流の作業場

剣雄伝記〜フラウベルトの剣    





神聖国フラウベルト

学術都市でもあり宗教国でもあり。盾の軍と呼ばれる王に尽くす強固な軍を持つ強国である

第二次大陸戦争開始直後、王が倒れ、後事を託された実子で娘のエルメイア=フラウベルトが
12歳で即位


それまでは宗教国としての側面からか、その信徒以外には厳しい制限があり
どちらと言えば、そうで無い者からすればあまり住み良い土地とは言い難かった

しかし、新王、聖女エルメイアは「信徒で無い者が差別される国は良くない」とし
自由を広げた
それまでは公的施設の立ち入りや税の不公平等があったがそれらも解消される

大戦勃発から孤児や流民、敗残兵等も広く受け入れ、いわば弱き者の積極的な庇護を与えた

周辺国には無償の援助や援軍を出し、大陸南方地域では多くの国の寄り何所となり、また、

その
惜しみない援助と援軍、庇護が結果的に多くの国の後ろ盾となり、ベルフの南方侵攻を食い止めていた

エルメイアは氷の女王マリアとは逆方向の名君と言えるだろうか

殊更策動を巡らせた結果では無く

「聖女と呼ばれる者が弱き人々を守らないなどあってはならない」という
極めて裏の無い、正道な考え方に寄る結果である

その為人々から「聖女の名に相応しい聖女」 「究極のお人好し」と二つ名で呼ばれる事になる


そうした結果「草原の傭兵団」も彼女の元に集う事に成ったのだから
それは正しいといえるだろうか




再開の日





ライナとカミュはその王都に訪れていた
広く、活気があり、栄えた、美しい街だ

歩き回るにもどこへ行ったらいいのか、簡単に迷ってしまう程の広さだ
人伝いに「草原の傭兵団」の所在を聞きどうにか団の官舎に辿り着いたのが3時間後だった

そこまで時間が掛かった一つの理由が「草原の傭兵団」とは呼ばれて居らず改名され

「ライティスの矛」
等と呼ばれていた為でもある、それでも団長のフリット=レオルの名前だけで
所在は分かったのだが


その官舎は官舎というより、丸ごとホテルの様な豪華さであった
「変われば変わる物ね‥」そうライナは思ったが

ロックの話しでは個別に軍を指揮出来る立場にあり、もはや、ただの私兵集団では無い事を
考えればそれも当然なのかもしれない




その官舎で二人を迎えたのはバレンティアだった
応接室で再会した瞬間ライナはいきなりバレンティアに抱きしめられた

「ほんとに、ほんとにまた会えるなんて‥」としばらく彼女は泣いていた

正直反応に困ってしまう事態だがライナは

「うん、ただいま」と言ってバレンティアの頭を撫でてそれに答えた

どっちが年上なのか分からないアベコベな状況だが
第三者から見ればライナの方がお姉さんに見えるかもしれない

ライナはこの時、背はバレンティアより大きかったし、面持ちもライナの方が大人っぽかった
それだけバレンティアはあの頃と変わってなかったともいえるが

ようやく落ち着いて其々挨拶も済ませ3人でテーブルを囲んで話す事になった



「大まかな状況はロックから伝書が来て皆知ってるわ」

「団長は?」

「さっそく王城に行って事態の説明と貴女の軍の登録ね。間違いなくうちでは貴女が一番の剣士だろうし
それなりの待遇になると思うわ」

「いきなりね‥実際戦ってもいないのに‥」

「でもあの時ですらエリザベートと互角じゃない?しかも闘技場で二年も戦ったんだし。もう私なんか相手にならないんじゃない?」

「そこから成長してるならね‥」

「あら、ご謙遜」

「これと言った相手と戦ってないから基準が分からないのよ‥誰と比べてとか」

「たいした武芸者は居なかった?て事?」

「一番強敵だったのは最終戦の人造魔人と練習相手のカミュかな‥」

「え!!え?!?」


意味が分からない風だったバレンティアに闘技場での詳しい経緯を説明した


「人造魔人を倒すなんて‥無茶苦茶ね‥第一次大戦の頃、数百の兵に匹敵する
兵器と言われてたハズだけど‥」

「二人がかりだけどね‥」

チラリとバレンティアはカミュを見て

「彼強そうに見えないんだけどね‥どっか良い所のおぼっちゃんぽいし‥」

「そうですかね‥」

「それを言うならバレンティアもだけどね」

「うーん、たしか王国の重臣の長男だっけ?」

「はい」

「けど、腕は保障するよ、私でも彼の相手は苦戦するくらいだからね」

「なんか凄い拾い物したみたいね‥美男子だし‥」

「あのね‥なんかよからぬ想像をしてませんか?」

「え?よからぬ?」とカミュは意味が分からなかったようだ


そこへフリットとグレイが戻り部屋に入ってくる

「ライナ!」

「団長」と答えてライナは立ち上がる

そこでいきなりフリットは頭を下げて言った

「すまぬ‥俺が無能なばかりに、このような状況になって」とまず謝罪したのだ

「いいえ、団長の判断が間違っていたと思う所は一つもありません。謝らないでください」と返し続けて


「私はそのおかげで逆に良い経験をしました。結果論ですが、それはむしろ
良かったと思ってます」

フリットはライナのその言に暫く黙っていたが

「そういわれると救われるよ‥、ほんとうによく戻ってきてくれた」

「それに落ち着いた良い女になったな」

フリットは本当に嬉しそうに、グレイは茶化して言った

「そして君が‥」フリットはカミュに近づいて手を差し出した

「カミュエル=エルステルです始めまして」

「団長のフリット=レオルだ、歓迎するよ、今後ともよろしく」

と握手した

「二人共凄いですよ色々、闘技場での事。ほらライナ」

「もう一回話すの?‥」

そうバレンティアに言われて、またも闘技場での細かい経緯を話す事になる

ただ、アリオスやクイックの一件はまだ言わない方がいいかと思いそこは省いたが

フリットもグレイも流石に驚いた様だが
同時に感心してもいた

やはりカミュに対して「そんなに強そうに見えないな」とまたも二人に言われ
じゃあ「俺とやってみるか?」と半ば強引に官舎の庭で手合わせする事になった
ただ、カミュの場合武器が大型剣なので同じく大型剣を使うグレイが相手という事になった

主に団のメンツだがギャラリーも集まって
「まあ、力を見るだけだ気楽にな」とグレイは言って始めたが
5分後、地面に落とされたのはグレイの方であった。
これには一同も驚愕だった

尻餅をついて肩で息するグレイは

「し、信じられん‥どういう鍛え方してんだ‥」と言った

一方カミュは呼吸一つ乱さず立ったまま剣を下ろして

「どうと言われても‥」と困惑していた


これに対して冷静に分析をしながら見ていたフリットが変わりに答える

「あくまで基礎に忠実で有りながら、それを極限まで極めている、しかも重い武器を使いながら
早く、無駄が無い、そういう戦い方を身に着けている。おそらくそういう相手との戦いを
考慮した結果だろう」

流石にフリットという利き目だった

「はい、相手が常にライナさんでしたから、早いし上手いし、隙の無い相手ですし、それに対応しなくては勝負ならなかったので自然にこういう形に‥」

「ついでに言うと彼は基礎練習だけでも平気で5〜6時間は繰り返すわよ?
武器の大小に関わらず同じ戦い方、使い方が出来るし」



これにはグレイもバレンティアも呆れ顔だ

「無茶苦茶だなぁ‥俺の部隊内ランキング下がりぱなしだわ‥」

「なんでそこまで‥て聞くのも野暮ってものかしらね」

「生きること=強くなる事だからね」

「でもライナさんには一度も勝ててませんけど」

(この子らって‥)と一同思ったが口には出さなかった

「まあ、頼りになる事には違いないな。敵だったらどうしようかと思うが」

「違いない」




その後ライナとカミュは、フラウベルトの軍籍に入る、あくまで
「草原の傭兵団」改め「ライティスの矛」の武芸者としてである。
軍や集団の指揮経験がある訳ではないので個人の範囲を出ないが

団は独自に行動人事権があり、このように宿舎も与えられている
メンバーは主力150人、予備兵に150人と分けられる、いわば野球で言う所の一軍、二軍だが
負傷者、離脱者が出た場合予備から補充や入れ替えが成される

少数による戦局を変えられる集団としての立ち位置は正しいのでそれが維持された

ただ、見た目はフラウベルトの軍と分けられ、本軍は白地に青の軍服
ライティスの矛は白地に緑の軍服と一目で分かる様色分けされている

彼ら団はその勇名は多くの人が知る所であり。それを誇示するだけでも心理的効果が高かった
常に戦争がある訳でもなく、衛兵、援軍、斥候、果ては街での守り、見回りもするので
団のメンツが姿を晒しているだけでも様々事への牽制、抑制効果が多いにあったためである

二人は官舎に部屋も貰い装備も中々の物を与えられる

当面大陸情勢が動かなかったというのもあり
街の見回り、周辺の見回り等のとりあえず任務をこなす事となっていた


その中でライナはバレンティアと二人で確認の意味も含めて話した

「ところで、イリアの事なんだけど‥」

「私が知ってるのもロックと同じね。それ以外の人には話してないわ」

「その方がいいかしら」

「ええ、イリアにはイリアの考えがあるし、敵側に居るからあんまり大きな声では言えないわよね」

「それなんだけどね」

とライナはアリオスとエリザベートによる配慮があってこの様な事態になった事を話した

「うーん‥義理とか恩、みたいのがあるのかもね」

「ええ、少なくともベルフという物をひとくくりに考えない方がいいと思う」

「そうね、イリアがそれで安全ならそれに勝る事も無いと思うわ」

「それで、私たちが捕まった後なんだけど」

「団の方でも色々手を尽くして貴女達の事を追っていたみたいだけど、収穫は無かったみたいね
残念ながら、まともに動ける人も居ないし、専門家が居ないからね」

「一時壊滅の危機になったからね」

「クイックが残ってくれてたら大分違うんでしょうけど、ただ、彼が送ってきた情報だけでも
貴女達の安全は知りえたから、マイナスという事もないけど」

「彼も凄いわねぇほんと‥」

「ショットも言っていたけど「生きていればまたどこかで会える」があるからね、悲観的に考えてもしかたないわ
もう私たちは自分の道を行っている訳だし」

「ところでそのショットは?」

「無能な国に使われるのも負け戦も御免だ、て言ってたから、まあ、北が西でしょうねぇ」

「銀の国か獅子の国かな?」

「でしょうね、あの子おっそろしく単純でストレートだし、ま、あの子の腕ならどこでも
やっていけるでしょう」

「そうね」

と答えて一連の出来事に区切りを付ける事にした、というより自分達に出来る事の小ささに
そう納得するしかなかった



状況が変わった、にも関わらず
あまり変わらないのがカミュだった。もう闘技は無いのだが相変わらず毎日朝から晩まで剣を振っていた

全く疲れた様子も無く、「イザと言う時バテバテでは困るぞ」とも団長らも言えなかった
何しろバテないのだから

そして相変わらずライナと立ち合いも望んで受けた。
この頃のカミュは条件を対等にする為に普通の剣を使った、それでも、もう技量だけで言えば
ライナとカミュの差は紙一重の所にあった

今だライナに明確に「勝った」と言える勝負は無かったが
それが常に目標が前にある事をカミュ自身に認知させ、彼を休ませないキッカケでもあったが


その後変わった事は2つ


一つはカミュとライナの毎日1回は行われる立会い練習で必ず人だかりになる事だ
団と言っても一時解体寸前まで行っただけに
メンバーの7割方は二人の存在をあまり知らず、また、二人のハイレベル過ぎる
戦いは一種のお祭りや貴重な教本となっていた

また、その中で特に目を輝かせて毎日見に来たのが二人の少女だった
いわばライナの団に居た頃の年少組みのような立場の子でなんだか懐かしさを覚えた

バレンティアに紹介されたが二人の少女はライナとカミュの前での挨拶と自己紹介で

「カ、カティです!」

「パティでs!」 とガチガチで思いっきり噛んだ

吹き出しそうになったがライナとカミュは優しく対応した

「この子達は若いけど、中々優秀よ、神聖術も使えるし」

「そうなの、じゃあイザって時はよろしくね」とライナが返すと

「ひゃい!」とまたも噛んだ


カティナとパティシュは双子の姉妹で15歳、元々フラウベルトの生まれで神聖術を学んだ
剣も弓も学び、どちらも将来有望との事だ
団の勇名や女性騎士も多い為憧れで入隊してきた子らしい
この歳にして既に団の主力、所謂一軍入りしている、とてもそうは見えないが

その大きな理由の一つに実力も勿論あるが
フリット自身がライナ達の経験から「年齢や性別で区切るのはやめよう」としたためである




もう一つ変わった事は

聖女エルメイアがカミュを王城に呼び直接面会した事にある
クロスランド南方の国、スエズのエルステル家と言えばそれなりに伝統ある古い家だそうで
エルメイアがそれを知っていた事、またそこからカミュの今までの経緯を聞き
ぜひ面会したいと言った事にある

その会談の場でエルメイアは自ら王座を降りて傅くカミュの頭を抱きかかえ

「あの嫡子がこれ程の苦労を受けてこの国に逃れてくるなんて‥」と静かに泣いたのだ

やる人がやればとんだ偽善だが、エルメイアがやるとそうは感じないのが不思議である
なにしろ彼女は「これが素」なのだ

伊達に「究極のお人よし」等と呼ばれては居ない
カミュにしても、素直すぎる真っ直ぐな少年なので、それをおかしな事とは思わず

「父や母を失った事は悲しくはありますが、それが皆さんとの出会いを生み、僕は強くなりました
エルメイア様が泣かれる事はありませんよ」

と思ったまま返してエルメイアを離した

「わたくしに出来る事があれば何なりと言ってください、力の及ぶ限り貴方の望みを叶えます」

「僕は今のままで十分ですよ」

カミュはそう返し、自身は何も望まなかった


ただ、どちらも名家の者で年齢も同じ17歳という事で二人は以降は友人と成った
幾度か聖女の部屋に呼ばれ、彼のそれまでの戦い等の話を聞くのは斬新で新鮮であり
また感銘を受けた
お互い性格が似ていて裏表が無いのでそういう相手は貴重だったのかもしれない






新将達





それらが何ヶ月かした頃

大陸の情勢が動く。

まず、西周りから北への北伐を始めたベルフ軍のアルベルトが
「あの」空気の蓋作戦で女王マリアの挑発に乗り侵攻、散々たる大敗退を喫して
西方面の軍力が極端に低下。それの対処へアリオスが狩り出され二将が動けなくなる

更に東周り、メルト側へエリザベートとガレスが動くが周辺一国を抑えた後
メルトの攻略作戦は失敗し撤退

そうなると南方フラウベルト方面の情勢が怪しくなる
ベルフは南方方面に五大将の1人「ロベール=メイザース」を充てたが
彼は自己の軍五千をクルベルに置いたが積極的な攻め等は行わなず守勢に徹して動かなかった


ロベールはベルフが帝国となる前からの子飼いの将で元は武芸者であり
「メイザース流槍術」の代々の継承者でもあり師でもある
多くの弟子と武芸に秀でた部下を持ち、落ち着いた物の分かった人物であった
故に動かなかった


本国で皇帝に南方を任す。と任命された後エリザベートに忠告を受けたがそのやり取りでも
彼が戦略眼に優れた者であることが分かる


エリザベートは南方侵攻を何度も行っておりその経験からこの方面は優秀な者が多く厳しい事を
知っていた故にそのアドバイスをしたがロベールは

「西も東も敗退したと成れば南への侵攻を積極的に行う必要はなかろう。
それで更に失敗すれば敵の全面的な反撃を誘発する、悪くすれば、それが我々の領地を奪取される事にもなる
忠告はありがたいが、こちらの軍力が整うまで、俺は動く気は無い」


と言い。南方は防いで止める方針を予め見せた

「ただ、丸っきり放置という訳にも行くまい?」

「陛下から指揮官と兵を3千づつ3軍預かったがそこは自由にさせるで十分だろう」

「うむ‥」

「攻めるとしたら、何れにしろ、お前やアリオスに自由が出来てから当たるべきだろう、でなければ
フラウベルトは厳しいし、我々だけ貧乏くじを引く事になる」

「どっちにしろ今は時間か?」

「そうだ、特にアルベルトのアホウが4万近い兵を失ったのは致命的だ。何れ立て直すにしろ
攻めるのは時期尚早だ、精精嫌がらせで突く以上の事は出来んよ」

「そうだな」

「エリザベートも東はガレスに任せて南へ来れば良い、あれは守るには優秀な男だ奴に維持を任せておけ」

「分かった、ではその後、という事になるか」

「しかし、我々の国は急速に版図を拡大してきただけに軍の密度が薄い。
俺の所から指揮官を上に上げねばなるまい」

「お前の所には指揮が出来る奴がそんなに居るのか」

「部隊を分けてやらせては居る。ただ、俺の弟子達だからな、どっちにしろ「武」の指揮官になるが‥」

「武官だらけになるな、また」

「単純な軍では無い組織や集団なら陛下は何か新設するらしいがな」

「ほう‥」

「隠密部隊だそうだが」

「暗殺の類か?」

「と、部隊の中間にするらしい、将が足りなければ、重装備兵の様な一打で
有利にするしかないからな」

「あまり楽しみ、とは言えんな」

「俺もその手のやり方は好かん、がそうは言っておれぬ台所事情という事だ」


フッと一息ついてからロベールは


「それと、王子に軍を預けるらしい、5から6将になるな」

「カリス様に?‥しかし出来るのか?」

「一応アリオスの弟子でもあるからな、どちらかと言えば「知」将になるだろうが」

「あの優しい王子に軍の指揮とはな‥しかし武はどうするのか‥」

「お前もよく知ってるロズエル家から出し補佐させるらしいぞ。娘が三人そこそこの歳になっている」

「あのじゃじゃ馬トリオか‥まだ若い気がするが‥16と17と19だろ‥」

「初陣15のお前が言うのもどうかと思うが‥」

「う‥ま、まあ、ただ、あの娘達ならやるだろう」

「俺は家は知ってるがその娘はよく知らんが、どの程度だ」

「剣の才能「だけ」は抜群だな、猪突馬鹿だが、いや姉だけはまともか」

「それもお前が言うのはどうなんだ‥」

「それに一応大昔からの武門の家で軍剣法も教えて居た時期もあるしな、不幸なのは
子供全員女って事だ」

「で、個々の武は?」

「一番上の姉は正統的な中型剣を使う名士と言っていい技前だ、もう3年前になるが
その時点でも私とそこそこやれたぞ?、妹は知らん」

「まあ、王子に付けるのだから、現時点でもそれだけの物はあるんだろう」

「こっちが楽になるならそれでいいけどね」

「同感だな、ま、何れにしろ、そう無茶な事はさせまい、王子な訳だし」

「そうね、ヘタな事をして、足を引っ張られては問題だし、死なれても困る」

「違いない」

とロベールもエリザベートも答えて締めくくったが
困る事態に発展するのはそう時間が掛からなかった


そこから更に一ヵ月後。五大将から予想通り、六大将に成り、皇帝の長男カリス18歳が軍四千を与えられ六人目の大軍将の末席に加えられる。


そこまではいい、が赴任地がロベールのクルベル、南方方面に封じられた事にある

「ロベールに任せる、精精こき使ってやれ」と何時もの勅命を受け困った事態が、
まさかの自分に降りかかった

何が困ったかというと、これは「武勲を立てさせよ」という意味でもあるのは明白であり
更にそうなれば、少なくとも「南進」を形だけでもやらねばならない、という事でもあり死なせる訳にもいかないのである


強いて救いがあるとすれば、王子カリステア=ベルフ=マティアスは穏健且つ優しい青年で
我が強い訳でもない、という事だろうか

が、そうなっては他の中級指揮官の様に、兵を任せて好きにさせることも難しく
色々考えなければ成らなかった




「兎に角会おう‥」と赴任してきた王子を迎え面会することになる



面談は大会議室を使いロベールは傅き王子に礼を取った、がカリスは

「やめてくれロベール、僕は六大将の末席、貴方の方が立場は上だ」と止めさせた

そこでロベールはスッと立ち「では、対等な立場を取ってよろしいのですな?」と聞き

「そうしてくれ」とカリスは自己の立場を使う気は無い事を示した


お互い巨大なテーブルを囲み大勢の互いの部下と共に即席会議のようになる
まずロベールは


「陛下は王子、いえ、カリス様に何をお望みでしょうか?」と率直に聞いた

「精精ロベールの元で勉強してこい」これだけだったよ」

「私の方にも「精精こき使ってやれ」だけでしたな」

お互いそれだけなのも逆に困る、ロベールも困り顔を見せるが
それを察してか王子は

「恐らくだが父は僕に経験なり武勲なりを積ませたいのだと思う」

「ええ、ですが、今の時期に本格的な南進侵攻はベルフを潰しかねません、そこはお分かりか?」

「そうだね、それを失敗すれば、向こうが余勢を駆って侵攻してくる恐れがある」

「その通りです。更にこちらは大規模侵攻作戦を東西で失敗したばかりです。」

「今は兵力が落ちている時期、攻めるにしても反撃を防ぎとめれる程度の余力は残す、
という事だね」

(ほう‥)とロベールは王子がまともな戦略眼を持っている事に驚いた。故にロベールは
本心をぶつける事にした


「正直言って陛下が王子をこちら方面に送られた事は意外です、また、当方としては
それが悩みの種であります」

「だろうね。無駄攻めしても困るし、僕が死なれても困るからね」

「そこまでお分かりならまず、王子の見識をお聞きしたいが」

「難しいなぁ‥ただ‥南方はまだフラウベルト周辺に小国が多い、武勲は兎も角。
経験を積む、なら出来るとは思う、あくまで嫌がらせ程度で全面反撃を受け無い程度
それなら向こうの威勢を削れるし。
更に言えばロベールは動かなくていいと思う、あくまでロベールという後ろ盾を
残したままがいいと思う」


「なるほど‥では、王子は王子で小競り合いの矢面に立つのが宜しいと?」

「戦術的な例えで言えば、僕は自由遊撃、ロベールは本軍主力として後ろに構えて居てくれた
方が睨みも利くと、言った感じかな、それで戦略的には相手の力を削ぎつつ、こちらの疲弊も
あまり出さない感じで」


「なるほど、そういう事なら話は早い」

「うん、ただ、ロベールにはもしもの時の援護で面倒を増やす事になると思うけど」

「そうですな‥微妙且つ繊細な選択や行動が求められますな‥」

「僕は無理はするつもりは無いけど、何があるか分からないし。それと」

「はい?」

「時間をかければ掛ける程こちらは有利になる、領土数の関係で兵の回復力が違うからね。
後は西の対応が終われば
エリザベート辺りも加われるかもしれないし」


「ふむ、たしかにそうですな、アルベルトも何れ謹慎が解かれるでしょうし」

「それは難しいね」

「と言うと?」

「父は最期の手段として中央街道からの北伐を考えているらしい、そこにアルベルトか誰か当てる
つもりらしい」

「なんと‥、それは事実ですか」

「その為の準備として「例の部隊」を組織しているからね、既に実験的に僕の軍にも50名ほど
同行させてある
事実か、という話だが「北伐を諦めては居ない、その手は考えてある」と言っていた
時期が何時かは分からないけど、確実に動いているのは事実だよ」


「そうでしたか」

「けど、人事については時期次第だと思う、軍が整えば、アルベルトかガレスを守りに
他の将を北伐に当てる可能性もある 効率面で言えば君かエリザベート、
援護にアリオスを当てた方が「知」と「武」のバランスがいいからね」


「アルベルトも愚将ではありませんがイマイチ応用性に欠けますからな」

「うん、アルベルトは父への忠誠心は凄まじいから防衛の命令を受ければ強いし必ず守ると思う
それに、これは妹からも聞いたんだけど」

「なんでしょう」

「どうも僕だけじゃなくて七将目の人選も進めているらしい」

「ほう‥どういった方ですかな」

「うん‥たぶん、シャーロット=バルテルスが出されるかも知れないと‥」

「なるほど、それで妹君から、という事ですか、当初から話はありましたが、当人が
固辞しておりましたな」

「あくまで妹と僕の教育官という立場を貫いていたからね、ただ‥」

「左様です、そう言っていられる台所事情ではありませんし、何より、あれ程の人材も
中々居りませんからな‥」

「そういう訳なので、兎に角今は「時間」を作りたい、協力を頼めるだろうか」

「分かりました、お任せください」

「早速だけど‥僕の軍だけだと策を打ち難い、二軍、将と兵を貸してもらえないだろうか」

「問題ありません、三軍は皇帝陛下から預かった物、カリス様にそのまま二軍指揮を譲りましょう」

「ありがとう」


そこで会談は終わり、其々が立つ、が



「カリス様は変わられましたな、戦争はお嫌いかと思いました」

「今でも無いほうがいいと思っているよ、けど、事がここまで大きく成ってしまうと
どちらも和平は出来無いでしょう?
だったら出来る限りそれを早く成してしまった方が良いと思ったんだ。それに」

「それに?」

「もしもの事があったら、後事は僕か妹がする事になる。そうなれば和平の道も
辿れるかもしれないから」

「そこまでお考えなら何も言いますまい、このロベール、協力は惜しみません」

「うん、頼むよ」


二人は握手してそれぞれの準備に取り掛かった

ロベールにとっては困った事態ではあるが、数年ぶりにまともに話した王子が
これ程物の分かる人物であるとは思わなかった、意外ではあるが

伊達にアリオスの弟子ではないな、という戦略戦術眼も見せた事は単なる「厄介ごと」では無く
むしろ心強い事であった

更に七将目に加わるあの「女傑」が前線に出るならば今の動き難い状況も打破される
可能性が高いという期待も大きかった








その人事自体もその後10日後に発表され、シャーロットが七将目に加わる、が
当初から軍は担当せず、王子の下に付けられた、現状での兵力の不足が一番の理由だが
未熟な王子への補佐の意味合いも強い。





「よく知らないんだけど、誰?」

この人事の情報はフラウベルトも掴み団にも齎されて、それを聞いたバレンティアは
開口一番そう言った


「シャーロット=バルテルス。ベルフの姫と王子、の教育官を長年担当していた女性ですね
智勇の均衡の取れた人で、古参の名家のご息女です、今は当主ですかね、年齢は26歳」


この手の情報はお手の物、なロックが答えた


「智勇の均衡って具体的にどういう?」

「剣、槍、弓、盾、なんでも御座れ、戦略、戦術、神聖術、基礎学問から政治、商売まで学んだ
「師」としてはこのうえなく優れた人ですね。特に商売では実績が大きく
彼女が表に出る様になってからは家も相当力と富を得たようですね」

「なるほど、それで、教育官をね‥けど、将としてどうなのかしら‥」

「実際当人が固辞していただけでベルフの五将の候補に最初から選抜されていましたから
優秀であるには違いないでしょうね」

「なんで固辞してたの?」

「どうも姫や王子とは単なる師弟の間柄なだけで無く、歳の離れた姉という程親密だそうで
お互い離したく無かったのでは?とか、当人に出世欲や名声、立場に興味が無いのでは?
とか言われてますね、実際どうだか知りませんが」


「別に教育官でも構わないという事か、ついでに富は自分の家がある訳だしね」

「ええ、ですが、タイミング的な事を考えれば「王子が出るなら自分が支えなければならない」と
考えたのかも知れませんね、ある意味自分の弟であり、弟子でも生徒でもありますしね」

「王子の後にシャーロット、だからねぇ、それが妥当かも」

「そういう人達を敵にするのは気分の良いことじゃないわね‥」


バレンティアとライナ続けて言った、それには一同同意でもある、が
フリットとグレイは


「気持ちは分かる、が一々感情移入していてはキリが無いぞ」

「敵は敵、だからな、境遇なら俺達のが悪いだろうしな」

乱暴だがその通りでもある

「僕らが考えるのは向こうへの対処ですからね、と言っても大規模戦争となればこっちに選択権は無いんですけど」

「えーと、向こうは南方軍だけでロベール五千、カリス王子四千、各指揮官3に九千で、領土の防衛兵が各2千で二万
こっちはフラウベルトと周辺国の連合で一万五千くらいかな」

「所で王子の下で千づつ指揮する3人って何?」

「ベルフの古豪貴族か何かの娘だったかと‥、軍剣法の指南役の家ですね」

「何でベルフって武官ばっかなのかしらね‥」

「偏りが酷いよね」

「アリオスみたいのが多くても困りますけどね」

「たしかに」






この一報は当然フラウベルトの連合国も知る事となり

対応の協議と準備が成される、実際はそうではないのだが
南方方面に三将が同時赴任というのは初の事であり、大規模な侵攻作戦が展開されるのでは?
と周辺国は恐れ大わらわであった

ちなみにこれらの情報から事態を読み取った者もフラウベルト側にも居た

フラウベルトの連合国の軍官会議の場、其々の国や自治区から総勢18人の官僚の
熱い議論の中であった


アンジェラ=ビアンキ女士、フラウベルト学院、戦略戦術学を学び卒業した17歳
小柄で青髪、セミロングでボーとした面持ちで、そもそも覇気が全く無い
見る人が見れば「どこの子供だ」と言うほど幼く見える少女である


この手の学は平和だった故そもそも受講者も卒業者もあまり居ないうえ、
実学としては金にならないので学ぶ者がいない、だが
軍にとってはそういう知識は必要ではあった

彼女の成績はそれほど良くないのだがそのまま、軍に入った為
アドバイザー的な立場でこの会議のフラウベルト側5人の軍官の末席として置かれている


「とりあえず居るだけ」お飾り軍官、特に彼女はかなりの変人であったため
基本的に無視される事が多い

この会議でも、本来、飾り的にテーブルに置かれている焼き菓子の大皿を自分の所に寄せて持ってきて只管議論に入らず、ただ、無表情でそれを食っているだけだった


何か口を開いたかと思えば「お茶おかわり」と言っただけだった
本来なら呆れられて叩き出されるだろうが、もはや何時もの事なので参加した官も軽く
スルーしていた


今回の議論の争点は、大規模なベルフの、行われるであろう南進侵攻に
如何に対処するかの議論だったが
三将が充てられたので、かつて無い規模ではないか?と皆考えていたので白熱していた


ただ、この時は「余りに何もしないでは困る」という事で彼女を後ろから突っつく意味合いで
彼女の学生時代の恩師で青年将校のヒルデブランドも同席させられて居た
彼は一同の議論が止まるタイミングで

「アンジェラさんはどう思いますか?」と投げかけ発言させるように促す作業を行う

彼女は特定の人以外には「聞かれない限りしゃべらない」という極端な性格で
これまでの幾度もあった会議でも「アドバイザーなのに一度もアドバイスしない」という
とんでもない立場を貫いており、心配して聖女がこの様な補佐を付けた


そこで彼女は仕方なしなしという感じで


「何時もどうりでいいんじゃないすか?」と言ってのけ、一同は「はあ???」となる

ハァ〜と溜息をついてヒルデブランドは「それじゃ、何だか分かりませんよ、もう少し説明を‥」
と続け

アンジェラは「今の時期にベルフが本気で南進するとかありえないんで。精精嫌がらせか新戦法を試すくらいでしょ」

そう答えたが。それ自体意味不明だったらしく一同は顔を引きつらせながら

「三将が同時南方任地なのは大規模作戦の前触れではないのかね」と問うたので

「ベルフは東西の大規模作戦でかなりの兵を失ってます、
今攻めるのが本気ならとんだマヌケだわ。
そもそも三将と言っても、ロベールはクルベルを捨てないし、一人は新任素人の王子、
もう1人も一兵も持ってない
やるとしたら、新任二人に戦いの経験を積ませるか、戦略的にこっちの兵を削る意味合いくらいしかないです

そもそも何時もベルフは攻めの際、必ずこちらより多い兵力、少なくとも2倍は用意する、けど今回は両軍合わせた戦力格差は僅か。アリオスが出て来るなら兎も角
これじゃあ間違って負けでもしたら
ベルフの南方勢力と領土が逆撃で壊滅しかねません。
そもそも自分の王子を初陣で捨石にするとかありえないんで。」


ぬぐぐ、と一同はなったが反論を展開する


「が、王子や補佐に付いたシャーロット=バルテルスがそれだけの能力を持っている場合
アリオスの様な策で優位に展開するのではないか?」

「シャーロット=バルテルスが司令官なら、納得も出来ますけど、王子の補佐という立場
更に下にはベルフの名家の娘三人、この人事から見ても王子はそれ程の人とは考え難いです
ついでに言うと、不安が多いから優秀な者を回りで固めた、と考えられますけど」

「で、では。我々の対処は具体的にどうするのか?」

「防備を固めて、時間稼ぎ、フラウベルトから援護、これまで通りです。ただ、王子の下に付いた
シャーロット、三姉妹の えーと、コーネリア、カレン、フレアは武に秀でていると聞きますので
フラウベルトから「ライティスの矛」で武芸に秀でた者を派遣
何しろライティスの矛にはエリザベートとタメ張れる武芸者が幾人も居るので、
それで止められるでしょ」


とアンジェは言いきった後、またお菓子を食べ始めた

「しかし、その後はどうする?ただ、防ぐだけか?」

「はぁ‥こっちに兵力的余裕があるならクルベルを攻めてもいいんですけど、兵力で劣っていますからねぇ更に他の南方周辺国を連合として引き込んで同時侵攻するか。
あるいは初戦で王子の軍を全滅させて
戦力を大きく削がないと攻めても後が苦しくなるだけすけど?」

「む‥」

「ついでに言うと、王子殺したら、向こうの全軍挙げての攻撃を誘発しますが?」

「た、たしかに、ベルフの長男だからな‥」

「んまあ、こっちの選択肢は現状では「守る」しかないんですよね。今の状況が大きく動かない限り
後は各国の王や領主様次第という事です」


そこまで言ってからアンジェはお茶をすすってお腹を押さえて椅子の背もたれにもたれかかった
どうやらお腹いっぱいになったらしい


議論に進展も無く有効な方向性が出なかったのでアンジェラの意見が全面採用される事となった

もう少し言い方はどうにかならないのか?とも思ったが兎に角アンジェが役に立ったので
ヒルデブランドも胸を撫で下ろした

「こんな事なら城に上げなきゃよかったな‥」と恩師で城に推薦したヒルデブランド自身が思った


ただ、彼女の戦略眼はこれらの発言を見る限り極めて秀でて居たので当事は嬉々として上げた
ハッキリ言って戦術は兎も角、戦略眼というのは女王マリアの例を見ても才能9割なので
彼女を見出した時は狂喜したのだが

ここまで、性格に問題があるとは知らず今になって後悔した
しかも何故か聖女お気に入りで友人なのだ。非常に複雑な心境である






ヒルデとアンジェが会議を終え城に戻る、聖女は来客対応という事で自室に呼ばれる

「方針は決まりました?」とエルメイアが応接セットに座ったまま問うので

「方針はこれまで通りです、詳しくはアンジェにお尋ねください、では」

と早々にヒルデブランドは胃を押さえて退出
かなり頭と胃にストレスなようだ、本来なら自分の様な教師兼任の下っ端仕官が国家間会議に呼ばれるなどありえないのだ
更にあのアンジェの態度とコントロールで神経が磨り減る思いだ、当然だろう


アンジェは何時もどおりエルメイアの隣に座ろうと歩いたが、その来客者を見て止まった

それに気づいたエルメイアは立って彼を紹介する

「ライティスの矛の隊員のカミュエル=エルステルさんですよ」

カミュも立ち上がって

「始めましてカミュです」と挨拶し手を差し出すが

「ど、どうも、アンジェラです‥」一方のアンジェは俯いたままその手をそろそろと出し握った

それが不思議だったのかカミュは

「何か変な事しました?僕」

「い、いえ、私が緊張しただけでふ」アンジェは噛み噛みだった


「ごめんなさいカミュ、アンジェは人見知りなので、さあ、こちらへ」
そんな訳は無いのだが、そう言って聖女が助け舟を出して自分の隣に座らせた

「そうだったんだ、気がきかなくて」

一言言って皆座る

「三人とも同い年なんですよ」

「奇遇だね、アンジェはもっと若く見えるよ」

「よく言われます」

「ところで会議の決は?」

「ええ、は、はい」 とアンジェは一通りの報告をカチーンと固まりながら話した



「と言う事は僕らの出番ですね」

「え?えー!?」といきなりアンジェが叫んだ

「だ、だって彼、え?武芸者??」

「ええ、ライティスの矛で個々の武ではトップ3だと聞きましたが、いきなり副隊長さんに勝っちゃったそうですし」

「し、知らなかった‥、全然そんな風に見えないし‥」

「ハハ、会う人皆に言われますよ」

「どこかの王族か貴族ぼっちゃんにしか‥い、いえ!失礼を!」

「フフ、実際そうですけどね。スエズのエルステル家のご子息ですから」

「あの名宰相の?!」

「今はただのカミュですよ、もう家も無いですし」


そこで、カミュの罪人島への収監から現在までの経緯をエルメイアが話して聞かせた


「そうだったんですか‥なんという波乱万丈な‥」そう言いつつアンジェは泣きそうだった

「別にそうでもないですよ。むしろまだ始まったばかりでしょう」

「かも知れませんね」

カミュは席を立ち

「では、僕は団に戻ります、事が起こるなら待機していた方がいいでしょうし」

「はい、また、来て下さいね」

エルメイアはそう言って彼を送った
が、アンジェはどう考えてもオカシイ反応だった、最初から最後まで

「どうかしましたのアンジェ?貴女らしくない、緊張なんて‥」

「え?!それは‥」

「それは?」

「彼、び、美男子過ぎて直視するのが辛いです」

「そ、そうだったの‥」

正直なんて返していいのか分からないがアンジェのあの反応を思い出すと笑えてくる

「‥ぷ‥クククク‥」

「ちょ!なんで笑うんですかー!」

「だって、あははは、貴女極端に面食いなのね、ハハハ、だれにも萎縮しない言いたい放題の貴女があの反応‥!」

「ぬぐぐ‥しょうがないじゃないですかー!」




最初の一手





一方、団も軍も戦争が近い事を悟り其々の準備が整えられる。

フラウベルトは他の南方連合の後ろ盾として
極めて重要な役割である。総軍八千のうち半数を千づつに分け
各方面への即時支援準備が成される


また、連合会議の結果、王子カリスの軍は武芸の者が多く、自然、団の主力メンバーの
同行が指示される、それの準備である

ただ、王都を空にも出来ない為、団自体は残り
可能性は低いとは言えロベールがクルベルから出て南進する事もありえる為ライナとカミュが
首都に残された
ロベールと言えばエリザベートと1,2を争う純粋な武人将なので、最低でもそれと手を合わせられる人材が必要な為だ


ベルフのカリス王子の軍は、クルベルを南東に出立、恐らく南方連合の防波堤たる2国のどちらかに向かうのだろうと思われる

が、同時にベルフの中級指揮官と軍の1つが手勢を三千率いてクルベルを真南に進軍
自治区テイブを挟んだ領土境界線に布陣し、フラウベルト直通の南街道で牽制する動きを見せた

どうせ牽制だからと無視も出来ずフラウベルトは自治区への援護軍を二千出し、対峙、自治区の軍と合わせ同数を揃えて封鎖の構えを見せる




カリスの軍が実際、南方連合領土に現れたのは5日後の事である。
最初に現れたのはフラウベルト真北の小国カサフ、兵力は四千対三千、お互い出撃して正面決戦を仕掛ける

ここは平地が多く広さもそれなり故、自軍をお互い千づつ、中央、左翼、右翼に分け野戦を挑む
カリスとシャーロットは残り1千を後方主力として配置し指揮の立場を取る

あまりに正統的、ベターな戦法を敷いてきたのでカサフ軍側も驚いたが
そうなれば潔し、とそれを受けた



後方観戦の位置で馬上から観戦するカリスとシャーロットは


「向こうは受けてくれたね、篭城じゃないんだ‥」

「城壁を挟んだ戦い、というのも案外厄介な物ですからね、やれるうちに野戦を挑むというのは間違ってはいませんよ」

「そうなのか」

「はい、大軍同士と成ればお互い出せる兵も壁を挟んでだと出せる戦力に限りがありますし
一言で城壁と言っても壊れもしますからね、この費用と補修の手間が案外馬鹿にならないんですよね。そもそも策を挟む余地が少ないですし。援軍待ち、或いは露骨に戦力差、もう手が無いという以外ではあまりやらないですね」

「ふむ‥」


「特に篭城となれば動けない事になりますし、どこかから援軍のアテが無い場合、こちらとしては包囲して封鎖してしまえば向こうの兵糧が尽きるのも待てますし。嫌がらせもし放題ですね」

「ところで僕達は何もしないのかな」

「向こうがあの形を受けてくれた以上はあまり無いですね、こちらとしてはゆっくり
いじめさせていただきますわ」

「というと?」

「アリオス程精密にはいきませんが、前線と主力の百名単位の交換戦闘を繰り返しましょう
王子の「敵全体の兵力、威勢を削ぐ」という戦略方針は正しいと思いますので、こちらの被害を少なく向こうを削り取る方法を取りましょう」

「こちらも色々用意したんだけどね」

「まあ、一戦目ですし、基本的なやり方にアレンジを加えていくのが良いでしょう。
それに、この戦法でも火力差でこちらが大分有利ですしね」

「想像以上にやるねあの三姉妹」


そう言ったとおり。中央左右に其々前線配置されたロズエル家の三姉妹はどこから崩すという事も無く最前線で刀を振るい、正面突撃からどんどん敵陣を三軍共に押し込んでいく


カサフ側にそれを止める武芸者が居ない訳でもなく
幾人か当てられたが、ほぼ10合交わせず三姉妹に叩き切られたのだ


「あれは特殊な例ですから、普通は左右中央を全部押すなんてありませんから‥」

「伊達にうちの古参武家じゃないね」


3時間もするとそのままベルフ軍は押し込み続けるようになる


「ああ、これはよくないですね、王子、三人に交換支持を」

「分かった」


とカリスは前線の三姉妹に交代と休息指示を出し下がらせた

「ではわたくしが前線に行ってきます」とシャーロットは自分の騎馬と弓を細かく分けた混成部隊を
引きつれ前線に出た

入れ替わりに戻ったロズエルの三姉妹の妹二人が猫なで声で

「王子〜私たちまだ戦えますよ〜」

「あいつら弱いし余裕ですよ〜」と立て続けに上目遣いで言った

「ああ、御免よカレンにフレア、これも作戦でね。あまり一方的に勝たれても困るんだ
それに僕へのレクチャーでもあるからね。今回は付き合ってよ」


元々ロズエル家と言えばベルフ代々の名家で王に対する忠誠心が非常に高い
しかもその帝国次期当主でもある王子で性格も良く、世間の覚えも良い

プラス、若くて優しいイケメンと成れば実像以上に輝いて見える物だ
その王子にそう言われると「じゃじゃ馬三姉妹」もあっさり

「は〜い、わかりました〜」と服従する

事実この三姉妹がこれまで使われなかった一つの理由が、個々の我の強さで
基本的に命令を聞かない。

そもそもこのロズエル家と成れば、ここ以上の名家はそう無く命令できる者も居ない
3人娘も普段から高飛車で横暴だ。

故に非常に使い難く、今回王子が七将に充てられたと同時に登用して
下に付けられたのは人事の妙とも言える

まるで王子の一ファンの様に目を輝かせ、ルンルンで従う状況に成っていたのである

ただ、長女は比較的マトモな人物で冷静だったのでそこまでには成らないが
妹達の普段とのギャップに「単純馬鹿コンビ」と心で呟いていた
尤も長女にもとんでもない悪癖があるのだが‥


「兎に角、着かず離れずの戦闘の繰り返しになる、次の出番までゆっくり休んでくれ」

「は〜い」と三姉妹は後方陣に下がる


一方、三姉妹に変わって前線に出たシャーロットは「戦闘を続けさせる」工夫をした

自らも最前線に立つが、時に槍、時に盾と剣、時に弓、攻撃と防御、前進と後退のメリハリを付け、敵の前線を誘いながら
「大将首」という餌の匂いをかがせ続けた。


自己の編成した部隊の騎馬と弓も攻撃力に強弱をわざとつけ、押されて後退した様に見せたり、
集中火力で強いと見せかけたりと心理的に様々な効果を相手に与え続けた

要は「ここなら押し切れる」という弱さを一定のタイミングでチラチラ見せて向こうの弱気を出させない様に
且つ戦闘継続させる様にしたのだ


しかもこの時全軍前線に「盾」を持たせ、動きが鈍くなるもの承知で皮服の厚重ね着
もしくはチェインメイルを鎧の下にすら着させて徹底して被弾を減らした
個々の動きにくさや重量の負担により疲労が早いが
交代人員が豊富な故可能な戦法だった


結局シャーロットの、それが誘いだと気がつかず、2日も「見せ掛け接線」を続けた
更に狡猾だったのが、向こうの兵の減りに合わせて、交換休息と見せかけて自軍の前線から
少しづつ人を減らし
「数でも互角」と向こうに見せかけたのである

実際この時、開戦前の兵力三千対四千が 2400対3950まで広がっていたが
カサフ側は一方的な被害に殆ど気がついた者は居なかったほどだ

三日目朝、ここで疲労が蓄積されカサフ側は一旦軍を後退させようとしたが、そこで交換で入ったロズエル家三姉妹が
中央から一斉突撃を敢行。

シャーロットの時と違い引くとそのまま打ち崩される様な火力だった為
後退を中止して必死の迎撃戦となり打ち合いになる
しかも知らず知らずの内に自軍は疲弊していた為思った以上に脆く
たった一時間で更に200名もの負傷者を出した


が、ここで幸か不幸かフラウベルトの援軍1千が、ライティスの矛50名
フリット、グレイ、バレンティアの指揮で来援
状況を知ったフリットはカサフの司令官に打診して中央突破をかけて来る敵に対する


過去のクルベル防衛戦の教訓から、軍その物の入れ替え連携訓練をしていた為
連合軍側でそれは上手く連動して中央陣をそっくり援軍と入れ替える

左右翼が大きく開き中央にスペースを作る、その後援軍部隊は縦長の陣形で中央に割り込み
戦闘を継続しながら主力を入れ替えるという名人芸的な軍運用をやってのけた


兎に角中央から突撃を敢行して突き崩してくるロズエル三姉妹にグレイとフリットが立ちはだかる
これを止めなければ致命的な一撃になるからだ

「こいつらが例の三姉妹か!」

「応!いくぞ!」

当然「武」には自身のある三姉妹、これはいい獲物が来たと受ける

「あ、この騎士二人、緑軍服だよ!」

「例のライティスの矛のメンバーだな!」

「抜かるな妹ら!」と最前線で激しい打ち合いになる


二対三だが、無理に勝とうと思わなければどうにかやれる差だった
三姉妹の剣撃を受けつつ中央軍の進撃を食い止める


ただ、フリットもグレイも過去の経験から、自分達が達人や名人では無い事を悟っていた為
複数陣の様な互いの連携によって大物に対する練習を重ねた為、
三姉妹相手にも一歩も引かなかった

特に三姉妹は「武」は上だったかも知れないが、兎角自己中で攻守共にバラバラで
このコンビを崩せず10分以上打ち合って膠着した

そこに代理指揮を取っていた団のバレンティアはライティスの矛の50人部隊を率いて
左回りで敵右翼側面から突撃を敢行して崩しに掛かった

流石にこれは黙って見ておれん、とシャーロット=バルテルスが馬を駆って出撃

最前線でバレンティアと対峙して剣を交わす

この一騎打ちも苛烈で名勝負だった。兎に角両者剣撃が早い
相手がレイピア使いならとシャーロットもレイピアを持ち出し受けた事にある


お互い髪の先と鎧をかすめながら神速で斬り合う

シャーロットもほぼ名人の域だが、バレンティアも過去の苦い経験から厳しい修練を積み
自らを引き上げ続けた
その戦いは全く互角で一歩も譲らなかった。

が、王子は「このままでは無駄な被害が出る」とし、前線の4人に後退を指示
正直、うんざりな相手だったので三姉妹の妹二人と、シャーロットは引いたが長女のコーネリアは
悪癖が出て引かなかった


「後退だと!ふざけるな!!このまま引き分けになどさせるか!」と継続したのだ

彼女の悪癖は熱くなると全く自制が利かない事にある、特に「武」の相手にはそれが出る

仕方なくカリスが前線に出て

「個人的な拘りで味方を巻き込む気か!引けコーネリア」そう叱って止め
彼女を抱きかかえて無理やり
自分の馬に乗せて一緒に後退した そこまでしてようやく正気に戻って

「申し訳ありません‥カリス様‥」
と自分の今の状況を把握した彼女は彼の腕の中で頬を染めて言った

その状態のまま戻った二人を見て妹達が

「あ〜あ〜ずるい〜」

「なんでお姉さまだけカリス様に抱っこされて帰ってくるの〜」

と割と本気で言った

「ふ、ふざけるな!そんなんじゃない!!」そう否定したがその後も妹達のブーブーは続いた



本陣に戻って即座、王子は全軍後退を指示、これをシャーロットも支持して戦闘は三日目で終了し
両軍、後退した、後。ベルフ軍は半日後総撤退して自国支配地に引いた

どうにか撃退したとカサフは安堵したが
これ自体完全に乗せられていた。それは被害状況にも出ていた

終戦後戦力、カサフ2020 ベルフ3920 死傷者 カサフ980 ベルフ80 

尤もその現状を連合国側は知る由も無かった

ただ撃退したとしか思っていないのだ




王子カリステア=ベルフの戦略方針をシャーロットは完璧に把握して完璧に実行して見せた
この協力関係はこの上なく強力と言えただろう

カリスは軍を自国支配地に戻し、補充と休息を取らせ、クルベルに早馬を出して、当初、南進させ牽制に置いた軍も一戦もさせずに引いた、一方フラウベルトは南進をちらつかされた為軍部は自治区に、その半数を残したまま撤退


シャーロットもカリスも狙いは明確で2つ

1つこの方面で最も厄介なのが「フラウベルトからの援軍」である
その為同時南進をちらつかせて戦力分断を図る事

2つに、そのフラウベルトの援軍を援軍先に一定数縛り付けておく事
また、ライティスの矛の武芸者も分散させる事


フラウベルト自体、総軍は八千で王都の守りに一定数必要であり
多方面侵攻となれば援軍の兵の数を削らざる得ない
更に何時どこから侵攻してくるか分からなければ戦力分断が愚作と分かっていながら
やらざる得ない事である

実際、自治区に1千、先ほど終戦したカサフにも一千そのまま置いて、フリットとグレイも
バレンティアと団だけ本国に後退させ、カサフにそのまま残った
撃退したのはいいが、カサフの戦力の低下が大きく、再侵攻を牽制しなければ成らなかった故だ



ただ、お互い予想外だったのが。ライティスの矛の武芸者が想像より強いと言う事
カリスの軍の武芸者も相当強いと言う事だろう

今回剣を交わした相手同士が

「なんて面倒な相手だ‥」と洩らしたことでもよく分かる


ベルフ側に問題があったとすれば

三姉妹が本当にカリスにしか止められないという事だろうか、こうなると
3人を別々の軍に充てて多方面指揮等論外になってしまう事だ
セットでしか使えないのが厳しい

言う事を聞くとしたら精々「家」の位が高いシャーロットくらいだろうか


特に3人共猪突の傾向が強く、現時点で、単体指揮等自殺行為に等しい

かといってシャーロットを離脱させ別軍指揮につけるには
カリスはまだ頼りないうえに、三姉妹は分けられない、と結局
将は増やしたが台所事情は大して改善してないという事態に変わりなかった









この頃の皇帝は其の点の改善に苦慮した、人材の収集に様々な分野から探したが
流石に8将目等易々と見つかる訳もない

特に戦略的に困ったのが、銀の国だ、アルベルトの失敗により兵を4万失う、
捕虜交換と賠償で1万戻したが
1万は向こうの兵として吸収された為、マリアの軍の総兵力が1万8千に膨れ上がった事にある
マリアの知略にそれだけの数の兵が絡むとなると逆侵攻される恐れもあり
西を守って固めるにも一将では防げない上に知略でマリアと対するにアリオスを動かせなくなった


そこで皇帝は一見無謀と思われる人事を決め実行する


娘のロゼットを将に任命した事だ



姫は兄の二歳下の16、アリオスやシャーロットに教えを受けて育てられたので
剣も知略も出来るかもしれない、が
将としての才があるとは言いがたい
特に彼女は兄以上に控えめで大人しく、優しい人なので「戦い」等論外と思われた


いくら手駒が足りないと言っても流石に無謀だと、アリオス、シャーロット、王子共に反対したが
皇帝はそれを聞き入れなかったし、以降のやり方を見て一同は黙認するしか無かった



まず、皇帝直属軍の半数五千を割いてロゼットに
同時期に組織した「スヴァート」と呼ばれる特殊部隊200
皇帝の側近で術者のビンスバロンと
近衛副長からカーネルを充て、「知」「武」を補い

且つバロンは姫のじいやの立場であり、カーネルは姫の幼馴染であり
その点の相性等も考慮された人事の妙が発揮された



皇帝の本国軍は敵国隣接地があるわけでも無く、過大兵力を置く必要もなかったので
自分の手元からこの様な人事に当てても問題なかった故だ


更にロゼットは八将目に当てられ、任地に西方面を任され、アリオスの上に付けられた
西の全軍総司令官という立場で、余人は「何と酷い」と思った者も出る

当然だろう、何の実績も無く、経験も無いのにいきなり西方面司令官でアリオスの上とは非常識にも程がある

だが、一方でシャーロットもアリオスも反対はしなかった
この人事と任地が戦略的に大きな意味があったからだ、そしてそれが
「ロゼットを戦わせるつもりが無い」
と分かり黙認した。強硬に反対していた王子カリスもそれに驚いて



「な!どういう事だよ!シャーロット」とクルベルの会議室で怒鳴った、が

「これはいわゆるマリア封じです」

「え?‥」

「考えても御覧なさい、皇帝の愛娘、臣下や民からも好かれる、控えめで大人しく美しい彼女
そこを侵攻して倒すとなるとどれだけベルフの怒りを買うか」

「盾に利用しようと言うのか!‥」

「表面上はそうですが、効果的には貴重な宝石で作られた盾です、誰が剣を突き立てたいと
思いますか?
更に言えば、ロゼット様は慎重な方、挑発や外交での誘いにも乗りません
矢面に立っていますが安全な立場と言えるでしょう」


「相手が相手なればこそ‥か‥」

「他の連中ならどうか分かりませんが、女王マリアは極めて戦略眼に優れた方です
この様な状況下で自分達だけがリスクを取る様な選択はマリアだけになさらないでしょう」

「僕も似た様な立場なんだろうか‥」

「武門の男児が武で命を落とすのとは効果が比較になりません」

「そうか‥すまぬ、少し頭を冷やしてくるよ‥」

と、カリスは席を立って部屋を出た。冷静に考えればシャーロットの言は正しいのだ











一方任地に赴いたロゼットはアリオスとクロスランドで面会する

開口一番ロゼットは「申し訳ありませんアリオス。邪魔をするような事になって‥」とほんとにすまなそうに言ったので

「いえいえ、皇帝陛下は寧ろ楽にしてくださる様にしてくれましたから」そう返し

先ほどのカリスとシャーロットの話した内容と似た様な見解を示して説明した

それが分かる聡明なロゼットも

「では、私は神輿の上に乗っていればいいのですね」と言い同意と理解の意思を見せた

「流石はロゼット様、慧眼です。それで前線に封をして「時間」を稼ぎ、軍備の再編と人事の育成、という意味合いでしょう」

「とはいえ、遊んでいる訳にもいきませんね、バロンが付いてくれたのでアリオスの内政面の負担を下げられましょう」

「これはありがたいですね。内政担当官が少な過ぎますので助かります」

ロゼットは自分の立場と現状を完全に理解していた
その上でその役割を果たそうとした。お飾り将なりの役割を
彼女は決して無能な人物では無かったのだ


この一件について氷の女王マリアは

「両軍睨み合っている戦場の間に裸体の女神が降臨したようなもんじゃな、石を遠くから投げつけるのが精精じゃ」

と言って不貞寝した










カリス軍の2度目の開戦はフラウベルト東の自治区砦の街であった
元々ロックの出向任地でありこの時もロックが援護に回り、フラウベルトも一千の援軍を
出そうとしたが
ロックは無駄だから準備だけでいい、とフラウベルトから東への道の境界線で主力は待機させた


「無駄だから」との言はその通りで、カリスの軍はロックが一歩も動かず砦から出てこない為
しかたなく

遠めから遠距離弓、大型装填式ボウや火矢で突く事を繰り返した、単なる嫌がらせである
ロックもそれは承知していて、無人盾を城壁に並べて、隙間から弓で反撃しかえすだけだった



ここでの開戦は過去に幾度かあったが、やはり境涯な砦で、且つ海と森に囲まれた場所
故大軍攻めは難しく小競り合いで終わっている



「向こうは動かないね‥」

「こういう策を差し挟む余地の無い所な上狭いとなれば、そういう選択でしょうね」

「攻城兵器でも無いときついな」

「相手の司令官もこっちが何をしてるか把握しているみたいですね、こちらも
ヘタな行動は取れません
しばらく嫌がらせを続けたら帰りましょう」

「見切りが早いなぁ」

「基本方針はこっちが被弾せず、相手を削るですからね、攻めてもいいんですが、そうなると
こっちの損害が増えますから」

「たしかに」

「それに向こうの指揮官の対応を見ると、恐らく戦術や戦略を学んだ人間なのでしょう。向こうも
可能な限り人を使わず、射手だけ出しての対応ですから、物の分かった人物ですね。
そういう、手ごわそうな相手に無理に挑まない方がいいです」


「という事はこっちが無理攻めしないのを把握済みって事かな」

「ええ、無理攻めすればするで、それなりの対応もしてくるでしょうね」

「分かった、ではシャーロットの言う通りにしよう」

「そうですね、まあ、10日も遊べば十分ですね、後は譲って貰った一軍を呼んで牽制だけ
させておきますか。向こうの指揮官だけここに縛り付けて置きましょう
えーとそれから、アレをそろそろ使ってみましょうか」

「ああ、ならクルベルに戻ろう、けど、アレの指揮を誰にやらせるか‥」

「困りましたね‥」









きっちり、十日後カリス軍は撤退してクルベルまで下がる、別軍の中級指揮官と入れ替わりに睨みだけ利かせる様に動いた
3千モノ兵を置いての牽制であるだけにシャーロットも言ったとおりロックは砦街から
動けなかった。分かっていても無視出来ないのがこの策の嫌らしさでもある

また、南方連合側のフラウベルトに庇護を受けている、自治区や小国の問題点は
一度被害を出すと、軍備の再編が難しく時間が掛かる点にある
したがって、減った分、回復するまでフラウベルトが補わなければ成らない点にある
人口も経済力も小さいから小国なのだ

その点はフラウベルトの軍官会議でアンジェも指摘したが、具体的な対応策が出ず現状維持しか出来ないのが問題である

現状が厳しい事を知った聖女エルメイアはアンジェと相談して
いっそ連合の拡大を図ってはどうか?と案が出され、自分に出来る事があるなら、と同意し
準備を進めた









動き出す情勢






一ヶ月後、めまぐるしく情勢が動く
まずベルフ側で動く、銀の国での敗戦で半ば謹慎させられていたアルベルトを復帰させ首都に召還

中央で情勢の変化に対応する為に置かれていたエリザベートがクルベルに赴任してくる


南方に四将が集まるという事態に発展する



「何で今更私が南方任地なんだ?」

クルベルに一同に会した将の軍会議で開口一番エリザベートが発言

「西は封鎖、東は攻めてくる国は無い、一番の強敵と言えば南方、という事かしらね?」

「東のメルトは失敗した私が言うのもなんだが、強いぞ普通に」

「だが向こうは守るだけだ、ガレスだけ置いておけばさほど問題ない」

「父は何を考えているのか‥南を落とせって意味でしょうか?」

「エリザ、お前は何と言われて来た?」

「余力があるなら落としても構わん、適当に遊んで来い、だったわよ?」

「余力があれば‥か」

「実際これだけのメンツが揃うと出来なくは無いわね」

「と言っても、兵力が補充された訳ではないからな、エリザの百人騎馬だけだ、
将だけ送ってこられても困るんだがなぁ‥」


「うーん、ならエリザベートにも僕らに加わって貰ったらどうだろう?」

「どういう事です?カリス様?」




そこでカリスとシャーロットの作戦を説明した




「ああ、戦場で私がやってる事を戦略レベルでそのままやっている訳か」

「ええ、幸い遊撃に僕が一軍 牽制に中級指揮官を一軍 後背や奇襲の備えに一軍を
クルベル周囲に置いてます
その内の牽制軍を率いて貰って、二方遊撃でも面白いかもしれません」

「ふーん、いいんじゃない?クルベルに篭ってても暇だし」

「それはいいんですが‥」 そう前置きした後シャーロットは

「あくまで敵を削るのが目的ですから、いつもの突撃連打は困りますよ?」

「分かってるよ、人を猪扱いするのはやめろ」

「ああ、それと」

「まだ何かあるのか?」

「クリストファーさんを貸してください」

「クリスを?別に構わんが‥ちと後ろが不安だな」

「じゃあ代わりにロズエル家の誰かをそちらに」

「あんな躾けの成ってない犬はいらんわ」

こうして会議?の結果、カリスの自由遊撃軍がエリザベートと二軍で行われる事になる
エリザベートが出てきた事自体脅威だが、守って勝てるか怪しくなって来たのである
ここまで情勢が変わると当初の方針を維持して守れば良いとは言えなくなったのだ






その為聖女の行動も急がざる得なくなった



まず、連合の強化と言えば、まだこの時点で戦火の及んでいない
大陸南西地域への呼びかけと交渉
しかしながら、戦火の及んでいない国々が連合に入り、兵を出すか、というのがそもそも問題だ

南西地域は元々自然が多く、地域性として温和な人々が多く
兵力自体も多くは無い


それに何かをさせるというのは無条件というのが上手くいくかどうか
こればかりはやってみない事には分からないのである



更にエリザベートが出て来た事で
フラウベルトの負担もより大きくなってしまった
ヘタな援軍では撃滅されかねない火力が向こうにはある

フラウベルトのエルメイアも不本意極まるが兵力の増強を指示せざる得なくなった



エルメイアは自分が直接交渉する、と言い
本国の後事を「盾の軍」の軍責任者とフリットらに任せた
自分の南西訪問には兵を20名とアンジェラを連れて準備の指示をしたが


その際カミュにも同行を願った、人数としては最小限である故に
もしもの場合の武芸者が欲しかった故である、かと言って「ライティスの矛」の主力メンバーは
戦争に置いても最早欠かせない存在なのでそれ以上連れて行く事も出来ない事と


矛のメンバーの中では現状立場がハッキリしていないカミュなら問題無い
更に言えば「武」ならトップ3なのだからうってつけでもある


エルメイアはメンツを揃え一日で準備を整え即時出立した
それだけ現状は切羽詰っていたのだ










連戦










同日、カサフに今度はエリザベートの軍が姿を現す、数は三千、カサフ軍とフラウベルト連合とほぼ同数である




同時にカリス軍がクルベルを南進。自治区テイブに侵攻テイブは兵力が元々少なく
一度目の南進の際牽制に残したフラウベルトの援軍と合わせても二千、
一方カリス軍は四千である


また、この地はだだっ広い草原に縦に南北の街道、街が一つあるだけという大軍展開にうってつけの場所でもあり
数で劣るといきなり不利になるため、フラウベルトも更に二千の増援を出さざる得なかった




まず、カサフ側に500援軍を派遣、元々フリットとグレイが留まっていたが
相手がエリザベートと成ると厳しい、団も一軍残り100名を出す、がバレンティアも出してしまうと
首都が空になるため動かなかった


エリザベートはカリス王子の方針を守って、正当正面決戦に備え陣を敷いた
カサフは合わせて1千づつ中左右の陣形を敷いて野戦を挑んだが
エリザベートは自己の騎馬隊を両軍の間に置き、その背後に、主力を扇形陣に編成させ
主に歩兵と弓の構成でそろえた


エリザベートの方針は明確で自分と騎馬隊の火力と防御力を使い前方で
自分が盾と剣の役割を同時にこなす、それで後方主力の
被弾と消耗を避けた


開戦直後から百人騎馬が中央突破、だが何時もの単純な突撃では無く
中央から斜め右に横断するように突っ込んでカサフ軍の左翼まで噛み付いた
その開いた隙間に後方主力の歩兵が、開いた穴に水が浸食するように入り込み

陣形の分断を行う、前後分断され孤立する前衛をエリザベートが反転包囲して叩き
味方後方弓と共に突撃と射撃を交互に行い連合軍側を叩き削る

「そんな非常識な戦法があるか!」

とカサフの大将は怒鳴ったが
出来てしまうのがエリザベートの騎馬隊なのだ


この時点でまだフラウベルト本国からの援軍は到着しておらず、フリットらもこれに対する団が
手元に無かったのでしかたなく自身とグレイだけで前線に赴き敵の少数包囲陣を押し
包囲に穴を開けて味方を救出した、そのままエリザベートと対峙して向こうの足止めを行うが
この時のエリザベートは昔のエリザベートとは違った


フリットとグレイに対して挑みはしたが、向こうも守勢に徹したまま、後退していったのだ
そのまま自身はしんがりを勤めて攻めてくる相手を防ぎつつ全軍を相手が押すだけ
下がらせ陣形を再編

方円陣の形にして主力がそこで後退を停止して踏みとどまる
即座百人騎馬も後退して主力に任せる


方円陣は所謂防御陣形で○形の外側に防御兵を並べて円の内側に弓等を配置するやり方である
しかもベルフ側は防御兵に重装備兵を並べた為、連合軍側の攻撃も難なく防ぎ止めた



そこで一旦休憩を取って再出撃した百人騎馬が側面から回って突撃するという本来の戦法に切り替えた


「例の団が居ないなら何時ものやり方で崩せる」と連合軍側右翼に側面突撃


フリットもグレイもそれに対応しようと前に出るが団無しの二人ではただの個人であり
集団での強さには及ばず後退せざる得なかった

それでも二日目午後には団の百名がいち早く戦場に駆けつけ
エリザベートの百人騎馬と互角の戦いを繰り広げ、百人騎馬の前進を阻んで戦線が膠着する


その後も似た様な状況、百人騎馬がサイドから攻め、ライティスの矛がそれを阻むという戦いが
8度繰り返され

3日目にはフラウベルトからの援軍が到着して戦力が連合側が数の上の有利になった
そこでエリザベートは「ここまでだな」とあっさり見切りを付けて
全軍撤退指示を出して下がって、終戦となった


「以前と違ってただの猪武者では無くなったな」とフリットは呟いた


当然ではある、エリザベートもそれだけの経験と修羅場を潜って来たのだ
が、もう一つ彼女を冷静客観的な行動をさせた理由は「王子の策」を優先したことにある

徹底して、自己の騎馬隊で攻め、主軍で守り、を貫いたのは
ヘタな事をしてカリスの戦略をぶち壊しには出来ないからだ。ベルフの王子という立場と名前は
名前以上の効果を出していた

実際この2回目のカサフ開戦での被害も 連合350 ベルフ81 と最小限の被害で留めて
撤退した











一方同時に始まった自治区テイブでの開戦はこの時数の上で2倍差があった為
連合側は守勢に徹して援軍を待つ方針を見せた、フラウベルトとの距離が違い為1日待てば援軍が来るからだ


連合側は縦長の円陣を敷いて守り、ベルフ側は突形陣で攻める ○と△が正面からぶつかり合い
攻める側が守る側を唯只管打ち抜く戦いと成った

しかし、カリスの軍は最初から全開で戦力投入を行った、数で有利なうちに可能な限り
相手を叩きのめす方法を選んだ

しかも最前線にロズエルの三姉妹を置き只管前進の指示を出した為尋常じゃ無い火力を発揮し
あっさり連合側の防御前線を打ち抜いて円の内側に居る遠距離弓の集団に噛み付いた


開戦3時間で連合軍は突き崩されかかり、200もの死傷者を出した、が


フラウベルトから早馬で援護に駆けつけたライナはいち早く辿り着き
突撃してくる三姉妹の前の降り立ち間に割り込んで剣を振るった


とりあえず、王子の軍には個々の武の高い者が多い、故にそれに対処出来る者を真っ先に送った結果である




この時の団は 東の砦街にロックと50名 同時侵攻先のカサフにフリットとグレイに100名と
既に殆どの戦力を出していた為この様なギリギリな対応をするしかなかった

それでも工夫を凝らし、首都に団の二軍100とバレンティアだけ残し
どうにか2軍の50名とカティ、パティを編成して頭に置きライナの後を後発して追わせた



三姉妹と対峙してライナ1人で相手せねば成らないが流石にライナでも厳しい
故に最初から全力で戦って引かせる手段を取った

「こいつ!緑服だよ!」

「例の矛か!」と言うが早いかライナに向かうカレンとフレアだが


ライナは遊ぶつもりは全く無く、いきなり繰り出される二本の刀を弾き返して体制を崩させ
二人の脇腹と腕を斬り倒した


二人は余りの一瞬の出来事に驚き倒れた、「え?!」としか言えなかった
完全に油断していた。それでもまさか自分達がこんなにあっさりやられるとは思わなかったのだ

カレンとフレアは目の前に仁王立ちで見下ろすライナを見上げて二度驚いた


「ヒッ‥」と少女らしい声をあげて後ずさった


まるで無表情で赤い長い髪と赤い光る眼、一方で芸術品とも言える輝く宝玉が2つ付いた剣を携え
剣を出した瞬間殺されるとさえ錯覚させるような黒いオーラすら漂わせる
強烈な圧力と殺意、生まれて初めて受けるその殺気に一気に恐怖に飲まれ、動けなかった

しかし、姉は両者の間に割り込み、妹達に渇を入れて正気に戻す


「ボーとするな!ここは戦場だぞ!!死にたいのか貴様ら!!」と

そこでようやくカレンとフレアは「お。お姉さま‥」とだけ声を絞り出して言った

「早く下がれ!私が引き受ける!!」そうコーネリアは言って二人を撤退させる



が、ハッキリ言ってコーネリアですらこの相手は怖い。しかしそうせざる得ない

「何者だ貴様!‥」

「ライナ=ブランシュ‥」

「な!?」

あれが!と周囲も注目した、当然だ、ライナの勇名を知らぬ者など居ない、特にベルフ側は

「ぐっ!‥」

「どうした?やらないのか?」尻込みするコーネリアをあえて威圧して言い放つライナ

その言葉に駆られて剣を振り上げるコーネリア



が、それを軽く弾き返し、同時に頚動脈向けて斬り返すライナ
それをどうにかギリギリで剣で防ぐが、コーネリアは跳び退って距離を取った
たった一合合わせただけなのに汗と激しい呼吸が止まらなくなっていた


そこでライナは無人の道を歩くように無造作に前に進む
それに合わせる様に下がる敵兵

「これはいけません、完全に呑まれています‥相手は神や悪魔では無いのに‥」

とシャーロットは呟き

「だが、どうする?」とカリスは返す

「私が出ます、カリス様は再編指示を!」

それだけ言ってシャーロットは槍を持って前線に馬を駆って飛び出す



一度崩れかけた戦線がライナのこの行動で一時取り戻す、そこに団が到着して崩れた
陣を建て直し指示し
空けられた陣形の穴埋めをするように前線に踊りこむ


そして、前線に駆けたシャーロットは馬から飛び降りながら「ハァ!」と声を挙げて
ライナに飛び撃つ


その槍の一撃を左片手横払いで弾き返すライナ

ライナとシャーロットはそのまま地で対峙する

「コーネリアも下がりなさい!私が相手します!」

そう声を掛け下がらせる、この時のコーネリアは言われるまま
素直に下がった、というより自分には何も出来ないと思ったのだ



「ライナ=ブランシュ、わたくしがお相手します」

「貴女は?」

「シャーロット=バルテルス」

「そう‥意外ね‥評判の女傑という感じはしない‥」

そう言った通り、シャーロットは剣士や騎士には見えないパッと見の印象は聖堂に居るシスター、
あるいは母という印象だ
長い腰まで届く透明な亜麻色の髪、端正で優しい顔立ちあまりに意外な外見だった

だが同時に「強い」事は分かった




二人はそれ以上の言葉は無かった、シャーロットは神速で槍を突き
ライナはそれを剣で弾き返す

10合した後、相手の力量を測ったライナは影が走る様に距離を詰めて攻撃に転じる

最小限の動きで槍を操りライナの攻めを防ぎ、僅かな隙から槍を返すシャーロット

全く互角だった、少なくともそう見えた

「ここで止められては味方の勢いも落ちるな‥」


ライナは心でそう呟いて均衡を崩しに掛かる
相手に張り付く様に距離を詰めて保ち、超接近戦で小さく刀を隙と致命傷になりうる所に突きたて続ける

だがシャーロットも考えている事は同じだった
それに付き合っては相手の思う壺、故に密着する相手を左右にいなしながら槍を巧みに返し
攻め入る隙と距離を与えない

崩すキッカケを作るライナと崩すキッカケを潰すシャーロット
しかしそれを続ける意味は両者には無かった、そして極めて冷静だった

ライナは斜め横にとびかかりながらすれ違い様の斬りを放ち
シャーロットはそれを体を半回転させながらかわし同時に横に槍を放つ
そしてそれを笑顔すら見せて顔だけそらしてかわすライナ

そこで両者に距離が出来、止まった

「こうもこっちのやる事を読まれては続ける意味もないな」

「貴女のやる事は明確でしたから」

ライナとシャーロットはそう言って構えたまま下がった
カリスは即座後退指示を出して軍の再編を図り

連合軍側も一旦軍を引いた

「明確でした」シャーロットがそう言った通りライナの狙いは単純だった



圧倒的な力と恐怖を見せ「この相手には誰も敵わない」と見せつけ相手を引かせれば
それで良かった

よしんばそれが上手く行ったならそのまま崩してしまえばよかったのだが
それをシャーロットに防がれた


シャーロットが互角の戦いを見せた事で「圧倒的で誰も相手に成らない」敵では無くなってしまったのだ


が、少なくとも崩れかかった連合軍を立て直せた事、ロズエルの三姉妹はこの戦場で使い物に成らない事 それだけでも十分と言えた

実際、シャーロットは自陣後方に下がって即時、斬られた妹二人を神聖術で治療したが、
カレンとフレアはずっと震えていた。

こうなってはもう、まともに戦えないだろう
斬られた傷も深い物だが、それはシャーロットの術で簡単に治せる
だが、精神的ダメージは治せないのだ。


普段が自信満々で自己中心的なだけに
一度それが壊されると立ち直りに時間が掛かる

挫折を味わった事が無い人間がそれを始めて味わうのと同じだ、簡単に切り替えられない

しかし姉のコーネリアだけはずっと苦虫を噛み潰した表情を見せていたが
妹達の様にボロボロでは無い、それが分かったシャーロットは

「落ち着きなさいコーネリア、わたくしと貴女にそれほど力の差は無いわ、相手に呑まれてはダメ
相手の狙いはソレなのよ」

と肩を抱いて言った

「‥頭では分かってるんだ、シャーロット‥けど、エリザベートや父ですらあんなに怖くない‥
何なんだアイツは‥」

「わたくしでもやれる程度の「人」よ決して「神」や「悪魔」ではない、冷静に挑めば
貴女でもやれるはずよ」

繰り返し言い聞かせ、落ち着かせた






数時間休憩と再編の後、王子は戦闘を再開させた。
別に数の差が縮まった訳では無く、寧ろ開いているのだ、ここは攻めるのが上策で間違いは無い

だが三姉妹はそのままクルベルに撤退させた。ハッキリ言ってここで戦わせるのは危険な上
傷を広げかねない

連合軍側は四角陣で縦列防御姿勢 カリス軍は突形陣での攻撃、三姉妹が居ない分は
シャーロットが前線に出る


が、攻撃姿勢であるが、シャーロットは自軍の兵の盾、鎧の重ね着、重装兵を混成させ攻めながらも死傷者を減らす工夫をさせた
相手を削ったが、こっちの被害も大きいでは意味が無いからだ


一方数の差を補う為に連合側、主に団も工夫した、指揮はカティ、パティに任せ
サイドアタックを細かく続け
相手の動きを鈍らせ指揮と足を圧迫する。

ライナ自身は主軍中央に加わり相手の攻勢を防ぎ続ける

これでどうにか当日は凌ぎきった



翌日も朝から戦闘は続いたが、午後になってフラウベルトからの主力援軍二千が来援し
数の上で互角近くに持ち込んだ

そこで見切りを付けたカリスの軍は後退指示、一旦軍をクルベルの領土側まで引かせて戦闘は中断された

が、クルベルまで撤退はせず、領土境界線を跨いだ所で陣を敷いて最進の構えを取った為
連合側も一時引いた所で野営陣を敷いてお互い牽制の立場を取ったが、睨みあいだけで
以降戦闘は無かった

しかし被害はベルフの思惑通り

連合軍側 死傷者367 カリス軍112、とかなり差があった。初日の一手目の被害が7割でこれは十分目的を達したといえるだろう



この一戦で又もライナは名を上げる事になった
実際はそうでもないのだが、表面的な形だけ見れば
ロズエルの三姉妹をあっさり倒し、「あの」シャーロト=バルテルスを退けたのだ

「エリザベートを苦しめたライナ=ブランシュの名に偽り無し」に見えたのだ
しばらくはライナを賞賛する声が止まらなかった


ただ、ライナ自身はそれで喜べる訳では無かった、経験の浅い小娘三人が「脅し」にかかって力を発揮できなかった


それだけの事でしかない













善事と凶事






一方現状の打開を図って南西に旅立った聖女達は海沿いに街道を南進していた
5日程すると領土境界線を跨ぎ
まず、海の一族の自治区「ラバスト」へ向かった

途中森の中の街道で休息と野営を敷いて翌朝出立したが、ここで事件が起こった






聖女の馬車とそれを囲み護衛した近衛の前二人がいきなり矢で狙撃され馬から落ちたのだ


「敵襲!」と叫んで近衛隊は聖女の馬車を森の出口に向けて走らせ、
それを壁を作るように守り
追走しながら走った


「こんな所に敵?!」と馬車の中のアンジェもエルメイアは驚いて身を竦めた

「顔を出さないでください!撃たれます!」と近衛が叫んで中の二人を伏せさせる


が、次に馬車を引く馬が撃たれて馬車が傾いた
勢いが付いたまま馬が倒れた為馬車もそのまますべりながら横転してしまった





そこへ森の中から刺客が現れ包囲する、人数は30、多くは無いが
その異様な姿に一同は驚いた



全身を鎖帷子、外に薄い板金鎧、両手に巨大な篭手と盾と剣が合わさったような武器
顔にもフルフェイスの兜、それが包囲をジリジリ縮めながら迫ってくる


「おのれ!」と声を挙げて近衛隊は壁を作って備える
その間に1人の衛兵が馬車の中の二人を守りながら外に出し、背中に庇いながら徒歩でジリジリ
南出口に向かう。



飛び掛る敵。防ぐ近衛。 聖女の近衛隊と言えば精兵もいいところだ
が、その刺客に全く歯が立たない


それは装備の差と目的の差だ

衛兵が刀を浴びせるが刺客は体でそれを受け両手の括り付けられた
短めの剣で反撃して突き殺す

ただ、それだけだ


2重鎧のボディにはまともな剣は殆ど通らない、腕は近衛隊のが遙かに上で
迫る刺客の剣を華麗にかわして剣戟を隙に打ち込むが通らない
それどころかその打ち込まれた剣すら手で掴んで相手を動けなくして逆手の武器で突き殺す


これがベルフが密かに組織し今回実験的に投入され王子らに預けてあった
「スヴァート」黒の部隊である


「必ず目的の相手を殺す」事を目指した隠密部隊、これは一連の流れを見ても強力だった


聖女達を守りながらも出口目指してジリジリ移動するが
守る近衛隊も次々突き殺されていく、一方向こうは無被害。


これはどうにも成らない

そこでカミュは二人を残った近衛7人に守らせ一箇所に集める

「僕がなんとかする!二人を守って出口へ!」と叫んで前に立ちはだかった


あまりに無謀だ。聖女もアンジェも悲痛な叫びを上げた


「嫌ーー!!やめてカミュ!!」と


だが、現状ではもうどうにも成らない程差があるのだ、近衛兵達もせめて二人は守らねばと
泣き叫ぶ聖女達を羽交い絞めにして下がる



が、カミュは覚悟はあったかもしれないが驚く程冷静で、決死ではなかった
剣を中段正中線に構えて大型剣を静かに構えた

そこに飛び掛る刺客の兵、それを迎撃して刀を振り下ろすカミュ

何時もの事、どうせ通らんと腕の篭手盾を構えブロックする。



カミュの剣はその篭手盾ごと相手の腕を両断した


「な!」と意外過ぎる声を上げた刺客、数間置いて叫ぶ「ぐわああああ」と
そのまま崩れ落ち斬られた腕を押さえて転げる

「来い!此処からは一歩も通さぬ!」言ってカミュは相手を睨みつけた


そう、多くの猛者、常に手を合わせてきたライナ、闘技場での人造魔人
カミュにとって、これまで戦ってきた強敵からすれば、この刺客等
なんら強敵では無かった

だから「決死の覚悟」等必要なかったのだ



「おのれ!」と飛び掛る敵、しかしそれを迎撃して神速で左右に剣を振るい

フルフェイスの兜ごと1人の首を飛ばし、鎧ごと1人の胴を半断して切り殺した

手も足も出ない、武器が通らない相手をいきなり3人倒したのだ、刺客も動けなくなる


小さく「フゥ〜」と息を整え、再び構えるカミュ

「ボウを使え!!」と誰かが叫びクロスボウを構え放つ、しかしカミュは
巨大剣をまるで羽の様に扱い
放たれた矢を6本を全て叩き落した。

即時走り、矢を放った刺客を3人瞬く間に切り伏せる

(ライナさんの雷撃の様な突きに比べれば矢等、涼風に等しい)



ここまで来ると刺客達にはこの相手は「人」には見えなかった
それでも任務を果そうと

3方から包囲するように動き一斉に飛び掛る、しかしそれですらカミュは自ら横に一回転しながら
それをかわし剣を振り回して全員一刀で斬り殺した

(人造魔人の硬さに比べれば、バターを斬っているのと変わらない)



カミュは強かった。自己の鍛錬、武器、経験の蓄積から、この刺客ですら役不足な程の次元の違う強さを見せ付けた



「戦ったら殺される‥」

本来相手を狩るべき部隊がたった一人の青年剣士に恐怖し

全く動けなく成ってしまう


そこへ、森の南出口から馬足が聞こえる
また敵か?と思ったがそれは違った、50人程の兵を引き連れた騎馬に乗った女性が
一団の中に割り込み、馬から飛び降りながら叫ぶ

「ラバストの族長、長女キャシー=ゴールド助太刀する!」と斧を構えた

「ラバスト!?味方か!?」と近衛隊の1人が叫んだ

「応!あんたらを迎えに来たらこの騒ぎ、守らせて貰うぞ!」


こうなっては最早目標の聖女を殺す等不可能

「チィ!‥」と舌打ちして刺客たちは下がる、が


「あ!コラ逃げんのか!」とキャシーは叫んだが。
刺客達は引くのも早い森に駆け、雲散霧消して撤退した


「あんだよ、つまんねー‥」

柄の長い斧を地面にズンッと降ろしてキャシーは言う



ようやく助かった、とアンジェはその場にへたり込んだ、が一方エルメイアは
いきなり走り出しカミュに抱きついて泣き出した

「馬鹿!!死んじゃうかと‥死んじゃうかと思ったじゃない!!」と叫んだ

そんな事言われても‥と思ったがカミュは

「大丈夫、僕は死なないよ」そう言って彼女の頭を撫でた

それが5分近く泣き続けた聖女は、近衛の1人に「エルメイア様そろそろ‥」と促され
カミュからようやく離れた



聖女はようやくすべき事を思い出し、まずキャシーに礼を述べた

「危ない所を助けて頂き‥感謝致します、聖女エルメイアです」そう言って頭を下げた

「何にもしてないけどね、兎に角、無事でよかった」とキャシーは返した

近衛隊も礼を言い頭を下げた


「雑事はこっちに任せときな。うちの連中に遺体と馬を回収させる」

「申し訳ありません‥」

「気にすんなって、そっちの人数じゃ色々出来ないだろ、それに
早いところ安全な所に移動した方がいい」

「はい」とだけ答え用意された馬に一同乗った


しかしキャシーはカミュをじーっと見ていた、それに気づいたカミュは

「あの、何か?」と返したが

「いやー‥全然強そうに見えないけど強いなカミュ?だっけ?」

「カミュエル=エルステルです、宜しくキャシーさん、皆にそういわれますよ」

と手を差し出した

「キャシー=ゴールド、海の一族、族長の娘だ、宜しくな」
二人は握手を交わした

「でも、見た目ならキャシーさんのが強そうですけどね」

「ハハハ、まあ、そうかもな」


実際キャシーは見るからに戦士な見姿だ、背は高くカミュより大きい、銀とも白ともつかないベリーショートの髪 元々なのか日焼けなのか小麦色の肌
筋肉質で、柄の長い斧を肩に担いだ
いかにも豪快な性格、口調、少なくともカミュよりは見た目の頼りがいは遙かにある


「ああ、キャシーでいいよ、あたいもカミュって呼ばせて貰うけどね」

「はい」


エルメイア達はそのままラバストの一団に保護されつつ南へ向かった


「で、何なんだ、あの変な武装兵は」

「十中八九ベルフの部隊でしょうね」

「ま、死体を回収すりゃ何か分かるか」

馬に乗ってキャシーとカミュは話す、そこでアンジェが気がついて

「なんか道ちがくありません?」と聞いた

「ん?ああ、海のラバストには行かないよ、うちのじじいはクリシュナに居るし」

「王都クリシュナですか?」

「ああ、聖女様が来られるってんで、周辺地域の長、領主、が全部王都に集まってる」

「そ、そうだったんですか」

「もう、聖女様が来られる理由も返答も決まってるからな」

「え?!!」とエルメイアが驚いて声を上げた







王都クリシュナ、大陸南西地域を纏める、最も軍力の有る国で
伝統的な騎士の国でもある。だが、ベルフやフラウベルトから見れば、
小国では無いが大国でもないという軍力だ、
そもそも戦火の及んでいない地域だけにそれ程兵を増強しているとは思えなかった

実際クリシュナと言えど、総軍は二千という少なさである





クリシュナに到着早々、王座の間に通され

クリシュナの王と面会、周りに各地の領主や長が既に待っていた



「始めまして、聖女エルメイアです」

「クリシュナの王、シューウォーザーで御座います」

「既に、私がここへ来た理由も返答も決まっているとお聞きしましたが‥」

「はい、南方連合への加入の交渉で御座いましょう?」

「左様です陛下」

「単刀直入に申し上げますと、我々南西地域の長や領主は聖女様とフラウベルトの庇護を得たいと
満場一致での南方連合への参加を希望致します」

「!‥宜しいのですか?、戦火の及んでないこの地域が連合に入るという事はベルフに
宣戦布告するのと同じ効果になりますが‥」


「承知して居ります」

「それだけでなく、一方的に兵を出す事になりますが?現状をご存知でしょう?」

「それも承知しています」

「では何故?‥そちらにとって余りプラスに成らないと思いますが‥」

「無論無条件ではありません、我々は、豊かとは言いがたい国家です、その資金援助を求めたい
最低限の条件として、こちらが援軍として出す兵の軍運営の負担はそちらにお願いしたい、これが一つです」

「はい、当然の事です」

「2つに、我々地域は自然豊かな土地ですが、それら実りの捌き先がありません、故にその輸出先として南方連合で広く受け入れて貰いたい」


「それも問題ありません、良い物は必ず需要があります、輸入致しましょう」

「最後に、学術国家たるフラウベルトへの学びたいという者の受け入れ、並びに移住の自由を」

「それも既に制限を設けて居りません、前王から代替わりした際制限は取り払っております」

「こちらの要求は以上です、ああそれと」

「はい?」



とシューウォーザーは王座から降りエルメイアの前に歩き、丸め筒状にした
書の束を2つ差し出した



「一方は我々国、領主、長の南方同盟への参加宣誓書です
もう一方は銀の国からの宣誓書です」

「な!?銀の国!?」


これにはエルメイアもアンジェもフラウベルトの一同が驚いて「え!?」と思わず声を上げてしまった


「何故!?銀の国が‥」

「はい、女王マリアはベルフに対するにこの連合は有効であると考えています、と
地域も領土も隣接してはおりませんが、資金や軍の援護も考えているとし、連合への参加宣誓書を届けてまいりました」

「それで‥」

「はい、その際、別書にて、こう書かれて居りました



バラバラな一国がベルフに対するのでは各個撃破されるだけだ。
それだけベルフは強大に成りすぎた
多数の中立、敵対する国、地域が協力して一つの集団として当たるべきだ
我が銀の国は西に封をされ反撃はままならない、別の道からベルフに対する、故に
この連合に参加を希望する

との事です」


「そうだったのですか‥」

「はい、そして聖女は何れここに来る、その際この宣誓書を渡して欲しいとの事でした」

「分かりました、たしかに‥お預かりします‥」とそれを受け取った

「それと、この連合を銀の国の参加を承認され、タイミングを計って、「大陸連合とするべき」そしてその盟主に、貴女をと‥」

「あ‥」 それを聞いてエルメイアは感極まって静かに涙を流した

それを拭いながエルメイアは「女王マリアのなんという慧眼‥、
私等及びもつかぬ名君であられます‥」

「ふふ‥」と王は笑った、そして言った


「マリアは貴女が受け入れないかもしれないとも予測してました、だから、こう言ってくれ、と

「女王マリアは名君かも知れぬ、が、後ろから蹴飛ばすのは得意だが、正面から堂々と皆を率いて
象徴として進む正道の王ではない、それに相応しいのは誰からも後ろ指を刺されない、
真の聖者であるべき
故に、聖女エルメイアを推す」

との事です」


もはや、エルメイアは声に成らなかった、ただ黙って顔を押さえるだけだった

「そういう訳です、我々もフラウベルトへの協力を惜しみません」


聖女は崩れ落ちそうになる体を保ち、顔を上げて前を見た。


「分かりました、私は盟主と成り、他の国への参加の呼びかけましょう、援助も惜しみません」

「いえ、今はそれを大々的にすべきではありません、いずれ、の事です」

「あ、‥はい‥今それをやっては、孤立している国から落とされかねませんね」

「左様です、今しばらく時を待ちましょう」

「はい!」


そこで、横に控えた大柄な中年長が歩み出る

「ラバストの長、ゴールドです、差当たり聖女様、フラウベルトの南方連合は今窮地にあります
そこでまず当方の軍から千名とここまで案内をした娘のキャシーを将として、
そのまま連れてお戻りください!」

「はい、ゴールドさんありがとう御座います」

フッと笑って長は

「無礼な娘ですが武力では並ぶ者はそう居りません、よろしく頼みますぞ」とニンマリして見せた

「我が国クリシュナは全軍合わせても2千しか居りません、故にまず兵は500派兵します
ですが、こちらも代々の騎士の国、個々の武に優れた者は居りますので、
武芸者を主に派兵します」


「分かりました感謝いたします」

「では時間的余裕もありませんので直ぐに取り掛かります、エルメイア様も
即時フラウベルに戻られるが宜しかろう」

「早速の事で申し訳ありません」

「いえ、この策自体、フラウベルトが無事で無いと意味がありませんから、どうぞお構いなく」

「はい」



と短く答えて双方、即座に行動した、今は何よりすべき事がある、故に即応である



エルメイア一向は派兵と護衛を同時に行い共にフラウベルへ向かうキャシー=ゴールドの軍と
即時本国に向かった、万が一にも「あの」部隊が出ない共限らない故と
フラウベルトの状況もギリギリの所にある故である




エルメイアが出立した同日、ベルフの本国から六千五百の兵が出立した
これは身内の他の将も誰にも知らされず進められた作戦である





エルメイアが南西から連合国を増やし、フラウベルト本国に帰還した時行き帰りだけで既に
20日近くなっていたが。その後
南方への戦争は進んでいなかった


自治区テイブで睨みあって居た両軍は結局10日で自領土へ撤退し、開戦は終了
複数方面への牽制と進行をしていたベルフ軍はクルベルへ総撤退した

カリス軍、エリザベート軍共に休息と編成と補充で五日留まった
王子の戦略は確実に成果を上げていた、連合軍の被害は二千近い、一方ベルフは全体でも被害は三百程度

これが戦争の開戦なら凄まじい戦果だろう
これを続ければ、元々兵力に勝るベルフは南進攻略前に強力なアドバンテージになる








その日クルベルでシャーロットはクリスの帰還を待ち、二人だけで密室で面会した

「如何でした?あの部隊はクリストファーさん」

「クリスでいいですよシャーロット」

「ではクリスさん」

「ええ、今回は失敗しましたが「実験的」にしては強力ですね、
相手の近衛を無被害で半数殺しました
ただ、向こうの矛のメンバーの武芸者に1人で9人殺されましたが‥」

「矛のメンバーならしかたない、ですかね‥何者ですか」

「カミュエル=エルステル、ライナ=ブランシュと同時期に罪人島に送られ、そこで知り合い、彼女とは師弟の立場かと」

「どっかで聞いた名ですね‥たしか」

「ええ、スエズのエルステル家の長男ですね。ベルフに逆らって処刑された」

「ああ、 あのエルステル‥なんとまあ、愚かな事をしたもので‥」

「とは思いますが、罪人島に送られなければ現在の彼もありえなかったかと、それにベルフに臣従するとは」

「ですね‥、まあいいでしょう、で、隠密部隊としてはどうですか?」


「微妙ですね、装備が装備だけにかなり五月蝿い。ガチャガチャさせすぎですね
施設への侵入、屋内への侵入での暗殺には微妙過ぎますね
ただ、そうでない場所での「相手を必ず殺す」という目的には強力でしょう
特に打撃力の低いノーマルな剣など体で受けても剣が通りませんから」

「なるほど」


「むしろ、暗殺部隊より、要人の護衛としてのが有効ですね、戦場でそのまま使っても有効でしょう
何しろ重装突破兵よりコストは安いですし軽装気味なので重量もそこまでありませんから
2,3時間で動けなくなるという欠点もありませんから」

「盾も剣も小型ですし、フルプレートではありませんからね」

「左様です、その様な運用の方が有効です」

「分かりました、ではそう纏めて本国に具申しましょう、 ところで」

「はい?」

「この一件は内緒ですよ?」

「分かっております、姉上も怒るでしょうし」

「でしょうね‥うちは純粋な正面決戦が好きな方ばかりですし」

「それと、潜入ついでに探ったのですが、まずい事になってますよ」

「なんです?」

「大陸南西地域の4地域が南方連合に加入しました、聖女は口説き落としたようですね」

「でしょうね‥追い立てられれば、そうなります」

「ご存知でしたか‥」

「というか、向こうにしてみれば、それしか手がないですし、フラウベルトといえど兵の増強は限度がありますから」

「たしかに‥」

「どの道こちらの戦略方針に変わりはありませんから、まあ、たいした問題ではありません」

「はい」

「兎に角今回はありがとうございました、不愉快な事をやらせてしまってすみません」

「いえ、そっちのが専門ですし構いません」

「全部内密にお願いします」

「分かりましたでは」

二人の密室会談はそこで終了してクリスは即座に部屋を出た

シャーロットもそれを追う様に自室を出て、今度は四将会議に出席する
今後の作戦を話合う為だ

ただ「内密」とは言ったが南方連合に南西地域が加わるニュースは自然にベルフ側に流れた







「状況は変わったが、今後も嫌がらせ戦争を続けるのか?」エリザはまずその事を言った

「数字上の戦果は多大な結果を齎してますから、それに南西地域は兵力が元々少ない
全部あわせても精精五千、これらも戦略の網に巻き込んでしまえば後が楽です」

「そうだな、向こうが攻めて来ない以上、こっちから突くのは有効だ」

「ええ、向こうは首脳部、物事を決定する上の連中に戦略眼を持った人間が居ないようですし
釣り戦法を続けて問題ありません」

「けど、僕らが東周りで攻めた時迎撃した、ロック?という指揮官は
戦略戦術に長けていたのでは?
シャーロットも言ってたけど」


「はい、ですがこの状況に成っても向こうから動きが無いという事は
彼にはその発言権は無いのではないかと思われます、
ましてライティスの矛のメンバーの様ですし」

「ま、ライティスの矛は少数特殊部隊で主軍より立場は低いからなぁ、そうかもしれないね」

「なるほど、不自由な部隊でもあるんだね‥」

「まあ、それでいいとして、次はどこ攻めるんだい?」

「まだ、攻めて無い場所が一つありますのでそこで遊ぶのが宜しいかと」

「うん?剣の山かい?」

「ええ、色々実験にいい場所です、特にエリザベート様にはうってつけでしょ?」

「そうかな〜?狭くて碌に兵力展開出来ない場所だし、向こうも篭城一択じゃないか?
騎馬隊や正面決戦が必要とも思えんが‥」

「なので実験です、篭城させなければいいんです上手く行くかは分かりませんけど」

「ふーん、ま、その辺の知略はそっちの事だ、あたしはまともに武器が振るえるなら
それでいいけどね」

「では今回は王子の軍に加わってください、三姉妹の妹二人がまだ使い物になりませんから」

「分かったではそれで決定だな」

「ただ、色々小道具の用意に時間が掛かります、15日程お待ちください」

「分かった」

と方針の決定が成され、其々準備が開始される









生きていればまたどこかで‥











一方フラウベルト側でも事態が急展開を迎えていた


キャシーらを伴って王都に帰還した聖女に即時、報が入り対応を求められた

「聖女様!大変です南海から巨大軍船が四隻現れました!!」


まだ、城にすら入って居ないタイミングで街の入り口でそう告げられた


「軍船!?、分かりました兎に角城に‥」


一体何事かと一同城へ上がり、いきなり現れた軍船と会談を要請してみる
彼らは「銀の国から来た、入港許可と会談を」と求めてきた


これには一同驚愕だった、が「という事は‥」と聖女は呟いた後
南西地域で起こった事をまず全員に説明した


「援軍?でしょうか?」

「もしくは協力、しかしマリア自身が来たのでしょうか?、兎に角会いましょう」

とりあえず会ってみないと何も分からない故に、まず会談の場を設けた

一応という事で団のメンバーで首都に居る、バレンティアとライナも同席する
そこで二人を驚かせたのはその場に現れた人物だ


「よ!」と軽い口調で片手を上げて挨拶したのはショットガルドだった



「んな?!」

「あんた、何でここに居るのよ!!」


と正式会談の場であるにも関わらずテーブルをひっくり返す勢いでライナとバレンティアは
立ち上がって声を挙げた



「お、落ち着いてくださいお二人共‥彼が何か?‥」


と意味不明だった一同に謝りつつ、説明した



「元草原の傭兵団のお仲間??」

「ええ‥ショットガルド=ラハルト、通称ショットよ‥」

「それが何故銀の国の大使に?」


「ああ、俺は団を出た後先ずは近場の銀の国に行ったんだが、そこでいきなり
「うん、面白い奴じゃ使ってやる」とかマリアに言われて即日将に雇われたんだよ、
向こうは武の将が少ないし

ほら、俺強いじゃん?」



「ぶっ飛ばすわよアンタ‥」バレンティアはワナワナ震えていた

「バレンティアさん落ち着いて‥」と聖女にまで止められる始末


とても国家間の正式会談とは思えぬ雰囲気になってしまった、と言っても相手もとても大使とは
思えぬ言い草だが

一つ咳払いをしてからエルメイアは


「ま、まあ、それは良いとして今回のご訪問の目的は」

「みての通り、援軍だよ、兵二千と、装備、金、将に俺、連合への参加は承認されてるだろ?」

「驚きました‥こうも打つ手が早いとは‥しかも海からとは‥」

「マリアは公共事業として作った大型軍船は元から多数用意してあった
それが今回役に立ったという事だな
それとマリアは昔から「海」を「道」として使う事を考えていたそうだ、
それに今回西に蓋をされちまって
南方への派兵は街道を使えない、領土も隣接してない、間にベルフの領土があるからな」


「マリア様は未来を読める方の様ですね‥」

「普段は生意気なクソガキだけどな、知略じゃ間違いなく1番だろうな」

「クソガキって‥」

「すまん失言だった‥、とにかく入港許可と俺の軍の行動の自由を、船の上に二ヶ月も居たから皆疲れてる
それと、そっちから人を出して荷降ろし、城に金を納めたいこれが一番重いからな」


「はい、直ぐ宿舎か官舎を開けます、それと金はいかほど?」

「えーと35万だな」


それを聞いて一同ひっくり返る程驚いた

ヘタな国家の1年分の予算は軽くある金額だ、そうもなる、しかし流石に聖女も



「ちょっ!ちょっと待ってください!、35万て‥どこからそんな金が‥しかも貰えませんよそんな‥」

とアワワしていた


「いや、別に捻出したもんじゃなくて、過去のベルフとの戦争で賠償や条約の支払金で掠め取ったもんらしい  手付かずで置いてあっただけで、使い道ないからソッチで使えとの事だ、どうせ色々フラウベルトが周辺国に援助しっぱなしだろうと」


「信じられない‥どこまで先を見通しているのやら‥」

「まあ、そういう訳だから、遠慮なく使ってくれ、どうせ、元はベルフの金だ」

「わ、わかりました‥」とエルメイアもそれを承認した


当日、官舎や宿を開けられ銀の国の兵団はようやく地面で生活する環境を得た
雑事はフラウベルト側が行い、銀の国の一団はほぼ何もしてないが



その夜、ショットはライティスの矛の官舎に訪れ旧友と会食を楽しんだ

「いやー、出世したなーえらい良い官舎じゃねーか」

「それ言うならアンタの方こそ出世でしょうに‥」

「まあ、そうだけど、実質向こうは戦争ないしな、暇ちゃ暇だぜ?
バレンティアやライナが来たらもっといい立場が貰えるぜたぶん」

「武の将が居ないって言ってたわね」

「グラムっていうおっさん将は居るけど、高齢だからなぁ‥、まあ、アホみたいに強いけど‥
後はその息子のクルツっていう指揮官も居るけど剣はあんまり‥」

「意外ね‥それでもベルフを三度叩きのめしたのだし」

「いやまあ、マリアはハッキリ言って人外レベルの戦略家だしな、それでどうとでもなっちまうんだよな」

「今回の一連の一件も驚いたわね、どういう頭の構造してるのかしら‥」

「ご尤も」

「んで?将が居ないからあんたが派遣されたの?」

「それもある、けど、俺自身も来たかったし、マリアもそれを察してくれたみたいだ」

「ほんと‥いい国と王ね」

「ほんで?隊長らは?」

「今は周辺国に派兵されてるわ、何時戻るかは何とも」

「んーそっか、同じ側なら、何れ会えるだろう、まあ、今日は呑み明かそうぜ!」

「いや、酒は‥」

「あんまり‥」

「お前ら全然成長しねーな」

ライナ&バレンティア「お前が言うな」

とは言ったものの、こうして再び皆に会えた事はお互いこれ以上無い喜びだった
「生きていればまたどこかで」が実現された日でもある

「飲み明かそうぜ」は無理だがお互い自分達のこれまでの経緯を報告しながら夜を過ごした


大陸戦争も6年過ぎようかという日の事である










それから13日、ベルフ軍がクルベルから東に進発したカリス王子の軍4千が動く
カリス、シャーロット、エリザベートの三将が一軍集結という稀な事態になった


即時援軍が組織されるが、カサフの東隣国、剣の山の国スカイフェルトは左右がまさに剣を突きたてたような
高く、崖のような山岳でそこに過剰な兵を派兵しても軍が展開する広さが無いので
殆ど意味がない、更にスカイフェルトは自己の軍を二千持っており兵力が必要とも思えなかった


また、アクセル=ベックマンと言う、中々の将も居る為
単身で戦えるだけの条件も揃っていた


が、相手も三将同行という事で「では武芸者を出しては?」と案が出され
相手がシャーロットやエリザベートならライナかカミュとなるが

この時に「せっかく来たんだし、あたいにやらせてくれよ」とキャシーが志願した為
キャシーと彼女の兵の半数500が出撃する、何故かキャシーに気に入られたカミュが
「よし!お前も来い!」とばかりに半ば無理やりに連れて行かれた




「ほんとに狭いなこれ‥」とエリザベートはスカイフェルトに辿り着いて呟いた

そう言った通り只管山、山、周囲を囲まれているというより
山の中を貫いて道を作ったという感じである
そして道の真ん中にある砦、背後に街


「精々1千しか布陣できません、狭い通路での正面突破しか手がありません」

「なるほど、そんであたしの出番て訳だな」

「中央突破火力なら一番ですからね」

「ま、話が早くていい、けど篭城されたらどうする?」

「ええ、こけおどし攻城兵器持ってきてますので、釣れますよ」

そこでエリザベートは即時百人騎馬と共に最前線に布陣


一方スカイフェルトの軍は初め篭城の構えを見せたが
カリス軍を見てそれを中止、打って出て同じく1千配置し
正面決戦を挑む



「なんでイキナリ出て来るんだ?」

「アレです」と背後から運ばれてくる木製のパチンコ、いわゆる投石器を二つわざとらしく
戦場で組み立て始めた

「向こうが篭城するなら、石を投げ込み続ければいいだけですから
幸い弾はいくらでも落ちてますし」


「ま、そりゃ出て来る、か」

「後、大型弓も30、重装突破兵も500用意してあっちの高台に置いてます」

「また、せこい真似を‥」

「褒められたと思っておきます、ああ、それと‥押すのはいいですが、向こうの砦付近までは
押さないでくださいね、向こうも射撃武器くらいあるでしょう」

「だな、分かった」









こうしてスカイフェルトでの開戦が開始される

お互い1千以上の兵が出せない以上、同数での只管突撃戦になる
しかも1千と言ってもかなり縦長の陣形だ、そもそも横に50人並べるかどうかという狭さなのだ

両軍ただ突撃突破が繰り返される

しかし、火力差がありすぎる故かエリザベート効果で
どんどん一方的に押していく事になる
狭い通路での同数での打ち合いだと、まず百人騎馬とエリザベートを止められる相手は
そうは居ない

そもそもエリザベート個人すら止められる武芸者等めったに居ない


「おい!大佐、どんどん崩されるぞ!」

「はぁ‥ま、そりゃそうでしょう‥」

「そうでしょうではない!、エリザベートを止めんと何も出来ぬまま負けるぞ!」

「いや、わたしにゃ無理なんで‥」

「あほたれ!無理で済むかなんとかしろ!!」


しょうがないなぁという感じでやる気のなさそうな、大佐と呼ばれた男は立って嫌そうに馬に乗り前線に出た

「ハハハ!弱い!弱すぎるぞ、スカイフェルトの兵!」

と例によって罵倒しながら槍斧を振るい
只管敵陣突破していくエリザベート、そこに大佐が前に立ちはだかる
それを見てエリザベートは


「む、武芸者か!いいぞ!かかってこい!」と言ったが

とてつもなく嫌そうに彼は

「いや、私じゃ止められませんけどね‥」と言い、両手持ちの長剣を構えた

「やる気があるのかないのかよく分からん奴だな、名を聞こう」

「アクセル=ベックマン、大佐ですよ」

「そうか貴様が!」

「けど「武」の人間じゃないんでね、期待しないでくださいよ‥」

と言いつつ剣を突き出した
ぬるーい感じの相手なのにその剣撃は早い
それを受け、切り返すエリザベート、それを馬を下げながら受け流すアクセル

5合打ち合ってあまりの手ごたえの無さにエリザベートは拍子抜けした
しかも相手は只管下がり受けだ


「つまらん奴なら要らぬ!その場で死ね!」


エリザベートは一気に馬を前に走らせ距離を詰めようとしたが
が、その瞬間アクセルは背中越しに隠し持っていた子袋の束を馬の足元に投げつけた
同時にマッチを擦ってそこに軽く投げ入れる

油と火だ、瞬間的に爆炎が巻き上がる

「な!?」と馬を止めるが火に巻かれた、止む無くエリザベートは後ろに跳び馬から下りつつ構えた
しかし相手は何をするまでも無くただ、火の向こうから見てるだけだった
狭い所でイキナリ火を放たれたので周囲も進軍を停止し睨みあいになる

その火の勢いが収まりかけると今度は収まらないのがエリザベートだ

「貴様!」そう叫んで馬に再び乗りアクセルに突っ込む
そして最初の様に打ち合いながら下がり続ける

それがそのまま続くかと思ったが、アクセルは一転反撃
剣を左右に振り回す様に払い距離を取って、距離が離れたと思いきや今度はナイフを投げつけた
あまりの意外な一撃だがエリザベートは咄嗟に槍斧で防いだ

次の瞬間アクセルは片手を挙げて止まった
即時空から矢が降り注ぐ、周囲に居た味方の後続が撃ち抜かれた



「何をしてるんですかあの人は‥」

「後退指示!」 シャーロットとカリスは立て続けに言った




何の事は無い、アクセルの挑発に乗って砦の射撃位置まで引っ張りだされて撃たれただけだ

「クッソ‥!」


エリザベートは止む無く砦の弓、射程圏外まで後退する。
とは言え下がるにしても狭すぎて馬を返す余裕も無い。そのまま暫く矢に晒されながら
どうにか後退して一旦軍を引いた

「ま、失敗を責めても仕方ないですし」とシャーロットは涼しい顔だ

がコーネリア=ロズエルは

「あんな単純な挑発に乗る奴が居るのは驚きだ、事前に釘を刺されておいて」とどめを差して

エリザベートは自陣に戻って「うぐぐ‥」と唸った、コーネリアに言われると特別腹が立つ

「まあ、さほど被害が出てないし、伊達に被弾減らしの装備ではないよ、気にするな」
と王子に慰められた

「で、次は誰が行く?」

「このままエリザベートさんを前で、直ぐ後ろに私が、もう、めんどうなので援軍が来る前に全部やっちゃいましょう」

引き続き百人騎馬を前、その後ろに重装兵を遠距離弓直ぐ後ろ、そこの周りの
護衛にコーネリア、シャーロット

投石器と縦列に並べて進軍する。
ハッキリ言って側面や背後を突かれない状況でこの縦列編成軍は強力だった


「あ〜これは無理ですわ」とアクセルもお手上げだった


兎に角前に居る百人騎馬が敵を叩き、重装突破兵が盾のみで壁、その壁の隙間から
大型弓を射かけ
更に後ろから投石器で石を投げ込む

対面したスカイフェルト軍は前で剣で叩かれながら中列は弓で撃たれ、後列に石が飛んでくるというとんでもない
悲惨な攻められ方をして僅か3時間で半数も戦闘不能をだした


ただ、エリザベートは相手が下がると引きずられて追撃をかけようと意図せず行われるので
そこをあくまで迎撃の範囲に留めて置く為に弟クリスが常に声を掛けつつ

背後からシャーロットが「自重しろ〜自重しろ〜」と間断なく呪いの言葉の様に言ってくるので
エリザベート的には凄まじいストレスには成った

場所が狭く、策の打ちようも無く、かといって野戦迎撃出来る相手でもない
アクセルも何もする事が無く砦に撤退


篭城戦と成る


しかし攻城兵器がある分、カリス軍側が圧倒的に有利だ。
そもそも攻め落とす必要が無いだけに嫌がらせに徹した


遠くから石を投げ込まれ、大型弓撃ち器でパラパラ矢を放り込まれる。
正直攻めてる間中自重させられ続けたエリザベートは更にやる事が無い状況に追い込まれた
それを知ってか知らずか
シャーロットは


「エリザベートさん、暇なら一つ頼まれてくれませんか?」と耳打ちして策を伝えた

「良いのか?二千も使って?」

「ええ、どうせここではもう使い道ありませんし、遊兵作るのも無駄でしょ」

「分かった」

とエリザベートは自身の騎馬隊とカリス軍の半数二千とコーネリアを引きつれ撤退する








偶然の反撃決戦








その情報と現在の戦況がアクセルからフラウベルトに伝書鳩を使って即時通達される

「もう、こっちはやる事無いからもしもの時の兵だけ領土境界線にくれ。将はいらぬ
ベルフの別軍が多方面に来るからそっちに人回せ、後こっちもこのまま
嫌がらせを受け続けると被害が馬鹿にならん
余裕があればそっちからベルフ領土に攻める姿勢だけ見せて
向こうの指揮を圧迫して撤退させてくれ」



という何ともシンプル且つふざけた要求が通達されたので、それに応える準備を整えられる

それを読んだエルメイアはその書面をアンジェに渡して意見を求めたが


「ご尤も且つ的確な要求と意見ですね、とりあえず出立予定のカミュさんとキャシーさんを停止
人を1千ほど追加して
そのままカサフに送ってフリット隊長に敵の後背を突いてもらって、スカイフェルトのカリス軍を撤退させましょう。

ついでに今はこちらへの風向きが来ているのでカサフ北の街道も閉鎖できればしてしまいましょう。
兎に角時間が掛かる程スカイフェルトの負担が重くなります、最速で最短でお願いします」



そうアンジェは言った為、まず、フリットらに伝書が飛ばされその日のうちにフリットとグレイは
団の100人を率いて
即出立、こうなればカサフが襲われる事もないので3分の2の2千の連合混成軍と共に北進する


同日にキャシーを将として1500の混成軍と、カミュが武芸者として、補佐に
カティとパティも付けられ同行
カサフ側ルートでフリットの後を追う様に進発する


この様な大胆で積極的な策を打つ相手が居ると思わず、カリス軍はその後3日、合計四日スカイフェルトの
嫌がらせ攻城戦を続けていた




一方カサフから北進して街道に侵入したフリットらは周辺の確保を行おうとした
クルベルから東に伸びる街道は、いわゆる、特にどこの領土という訳でもない中立街道ではある

が、そこをベルフは野営地として軍を滞在させ自由に使っていた、それを奪取すれば
カサフ、スカイフェルトへの移動も出来なくなり、現状ではスカイフェルト攻めをしているカリス軍を
孤立させる事が出来る為だ

そうして街道のT字路の分かれ道に守備隊として残るベルフ野営地軍に
有無を言わさず突撃を敢行した、仮に上手く行かなくても敵を撤退させる好機になればいいのだ



数自体もベルフ1千、連合二千、ライティスの矛100
余裕の戦いだ、しかもいきなりの事態にベルフ軍の守備隊は混乱していた

円陣を敷いて守るベルフ。突形陣で攻めるフリット以下連合軍
特に連合側はフリット指揮なので強かった、1時間で相手を200戦闘不能にして敵陣進入まで
後一歩まで後退させる


しかし、同時東から撤退してきたエリザベートの軍と鉢合わせ
エリザベート軍は即時加勢し打ち合いになった

連合側の奇襲に即時報告と援軍要請が出される


数の上では2100対2800、に成っているが戦闘はややベルフ軍のが劣勢であった
兎に角奇襲を受けた守備隊は混乱と指揮系統の弱さで味方の足を引っ張り
エリザベートの参戦も、既に多方面で一戦して戻った後だけに鈍い



2時間後には2077対2620に差が縮まる

「これはまずい!」とエリザベートは自己の騎馬隊を相手の突形陣の先端に割り込ませて止め
その隙にクリスに味方全軍の陣形の変更と指揮系統のエリザベートへの移譲を速やかに行わせる


しかしそれをさせじとフリット、グレイは最前線に団と共に出てエリザベート自身へ挑み
剣を合わせる

「この軍の支柱を自由にさせんよ!」

「ちょこざいな!」と受けるエリザベート

過去にあったように二対一でのエリザベート封じを敢行


無論武力で二人がかりでもエリザベートには及ばないが、かねてより練習してきた
コンビネーションが冴える

フリットとグレイは互いにカバーと攻撃をしながら打ち合い互角の戦いになる

「クッソ!‥腕を上げたな!‥隊長!副長!」

「3年遊んでいた訳ではないからな!」

「おうよ!」

勢いと連携と流れ、これが上回る連合軍は兵力の数負けを物ともしなかった





一方、スカイフェルトで報を受け取ったカリスは即時撤退を命令、軍を引かせるが

ここが勝負所、と引きかけた軍に合わせてアクセルが1千兵率いて出撃
正直それを相手にしている暇は無いのだが
今度は逆に嫌がらせを受ける


突撃等してこない、ひたすら一定の距離から弓を浴びせかけられる
それに必死で応戦するが引きながら反撃、更にこちらは大型装備なだけに撤退の足が
極端に鈍くなる

「これは本当にまずい‥!」シャーロットはここで王子に指示を出す

「後方の1千を率いてエリザベートの元へ!ここは私がどうにかします!」

と前後に1千ずつ兵を分け


カリスにそれを託して撤退させる

自身はそのうち、300の兵を馬中心の足の速い部隊へ編成しつつ
残り800の兵と装備隊に重い装備や攻城兵器の収集を指示シャーロットは槍を取って馬を返し、
アクセルの軍への逆反撃を開始

後方の装備兵器の収集を邪魔させずに行わせる為だ


戦う数に差があるが、ここはこの判断が功を相した、狭い道だけにシャーロットの武力があれば
迫り来る兵を突っ込んで止めるのはさほど難しい事ではない1時間稼いだ後押し返す

アクセルも陣頭に立ってシャーロットと合わせるが、流石にシャーロットと一騎打ちでは及ばない
特にシャーロットは余裕の無さもあり、全力で挑んだ為

20合打ち合ってアクセルの脇腹を貫き、落馬させて戦闘不能にした
あえて止めを刺さず、そのまま後退

敵軍もアクセルを回収して城内に引いた。スカイフェルト軍に出来るのはそこまでだった








翌二日目、ほぼ偶然が幾重にも重なって戦闘から戦争になった「街道決戦」は各地からの
兵力の逐次投入でどんどん規模が大きくなっていた

同日、もはや守る必要も無くなったカサフから城に200だけ残し、
残り全軍の800がフリットらに加わり
其の日の午後には団の部隊20とカミュ、カティ、パティが到着。

3時間遅れて主力のキャシー率いる軍が
1500加わる、一時ベルフ側は将と兵の差から大劣勢に陥るが夜にはクルベルから
二千の派兵があり


4300対4400と兵力だけは互角になった



本来この様な兵力の逐次投入は愚作だが、フラウベルト側は、独立参戦のショットが機転を利かせ
クルベルの南方街道から北に銀の国軍が侵攻の構えを見せ、クルベル側もそちらへの対峙で
ロベールが自ら出ざる得なく、東街道への対処が遅れる事となった





三日目

深刻だったのが将や武芸者の差と連戦の疲労で
エリザベートに最早何時もの力が無かった事だろう、ほぼ休み無く戦い続けたのだ
特に其のとき相手したのがカミュで体調が万全でも厳しすぎる相手だ。

その戦いはあっさり決着が着いて、エリザベートはカミュの剣撃を受けきれず肩口を斬られ
馬から落ちた

「ここまでか!?」と彼女自身も覚悟したが、コーネリアが咄嗟に二人の間に割って入り
カミュを止め即座、クリスが姉を抱えて下がった


両者対峙して剣を合わせる、が、コーネリアも万全な体調ではなく
カミュには及ばなかった、それでも、もうまともに武芸者を止められる人間が自分しか居らず
引くわけにいかず、守勢に徹して時間稼ぎするしか無かった


「恐らく‥こっちが万全でもこいつには勝てない‥」そう心で呟いた

最早ここで死ぬ覚悟をして相手の攻勢を止め続けるしかないのだ


ここで、東から戻ったカリスとシャーロットの軍が間に合う。
カリスは即座指示して主力に兵を合流させ
シャーロットも即座単騎で馬を駆り前線に踊りこむ

「代わります!下がってコーネリア!」とカミュとコーネリアの間に割り込む

「助かった‥」最早これしかコーネリアも言えず後退する

水を差されてしまったがカミュもそれ以上戦わず引いた


数だけは、4250対6200に成ったが、まともに戦える兵がベルフ側にどれだけ居るのだろう
という程士気が低く、疲労の極みである



それを把握していたシャーロットは無理な迎撃や戦争を継続せず、唯一上回る武装で打開を図る
自ら陣頭に立ちつつ、重装兵を前に押し出し、敵の攻勢を防ぎ、まだ余裕のあるカリスと
自分の軍二千を前線投入
疲労の極まっている者と負傷者、それが重い者を優先的にクルベルに撤退させ
解体した兵器、敷いていた野営陣も引払わせ、それも下げる



ここで兵力が逆転し、劣勢になるが、重装備兵の隙間から突っ込んでくる敵前線、先頭集団に
弓を当て足を止め、自ら騎馬隊を突撃させ相手を後退すらさせる


そこで余裕が出来た瞬間、即時足の遅い重装備兵も撤退させると同時に
突撃を停止して後退しながら迎撃戦を展開、次第にクルベル側にジリジリ下がり
兵の被害を減らしつつ撤退戦を繰り返す


相手もここが勝負の決め所と突撃を幾度も繰り返すが其のつど
弓と騎馬、交互に遠距離と近距離のメリハリを付け、
相手の前進のキッカケを作らせずおよそ一日の後退戦の後
最後には自らもクルベル城内に撤退して見せた





見事とした言いようが無かった

城内に撤退を完遂された以上、最早無理攻めする理由も無く、連合軍も撤退となった


しかし、東街道への封鎖や陣立ては行わずそのまま引いた
戦力的に余裕が無いものあるが、元々中立地である所以でもある


クルベル城内に最後に撤退したシャーロットは自分も疲労の極みであったが、
まずエリザベートを神聖術での治療を行う、
傷は深いが致命傷では無く、それで安心な所まで回復させた
ただ、大量出血もあり、当面安静が必要ではあった

次に、斥候に情報の収集指示を出し、ロズエルの妹二人を無傷の兵1千ずつ与え東と
南街道の守備を任せる
正直使い難いが動ける「人」が居なかったので「何があっても守れ」とだけ指示して従う様に釘だけは刺したが

カレンもフレアも現状を理解しており素直に従った





一晩休んで、翌日、周辺情報を受け取った後、三将会談を行った



「で、どうする?、こうなっては嫌がらせの攻めも出来まい?」

「兵の損失自体は向こうのが大きいし、十分やった、てところかしらね」

「結果的には一応上手くいったんじゃないかな?時間も半年以上稼いだし」

「向こうも連合の強化で人材がこっちより揃った、無理押ししてもしかたないわね」

「後はこっちもクルベルに「封」をして守り抜けばそれでよかろう‥」

「同感ね、余勢を駆って反撃してくるかと思ったけど、それも無いようだし」

「僕らも大分戦ったし、その意味でも十分だと思うよ」

「そうね、後は陛下の御心のままに‥という事になるわね」


「ところで、南から北進してきた連中、銀の国の軍だが、なんだあれは」

「ああ、南方連合に銀の国が加わったそうよ」

「ほう‥しかし、どこから兵が沸いてきた」

「海、‥でしょうね、第二次開戦の時、マリアは船を使って後背襲撃をやったわ、軍ごと運べる
巨大軍船を元々持ってるわ」

「何でまた南方連合に‥」

「ある意味、当然でしょうね、西に蓋をされて、抱負な軍力の出し所が無い
しかも、自身が戦わずともこっちを削れるし、そもそもベルフ全部をマリアだけで相手にするなんて
いくら彼女でもあり得ないわ」

「なるほど」

「まあ、こっちはもうやる事ないし、私はもう少し休ませて貰うわ、流石に疲れたし
二人共軍の再編と維持よろしくね」

「ああ」

「分かりました」



会議室を出て、休むと言ったが、シャーロット自身はそれで済む状況には無かった、
即時自室に戻り書簡を用意し始める




「兵も将も居る、問題なのは、周りを固める中堅以下の者ね、そのクオリティでどうしても
負担が将に来る、この際使える者は何でも使わなければ‥」

思考しながら筆を進める

「南方連合で済んでいる内はいいけど、それが大陸連合に発展すれば全方位敵だらけという事態になりかねない
こちらの時間は案外少ない‥」

書簡の用意が整え、即部屋の外に出て兵に渡す

「こちらだけ急ぎで」

「ハイ」とそれを受けって即時兵が走った







一方三日後、一時各地の軍官を招き、南方連合はフラウベルトにて国家間会議を行った

「問題は今後の戦略ですが‥」

「向こうも当面動けますまい、が、守りを続けてそれで済むのかどうか」


「ほら‥アンジェさん‥」と例によって肘で突きアンジェラに意見を出させるヒルデブランド

「あー、兵も将も居ますので攻めても良いのですが、城攻めは無謀かと、有効な攻城兵器がありませんから」

「兵装の豊富さと、かけている資金が違うからのう」

「はい、せめて重装備兵の類がこちらも組織できればいいんですが、それは無理でしょう」

「うむ、では逆にこちらから嫌がらせをかけるのはどうか」

「南と東から攻める、という事ですか?」

「うむ」

「フラウベルトからは行けましょうが、皆さんの国からでは無理でしょう
なんだかんだで半数近い兵を失ってますから」

「そうだな‥元の数を取りもどすのに7,8ヶ月は掛かるだろう」

「はい、結局こちらは能動的に動く状況には無いのです」

「ま、当分向こうは出てこないだろうし、方針は変わらぬ、か」

「すくなくとも皆さんは、何か仕掛けるとしたら、フラウベルト単騎でやるしかないでしょう」

結局の所、戦略的に有効な一打が無い以上、兵力がカリスらの戦略で削られ、劣っている為
方針自体も「守る」しか無かった



今回の一件で分かった事だが戦略的には付け入る隙はあった
少なくとも街道決戦の様な状況になり攻勢に出られたのだ、戦略については「甘い部分」も向こうにはあった


ただ逆にシャーロットの「戦術面」についての強さが際立った
なにしろあの状況から味方の被害を最小に防ぎ、一人で全てをコントロールし得る能力があるのだ


エルメイア自身も、事が動いたならそれを大きくしたい、と思っていた
フラウベルトだけなら、将も兵も戦えるだけの戦力がある、それ故だ



その事をアンジェと団のカミュ、マリアの代理人でもあるショットとお茶会の場で話したが

「必ず勝つ、なら出来なくはないですけど、失敗すれば、こっちの戦力が低下し
連合への援護兵も出せなくなりますが」

「フラウベルトもそこまで戦力投入出来ないんじゃないかな‥」

「だろうな。マリアに戦力の追加を頼んでもいいんだが、軍船はあれ4隻だし
船帰して、また持ってくるにしても往復4ヶ月かかるぜ?」

「うーん‥せめてマリアの意見が聞ければ‥私にはマリア程抜きん出た策はありませんし」

「いや、まあ、俺だけ戻って聞いてもいいんだが‥、陸路、単騎なら一ヶ月くらいでも戻れるし」

「それは流石に、状況の変化に対応できませんし」

ショットは腕を組んでうーんと考えていたが

「せめて術士が居ればなぁ‥いや、まてよ」

「?」

「やっぱ一旦戻るわ、何かあるかもしれんし」

「何か?」

「そういう便利アイテムあるかも」

「便利アイテム?」

「マリアは魔法具収集が趣味だからな、なんか使えそうな物があるかもしれんし
つーわけで、後を頼むわ」

と飛び出して行ったショット

が、彼が往復する一ヶ月の間に事が動く







ベルフ本国から出立したアルベルトの軍が中央街道突破を強行し成功

出口にある森の集落を占拠。北伐への橋頭保を確保する
この作戦に本国周辺の兵力をほぼ全軍使った為
南方に集められた軍が中央に呼び戻される




まず、当初ロベールに預けられた3軍のうち1軍がエリザベートと共に西へ

一軍3千が本土周辺へ

ロベールに預けた残り一軍、3千をそのままシャーロットの貴下に入り指揮をまかされる



この情報は全国を駆け巡りエルメイア達も知る事になった

「まさか北伐を成功させるとは‥」


と一同驚いた。

この時点ではまだ明らかになっていないが皇帝は例の「スヴァート」の増強、拡大をこの
半年で急ぎ、アルベルトに預けて強行突破を成功させた、その情報は身内すら知っている者は僅かだった

その1人の元に。来客が訪れていた


シャーロットは自室で書類整理をしていたが、扉をノックされ「どうぞ」と声をかけ
そちらを見た、入ってきた彼女のその姿を見て思わず立ち上がって声を上げた

「ローザ!」と

「お久しぶりです、お嬢様、いえ、主様でしょうか」


ローズマリー=メリカント、通称ローザ。シャーロットの「家」に仕える代々の執事の家の娘で
友人と言っていい間柄である。
シャーロットが書簡を送って最も早く求めたのがこのローザである

再会を喜びあうのもそこそこに、まずローザが



「早速ですがシャルル様お客様が見えて居ります、お通しして宜しいですか?」

「え?ええ‥」

「どうぞ」とそれを招き入れる

「やあ、どうもお久しぶりです」そう言って現れたのはアリオスだった

「な!?なんで貴方が?」

「いえ、別に赴任では無く、色々話に来ただけですよ、個人的に」

「まあ、いいわ、座って」



両者はお互いの従者を後ろに置き応接テーブルを囲んだ



「で、個人的に、とは何ごとかしら?」

「ええ まず、北伐ですが例の「スヴァート」を500預けて成功させた様です」

「でしょうね、アレなら例の「矛」レベルの武芸者でなければ相手にならない」

「ご存知でしたか」

「王子に預けれられた50人実験的に使ってみたわ」

「ほう‥誰に、と聞くのも野暮ですかな」

「聖女よ、結果失敗したけど、強力なのは分かったわ」

「流石シャーロットさん、優先度を分かっておられる。そこでそれに関連した事なんですが」


「ええ、北伐を成功させた事による、連合の拡大ね」

「そうです、追い詰められた相手が聖女の手を取る事になると、そうなります」

「そうなると寧ろ、ベルフが追い込まれる」

「左様です。東西南北敵に囲まれる事態になります、それに連動して攻められると
手が回りません」

「兵で劣っている訳ではないけど、人材がね。質は兎も角、量が。その辺は私も色々手を尽くしているけど」


「ええ、ですがそれは続けてください、当面北以外動けない状況ですし、時間はあります
それに、何れ私かシャーロットさんか誰か北伐に加えられるでしょうし、そこは陛下次第ですが」

「アルベルトでは不安ですからね。しかも北には「獅子の国」があるし」

「そこで私は「事」が起こった場合に備えて「スヴァート」をあるだけ用意して貰うように
お願いしてます
それと指揮官を選抜しました。私とシャーロットさん、どちらが召還されるかわかりませんので
どっちがこの周辺から離れても、行動出来る様に部隊の全容情報を共有して置きたいと思いまして」

「尤もですね。ではお願いします」

「はい、まず指揮にこちらの八重さんを当てます、スエズに残しておきますので何かの場合彼女に」


八重、と呼ばれた、どう見ても10代の少女が歩み出て頭をたれる

「よろしくお願いします」とだけ言って下がった


「正直、あまり感心しないわね」

「同感ですが、そうも言ってられません、それで、これが詳細です」


アリオスは書類の束を渡して。立ち


「ロゼット様を1人には出来ませんのでね、直ぐ戻ります」

「ええ、では」と二人は別れようとした

が、アリオスは扉を開けた所で振り返ってこちらを見た

「何?」と思わず、シャーロットは声を掛けた



アリオスは

「もし、もしもの事があったら‥」俯いてそう言った後

「コンスタンティ先生の事を思い出してください。彼なら何とアドバイスするか。
それを考えて行動してください」

「‥え、ええ、私は何時もそのつもりだけど‥」

「はい、ですが、ここぞという場面になると人間中々、そういった思考は出来ない
もうどうしていいか分からない、そういう判断を求められる場面がありましたら
ぜひ思い出してください」

「分かったわ、けど‥何故急にそんな事を?」


「今までなら、我々は追い込まれる事はありませんでした、が、
事此処に至っては、難しい判断を求められる
そして、今後、そうなる可能性が大いにある、という事ですよ」

「‥そうね。アドバイスは素直に受け取っておくわ」

「それなら結構です、では」とここでアリオスは去った




シャーロットとローザの二人だけになった部屋で、さっそくと二人は報告をする





「それで、頼んでおいた件だけど」

「ハイ、候補に12人、一応選びましたが‥」とリストを懐から出すローザ、
それを受け取って思考した後

「とりあえずオロバスも来る様に伝えて、即使えそう‥且つ信用が置けるのは
ジャスリンくらいかしら」

「分かりました、直ぐ呼び寄せませす」とローザは部屋を出た


その後、捻出、再編した兵1千がクルベルに予備兵として送られ、変わってロベールが北伐
アリオスがエリザベートと入れ替えでやはり北伐任務に加えられる

「クルベルには後で兵を送る」としたが 南方をシャーロットと王子で防ぐ事にはなるが
総兵力では7千に上るので無茶という程ではない
兎角北伐の兵を確保したいが故の人事である









大陸連合








一ヶ月して、ショットが戻りフラウベルトの城に上がる

「じゃじゃーん!」と持ってきた魔法具が縦1,5メートルの鏡である

「銀の王都にもこれと同じ物が一枚置いてある、これで向こうとこっちで話せるという優れものだ」

「なんと‥」と、エルメイアもアンジェも興味深そうにそれを覗いてみるが確かに自分の顔は写らない

「渡しの鏡」というらしい」



あまりの珍しい道具にフラウベルトの軍官やら近習の物まで集まってどれどれと皆覗き込む

向こう側は銀の国の謁見の間らしく誰も居ない王座が写っている

一同がガヤガヤしていると


「おぬしら顔が近いぞ離れろ」

と鏡の向こう側から言われ

「す、すみません」と一同離れる

そこに向こう側の王座に少女が現れ、玉座に足を組んで片肘頬杖で座る、軍官と思われる青年が彼女の隣に付く


「マリア=フルーレイトじゃ」

そういわれ「こちら側」の一同が驚き其々の立ち位置に下がって礼を取った、思わず
「あれがあのマリア‥」と言いそうになるが
冷静さを無理やり作った

「聖女エルメイアで御座います陛下」


「うむ、で、わらわに如何な用か?」

「はい実は‥」


エルメイアはフラウベルト側や南方連合の現在の状況
守勢に徹するとりあえずの方針、今後の情勢等いかにすべきか決めかねている現状

並びにエルメイア自身が「事」が動いているならそれを大きく広げたいと自身とアンジェが考えている事を伝えた



「ふむ‥」とマリアは姿勢を一切変えず眼だけ閉じて考えていた

「聖女とアンジェなる者の意見は尤もじゃ、特にこの数ヶ月で状況が目まぐるしく変わっている
そうしてもよかろう」そう応えた


マリアにそう同意され、アンジェもエルメイアも表情が明るく変わった

「こちらから攻める、という意見も出ておりますが如何思いますか」


「南方3国の自治区の兵力が落ちているからの、守って結果を出すのは難しい、
が、クルベルを攻めるには少し早い、ロベールが居なくなったが、兵力は7千ほど居る
まして城攻めで被害が大きければ来るであろう次の戦いに対しての防御が出来なくなる
そちらの連合の各国軍官の「守勢」の意見も尤もじゃ」



「ではやはり、守って維持するのが最善であると?」

「一理ある、というだけじゃ。「事」を広げるという意見も積極策としては正しい、ただ」

「ただ?」

「わらわ個人としては、このまま守っても兵の回復力で劣る南方地が時間を浪費してもジリ貧になる、とは思う
守るのであればもっと上手くやらねば、攻めて来た相手をボコボコにして兵を削るくらいの
「上手さ」が必要じゃ。が、今のようなやり方では
時間の経過と共に戦力差が開き後が厳しくなると思う」


「でしょうね‥」 「たしかに」 「正論だな」 とフラウベルト側の一同から声が挙がる


それ以上マリアは言わず目を閉じて相変わらず思考しているようだった、それだけ難しい判断なのかもしれない

その態度を見てフラウベルト側も小さくガヤガヤするだけだった

しかしマリアは一つ投げかけた



「そちらが積極策に出る。というのであれば、こちらも動けるが。聖女はどうお考えか?」と

「はい、私は進むべきだと思います」そうエルメイアは返した


マリアは大きく頷き

「分かった、ではやろう」そう言って動く事に同意した

おお‥と一同も「決断」したことに歓喜とも驚きとも取れる声を上げた


「それには準備がかなり要る、同意してもらえるか?」

「はい」

「では、まず、今日のうちに例の南方連合を
「大陸連合とする」宣誓を出してもらいたい、無論盟主は貴女で
次席盟主としてわらわに」

「え?!それは?」

「ベルフの北伐が始まって北ルートへの派兵もかなりの規模で始まるじゃろう、今ならそちらに兵力が集中している
更に尻に火の付いた北側の各国もこの連合に同意、加わる可能性が高い
そこで、同意すればわらわの軍から北への援護派兵を考えると、次席盟主として告知、向こうにチラつかせて釣る これで向こうも断らんじゃろう」

「なるほど‥」

「幸い銀の国は兵も余っているくらいじゃし、北派兵へのルートも過去の作戦で確保してある
これでまず、わらわも兵の使い道が出るし
南方、西方も手薄になる可能性が出て来る。」

「北にベルフの兵を釣る、という事ですか」

「そこまで上手くいくとは思えんがそうなれば幸いじゃ、ようやく確保した北進軍ルート
皇帝も焦っているようじゃし、今がチャンスとも言える」

「分かりました、今日の内に宣誓して、各国への布告も出しましょう。ヘイベル!」

と軍将に即準備をと伝える


「で、じゃ、こっちから派兵するのは良いのだが、兵は居ても将がおらん。
そっちから幾人か将を送ってくれ」

「お、おう、じゃあ俺が‥」とショットが言いかけて

「お前はいらん、そのまま南に居て指揮しろ、だいたい、貴様が戻って預けた兵は
誰が指揮するんじゃ」

速攻否定された


「あ、あの、では誰を」

「軍の指揮が出来る奴じゃ、ついでにエリザベートを止めれるくらいの奴が1人は欲しい、そっちには其のレベルの武の者が多いんじゃろ?」


「まさか西を攻めるのですか?!」

「形だけな、エリザベートもこっち方面に釘付けにしたい、あれの部隊は足が速いし、機転を利かせて南に行かれても困る、精々、西とベルフの姫の所に縛り付けて置きたい
アリオスが居なければわらわの知略でどうとでもなる」


これに対してフリットが

「難しいな‥軍指揮が出来て、個の武力でエリザベートを止めるなんて‥俺とグレイのセット、
あるいは‥」

そこまで言ってチラッとバレンティアを見た。
というより他に候補が居ない、武ならカミュかライナだろうが、部隊や軍の指揮経験など皆無だ


「わ、私ですか?!」思いっきり全員で見られては流石に気づく

「とりあえず1人は決まりだな」ともうそこで決まっていた

「ま、まあ、勝てるかと言われると微妙ですが、止めるだけなら‥」

「シャーロットと互角だったろお前」

「それも勝てるかと言われると‥」

「いや、それでいい、ついでにわらわの部下になってもいいぞ」

とマリアにニッコリ言われて決定されたのでもう断れない


「しかし、百人騎馬も止めるとなると矛から人も出さんとな‥」

「うーむ、うちの二軍とカティらも付けるか‥それなら150人出せるし移動の足も速い、ああ、グレイもいけ」

「お、俺?!マジデ?」

「イザと言う時集団指揮力が高い奴が居たほうがいい、お前も軍の主力を率いた事もあるし、精々マリアの役に立って来い」

「あー‥分かった」

「いや、「セットでなら」というなら、両者は離すべきではない。そっちの負担は最小にする
フラウベルトの主軍に欠かせない指揮官ならそっちに居た方が良い」

「なるほど‥ご尤もで」




と、結局銀の国へ行くメンツは、バレンティア、カティ、パティ、団2軍150人に決定され
即日出立の準備が行われる


「後そっちの連合軍、人事の情報を全部よこせ、書で送るのは無理じゃろうから口頭でここで頼む
策を練るのに必要じゃ」

「は、はい」

「何れにしろ、2ヶ月以上先の話じゃ、宣誓して広く、大陸全土に呼びかけ受け入れる。
ライティスの矛のメンツがこっちに着くのを待ち軍の用意もする、
ベルフの北伐メンバーの将のアリオス、ロベール、アルベルトが全部北に現れるのを待つ、一度北に出てしまえば戻るのは困難じゃ
全部の条件が整うのに最低、最速でも2ヶ月後じゃ」


「しかし、その後は?」

「御主らがクルベルを落とす」

一同「!!??」

「そ、それは!?どういう‥」


「ま、落とせるか、というのは運次第じゃが。分の悪いカケって程でもない。また
クルベルを抑えれば南進自体は止まるし。東、南街道から
南方攻めも出来なくなる、各国に侵攻出来るルートさえ潰せば、今までの様にフラウベルトが援軍派兵して防ぎとめる等、非効率な事をせんでも良くなるじゃろ」


「たしかにそうですが」

「後、向こうがやった城攻めをこっちもやるべきじゃろう、送った金でなんとかしろ」

「投石器や機械弓ですか‥」

「うむ、作るのはたいして金はかからん、重装備兵より数も要らんし、多ければ多い程いいが」

「分かりました、全力を尽くします」


そうして「大作戦」の方針が決定され、準備が急ピッチで進められ


まず当日「大陸連合」の告知が成され、今だベルフの支配を受けていない国々への参加の呼びかけが行われる

同日夕方には「銀の国」へ団の選抜メンバーが出立する



残った団のメンツで夜、官舎で話し合いが行われる、というより雑談だが


「やはりマリアは別格だな、ま、鏡越しだが、実際あれだけ聞くと否定する所がない」

「ですね、頼りになるレベルが違います」

「それに凄い美少女ね」

「まあ、そうなんだけどよ、性格は悪いぞ?俺の扱い悪いし」

「それはショットに問題があるんじゃ‥」

「ぬぐ‥」

「とにかく、我々も戦いと即応の準備だ、どのような策が出されるのか分からんからな」

「了解」




驚いた事に翌日朝には向こうから呼びかけられ、とりあえず人事が指示される



「おい、誰かおらんか?」とマリアから呼ばれ、アンジェと聖女が対応した

「とりあえず、向こうに動かれた場合、可能性は低いのだが、対応する人事を伝える。
フラウベルトから無駄な兵と人を出されては困るし。
わらわから見て御主らの人事に無駄が多いのでな」

「は、はい」

「まず、このアクセル=ベックマンという奴を、スカイフェルトから出し、隣国カサフの主将に据えて
守らせろ、スカイフェルトは兵自体500も残して篭城させておけば問題ない
今ある1700の兵を分けて1200そのままカサフに集中しておけ、こいつなら野戦をやらせても
どうにかするじゃろ。それともっと高い立場を与えて自由にやらせろ」

「しかし、他国の将を主将にするのですか?」

「今はどこどこの国という拘りを捨てよ。連合が一つの国として動かねばベルフに対せぬ」

「わ、わかりました」

「ついでに拒否されたらそう言ってごり押ししろ」

「なるほど‥」

「次に、東南の砦の街はそのままロック=ヘリベウトを充てて守らせよ、物の道理を弁えた奴じゃ
何かあっても冷静な判断をする。こいつも東砦の主将に充て自由行動させろ」


「次にもしもの対応にフラウベルトからキャシー=ゴールドに即応させよ、軍も当人が持ってきただけの人数で良い こいつらの騎馬隊は早いし、キャシー自体の武力が高い、南東砦はベルフの東軍と隣接しておるガレス辺りが出てもそれで足止め出来る、それで不足するなら、
ショットの小僧を出しておけ「銀の軍」も高速騎馬、弓騎馬等の
馬中心の機動軍じゃ、この二者なら「武」でも対応出来るし、援軍速度も速い
あくまで、フラウベルト主力は温存せよ」


「それと、主軍の軍師にアンジェラを充てよ、戦略戦術に優れた者を後ろで遊ばせておくには勿体無いシャーロットもカリス王子も「知」の人じゃ、それに対抗させよ」

「で、出来ますかね‥」

「出来ずとも良い、向こうの打つ手に邪魔出来ればいい、向こうが
「何でもかんでも自由に出来る」状況を
妨害出来ればいい、10打てる物を5に減らすだけでも抑制効果が出る、「迷い」だな
これも有効な戦術じゃ。
ついでに言うと今までの経過を見る限り、御主の判断は間違っておらん「積極性」があれば
もっと活躍できる」


「はい、全力を尽くします」

「次にカミュエル=エルステルとライナ=ブランシュを、常に交代でどちらかを聖女に付けろ
例の変な暗殺者が出ても困る。この両名なら撃退できるじゃろ」


「次に「事」が始まるまでこっちから動くな、今まで通り、逐次的対応を見せかけろ
「侵略が止まって良かった良かった」という顔をして
其の時まで過ごしておけ、向こうに見抜かれても困る、攻城兵器も同じだ」

「それと送ったうちの軍船2隻をこっちに戻せ、途中南西地域クリシュナのシューウォーザーの所に
寄らせる様に指示を、向こうからそっち行くハズだった援軍を停止してこっちに回して貰う、あそこは騎士の国だけに優秀な軍指揮官が多いハズ、活かすなら兵の多いこっちで使う」


「それだと、南西地域の軍力が低下し過ぎませんか?」

「ベルフが南西に進軍するなら、銀の国から軍を出し南下する、反対側から突いてやれば、南進を停止せざる得ない
ま、その可能性はほぼ0じゃが」

「以上だ」

メモを取りながら、アンジェが応えた

「はい、かしこまりました」










それから更に10日、大陸北地域の殆どがマリアの告知に対し、連合への参加を承認、宣誓書を送ってくる

そこから二日、東地域の代表としてメルトから使者が二人訪れ、メルト並びに周辺国の宣誓書を持参して現れ

フラウベルトの謁見の間でエルメイア、マリアに面会

「メルトの使者、マルガレーテで御座います両陛下、それとあたくしの弟子でメルトの近衛で御座います」

「ウェルチ=ドナティウです」と両者、傅き挨拶をした


「恐ろしく早いのぅ‥直接持ってくるとは」とマリアが言ったが

「あたくし、術士ですので、飛べますから」

「なんとまあ珍しい、まあよい、わらわに礼など不要だ、ざっくばらんにたのむ」

「わかりました」と立ち上がる、がマリアはその姿を見て王座から立ち上がり驚いた

「んな!?」


その反応が意外すぎてエルメイアが思わず聞いた

「どうされました?‥マリア様」

「どうされたではない!マルガレーテ殿の着けている装飾品‥全部エンチャンターの石だぞ!!」

「エンチャンターの石?たしかに珍しいですけd」

「ばか者!30個は付けて居るぞ!この大陸にエンチャンターの武具や装飾品がいくつ現存してると思っている!」

「え?ええ?!」

「わらわですら7個しか持っておらんのだぞ!!」

「という事は‥」

「ししし信じられん‥いったいどういう事だ‥」

「あ、あ〜えっと〜」とマリーは思いっきり目が泳いだ後

「じ、自作品でございますわ、オホホ」

「んな!!??」と更にマリアは驚いた

「御主!エンチャンターなのか!!」

「え、ええ」

「たしかにめずらs」とエルメイアが言いかけて再びマリアが

「ばか者!!!!エンチャント技術等とっくに失伝しておるわ!!」と再び怒鳴られた

「どどどこにそんな技術や魔術が残っているというのだ!!」

「あー、えっと、あたくし海難事故で外の大陸からこの地に流されて来まして‥、外の大陸にはレアな魔術も技術もまだ、少ないながら残っておりますですハイ」



そこまで聞いてようやくマリアは納得して落ち着いたらしく再び王座に座った
肩でハァハァと息をしていたが‥


「そうじゃったのか‥外と交流が無いだけに、全くの初耳じゃ、だがそれなら納得じゃ‥」

「お、落ち着きましたか?マリア様‥」

「う、うむ‥ビックリ過ぎて死ぬところじゃった」

そこで何か思い出したらしく

「ちょっと待て、という事は最近市場に出回ってる新品の武具は‥」

「え、ええ、クルストとあたしの共作品です」

そこでまたマリアが立ち上がる

「なんと!!あの武具の作り手の片方は御主じゃったか!」

「そんなにすg」とエルメイアが言いかけてまたもマリアが

「何を言っておるか!伝説級の武具じゃぞ!!剣一本で豪華な屋敷が二軒は買えるぞ!!」

「ええ?!」


これは収集がつかないと思ったマリーは

「落ち着いてください、マリア様、暇が出来ましたら、陛下の下にも伺いますので今はどうか‥」

「ほんとか!絶対じゃぞ!!」

「は、はい必ず‥」

「ハァハァ‥それにしてもメルトにその様な者が居るとは‥、なんと羨ましい‥そなたは一体どういう立場なのか」

ようやくまた落ち着いて、ようやくまた座った


「メルトではフラウベルトに習って学園を創設しております、そこで魔術や戦略、の授業、教員の育成等をしております
先年の開戦の際、陛下お付きの軍官として参加しておりまして今は名誉職を与えられて細々と生活しておりますわ」

「なんという無駄使い‥わらわの所にくれば厚遇するのに‥」

「結婚したばかりですので、まだ、離れるというのは」

「そうか、では致し方ない、その件は置こう、が、頭には入れといてくれ」

「分かりました‥」

「あのマリア様?」

「おおう、そうじゃった、連合への参加を歓迎する。ただ、東地域に兵の援助をするのは難しい
領土が隣接してるのが現在攻められている北だけじゃ
もう少し全体の戦局が動いてからという事になるが、そこは了承願いたい」


「はい、問題ありません、メルトは単身でも一万の兵を揃えて居りますので。独自防衛が可能です
むしろこちらから北への派兵人員を考えております。
また、学園が功を相し、「知」と「武」の者も多く揃っていますので現状連合他国からの援助も
さほど必要ありません。隣接地ではありませんので、こちらからも兵は二千程度は出せますが
人材や将も出せます、相互に協力出来ればと思います」

「分かりました」 「了解した」

「それとメルトは大陸国家では2,3番目に豊かな国、資金的な援助もかなりの額が可能です」

「具体的にどのくらいかの?」

「そうですね‥予備費だけでも常時20万は御座います、緊急時となれば倍は捻出できるかと」

「ほほ〜これはなかなか‥」



そこに大荷物を抱えたフラウベルトの衛兵が10人程現れる

「それと、挨拶代わりに、戦時に置いて役に立ちそうな私の自作武具をお持ちしましたお役立てくd」


とマリーが言いかけた所でまたマリアが驚いて立ち上がった

「なななななんじゃと!!!まことか!」

「‥」もうエルメイアはツッコミのを止めた

「つ、通常の剣や盾には「堅牢」処理したアンブレイカー、
重い武具には「風の加護」を付与されたフェザー
空気の盾をを張れる指輪、術士の魔力消費を肩代りする石を20
神聖術の国で必要とは思いませんがヒーラーの石を30ほど‥」

「ヒ、ヒーラーの石じゃと!初めて聞いた、そんな物まで作れるのか!?」

「は、はい、あたくしが使える術なら、大抵何でも詰められますので‥」

「よ、よし!20個よこせ、いくらじゃ!」

「いえ、贈り物ですので‥進呈いたしますが‥」

「んぬなんだとぉ?!正気かおんs!!」


結局剣を7、槍を2、必中の弓を2、斧1、反射盾1、壊れない盾1、指輪5、石類を50、が謁見の間にズラリと並べられた。

それを見てマリアは恍惚の表情でサウナに半日居た後のように玉座の上で軟体生物の様になっていた


当然と言えば当然だろう、ここにあるだけで世界規模の美術館が開かれるだけの物が一同に会しているのだ

しかも出土品では無く、全部「新品」である
分かる人が見ればその場で失神するか心臓発作で倒れるレベルだ

なんだかんだで、マリアが7割方これを強奪
剣とヒーラーの石を分割してフリット、ロック、ショットらに、斧の使い手が居ないので斧をキャシーに、盾の指輪や肩代りの石を神聖術者でもあるエルメイアと武の心得の無いアンジェに。弓をカティ姉妹にとなった

残りをほぼマリアが貰う事にしたハッキリ言って自分が欲しいだけである

マリアは以降、話もそっちのけでずっと鏡の前に張り付いて

「あ〜今すぐそこに行きたい〜人生最良の日じゃ〜〜」と繰り返していた

「そ、そこまで‥」とあまりの普段とギャップのあるマリアの子供の様な態度を見て
エルメイアは即日マリアの分のエンチャント武具を配送させようとしたが
帰りがけにマルガレーテが

「じゃあ、ついでにあたしが飛ばして運びますわ」と言ったので任せる事にした
彼女は「飛行」や「転移」の術が使えるらしい。一体どういう人なのか、と両女王とも仰天した



困った事が一つあった、マリーがそのまま銀の国に行って届けたが
当然マリアに抱きつかれ離して貰えず、五日間メルトに帰れなかった事だろう
ついでに珍しい種類のエンチャントアイテムもアホ程作成依頼された

また、一連の事情を聞いたマリーは再び蜻蛉帰りでフラウベルトに寄り

「ウェルチを聖女の護衛に」とウェルチを残してマリーはそのままメルトに戻った








同日、クルベルのシャーロットは無理は承知で人材の確保に当たっていた
呼び寄せた二人のうちの1人ジャスリン=ビショップがいち早くクルベルに来訪する

「シャルル!」と会った途端シャーロットに抱きつく


ジャスリンはシャーロットの生徒の1人18歳。
豪族、所謂成り上がりの成金の家の娘で生徒でもある

本来こうした家がシャーロットのような名家の者を招いて教師など、
家の「格」が違うのでありえないのだが
ジャスリン=ビショップはあらゆる面に置いて理想的な生徒で才能豊かだったので
弟子として迎えた

戦術面と術、特に馬術と槍が優れており、早くから軍に推薦して、才能、技術で、即騎馬隊として活躍する

「ランサー」に成る為に生まれてきた様な子でシャーロットの下に即置いても活躍出来る力があり
事「馬上槍試合」に限ってはシャーロットと互角である

更に、ベルフへの忠誠心の高さ、シャーロットに15歳で推薦され軍に入れてもらった、また、
そこでの働きで受勲も受け「家」その物も「貴族」に上げられた為
シャーロットに対する尊敬、感謝、など高く、部下として最も理想的であった



もう1人がオロバス=テルグ
シャーロットの「家」の護衛や警備、裏方などを黙々とこなす信頼出来る男で33歳
寡黙であるが、彼女の期待を裏切った事は一度も無く、まさに「仕事人」と言える

とてもそうは見えないのだが、兎に角何をするのも繊細で素早く、当然武芸の心得もあり
非常に頼りになる。いつもシワ一つ無いフォーマルを着て、決して乱れない髪形から周囲の者から
「ザ・シャープ」等と呼ばれる

これでどうにか「自分しか頼れない軍」の打開を図った












バレンティアの道





そこから5日、マリアは準備を整え、元々共闘同盟にあった隣国ワールトールと協議、
とりあえずワールトールの将の指揮で混成軍を2000と金、兵糧、武器等、北に送る、この時点で銀の国に将が届いて居らず

どちらかと言えば、金と兵糧を送る輸送軍の意味合いが強く、戦闘参加は見送られる
また、獅子の国はベルフに対して、独自防衛が可能なほどの強国である所以である

更に言えば

せっかくの兵もこれと言った将をつけねばベルフの北軍とは戦えまいと考えての事だ


ベルフの北軍はこの時点でアリオスもロベールも到着していなかったので今のところはそれで十分と考えていた

が、アルベルト単体でも戦端を開き、森の街から北進速攻で自治区の街を占領に成功していた
単純に数の差と特殊部隊の力だった




「大陸連合」の宣誓から20日、マリアの元にライティスの矛がクリシュナ回りで港から
小型船を使って到着、さっそくカティとパティに
必中弓を与え、バレンティアと会談する

一対一でエリザベートを止められるか?という話で
馬上斬り合いでは自分はレイピアなので、ヘタに打ち合うと負けると、過去にも言った通り説明
そこで


「通常剣でもやれるか?」と聞かれ

「使えます」と応えたので。エンチャント武器の「堅牢」中型剣を与えられる


ただ、口だけで「強い」と言われてもさっぱりなので、グラムと試合させてみる
殆ど軍の8割の兵や城の者まで集まって一種お祭りになった

銀の国の主将グラムバトルとの御前試合である、ある意味当然である



二人は全く互角で10分も打ち合ったがお互い無被弾でビデオがあれば撮っておきたいレベルの
名勝負を見せた

グラムは感想を


「達人、名人と言って良いレベルです、ショットの小僧より1枚上手ですな。しかも
ムラも隙も全く無い様式美の様な極まった美しさの剣筋です」と絶賛した


「グラム殿もその域にありましょう、しかも防御に優れ、危ない場面を作りません
陛下は最高の剣と盾を同時に持っています」とバレンティアもグラムを称えた


「よし!これでメドが立ったな」マリアもそう言った



「ところでこの作戦が成功したらうちに来んか?厚遇するぞ?」とさり気無く勧誘も忘れない

「え?!は、はぁ‥考えておきます」

「わらわは優秀な奴が大好きじゃ〜」と言って顔をすりすりしてくる

「ちょ!ま‥」

それをほほえましくも呆れて見るグラム、まあ、いわゆる「何時もの事」なのだ
ただ、グラム自身も「そうなったらいいな」と思っていた

ハッキリ言ってグラムでも惚れ込む程の名剣士であるし
極めて正統的な技の持ち主で指導者としても恐らく優秀、自分も高齢となれば後釜にと
考えても不思議でも無かった



実際夜の会食の場で彼女の事を聞いてみると、彼女の生い立ちは非常に厳しく複雑な物だった

両親は東の国の貴族で暗殺に倒れ、家は無くなり、その暗殺者だったアーリアに拾われ
親代わりでもあり仇でもあるアーリアに剣を習いつつ一緒に旅し、そのアーリアさえも
国の兵団に殺され、今の傭兵団に流れ着く。という波乱万丈の人生を語ってくれた

一同はしばらく言葉も無かったが



「終わってみれば、悪い思い出、て事もなかったわ」とバレンティア自身が笑って言ったのだ

「たしかロッシュブルグ家と言えば国の軍高官を努めた名家じゃな‥」

「しかもアーリア=レイズの義理の子で弟子とは‥」

「アーリアは自分の事を分かっていながら、私に何かを残そうとしたわ、最初にこういったの
「私より強く成れば、親の仇である私を殺して仇を取れるぞ、だから強くなれ」てね」

「なんとも曲がった愛情じゃな」

「かもね、けど私はだから今がある、「技」と「レイピア」を残してくれた、別に
不幸な事とも思わないし
それに、旧傭兵団も似た様な生い立ちの子は多いしね。マリアだって
さほど違わないんじゃない?」


「ま、そうかも知れんな、終わった事をとやかく言ってもしかたない、わらわはそう思う」

「そ、ショットだって孤児だし、でも全然暗くないでしょ?境遇を呪った所で何も良い事はないわ」

「ご尤もじゃな、沈んでいてもなにも良い事は無い」



グラムもマリアもバレンティアの精神的強さと資質に感銘を受けた
これ程の人物にはめったに会えないだろう、と
陣営を違くするのがこれほど無念に感じるのは初めてだったかもしれなかった




「事」の起こりまで一ヶ月と成った頃
クリシュナからマリアの船を使わず、自国の高速小型船を使って、とりあえず
先行して将が2名送られる

クリシュナには四天王と呼ばれる軍指揮官が居りそのうち二名が送られたのだ



「マリア陛下が将を欲して居られると聞き先行して我らが参りました」と挨拶した


1人は25歳の男性騎士、エドガー=ベルンシュタイン、長身茶の髪で厳しい面持ち如何にも軍の高官という雰囲気だが
男らしいが整った顔でもある、剣と盾を使う「攻守」の騎士である

もう1人は22歳の女性、カルラ=ベルンシュタイン、エドガーの妹であり同じく茶の髪でやはり
女性にしては男前という感じの
端正な面持ちで。スラッとした体格の同じく剣と盾を使う騎士。


二人は敬礼して礼を取り「宜しくお願いします!」とハキハキと言った

「うーん、お堅い」と思ったが本来伝統的騎士とはこういうモノかもしれないなぁとも思った


「マリア=フルーレイトじゃ、両名とも頼むぞ」

「ハハ!」と言って直立不動で固まった

「じゃ、さっそく試合でもしてもらおうかの」

「え?!」

相手をしたのは勿論グラムとバレンティアだが
ベルンシュタイン兄妹は及ばず、土下座ポーズで肩で息をして「し、信じられん‥なんという強さ‥」と二人同時に言った


「まあまあ、ですな、筋は良いですし、剣と盾を使いますから防御力は高いですな
バレンティア殿は一騎打ち経験が多いですがどの辺りのレベルと思いますか?
私では比べる対象が少ないので、イマイチどのくらいの強さと判断つきませんが」

「うーん、武芸者としてなら、うちの隊長より劣るかしら。シャーロットやエリザベートクラスと手を合わせるには二人ががりでもちょっと‥もっと経験を積まないと実戦は厳しいわ」


とグラムとバレンティアに涼しい顔で言われる

「な‥なんと‥、ハイレベル過ぎる‥」

これは困ったという顔でマリアも

「ふむ、では北援軍指揮官ではどうかの?」

「指揮経験は多いでしょうし、行けるのでは?そっちは私よりマシでしょう」

「北もロベールが居りますからな、シャーロット=バルテルスと互角のバレンティア殿にまるで敵わぬとなれば個々の武芸で当たるのは避ければよろしかろう」


「しょうがないのう‥んじゃ、バレンティア殿2対1でもうちょっと相手してやってくれんか?」

「ハァ‥かまいませんが」


と2対1で仕切りなおして戦ってみるが、バレンティアの攻撃をどうにか凌ぎきる、という結果だった

「二人ならいけますね、兄妹だけに息は合ってるし、伊達に盾の騎士ではないわ、守りは強い」

「じゃ、決定じゃの、ご苦労じゃった両者休んでくれ」と言ってマリアは城の自室に帰ったが

兄妹は完全にorzだった、が

「お二人さん、ちょっといい?」



とバレンティアはその後三日、立ち合いをしながらの集中指導を兄妹に行う、


驚いた事に3日目終了時点で、遊ばれていたバレンティアを2対1ならそこそこ良い勝負をするようになっていた

これには兄妹自身も驚愕だった


「な、なんでたった三日でここまで差が縮まるんだ、信じられん‥」と言ったが

「それが元々の実力てだけよ。急に強くなった訳じゃないわ」

「どういう事でしょう‥」

「貴方達って、習った軍剣法をそのまま忠実に練習のまま使ってたでしょ、応用性、実戦性が低いのよ でも、真剣での上の相手との「斬り合い」となればそうはいかない、怖いし、ためらいもある
相手は強さも、技も、武器も毎回違う、ある意味騙し合いな所もある、だから基礎をそのまま使うだけじゃ百戦錬磨の相手にはあっさり見抜かれて遊ばれるだけになるわ」


「な、なるほど」

「でも私と戦って分かったでしょ、虚実織り交ぜて、こっちの動きに対応して自分達の動きを変えて
当たるように振り方も考えて変えて」

「はい、たしかに、当たる気がしなかったので、色々考えて、振りを小さく、隙を突かれない様
守りの位置や構えも変えて‥」


「そう、刀なんて「当たればいい」のよ、型をそのまま使ったら大振りの隙だらけになるわ
それを実戦の中で自分達で考えて対応するようにしたそれが「個性」よ」

「なんと‥」

「真面目なのはいいけど、それだけじゃダメ、二人は才能もあるし、基礎もしっかりしてる。
不幸なのは実戦経験の多い相手と戦った事が無い、指導者に会わなかった事よ」

「たしかに、実際本気の斬り合いなどありませんし、戦争もありませんでしたから」

「ええ、後は貴方達次第よ、経験さえ積めばまだまだ伸びるわ、がんばってね」

「あ、ありがとう御座いました!最善を尽くします!」



それをずっと遠くで見ていたマリアもグラムも

「御主の言った通りじゃったのグラム」

「ええ、まず、指導者としても立派な者です、更に言えば
バレンティア殿は「常に最前線で斬り合いをしてきた」ある意味今の時代に置いて
最高レベルの実戦経験者ですから」

「うーむ、ますます欲しくなったのう‥」

「私もです」

「惚れたかじーさん」

「ハハハ、私が若ければ即口説いたでしょうな」

「ショットの小僧も強いのだが事、後身の指導となるとなぁ」

「はい、それに我流の傾向が強すぎて余人に教えるのは、将としても武芸者としても頼りになるのですが‥」

「うーん困ったのう‥」

「マリア様その事でご相談が‥」

「うん?」



翌日、更に驚きの事態になったのが

「兵二千やる、北援軍指揮を頼む」

とマリアに言われた事である

そりゃ驚く、クリシュナの全軍兵が二千なのだから。大軍指揮は騎士の誉れでもあるが
同時にその規模の指揮の経験が無く更にどれほどの相手なのか前日の二人の経験から不安も同じくらいあった

が、マリアは当然知っていたので

「あー、獅子の国の援軍じゃ、向こうの指揮に従って無理せんで良いぞ、まあ、経験を積んでくると良い」

と言われたので「ハ!お任せください!」と受けて出立した




更にもっと驚きだったのがその日の夜、城での会食の後

「え!えええええええええええ!?」とバレンティアが叫んだ

「な?私を養女に!?」

なんとグラムがバレンティアを養子にしたいと求めた事である


「バレンティア殿は親族が居りません、我が家に入って銀の国の者としてお迎えしたい」

「うむ、わらわもそなたが居て、後身の指導に当たってくれると有難いと思う」

「し、しかし、急に言われても、そもそも、私はフラウベルトの軍属でありますし」

「と、言うと思ってすでに団長、聖女にも相談済みじゃ」

「んな?!」

「当人が了承するなら、そうしても良いとの事じゃ」

「たしかに‥団長は「自分の道を見つけたなら何時でも抜けて良い」とは
最初から言ってましたが‥」

「ただ、ショット殿も一緒にと思ったのですが、そこは当人に拒否されましたが」

「そ、そうなの?」

「お前を姉と呼ぶなどありえん」じゃそうだ」

「たしかに嫌かも‥」

グラムはこの時本気で頭を下げて頼んだ

「どうか!」と

バレンティアは悩んでいたようだが、しばらくして


「わかりましたお受けします」と返しそれを了承した

「おお!ありがとうバレンティア殿」と手を掴んでブンブンする、
この時のグラムは本当に嬉しそうだった

が、一方マリアはバレンティアの腕に絡み付いて

「ふ、ふ、ふ、もう離さんぞ〜」としばらくへばり付いていた

「し、しかし、あくまでこの作戦が成功して、生き残っていたらの話です、それで宜しいですね?」

「うむ、ま、御主を死なせるマヌケでは無いよ、安心するがいい」

「それに南の封鎖も出来ねば落ち着かんからな」






翌日、バレンティアとフリットは鏡ごしに二人だけで話した

「いいんでしょうかね?私だけこんな厚遇で迎えられて‥」

「皆自分の行動と選択によって幸せを掴む権利はある、それに、お前は今までその分苦労した
別に私だけ、ではないさ」

「そうなんでしょうか」

「それになぁ、俺としてもお前には最善の道を進んで欲しいと思う、それが俺の救いでもあるんだ」

「‥フリット‥」

「ま、これが最善の道かなんてまだ分からんさ、全部後で分かる事だ。今はより幸せと思われる道を行ってほしい」

「一時は‥貴方を恨みもしたけど、今は感謝してるわ‥ありがとうフリット」

「そう言われると俺もいくらか救われるよ、がんばれよ、これからも」

「はい」


二人にはアーリア=レイズの一件での関わりがあり、双方に因縁があった
が、その過去に区切りが付けられた時でもあった











攻守交代




フラウベルト、銀の国双方の準備が進められる中
一定のメドが双方立ち
マリアから作戦が伝えられる。


「クルベル」奪還作戦である

その作戦を双方の謁見の間の鏡を通して伝えられる
両軍ほぼ責任者全員が集められる



「まず、一月後、わらわの国と、隣国ワールトール、南西クリシュナから、西の最前線への
侵攻を行う 当然だがこれは陽動作戦でもあるが
攻め落とせるならそのまま攻め落とすつもりじゃ、その為にわらわとグラム、バレンティアらも参戦する、これで向こうの西軍を縛りつける」

「攻め落とせるのですか?」

「ま、そこは展開次第じゃな、正直向こうの軍師の力量が分からん、ただ、基本的には
「陽動」が上手く行けばそれでよいのと、向こうの戦力を削ればそれでいい、ついでに、こちらの軍がそちらより一週間程早く出て
向こうのクロスランド周辺の援軍も釣る」


「兵力が低下すれば、以降も篭って動けなくなりますからね」

「左様じゃ、で、次にフラウベルト側じゃが機械弓の数はどうじゃ?」

「今30ほどあります、後一ヶ月ありますので倍間に合うかと」

「よかろう、それを10をショットの軍に預けよ、銀の軍は元々弓騎馬があるのでそれでいい
残りを10キャシーの軍に配備、後をアクセルの軍に、「矢」だけは死ぬ程用意しとけよ」

「ハハ!」

「以降作られた物は全てフラウベルト主力に回せ。首都の守りを2000だけ残し、全軍クルベル南街道から進軍・投石器も全て配備、こっちがメインじゃ

んで、クルベル東街道から側面を突くのはショットに任せる、こちら方面に迎撃に来るのが
シャーロットでも王子でも
武芸者の数と差が厳しい故にキャシー殿も混成軍で攻めさせる。」


「可能性は高くないが、ガレスが機転を利かせて出てきた場合、ロックとアクセルに対応させよ
無理に止める必要は無い。弓と移動で足を止めて時間を稼げばよい
これでクルベル自体の守り兵も東に引き込み、戦力分断を図る。釣れるのが大魚であるほど主力が楽になる心してかかれよ」

「応!まかせとけ!」


「南主力は向こうがスカイフェルトにやった様に攻城兵器で敵を釣れ、野戦に持ち込んで
ここで可能な限り敵を削りたい。上手くすれば攻城戦をやらず済むかもしれぬ。
数でも将、武芸者の質でも兵力でも上回るハズ
で、戦術。戦場での策だが‥」

マリアの一連の細か説明をする。その内容に一同「なるほど」と同時に声をあげる



「一つお聞きしたいのですが、こちら方面へのベルフの援軍ですが」

「たぶん来れても各地の治安維持軍をかき集めるくらいじゃろう、多くても1千あるかないかじゃな
しかも時間がかなり掛かるはず。西、南からアリオスを外したのは完全に戦略ミスじゃ」

「それと向こうの欠点は領土が広大過ぎる事、皇帝自ら指揮をしていない事
全軍の統一が連動して居ない事じゃ、それだけ八将の権限が大きい訳じゃが、これを繋ぐ
「知略」がアリオス任せなのが痛い。」

「そしてそのアリオスを北に当てた事、か‥」

「左様、せめてシャーロットはクロスランドに置くべきじゃった
あれが西と南の戦略担当であればもう少しマシだったハズ、こちらとしては向こうのミスは
有難いがな」


「おそらく、多方面からのベルフからの援軍の速度も考え1月でクルベルを確保せねばならん
時間的余裕はそのくらいじゃが、まあ、時間的には十分じゃろ」

「わらわの策は以上じゃ、何か質問は?」

一同沈黙して正面を見据える

「では、開始のタイミングはわらわの軍が出てから一週間後じゃ、そのタイミングでフラウベルトも
動け。よいな」

一同「ハハ!」


いよいよ、と一同は意気を高め、攻略作戦への準備が整えられる
明確な目標と策が示され、その行動も自然と早まる










そこから18日、アリオス、ロベールが北のベルフ、アルベルト軍に参加する

そこから更に五日


まず、マリア軍が七千の軍勢で宣戦布告と共に出撃、2日遅れでワールトール軍が
中立街道を3000の兵で南進

同時にクリシュナから1000の兵が北進、後発2軍はベルフとの領土境界線で待機牽制の動きを取る

ベルフの西軍は大わらわだ、この時点で既に兵力差が一万一千対7千だ、即時ベルフ側は周辺国から治安維持の兵力収集を図る、3日後マリア軍はそのままクロスランド北西の最前線「デルタ」の砦に到達する

ベルフ西軍も全軍を挙げて対峙する、出撃したのは首脳部丸ごと集めたエリザベート、ロゼットの軍である



そこの軍会議の場でエリザベートは怒った


「アリオスが居なくなった途端攻めて来おって!!私なら余裕とでも言いたいのか!」と


テーブルを叩き壊す勢いで手を着いた

「落ち着いてください」とも言えなかった、表面的事実だけ見てもそうとしか見えない


「相手はマリア自身が出てきました、数も目的も、本気という事でしょうか」

「何を考えているのか分からん女狐ですからな、あまり表面的な事実で物を捉えるのも
危険でしょう」



そこに、マリアから一同を更に激怒させる書が届く



「ワールトールとクリシュナの軍は動かさんで置いてやる
わざわざ同数を揃えて来て「やった」のじゃさっさと出て来い、相手してやる」

というとんでもない挑発文である



これにはエリザベートだけで無く他軍官も怒ったが
ロゼットは

「この様な見え透いた挑発に乗る必要はありません、我らは守れば良いのです」と諌めたが
ロゼットの参謀でもあるバロンは

「ご尤もですが、この砦は大きくありませんし、篭城と言っても大規模な援軍が期待出来るわけでもありません
また、丘と森に囲まれていますが、正面は平坦な平地、基本的な事として野戦を挑むのは間違いでもありますまい」

と言った為一同も同意。結局同数である事も考慮され、まず、野戦を挑む事になった
こうなってはロゼットも止められないので

「戦うは宜しいが、後ろにはわたくしが居る事を忘れないでください、皆さんが大敗退すれば、わたくしの命もありません」

そう自重を促すのが精々であった








このデルタ砦開戦は

全くの同数戦力で開始された、双方縦列陣を敷いて正面決戦
マリアの挑発に怒ったベルフ側はエリザベートを中央最前線に置き百人騎馬と共に突撃して始まる

「大軍に確たる傭兵等必要無い!中央突破で叩き潰せ!」とエリザと共に全軍前進

「全く単純な奴等じゃな」とマリアは最後衛の陣で言ったが

同席したバレンティアは

「余り怒らせると後が怖いですが‥相手しなきゃ成らないのは私ですし」と返した

「ハハハ、心配いらぬ、暫くはわらわの実験で遊ばせて貰う」

「実験ですか?‥」

「うむ、あのクラスの最強武芸者に戦術でどれだけやれるか色々考えて来た、全部試させてもらう
当面バレンティアもここで観戦してて良いぞ」

「は、はい」


と言った通り、マリアは自軍の兵の戦法だけでそれに対応した

「中央突破が好きならそれをさせてやろう」と

只管先行して突撃してくる百人騎馬らに、本当に中央を開けて通してやった
軍を3体にY字に分け散会、即時軍を中央突破する相手に返して3方包囲攻撃を弓と長槍で敢行
相手の本隊に辿り着くまでも無く突かれ、百人騎馬も後退した



体勢を整え、2度目の突撃を敢行する敵軍

今度はそれに合わせて引き、後退しながら先頭集団に弓を浴びせかけ足止め
逆反撃して後退させる


3度目、突形陣で攻めてくる相手に自軍を左右に分け挟撃して叩きのめす

「うーん、もう少し工夫せんとこのまま負けるぞベルフは」


ここで一日目が終了



翌、4度目、流石にこのままではまずいと正当戦法を取る

左右中央に陣を分け前進攻撃
そこにエリザベートの騎馬隊が何時もの側面攻撃をかけてくる

「正攻法じゃと奇計は難しいのう」と正面から受ける、が

「出番じゃなエリザベートの例の戦法の、対処を頼む、時間稼ぎだけでよいぞ」

そうマリアに指示を受けたバレンティアが出撃


矛を率いてエリザベートの騎馬の左側面攻撃に対処する
これには向こうも驚いた

「な?!ライティスの矛だと!?しかも貴様か!」

「マリアは全部お見通し、らしいわよ」

「おのれ!」とエリザベートとバレンティアは一騎打ち開始、マリアに言われた通り
ここはバレンティアは守備に配分して戦い矛騎馬隊の戦闘を引き伸ばす


「よし、クルツ、カティ、パティ出番じゃ」

とクルツに弓騎馬を率いさせ200名で百人騎馬の横からすれ違う様に
クロスボウを撃ち尽くす、部隊同士が戦っている横からイキナリ矢を浴びせられ、混乱する

しかも、自動発射弓で一切剣を合わせず、打ちつくしては離れ、装填しては接近して撃ちを繰り返す
これはたまらず、エリザベートを撤退させる、が、今度は百人騎馬がやっていた事を逆に矛にやられ、ベルフ軍の右翼にサイドアタックを掛け突き崩す


「次はグラムの出番じゃ、左翼前線に出て向こうの右翼を突き崩せ」

「ハ!」とグラムが左翼を指揮して突撃、サイドアタックと呼応して一気に敵右翼を叩く

これに対処しようと百人騎馬も再出撃するが、バレンティアは付き合わず後退しつつクルツらが弓を打ちつくして引き
グラムがそのまま前進してベルフの右翼を押しきる
そうなるとエリザベートが敵中孤立になるためやむなく騎馬隊と共に撤退


散々に陣が崩されベルフ側は全軍後退、再編を行うが
マリア軍も「もういいだろう」と合わせて一時後退して休戦し

二日目も終了する



この時点で兵力が 6900対6120と成り圧倒的にマリア軍優勢であった

もうバレンティアら団の一団も初めて目にするマリアの戦術に感嘆の溜息しかでなかった


流石にここまで翻弄され、兵力を失うとベルフ軍も余計な事が出来なくなり
明けて三日目も同陣形で対処するが守勢中心にならざる得ない

ここで急報が入る、遂に南方フラウベルトが動いたのだ






まず、援軍で南方地域に配属させていたショットの軍がスカイフェルト砦から大回りで出撃
数二千攻める先はクルベルしかなく

クルベルのベルフ軍側も城から出て東街道側に出て陣を敷く、対処に出たのはカリス王子の軍
四千である

が、同時にシャーロットはオロバスに指示を出しスエズに向かわせる
城の備えをしながら本国への一応の援軍要請も出す

「尤も、そんな余裕は無いでしょうが‥」

シャーロットが呟いた通り、来ても精々予め回すと言っていた1千か二千だろうと見積もっていた



「始まったか」と情報を受け取ったマリアは後は遊び続ければ良く、様々な攻めを展開する
3陣分けしてぶつかり合う軍の両翼外から高速騎馬や弓で嫌がらせ側面攻撃を浴びせたり

一時引いて敵を引っ張り出して先頭集団に逆攻勢を掛けて潰したり

兵力差が出来たので左右両翼から更に左右に二陣に分け3対5陣にして半包囲戦法を展開したり


「やってみようかな?」と思った事を次々行い全て成功させた





2日後南方の最初に出撃した銀の軍のショットがカリス王子の軍と開戦
数が劣勢である為押されていきなり下がる事になる。

同時、カサフ側から移動したキャシー=ゴールドの軍が1千出撃
街道交差点でカリス軍に側面攻撃を掛ける、数の不利をカバーさせる為に敵を引きずり出して
この位置まで下がった


「だろうとは思ったが‥数も武芸者もこちらが上のハズ」とロズエルの三姉妹に前線を任せつつ
迎撃と反撃を繰り返す

「こっちは妹の二人かよ」

「なめるな!銀の軍の弱将ごときが」

二対一のショットとロズエル妹二人の前線打ち合いが始まるがほぼ互角だった

「銀の国はグラム以外ゴミ将しか居ないんじゃなかったのか?!」とカレンもフレアも叫んだが

「銀の国の新将、ショットガルド様だ、覚えとけクソガキ共」

「なんだとー!!」

一方側面突撃への対処で軍を割って前線を率いるコーネリア、当初はその武力で押し返したが
ここでキャシーが前に出て止める

「海の一族のキャシーだ、お相手いたす」

「ちょこざいな、男女が!」

とこれまたぶつかり合うがこちらもほぼ互角、全軍では数の差はあるが、街道に全軍配置できる訳でも無く
二正面作戦の展開で接線を繰り広げた

両軍ぶつかり合いが始まった情報を受け取り、フラウベルトからも、予めフラウベルトとテイブの境界線に配置した

準備万端で待ち構えていた軍が
クルベル南の自治区テイブから即時北進する
数は六千、急遽かき集めた新兵も含め残ったメンバーほぼ全て出しての出撃である

向かうはクルベルへの南街道である


フラウベルトの侵攻を受けたクルベルのシャーロットはその構成を知り即時出撃を指示
手持ちの軍勢が三千しか居ないが、それでも出ざる得ない

「向こうも投石器を用意したなら、こちらも野戦を挑むしかない」

という当然の選択でもある。

が、同時に数の上で二倍差の野戦でも「自分なら防御くらいは出来る」
そういう自信と同時に「相手には戦術を打てる軍師が居ない」
その二点の要素があり時間稼ぎならやれるのではという思い込みがあった

即時手持ちの軍勢全てを持って出撃、最速2日で南の自治区テイブ領に進軍して
フラウベルトの主力軍と対峙する

この際、自軍にはさっそく呼びつけたローザを補佐に

ジャスリン=ビショップも騎馬隊500を与え前線配置する
彼女は元々軍人としての経験も高く即戦力としても期待出来た故である

「来たばかりで申し訳ないけど、遊ばせておく余裕は無いわ」

「了解しております」

「大軍相手こそ武人の本懐、まかせてください!」

とローザもジャスリンもシャーロットの選択を否定しなかった



この「テイブ、フラウベルト、ベルフ開戦」はフラウベルト側突形陣、シャーロット側縦列陣編成でぶつかる、しかしながら数の上で6千対3千故、圧倒的にシャーロット軍が不利である


そのため自軍の編成を。騎馬、重装兵、弓、と100名単位で分け、移動、遠距離、防御力を
後方陣と前線陣でフル稼働交代させながら戦線の維持を図った
現状、唯一上回っているのがベルフ側は「装備」と「戦術」のみであり優位な点を徹底して活かす戦法を使った

更にジャスリンの騎馬隊は機動力と武力が抜きん出ている為、左右両翼からフラウベルト側主軍の陣形先端部への移動と横突撃を繰り返し
フラウベルト側に崩すキッカケを与えないよう工夫される
いわば「防御型」のエリザベート戦法をさせる事を図った


突形陣で突破を図るフラウベルト軍に対してその、突破の機会を終始与えず、5時間一進一退の攻防を繰り広げた

ライティスの矛はこれに対応する為無論ジャスリンに当たるが、エリザベートの百人騎馬と違い
「突破」を図る意図が向こうに無く、いざ当たってもジャスリンは無意味に一騎打ちをせず即引き
下がってはまた別のポイントから突撃するという戦法を繰り返した為相手を叩く事は無かった



一方、東側で敵と対峙したカリス王子の軍はシャーロットの報を受け

一つ判断を誤った


「シャーロットが二倍の敵と当たったなら、数で有利なこっちは早く目前の敵を叩いて南の援軍にいかねば」


そう思って前進攻撃を図った事だ

ショットとキャシーの軍はそもそも「敵を釣る」のが目的であり、それに付き合う必要が初めから無かった
故に相手が押す分引けばいいだけである
押す敵に対して、機械弓をパラパラと遠距離から合わせ撃ち、下がり続ける二軍に対し

「これ幸い」と押し捲る前線のロズエルの三姉妹の構図が出来上がってしまっていた

カリスとシャーロットの師弟、姉弟の親密な関係がその判断を誤らせた
そのままズルズル東へ引き込まれクルベルからどんどん離れていく結果となる


更に南側はシャーロット自身が最前線対応しなければならない程ギリギリの戦いであり
東の状況に介入、情報集積出来る「余裕」が無かった点もある

どうにか一日目を凌ぎ微妙に下がりつつ休息と再編をしながら二日目の開戦に持ち込む



この時点で南戦力差は フラウベルト5700 シャーロット2800と互角に渡り合ったのは脅威の結果と言える

「流石シャーロット=バルテルスだな」そうフラウベルト側も言わざる得なかった

だが一方シャーロットは簡易軍議の場で


「このまま下がり迎撃を続けて援軍を待つしかない」と見解を示し只管耐える以外の方策が無い事も一同に伝える






二日目の開戦もほぼ同じ戦いだったがズルズル下がり続けるシャーロット軍は
テイブとクルベルの領土境界線付近まで引く事となった

過去の戦闘からも分かる通り、クルベル南は丘、森、川に囲まれ、街道以外での軍展開が出来ず
狭い通路での戦いになる


それを知っての後退戦法であるシャーロットにとっても「時間を稼ぐ」が目的でもあり
この戦場はうってつけでもあった。

ただ、本来兵力と人材に余裕があれば「策」や「罠」を仕掛ける余地がある地形だが
現状全戦力を持ってどうにか互角であり、それをやる余裕はほぼ無かった

お互い縦長の縦列陣で只管打ち合うが、しかしここで「予め用意して来た者とそうで無い者」の差が出始める

まず、フラウベルト側はアンジェの指示で、ライティスの矛、フリット、グレイらと共に
最前線配置し押し
陣の中段から機械弓をあるだけ出し打ちかけてきたのである

こうなると途端に不利になる為、シャーロットはそれを使わせない方策を戦術レベルで実行する

シャーロットとジャスリンが交互に突撃し、最前線に立ち槍を振るって間断ない
前進と後退を高速で行いつつ逆反撃、的を絞らせず、混戦を意図して作り出し
弓を撃てない様に図った


それに対してライティスの矛はフリット、グレイが対応するが前線を崩さぬ様、
防ぎ止めるのが精一杯でもあった
それほどシャーロットとジャスリンの反撃火力は高く、また、武力で圧倒的であり
そうせざる得なかった現状もあった

本来ならカミュやライナが対応するべきだが、この際、最後衛に控える聖女の護衛に
交代で置かれた為
前線への配置が成されなかった為もあった

これはマリアの指示でもあり、それを無視する事が出来ない為でもある

それでも一時、膠着したが数と交代人員の差が出て三日目昼にはシャーロット軍は後退する事になった








シャーロットの決断




ここで両軍睨みあいのまま一旦軍を後退させ、相互に休息、再編がなされ四日目に突入する事になるが同時に簡易軍議の終了直後

シャーロットの元にアリオスがスエズに残した「スヴァート」の隊長八重の一団が来援する
人数は現状100であり、その事を伝えたが、シャーロット自身は
それをどう使うかに迷いがあった



「御呼びと聞き参上しましたが‥」そう八重に声を掛けられたが

「100名‥か‥」

そう言った通り、まだ創設から日が浅くアリオス独自に揃えた部隊でもあり、数はそれほど揃えられなかった

それと同時に

シャーロットの中で幾つかある選択肢の内一つに、自身もやるべきでは無い選択があり
それを迷っての事だ。



だが、この様な現状で、一発逆転を図るにはそれを選択せざる得ない状況なのも理解していた
故に、こう問うた

「‥聖女を、狩れるかしら‥」と

「ご命令とあらば、やってみますが」

そう八重に返され、そこでも迷った。が


「無謀且つ卑劣な手ね‥成功率は」

「戦場では難しくあります、やるなら、半日耐え夜を待ち、且つ、森や丘のあるこの地域での戦線維持が必須であります
それでも分は悪い賭けでしょうか」

ここでローザが僅かな時間の隙からカリス軍、王子の現状とベルフ本国側の情報を持ってくる
それをシャーロットは受け更に迷う
ギリギリの切羽詰った判断を迫られた中



そしてアリオスがあの日、訪問して言った事を思い出す


「コンスタンティ先生ならなんとアドバイスするか、か‥」

そう呟いた後、シャーロットは考え、最悪の選択を除外する

そして八重に伝えた


「半数を王子に付けて、何があってもクルベルまで三姉妹と王子を、
無理やりでも撤退させて‥護衛を
引いたらクルベル城内の支援を‥」そう告げた


「ハ‥かしこまりました、残りは?」

「ここで使う、指揮権を譲って頂戴」

「了解です」

八重は命令には一切疑問も持たず、逆らいもせず、それを即時実行する為に動いた
そういう教育を受けた者だからだ



シャーロットの命令は正しい判断だったのか、それは彼女自身にもあったが
同時に確信に近い「正しい」だと自分の中にあった




「為政者や権力者は何時も、物の数や目先の事を優先し「それが絶対正しい」と言い間違った事で民衆を扇動する

その結果は大抵全員不幸に成る。これは歴史と確率が証明している

「自称正義」や「自称民衆の政治」とやらがどれ程、人を殺してきたのか考えろ


お前達が私に学び、何れどのような立場の人間になるかは分からない、だが、これだけは覚えておいて欲しい

目先の事に拘るな、大局を見よ。今お前達の下に居る者にとって何が幸せなのか

何が、国を良くするのか、その者の立場に成って考えよ」


「人の世に争いは絶えないかもしれない。が、戦って勝つ事が重要なのか?それで人を死なせるが目的なのか?

戦略や戦術を学ぶのは良い、だが、それは相手を大量虐殺する手段ではない」


そう、アリオスとシャーロットの共通の師、コンスタンティ先生は言っていた
それを思い出しつつ、その教えに沿う選択をシャーロットはしたのだ


「ならせめて、自分の下に居る者の犠牲者を減らすべきハズ」

それがシャーロットの選択だった



そこからの戦いは、送られてきた「スヴァート」も全名使い、徹底して防御と後退、遠距離反撃を使い下がった


無論、シャーロット自らの思考の変化もあったが
全体の現状を知り、総合的判断から、この様な選択

つまり「戦術思考」から「戦略思考」に「勝つ事」から「負けない事」に変わったという意味もある


まず、同時期、ベルフ西軍にも銀の国からの攻勢があり、クロスランド周辺の兵力を集めた点
更にマリア軍と対した西軍の劣勢、故に南への援軍が極めて小規模になるだろうという予想

更にクルベル東への対応に出撃したカリス軍、の見せ掛けの優勢
これは明らかに誘う意図であり、ヘタに進ませると罠に嵌る恐れ、そうなると
王子その物を失いかねない現状

同時に西軍も敗退すれば姫も失いかねない点


となれば、ここをシャーロットが無理に死守しても犠牲が大きく、後日の再戦など
望むべくも無くなるのは目に見えていた

更に「スヴァート」を全名使って聖女をよしんば暗殺出来たとしても
マリアが副盟主に居る以上、全体への戦略的優位や、連合の瓦解も得られない
成功させるなら、「大陸連合」となる前が最後のタイミングであったはずである


更にアリオスが西も南も居ない以上
この方面を戦略的に支えるのは自分しか代理が出来ず
自分が今決死で戦い死ぬ意味も薄かった

そうなれば、被害を最小に防ぎ、クルベルを譲っても、後退して次に備えるのが最善であると
戦略的判断を下したのである















得た物







その後退戦は三日に及び自らの軍もクルベル城内に撤退し
東のカリス軍も城内撤退させ、篭城戦の準備を行った

全軍撤退させた後、シャーロットは更に簡易軍議の場で


「全軍撤退してスエズに下がる事を前提とした戦いを行う」事を皆に伝える

無論

「クルベルを捨てるのを前提で戦うだと!」とロズエルの三姉妹辺りは怒ったが

「今この全体の現状でクルベルだけ守っても殆ど意味が無い、まして王子も姫も殺す気か?」

と逆にシャーロットに問われ
一同は沈黙するしか無かった


「分かった‥で、撤退前提の戦いとは何だ?」

「向こうには攻城兵器がある。ただ篭城戦しても意味がないわ、そこで‥」


と作戦を伝えた


「また、せこい嫌がらせを‥」

「今出来るのはそれしかないわ、援軍待ちでもどうせ1千も来ないのだし
それに、この作戦は結構繊細で難しいわよ?」

「たしかに、僕らの出来る事は少ないね、それに西にも早く行ってあげないとロゼットやエリザベートも危ない」

「左様です王子、故に王子には先に西の援軍に行ってもらいたい」

「いいのかい?ここもギリギリではないか?」

「構いません、城戦でこの作戦なら人数は要りませんし、わたくしの軍だけでどうとでも成ります
ただ、ロズエルの3人はこちらへ、代わりに八重と「スヴァート」の50名を着けます、最速で戻って西の維持をスエズからなら近いです」

「分かった、ではそうしよう」

「それと、王子は西に向かう事を早馬を出して西軍に伝えてください、足の速い部隊から先に
少数でも向かわせてください、王子の援軍ありと成れば、向こうにも戦いようはありますし、マリアも
それで引くかも知れません」

「了解した、では、早速動くよ」


そこで時間が少ない事を一同に周知させ最速での行動が求められ、準備を行う
まず、カリスの軍から早速、早馬と鳥を使った伝令が飛ぶ

即時カリス軍の残り3300を細かく数百に分け、機動と輸送の部隊で編成し、即時西軍
クロスランド周辺に出立させ、王子らも出る

シャーロット側は城壁に人を配置せず、内部への兵を配置し、東と南門周辺だけ守らせる
その際、重装備兵やスヴァートの部隊等も防御装備に徹底し城下に配置
同時に余った殆ど8割の兵2000にあらゆる物資や装備の総撤収の準備を行わせる



ベルフ軍の不可解な撤退にフラウベルト側も
不自然に感じたが、その意図は明確でありアンジェにはそれが分かった

「どういう事かしら?」という聖女の問いに

「恐らくクルベルからの撤退でしょう」とアンジェは返しそれを示した

「しかし、一戦も篭城戦をせずに撤退というのは」そう主軍の大将も問うが

「‥分かりませんが、私がシャーロットなら、タダでは城を譲らないでしょう‥」

「と言うと?」

「どうせ撤退するなら、城なり城下街なりを破壊か、焼くか、所謂空城の計か焦土策
どちらか取る可能性もあります」

「それは‥させられませんね‥」

「そこまであのシャーロットがするとは思えませんが、注意はしたほうが宜しいかと
とりあえず、投石と弓で様子を見ましょう」

との見解に、東と南城門側に伝え、遠距離からの門への攻撃を指示し
攻城戦が開始される

アンジェの見解は半分当たりで半分ハズレでもあった



シャーロットは当初、門への防御配慮を行ったが数時間の時間稼ぎの後
門の防衛を放棄して兵を引かせる

無人の門を突破したフラウベルト側は城下街になだれ込んだが
門周辺の街はほぼ無人
ベルフ軍は街の中央に集結して防衛戦を展開して戦闘に突入となる

非戦闘員を城に非難させた後シャーロットらは反撃を城下で行った

「ここが最後の防衛戦です、ここなら街道より更に狭く兵力差は出ません」

と一斉反撃を試みる


こうなると攻城兵器や大型の機械弓など使いようも無く
歩兵での打ち合いになる

更にシャーロット自身、ロズエルの3姉妹、ジャスリンの個々の武力と
重装備兵の力の発揮為所と成る


両軍共に武芸者の出番でもあり、その私兵、個人戦は
苛烈だった、こうなればカミュもライナも出て最前線で戦うが
明確な意思を持ったベルフ側は強かった
そもそもここでも「負けない」事を目的にしていた為連合側の攻勢を凌いで見せた

個々の武は勿論だが、重装兵を交互に押したて、味方に被害を出させず
更に一日稼いで、スエズ側、つまり北門へジリジリと下がりつつの撤退防御戦を繰り広げた

後、少しづつ、疲弊した兵と将をスヴァートに援護させ、スエズに離脱撤退させ
最後にはシャーロット自身も撤退し果せた


それら全てが終わったのを確認した後連合側、フラウベルトは城を奪還
クルベル奪還作戦は一応の終了をみた


結局ベルフ側は50人に満たない被害、物資の総引き揚げ、追撃もさせず
城門、城下内戦闘を行った為クルベル施設の破壊はあったが
クルベルの非戦闘員の被害は0でこの城内戦闘を全て成し遂げた



アンジェもフリット、グレイもこれには敵ながらあっぱれと言うしかなかった

「東街道の遭遇戦もそうでしたが、ここまで守勢に強い将は極めて稀ですね‥」

「ああ、ある意味教科書になる将だろうな」

「敵であるのが残念ですね‥」

「同感だ」

「しかもありゃ、ベルフらしからぬ「知将」でもあるな、なんというか‥」

「そうだな、味方の被害を極力避ける戦術、戦略を取る、単なる将で収まる人物ではないな」



そう三者が言った通り、大規模戦争であったにも関わらず、一連の開戦からの両軍被害は

連合側、死傷者1100 ベルフ側、1285 と少なかった


「とりあえず、城内の維持、再編、物資を本国から持ってきて維持に努めましょう」

「スエズはどうする?」

「ここを維持して他の南方面侵攻を抑えるのが先決と思います、それにこちらも余り
余力がありません」

「了解した」




「とりあえず」ではあるが、ベルフに対して反撃侵攻を行い、領土奪還に成功した初の例であり
それは驚異的成果であったと言ってよかった

南連合側はその結果に皆喜び賞賛し称えた

また、クルベルの奪還は、実質ベルフの南侵攻への封鎖に近い結果でもあり、同時に安堵も得た
南方は小国が多く、一度侵攻を受け被害を出すと立ち直りに非常に時間がかかる故
防御壁としても貴重な場所であった

フリットら、ライティスの矛にとっても、過去防衛戦に参加して守れなかった場所であり
感慨深い場所でもあった

「まさか、ここを奪還する日が来ようとはな‥」

「しかも俺達がな」

とフリットとグレイは続けて言った、およそ3年ぶりの凱旋である









一方、スエズに撤退したシャーロットは連戦に次ぐ連戦だが
休んでは居られない

まず、状況を西軍に伝える伝書を送り、即時援軍の用意を始める

スエズ自体には防御兵や治安維持軍が元々700ほど居る為自軍とあわせて再編、それら情報をあえて敵側に流した


西軍と対していたマリア軍は
後退と前進を繰り返し、嫌がらせの攻めを続けていた

デルタ砦開戦は既に15日も続いていたが、マリアは無理攻めはせず、ベルフ西軍も
守勢に徹して動かなかった為、膠着が続いていた

そこで両軍はお互い南の報せを受け
まず軍議を開く

ベルフ側は援軍の報を受け、砦に総撤退、大規模援軍のアテがあるなら、篭城しても良かった故だ


マリア軍は幾つかの理由で軍を引く決定をする

その軍議の場で行われたやり取りは以下である


「総撤退ですか?」

「うむ、クルベルを落としたらしいからの敵も十分削ったし、もうよいじゃろう」

「デルタ砦はそのままに?」

「うむ、あそこを落としてもクロスランドに近いし、むしろ維持が大変じゃ
そもそも、篭ってる相手をどうにかするのは面倒じゃし、面白くない」

「なるほど」

「それに、シャーロットも王子も全軍被害は2割以下で留め、クルベルを放棄して西への援軍に来るとの報があった
ここで、わらわだけが、無理して戦っても被害が多い
向こうの西軍半数削ったのだし、成果は上々じゃろう」

「そうですな、今後は北と南の事もありますし、そうしても宜しいでしょう」

「その通りじゃ、一応反撃作戦は成功したが、向こうの侵攻が止まった訳ではない
わらわの国は特に周辺への派兵の面で本国にあった方が良い

まあ、本心を言えば、南西へのルート確保に帰りがけにでもクロスランド南西地域を落としたい
所じゃが、現状はそうもいくまい」


「了解です、では本国への総撤退という事で宜しいですかな」

「うむ、ワールトールとクリシュナへも告知を頼む」

「かしこまりました」


このデルタ砦開戦は「半数削った」と言った通り

ベルフ軍終戦時兵力 3300 マリア軍 6400と一方的にマリア軍が優勢のまま終戦と成り

マリア軍は本国へ撤退

エリザベートは一時砦に残り、ロゼットはクロスランドまで撤退の運びとなった

ベルフ側からしてみれば「正直助かった」としか言い様が無かった




シャーロットは西と南の戦力の再編を指示
王子と自分の軍の再集結、再編し、双方3千の二軍を作る
これを其々スエズからクロスランドの援軍派兵軍と防衛に置き即応体制を整えつつ
本国から送られた兵1千を二分して両二国の専属防衛軍に充てた

更に人材の収集の為、兵、個人の名士等独自に与えられている人事権の自由を使って
広く募集した

ただ、兵は金である程度臨時募集して2000程集まったが
人材はそう簡単にはいかなかったので

「例のリストから、使えそうなのは‥そうね、ラファエルを呼んで頂戴」

「はい」

「それと陛下に書状を、ラファエルに軍を与えたい、本国から兵の捻出も出来れば頼みたい
数は1千でいい」

「了解です」

ローザはシャーロットの意向に即応して動いた








双方一段落した後
マリアとエルメイア両陣営はクルベルと銀の国で再び鏡を通して大規模軍議を開く
今後の方針の決定が必要であるからだ


「お疲れ様です皆さん」

「うむ、まあまあの結果じゃな」

「はい、それで、今後の方針ですが‥」

「そうじゃのう‥西も南も動きが無くなるじゃろうし
とりあえず南方連合側はクルベルに攻めた軍勢はそのままそこの維持でよかろう」

「いいんでしょうか」

「スカイフェルトとカサフは引き続き軍備の再編、今まで出していたフラウベルトからの援護を
クルベルから出す、という事で当面問題ない、そもそもクルベルからのが近いし
防御力はクルベルは高い」

「ベルフは今だ北攻めで兵力を集中しておりますが、これはまだチャンスと言えませんか?」

「うむ、わらわの軍はほぼ健在だし、やるとしたらこっちから突く、フラウベルト側からは
本気攻めは必要ないじゃろう、精々囮くらいかの」

「はい」

「で、じゃ、わらわは再編が終わったら南西地域と西地域の繋がりの邪魔をしておる
ベルフの南西支配地トレバー砦を落とす、銀の国と南西地を繋ぐ街道に横たわっておるゆえ
あそこを奪取すれば陸路が使える」

「な、なるほど‥」

「そこでそちらからキャシー殿をクリシュナ側に戻しクリシュナと共同で北進
トレバー砦を攻めて貰う、同時わらわが南進して挟み撃ちの形で速攻で落とす」

「応!まかしとけ!」

「まあ、気負う必要は無い、どうせベルフは戦わんじゃろうし」

「へ?そうなのか?」

「あそこを無理に維持する必要も余裕も無いからの、はっきり言って砦としては固いが
人口も商業的意味も少ないからの
ついでにこの攻めにわらわは8000程出すしな」

「8000‥」

「向こうの守備軍の、5倍強、わらわの軍とクリシュナと合わせて1万くらいになる
となれば無駄に戦って兵を失うより放棄した方が兵だけは西軍に使えるからの」

「今までベルフがやってきた事を逆にやろうというのですな」

「左様、が、兵の無駄死には出ぬ。向こうの西軍の実質的司令官は形はどうあれシャーロットが
仕切る事になるじゃろうし、あれなら、戦力の維持を最優先するじゃろ
妙な話と思うかも知れんが、優秀であればあるほどその行動に一定の信頼性がある
これ以上皇帝が暴走しなければ、の話じゃが」

「たしかにその可能性が無いとは言えませんね‥それに怒ってシャーロットを外したりするかも」

「まあ、そうなれば寧ろこっちには有難いがな」

「同感です‥シャーロットの名将振りはこちらは嫌と言うほど体感しましたし」

「とにかく今南方側は兵と装備の充実、可能であれば人材も増やせ、それだけの土壌はある
南を封鎖出来た事でその余裕も生まれるじゃろ
それとショットはそのまま銀の軍と共に南方で自由遊撃の立場を続けろ
銀の軍は足が速い、数も二千あるしショットの武力もアテになる」

「わかった」

「ところで北側の情勢はどうなっておりましょう?」

「うむ、北側ベルフ侵攻は獅子の国と中央街道出口の中間の、なんと言ったか‥
オルレスク砦で止まっておる
ま、伊達に獅子の国等と呼ばれておらんな、それに、アリオスの知略に対応出来る
軍師も居るようじゃし」


「ほう、あのアリオスと知略で戦える軍師とは‥」


「うむ、今の所ベルフ側北伐をなんとか撃退しておるそうじゃ。たしか宮廷魔術士で
若い娘じゃ。アレクシアという」

「それは頼もしい限りですな」

「だけでも無く、兎角獅子の国は人材のクオリティが高く、数も多い
ベルフと人材の質と数で勝負したら互角かもしれん、ま、無意味な仮定だが」

「なんと‥」


「だが、ベルフの北軍とも兵力が拮抗しておる、北連合は全部合わせて一万八千 ベルフは2万程投入しておるそうだ
ま、中央街道を通ったのは間違いじゃがな」

「それは?」

「あそこは細い山道しかも高低差が激しく、移動の足も鈍くなる
もしもの事態に対応して兵を送るにも時間が掛かりすぎる」

「アリオスやロベールが召還されて北に出るまで、二ヶ月以上掛かっておりますからな」

「そうじゃ、わらわなら南を全部押さえてから北を考えるがな。ま、これも戦略ミスじゃな
というより、変な拘りを持って全体を蔑ろにしておるようにも見えるのう」

「たしかに」

「兎に角おぬしら南側はしばらく安定するじゃろ、戦力の増強、人材の収集、内治の安定を進めよ
特にライティスの矛はもっと増強したほうが良い
その部隊は個々の武を重視する、常に最前線に居る性質上。選抜せずとも自然と名士が出る土台もある これからも期待しておるぞ」

「は、ハハ!」

「それとフラウベルトは学術都市でもある、積極的に人材を集め召し上げよ
有能なものを雇うのに方法、手段、金銭の出し惜しみをするな」

「はい」

「わらわが言うのも妙かもしれんが、一応言っておく
世の中で起こる物事はその9割は「人」が起こす結果じゃ、だからどこどこの家とか、名前とか、性別や年齢で区切るな何でもそうだが、「優秀な者」と「正しい者」を多く集めたほうが全てにおいて有利じゃ。心して物事に当たれ」


「マリア陛下の金言、有難く」

「うむ、では、わらわは次の準備があるでな。失礼する」


マリアはそう言って王座から立ち鏡の前から姿を消した


「とは言え具体的にどうされますかな」軍官が問う

「私はフラウベルトに戻った方が宜しいでしょうね、それとアンジェも
政治的な事、内政的な事となればあちらのが都合が良いでしょう」

「主軍5千とフリットさんグレイさんと矛はクルベルでの防衛、でしょうか」

「それでいいと思います」

「カミュさんとライナさんは‥」

「わたくしの護衛に着けよ、とのマリア様からのお達しもそのままですし
フラウベルトに戻りましょう」

「分かったわ」

「了解です」

「それとショットさんはフラウベルトまで護衛を」

「その後は?」

「カサフなら軍を置けますし南方地域の中間点ですからそこに滞在してもらいましょう」

「分かった」

「では皆さんそれぞれの仕事をこなしましょう」

「はい」

そこで一同は解散となり
ショットの軍と共に聖女らはフラウベルトへ戻り
フラウベルト主軍と矛はクルベル防備
キャシーらは一旦南西地域へ出立した


27日後、マリアは宣言どおりトレバー砦を奪取
そして予想通り、ベルフ側は一戦もせず砦を放棄して西軍本陣へ撤退す


先に語られた通り、戦略的に重要な場所である事を理解はしていたがシャーロットは
防衛、援軍は出さなかった
数の差があり過ぎる為である



トレバー砦は大陸西海沿いの街道を南北に繋ぐ道で、ここを抑える事でベルフの南西侵攻を防ぐ
意味合いがあり
尚且つここを連合側が押さえた事で
大陸連合の東西南北に「陸路」の道が全て繋がる事となった

極めて重要な砦である為、その防衛にはクリシュナが将1と兵1千で維持を努める事となったが
将はともかく兵が不足しているので、銀の国から兵を1千預け
キャシーと軍をクリシュナに置きどの方面にも援軍として向かえる様に即応体勢が取られた



こうして、大陸連合、南と西は、反撃の機会を伺い事が起こった場合に
対応出来る体勢を整えつつあった




反転攻勢の日は近いという認識が皆には確実にあった

大陸戦争七年目に成ろうかという時であった











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