

その掛けた術の効果が石の自然浄化力や
魔力の自然充填などからくる時間経過等で「石の資質の戻る作用」が、起こり、中立化して効果が消失しないように「封」をするだけだ。


説明すると単純だが現世でその手段は失伝しており、その知識方法を持っているのは恐らくマリーと
この技術を彼女に伝承した人物だけだろう
古代にはあった業らしく、時折出土品から魔法具は見つかるが、彼女の出現まで「新品」の魔具は供給されなかった

マリーはその業を生涯で、分別があり、本当に信頼できる近しい人、数人にしか伝えなかった
「業」を独占したかった訳では無く。

むやみやたらに広めて悪用の物が多数生み出される事を嫌った事、呪いを掛けようと思えば出来るわけでそれは非常に強力にも出来
世界その物に影響を与えかねない為、極めて公正で悪意の無い人物でなくてはならない

そもそも高度且つ、長時間魔術を注入し続けられる程潜在的に魔力許容量が多い才の者、そして当然魔術士にしか出来ない処理であるので
魔術士に限定されること

そもそも失伝している技術、知識を何故マリーが持っていたのかを彼女が説明出来、尚且つ受け入れてくれる者、
あるいは
謎を決して他人に漏らさない人間である必要もあった

その様な人間が一体何人居るのか?という事を考えればごく僅かの人にしか伝えられなかったのは自然な事だったのかもしれない



そして、マリーのあの時の「直情的な感情の閃き」で始めた計画はこの時点で、ほぼ完遂した







更に翌日、完全完成したジェイドの大剣、もとい、大刀を渡す為に何時もの一日亭に
クルスト、マリー、ジェイドは集まってテーブルに置かれた大刀を囲んで話す

まずクルストが「会心の出来ですよ、要求も完遂しました、どうぞお納めください」

と完全完成品を改めて見てうるっとしている

次にマリーは「対ブレス魔法防御、石の守護による破壊防御、風の恵みの魔法による重量の緩和、の3点
ジェイドの本来の「剣技」を阻害しない系統の付与を付けたわ」


ジェイドは余りの過大な出来に「ほんとに俺なんかが使っていいのかねぇ‥」と気圧されていて、
触れるのも戸惑う感じだった


「他に単身で竜に挑む者が居りますか?その為の物ですよ?」

「要らないならあたしの物にするわよ?あたしでも振れるくらい軽くなってんだし」


と立て続けに言われる。そういわれては受け取るしかなかった。よし!とそれを掴み水平にして眺める

剣より、刀という形の片刃の大刀。後ろ半分が深い闇のように真っ黒で前半分が銀色、軟鉄と鋼鉄を幾重にも重ねて打って加工したため
今で言う日本刀のような波紋と色のコントラストのある刃と可能な限り
性能と使い勝手を損なわない程度にスリムに削あるいは
精錬圧縮された全身


長めで握りやすく再調整されたグリップに、柄とミネの根元に填め込まれた美しい宝石
そして玉の中心でゆらゆらとまるでロウソクの火が燃えている様に様々な色で輝く付与された魔法石


彼は説明されるまで知らなかったが
エンチャンター魔具の宝玉は封じ込まれた魔法の効果や種類で様々な色で。中で燃えてるように輝くらしい


市場に出されたマリーの魔具がクルストの目に留まったのはこの自己主張の激しい宝玉によるものであると同時に
「美術品」扱いにされるのもこの宝玉のゆらめき、輝き続ける稀な美しさにもある



「やべえ、これは伝説の武器レベルだわ‥」と感嘆する

「でしょうねある意味現世の最高の技術と魔術の結晶体だし。そういっても差し支えないレベルだわ」


「外に出て振ってみてください。慣れが必要なハズです」と、薦められ3人は店を出て手近な広場に出る

「気をつけてね、軽く「感じる」だけで巨大な剣の重さはそのまま存在してるから。
軽いからって思いっきり打ったりしたら
相手が粉々になるわよ?」

「こえーよ‥それ‥」と言いつつ片手で軽く振ってみる。

「まじで、ロングソード並みの重さに‥「感じる」だっけか」

「手加減は難しいわよ。人間相手に使うわけじゃないからいいんだろうけど‥とりあえず壊れはしないから加減が必要かは、わからないけど」

「それと前よりナマクラではありませんので一応「刃」の方だけをカバーする鞘も用意しております、
切れると言う程ではありませんが
流石に剥き出しはまずかろうと思いまして、一日亭に届く予定ですが‥」

「大体感じは分かったし‥それなら一日亭に戻っておくか」

「そうね」

「わかりました」

と再び戻る

3人は其々お茶を啜って待つがそれほど待たずに「鞘」は届く「鞘」というよりは分厚い皮製の刃だけ隠すカバーに背中に担げるように
ベルトバンドが付いたような物だが



三人はしばし無言だった、其々が其々の考えを整理していた。最初に口を開いたのはクルストだ

「ところで‥。準備は出来ましたが、肝心の相手はどう探すのでしょうか‥」

当然の疑問だ、ジェイドは7年探しているがまだ会えていない

マリーは

「居るとしたら、「あそこ」でしょうね‥」



なっ!と驚いてジェイドとクルストは立ち掛ける



「落ち着いて2人共、あくまで、居るとしたら‥とあたしが考えているだけの単なる推理よ。
なんの確証も証拠もないわ」

「‥それは?」

マリーは大きく深呼吸してから一間作ってから、彼女の見解を披露する

「あくまで、まだ、絶滅していない前提、ジェイドが各国、聞いて歩いて、目撃情報が残っているので居るという前提
その竜がまだこの大陸に居るという前提、の話で考えたので、それを念頭に置いて聞いてね」


「まず、竜は人間に狩られる事により元々少ない数を更に減らした。彼らはそこいらの獣では無く、人間と同等以上の知能を持っている
しかし、空や雲の中、海の中に住む事が出来る訳でもない。あくまで地上のどこかに巣なり家なりを持ち住む生物
そして、恐らく人を嫌うか恐れるか関わらない様に生きている、となれば、地上のどこかで。人間の目に触れず。人間が来れない場所を
あたしが、竜の立場ならその条件の満たす場所を選び生きるわ」


「たしかに‥その条件ならあっしも一つしか思いつきませんなぁ、しかし‥」

「俺もだ、だが人類未踏の地だろしかも広い‥」


「どうやら皆答えは同じね。
そう、中央のヘブンズゲート山脈、そしてその名前の由来でもある一番高く険しい、いまだ煙を吹いていて
活動していると思われる火山。人には険しすぎる山だけど、ジェイドの見た竜は飛竜、彼には容易にいける場所で人間が誰も入ってない
格好の場所と言えるわね」


「しかし、これは無謀ですな」

「ああ、こっちから行くのは無理ではないか、下ならともかく頂上方面では、くじの大当たりを一枚で引くようなもんだ」


「まあ、それも居ればの話だし、奇跡的な幸運で、登って上まで行けてもハズレでしたという可能性もあるわ」

「ついでに言うと人類未踏の地、は正確ではないわね。過去に調査隊が出ては居る。もちろん誰も帰らなかった
らしいけどね」


ジェイドとクルストは黙りこくってしまった、時々「うーん」と唸って考えてはいるようだが、答えが出るハズも打開策が出るハズもなく
時間だけが過ぎていく

流石にこれはと諦めたらしくクルストが立ち上がる


「最後まで関わりたかったんですが。あっしにもいい知恵は出ませんなぁ‥あっしの目的は達成しておりますから自身は満足ですし
工房に戻らせてもらいます」と

「ああ、いや、解決できない様な難問につき合わせてしまって、申し訳ない‥」

「ごめんね、クルストさんー何か進展があったら報告するわ、ありがとう」

「分かりました、良い進展と報告をお待ちしておりますよ」とクルストはここで一足先に店を出た







二人になったが、ジェイドだけは再び考慮に戻る、時々

「後は向こうが引っ越すのを待つとか、そんくらいか?‥」とボツボツ言ったりする

それをしばらく見ていたマリーはある程度の時間が経過したことを計って声を掛ける

「ジェイド」

「ん?」と彼はマリーを見る、彼女は涼しげな笑顔を向けていた、このような時に何故マリーが
そんな笑顔を見せていたのか
ジェイドには意図が分からなかった、マリーは次に更によくわからないことをいう

「ねぇ、海を見に行かない?」と

流石にジェイドも「はぁ??」と言いたくなるが、彼女の意味不明に見える発言は重要な意味を持った
突飛な発言である事を既に彼は感覚的、経験測的に理解していた。故に努めて冷静にいつもどおりに

「それは、今じゃないとダメなのか?」と返す

「うん、大事な事。あたし二人きりになりたいの」と笑顔のまま言った


マリーと一緒に居る期間が長いわけではないが、彼女といくらかのやり取りの蓄積の中で
彼女の合間、合間に見せる、突飛な発言、行動は大別すると2つに分かれる事を感覚的に理解していた

子供の遊びやいたずらの様な、それでいて相手や周りの人を笑わせたり、吹き出させたり
あるいは呆れさせたりするような、遊びの延長のような言葉と行動

もう一つが、今の様に他人から見たら何なんだいきなり?と全く理解出来ない意図が読めない
行動や発言、だが本人は至って真剣で、必ず誰かにとっても自分にとっても
当人が言った通り「大事な事」である場合

そしてこの、海に行こう、と、大事な事、は後者であり、
あの時誰かを殺しかねない顔で「勝負しない?剣で」と言ったのと、同じ物であるよう思った

そしてそれはもう何度も彼は体験していたし、理解していた。だから馬鹿にせず、茶化さず
紳士に対応した


「分かったいいよ、どこの海にだ?」と

「うん、北門から屋敷に行く途中の海、まだ、日は高いから城下街の港はダメ、人が大勢居る」










二人は、いつものようにスタディーに二人乗りで屋敷への道を進んだ

「あ、ここいいかも」と止めるように促しいち早く馬から飛び降り、海の見える海岸に歩いていく

「ん」と馬を止めジェイドも降りて、マリーの歩き出すのについて行く

真昼間の開けた海岸。マリーは砂浜の中心まで行って、くるりと回る遊んでいるかとも思ったが

「うん、全然誰も居ない、あたしたちだけ」という、どうやら、周りをついでに確認したらしい

「で?、大事な事って?」


「うん、あのね、10日の約束守って付き合ってくれてありがとう」

「まだ、今日と明日があるぜ、たしか」

「そう、でも結構ギリギリで間に合った」

「そうか、そりゃよかった」

「ジェイド」

「ん」

「今日は、あの刀ちゃんと訓練に使って、体にちゃんと馴染ませておいて。ちゃんと直ぐ使えるように。んで
今日は早くいっぱい休んで。明日は万全にしておいてね」

「ふむ、何だか分からんが分かったよ」

「さっき3人で話した時さ」

「ああ‥」

「2人の事騙しちゃった」 「クルストさんはいい人だけど。竜の事までは教えられなかったから‥」



「というと、マリーは知ってるのか全部」

「うん、どこにいるかも、行き方も知ってて、あたしはジェイドを連れて行けるの。方法が無いとか嘘、ごめんね」

「まあ、絶対にこれだけは教えられない、という秘密もあるさ、仕方ない事もある。
その意味、打ち明けられた俺は合格って事か」


「それもあるけど、ジェイドは子供の時見た竜をずっと追っかけて大陸中旅してきた。
どこかで。ううん、それが果たされなければきっと死ぬまで続けて
大陸の外の国まで行っちゃって、そうなると思った」


「そうなるのをやめさせたかった?」

「かも知れないし、貴方の目的を知ってて、それが直ぐそこにあるのをあたし知ってて。だから、叶えてあげたかった、黙っていられなかった
のも、あるかな」


「‥そうか」


「それと、あたしは、ジェイドは竜に会っても秘密を教えても、誰かに言わないと思った、名誉とかお金じゃない
純粋に「戦ってみたい」という思いと、戦うに相応しい強さがあって、それと、あたしは竜が死ぬのを見たくないから」

「ああ、俺も見たくないな」

「うん、だからその、貴方になら合わせても大丈夫だって、本当に力比べで済む、て」


途中からマリーは「それで‥」 「あの‥」と言いながら顔を両手でグシグシしながら泣き出していた。


マリーは自分と同じくらいの歳の外見で、女性にしては背も高く。涼しげな笑顔を持つ大人ぽい美女、
頭が良く、学も高く
技術も魔術も剣も大陸屈指のレベルで、一見すると隙が無いように見えるが
子供っぽくて、強引で、時々まぬけで、一般常識があるかと思えば変な所でまるで無かったりして。
いたずらな事もする
それでいてびっくりするくらい素直な所もある

目の前で泣くを止めたくて、立ったままうつむいて、両手で顔を思いっきり服の袖で拭っている彼女を見ると

あの日、公園で剣を教えた少年少女達とあんまり変わらないんじゃないか、と思うようになっていた



だからジェイドは彼女に近づいて、片手で彼女の肩をポンポンと叩いてゆっくりと胡坐をかいて砂浜の上に座る
「ほら」と座るように促す

それを理解したマリーもジェイドの対面に膝を突き合わせてちょこんと座る

「大丈夫だから‥言いたい事はちゃんと伝わってるから」と声をかける
マリーはそれを聞きながら無言で顔を両手で押さえながら、ウンウン頷いている


「落ち着けば大丈夫だ。ほら深呼吸して いくぞ、い〜〜〜ち」


マリーはそれに続いてスーハーを繰り返す、それが7の所まで来て彼女はいつものマリーに戻っていた

泣いたせいなのか、恥ずかしかったのかマリーは赤くなっていた


「まだ今日の内に言って置きたい事は残ってないか?あるなら聞くぞ〜」

しばし無言だったが、笑顔を取り戻して

「ううん、大丈夫‥全部明日にする、あたし最後の用意があるから、全部、明日」と


「分かった明日だな」

「うん、あした、昼くらいにどっかでまた、二人だけの待ち合わせ、したい」

「分かった、どこがいいかな」

「そこそこ広くて、物も人も来ない所、隔離された所とか、がいいかな」

「マリーの屋敷はまずいのかな」

「猫いるし、お客さんも偶に偶発的に、来る、あそこはダメ、かな‥」

「そうだなぁ‥一日亭の宿、酒場の2階じゃなくて、後ろの離れの方はどうだ?一軒家、てか半軒屋みたいなアレ。
値は張るだろうが」

「おかみさんに取り次がない様にお願いしておけば大丈夫かな、鍵もかかるし、うん、じゃあそれで」

「OK」

「じゃあ、明日お昼に行くね、食事は軽くにしておいてね」

「ああ」

マリーは先に立ち上がりつつ、すそや膝についた綺麗な白い砂を掃う

ジェイドもそれに続いて同じような動作を行う




「じゃあ、あたし行くね、準備あるし。ジェイドも忘れないでね」

「万全の状態にしておけ。て方か、もちろんだ」

「あ、馬ごめん、」

「お前の馬だからいいんだよ。歩いて帰ってもたいした距離じゃない」

えへへ、と離れ際、はにかんだ笑顔を見せた
それは彼も同じ気持ちだった



マリーは馬、ジェイドは徒歩で、其々の家に戻る



inserted by FC2 system