流の作業場


剣雄伝記〜北の獅子   トップ











フリトフル大陸

北側で最も強力な軍を持つ強国とされる「獅子の国」



豊かで広い領土を持ち、平和に奢る事無く伝統的「武」の象徴たる国章を引き継ぎ
第二次大陸戦争勃前から長くそれを維持した

王はヨゼフ=エドワルド 彼は50を過ぎた頃から急激に体の衰えを感じた為、
大陸戦争開始5年目にして
若い王子に家督を譲り自らは隠居の立場を取る


大陸戦争自体は中央から南側で行われており、また北の獅子の国には皇帝を自称するベルフから
侵攻の可能性がこの時点では低く
また王子は年齢も16歳であった為さして問題は無いだろうと考えての事であった

無論、それでも未熟であるのは誰もが周知する所であるが
この国には「知」「武」共に優れた人材がそろっていた為
周りを固め、国の維持には問題ないだろうと思っていた

また、それで治世を続けていけば王子そのものも成長するだろうという思いもある


王子 ローランス=エドワルドは国柄らしく「勇と知」の人で、尚且つ、庶民派で
中々の好男子である為
この王の交代は民衆にとって歓迎すべき人事とも言え
16歳の王を反対する者は少なかった



政治に置いては前王からの重臣で、王子の教育官で宮廷魔術士を勤める「知識の泉」
と呼ばれる天才、アレクシア=ハーデルが居り
任せて問題無く、年齢も25歳で若く、長く政権が続いても支えるに十分である


軍に置いては、重装剣盾軍の長、ロルト=ブラックという25歳の若い長剣の名剣士と
王国親衛隊の長、ニコライ=カールトンという40歳のベテラン騎士が居り
それぞれ優秀であるため、軍事、政治共に代替わりしても安定するだろうと考えられた




ただ、王子が陛下に成ってもロランはあまり変わらなかったのは問題と言えば問題だった
かもしれない 何しろトータルすると一年の半分以上城に居ない



元々王子の頃から普通の服で妹のモニカと共に城下を歩き回って
領内の近隣街や砦、隣国へ遊びに行っては見て回るという生活だったので
王になればそれも止まるだろうと考えていた一同はアテが外れてしまった


王に即位した後も、領内、近隣諸国を、視察、旅まがいの事をするというのが止まらず
近習の者の頭を悩ませた

しかもロランもモニカも過剰警備等いらぬ、と酷い時は本当に二人で出かけるのでかなり困る

ただ、二人共「剣武」に関しては、優秀でロルトやニコライに幼い頃から学び


そのまま城の騎士団に入れても
活躍するのではないか?という程腕は確かだった為、正直警備の重要性が薄い点もある

特にモニカはアレクシアに習い、術への適正もあって、魔術も神聖術も使い様々な面で頼りになる


一度「そんなに不安なら試してみよう」と


王子と姫が組んで城の近衛と10対2で模擬戦をしたが、二人はそれを
軽くあしらう程コンビになると強かった

こうなると「どっちが護衛なのか分からない」状態になり、しかたなしで許可

だが、それでも何かあったら困る為、条件付でそれを認める事になる




チカ=サラサーテ、という王国の武芸者の少女をつける

彼女は年齢こそロランと同じだが

「稀代の天才武芸者」と呼ばれる程の名士で
「槍士」である、髪をいわゆるツインテールにした、背が小さく、子供ぽい外見で
どう見ても強そうに見えないのだが、どんな個人試合に出しても
五合合わせず相手を素早く正確に突き倒す程強いので

「スティンガーニードル=針の一刺し」等と呼ばれている

ただ、無口で協調性が無いので軍隊ではあまり使われない為、王子と姫に付けた側面もある

「まあ、あの三人なら刺客の20や30は軽く倒すでしょう‥」と教育官でもある
アレクシアも納得せざる得なかった




予想外に困った事と、利益に成った事がいくつかこの「訪問陛下」の行動で起こった

困った事の一つが、チカがロランやモニカとやたらと仲良くなってしまい、護衛で無く友人になった事



本来自重を促してロランらの行動を制限して欲しかったのだが、そうなると
一緒になって行楽を楽しむ様になってしまい、なんら緩和剤の意味を成さなくなった

困った二人が三人に成っただけの事であった



もう一つがロランやモニカらへの各地領主や国、権力者 縁者の求婚やら城への献上が
異常事態といえる程申し込みが殺到した事だ
当然ながらこの兄妹は大陸北最大の強国の最高権力者と親類である

二人共若く、どちらも端正な顔立ち。非常に人当たりがよく、全く偉ぶらない。

無論年齢が年齢故、結婚などしていないどころか
いわゆる許婚(いいなづけ)等も居らず、世間の覚えも良い


となれば当然身辺に置いていずれは‥と考える者が多いのは当然で必然でありそのような事態になった



意外な利益が、元々それ程交流が無くあまり仲が良いと言えなかった国家との友好

国家間であれば当然、大小いがみ合いやら牽制のし合いはある
特に前王を批判して疎遠になった国家や領主、領内の反対派等も
ロランと友好を誓い、近隣地との「見えない壁」が取り払われる事となった

兎角策動の結果で無く、何しろロランもモニカもあまりに真っ正直過ぎる故である

大陸最北西の小国リッカートに出向いた際、王との会談で


「当方と獅子の国、あまり良くない関係をご存知か?」と問われる

それほど前王はリッカートを好いていなかった
しかしロランは、そのやり取りの中で棘があったリッカートを懐柔してしまう


「貴方が父のやり方を批判し、怒った父が貴国を冷遇した事だね、それで貿易も止まっている事」

「左様です、その私の所へ来るのはどういった意味があるかご存知か」

「父に失礼があったのならお詫びします、僕はまた、ここに遊びに来たい
海も近く、自然も豊かな良い国です、そこから生まれる実りも沢山受け入れたい
貿易も再開しましょう」

そう言われて皮肉の一つも出なかったのだ


「しかし、勝手に決めて宜しいのですか?ローランス陛下」

「獅子の国は商業や軍備は大きいですが、食料備蓄や店頭に並ぶ産物の種類はやや不足しているように思う
ここには珍しくも美味な食べ物が多い、それを入れるとこちらの商売人や消費者も喜ぶと思う
むしろこちらからお願いしたいくらいです。ダメでしょうか?」

「わかりました、そう希望されるのなら受け入れましょう」

「うん、ありがとうリッカート王、これからもより良い関係で居て欲しい」



と握手を求め、リッカート王もそれを受け入れたのだ


「しかし、前王は私を良く思っていませんが‥大丈夫でしょうか」

「父はもう政治に関わってないから大丈夫だと思うけど
心配だったら「表面上は仲が悪い」て事にでもしておく?」

「ッ‥ハハハ!、ローランス陛下にか敵いませんなぁ」

「来るのは僕だからね、まあ、父とリッカート王が顔を合わせる事も無いと思うし
気にしなくていいと思うよ」

「陛下がそう仰るなら結構でございます、これからも宜しくお願いします」

「よろしく」

「せっかく来たのですから、楽しんでいってください、城に幾日か滞在しては如何ですか」

「そうだね、じゃあ一晩だけ、後は街に宿を取るよ」

「宿ですか?」

「僕が王だって普通のカッコをしてると誰も気がつかないんだ、結構面白いよ
それに皆の生活や噂なんかも何でも聞ける」

「ハハハ、まさか獅子の王がたった三人で各地を訪問しているとは誰も思いませんからな」



この様にロランは聊かお人よしな部分もありながら
普段が諸国を歩き回っているだけに、自国や周辺国、領民、庶民の状況をよく知っており

多くの人と交流があった為人付き合いの対応も上手く
外交上の失政や交渉事での失敗は無かった

ただここでも

「これは娘のコロナです」 「ど、どうも」と引き合わされて長い話になったが


「楽しんでいってください」の言葉通り、それも忘れない


街に宿を取り一週間ほどあちこち食べ歩きと施設視察、釣り、船遊びなどした
半分遊びである、最終日の夜宿の夕食の場で3人は報告会をした

「軍力は比較的多いね全体で二千くらいか、けど将がいないね」

「武芸者なら二人程、くらいですかね‥」

「国自体は比較的豊かで治世も安定してますね、良い王様みたいです」

「すると間違いがあったのはやはり父さんの方か」

「自己への批判を気にする人ですしね」

「間違っている事を指摘されるのは寧ろ有難い事だと思うんだけどなぁ」

「そこは人それぞれですから、しかたないです」

「それはまあいいとして、何か気になる事はあった?」

「安定治世だけに人口も多いし皆楽しそうでした‥」

「食べ物が美味しい、海遊びが楽しい、かな」

「大陸情勢の不安は感じないね」

「ベルフの侵攻ルートにここと間に3国ありますし、そういうのはほぼありませんね」


「で、兄様、引き合わされた姫はどうでした?」

「ああ、可愛い子だったよ」

「気に入りましたか」

「いや、そういうんじゃなくて‥まだ、8歳なんだけど‥」

「あ、そういう可愛いでしたか」

と、言った具合に情報、情勢の確認等半々で
どこに行っても似た様な手段で人の繋がりを作った














晴れの日に雨具を用意するが如き






二ヶ月程周辺国の「伺い」の後自国に戻った後、彼らの護衛官が2人増える


例によって外に出かけようと、アレクシアの報告を受けながら城の廊下を歩き城門まで来た所で
チカが同じくらいの女性騎士に絡まれる場面に遭遇する


「カールトン隊長のお気に入りだからって、何で何時も何時も貴女が重要な仕事に就くのよ!」

「どっちかと言うと‥厄介払いな気がしますが‥」

「陛下の専属護衛官のどこが厄介払いですか!!」

「選ぶのは私じゃありませんけど‥」

「貴女はこの立場がどれだけ名誉な事か理解していないんですか?!」

「ハァ‥」

「この軍服が!この色が!」

とチカに往来のど真ん中で怒鳴って、彼女の色の違う軍服を掴んで引っ張っている
なすがままのチカはガクガクと前後に揺さぶられていた


どっかで見たような女性騎士、金髪ロング、外に刎ねたクセっ毛の如何にも気が強そうな美女だ


「誰だい?あの子、見覚えがあるけど」いまいちロランも思い出せないのでアレクシアに聞く

「はあ‥カトリーヌ=ライト=ベルニール、近衛騎士でチカさんの同期で年齢も同じです
代々王国の軍部に人を輩出している武門の名家のご息女ですね
因みに姉も我が国の軍部で小隊指揮官を務めております姉はジュリエッタ、18歳です」

「何で絡んでるんだ」

「自称ライバルだそうで。チカさんに対抗心を何時も燃やしております」

「何でまた‥しかも自称なのか」

「チカさんが軍に入るまでカトリが武に置いて若手で一番でしたが、それが逆転した上
試合や立場でも抜かれたのでご立腹のご様子。今では「二番手カトリ」等呼ばれる始末です
しかもチカさんはああいう人なので基本興味が薄い模様ですね」

「詳しいね‥」

「城で起こる事で知らぬ事はありませんわ」

「あの子、今どういう職責なのかな」

「近衛隊の小隊長ですね、それでも年齢からすれば異例の出世ですが」

「実際強いのかい?」

「ええ、チカさんが居なければ間違いなく二番手などあだ名されないでしょうね」

「僕やモニカの護衛官がそんなに名誉なのかねぇ‥」

「というより、カトリーヌさんは代々の王家仕えの軍家ですからね、元々忠誠心が信心という程高く
軍部の指揮官や高官という実質的な立場より、王家の親類の近くに居てお守り出来る
という名誉の方が価値が高いのかもしれませんね
それに極少数での陛下をお守りする仕事ですから個の「武」が優れていると認められた様なものですから

ついでに言うと、チカさんの服をずっと引っ張っているように
王家直属護衛官というのは他の軍人とは違う制服を着てますからね、まあ、特別感?みたいのはあるでしょうね
しかも現状着てるのはチカさんだけですし」

「そんなに僕の護衛官が良いなら抜擢してあげようか?」

「言うと思いました」

「そういう訳で頼むよ」


「はい」と即座にアレクシアは城の廊下を戻った


さてどうしたものか、と思ったがとりあえず二人に話しかけて往来でのやり取りを止める


「あー、その辺でチカを離してくれないかカトリーヌ」

「ハッ!へ、陛下!!」

それに驚いて跳び退る勢いで離れ傅くカトリーヌ

「し、失礼しました!」

「別に構わないよ」

「助かりました陛下」とチカはそのままの体制で言った為

「ちょっと!チカさん!陛下の前ですよ!!礼を取りなさい!」とまたも怒鳴る

「あー、いやいいんだよカトリーヌ、護衛官がイチイチそんな事してたらここぞという時動けないから
ふつーでいいんだよ」

「ハ!失礼しました!」

(何だか面白い子だなぁ‥)とロランは思ったがイチイチつっこむと話が進まなそうなので
用件だけ伝える事にした

「あ〜、カトリーヌは王家の直属護衛官が希望なのかい?」

「は、はい!」

「分かった、じゃあ君を僕と妹の護衛官に任命する」

「!な!??」  「本当ですか!!」

「えーと、カトリーヌは武芸者としてもトップクラスだと聞いている、そういう人物が居てくれるのは
心強い、よろしく頼むよ」

「ハハ、ハイ!ありがとう御座います!」


そこへ丁度アレクシアが荷物を持って戻って


「では、御召し物をこちらへ、辞令は後日用意します」と専用制服を渡す

「あああこの制服!‥」


とそれだけでその場でぶっ倒れそうになるほど喜ぶカトリーヌ


「着替えてくるといいよ、後はアレクシアに説明を受けてね」

「ハ、ハイ!!」と受け取ってすっ飛んで行った



嵐が去った後、アレクシアとチカは立て続けに言った

「面白いほど分かり易い人ですね」

「いいんですか?めんどくさいですよアノ人‥」

「んー、まあ、いんじゃないかな?本人がやりたい仕事をさせるのが一番結果出すだろうし」

「わたくしは反対しませんけどね、陛下の護衛官が1人ってありえないですし、
あの子なら死ぬ気で働くでしょう」

「ハァ‥」

「チカは反対かい?」

「いえ、ただ、近くに居るとずっと絡まれそうなんで‥」

「大丈夫じゃない?これで立場は対等だし、僕らの前で変な事はしないだろうし」

「ならいいですけど‥」

「じゃあ、後は頼むよアレクシア」

「かしこまりました」


そういった経緯で困った三人が四人に成る

ちなみに、主軍の軍服は白地赤ラインで、直属護衛官は黒地赤ライン
立場によって腕章など違った種類の物が付くが、直属護衛官は胸元に銀に赤の宝石のブローチが別に与えられる

見た目自体の特別感やレア度が高く、しかも現状それを着ているのが1人だけとなれば
カトリーヌが卒倒しそうな程感激するのはある意味必然とも言えた

「制服の違い自体であんなの喜ぶものなのか‥」とロランは少し勉強になった

ちなみに姉のジュリッタも妹の抜擢による制服を死ぬ程羨ましがった

無論増えた護衛官の二人とはこの姉妹の事である


その経緯を報告されたロランは「じゃあ、お姉さんの方も抜擢しよう」と一言で決める
元々少なすぎる護衛官だけに近習もアレクシアも反対しなかった

性格に難有りかと思われたが実際護衛官として職務に当たると
まじめで、周囲の配慮も怠らない、常にロランに付かず離れずで
チカ曰く「めんどくさい人」という側面は見せなかった



更に個人の「武」に関してもベルニール姉妹は特殊剣盾術の使い手でチカを除けば
間違いなくトップ武芸者の腕前

元々獅子の国と言えば「剣盾兵」が象徴的、伝統的であるが

ベルニール家には独自に伝わる、伝統剣盾術を改良してあみ出された

「オフェンシブシールダー」という変わった盾術があり姉妹もそれを使った


レアな技で使い手を選ぶのだが。それは護衛官としては極めて優秀で
適正は高かった故「思わぬ拾い物」となった


ちなみにどの様な物かというと

通常の盾では無く、縦に長目の先が尖った巨大盾。あるいは円形でトゲ付きの盾を
「持つ」のでなく「腕全体に付ける」形で


相手の攻撃を防ぐ役割でありながら
盾自体を打撃武器や突き武器として使い

盾を構えて身を隠しつつそのまま
相手に盾ごと前進突撃してぶつかり、吹き飛ばしたり
盾の大きさを利用して、足を払って転ばせる等

かなりの強力且つ、豪快な技が多く珍しい


しかも体格か腕力に恵まれていないとまず扱えないのでそもそも使い手が
ベルニール家以外、弟子数名しか居ないというモノだ


どのくらいの強さなのか、が把握しにくかったのだが
この技は「攻撃型防御戦法」で守勢に強い上、攻撃力が高いという技で
近衛隊長ニコライも

「アレは厄介な技です、ワシでも勝つのに苦労しますぞ」

と言わしめるほど、らしい


ただ「陛下の護衛官」としてはやたらと個性的な一団になってしまった為目立ってしょうがないのはあった

何しろ姉は縦長の巨大盾。
妹はスパイク付きの円形盾を担いでいるのだ

もう一つが

姉妹は過剰な程「陛下ラブ」なのがうっとおしいと言えばうっとおしい
その分チカが絡まれる事は無くなったが、抜擢したのがロラン自身だけに文句の言い様がなかった

「まあ、自分で選んだのだから我慢しよう」となった



新王ロランはこの様に、王らしい王では無かったが
バランスに優れ、自ら歩き回って人事の抜擢や外交に当り、
寛容で質素であったため評判は良く
政治、武に置いての補佐が充実していた事もあり安定治世を確立して不満や批判もほぼ出ない王と成った



「庶民の為」等口だけで耳障りの良い言を弄して悪政を敷く為政者が殆どだが
実際「その生活」を習う最高権力者など居ない
それを実践して見せたロランは十分名君としての才はあったといえる




大陸戦争中年即位から1年に成ろうかという頃、今だ北側には戦争の危機感は薄かったのだが
大陸東西南では戦火が及び北側も不安を覚える者も少なくなかった






それを敏感に感じ取ったロラン王は軍官を集め意見を募った


この頃の獅子の国の軍は総軍5500と大陸条約の制限された軍国の中、
十分強大で強力だったが

ロラン自身は「事」が起こった場合この兵力では近隣国への派兵でやや不足するのではという思いがあり まずその事を告げた。


集まった軍官もそれには同意であり
増強を進める事になる

既に大陸戦争も6年過ぎに成りかけており、最早大陸条約を守る意味も薄いのだ



ただ、将も武芸者も多く居る国である為、相手がベルフであろうと
相手に自由にさせる弱さは無いという甘えも同時にあったが


「有事に備える事は悪い事ではありません、また、兵力を増やしても我が国家は財政を逼迫する
という事も無くなさっても宜しいでしょう」


そうアレクシアも同意した為
希望優先の徴兵や、獅子の国の象徴でもある、重装剣盾兵等の増強等も図った


元々重装剣盾兵は500居たが倍の千名に増やし、又、剣盾術も完全マニュアル化されおり
増強に金は掛かるが、あまり手間が掛からなかった

ただし「移動の足が極端に遅い」という欠点もあった為
南方のオルレスク砦で初めから置き増強分と新たに見出した将と共に配置準備させた


更に、内政官や軍師、剣の師等も積極登用して「備え」を怠らなかった




そのオルレスク砦への訪問と首尾の視察にロランらは一ヵ月後向かう


既に人員も装備も3割は揃っており、順調であり問題らしい問題は無く感心した

早速新将として抜擢した司令官のアダム=アルシェ、通称ダブルAに面会して
労を労った


彼はロランが自ら抜擢した将で27歳、黒髪のいかにも凡人な雰囲気と見た目で
軍では鳴かず飛ばずという立場で、軍人らしくない軍人である
「武」に置いても中と言う感じで、主軍では評価が高くなく
ロランが抜擢した際も驚きだった

彼は元は国の若手研究者でそれでは食えず、軍に席を置いた
その前歴のお陰で、戦術面と政治力、知識が優れて実に良い判断と指揮をする為
こういった「維持」の立場で力を発揮すると考えこの立場を与えた

いわゆる器用貧乏なタイプで自己主張が激しく無い為、貧乏くじを引く事が多いのだが
公正で当たりが柔らかく、一歩引いて全体を良く見るので判断と行動に信頼性があった



そこにもう1人ラウトス流剣盾術の指導員で下士官であった
バート=ボンズという中年の軍人を武芸者兼、補佐として付けた

彼は36まで一指導員として過ごしていたが、兄貴肌で面倒見が良く
個の武も頼りになった、しかも彼の場合、剣盾兵でありながら斧を使うほど
頑強、力持ちで別名「岩男」等呼ばれる

普段は温厚で優しく、前線では誰よりも前に出る人で
いきなり曹長から大尉という地位に抜擢しても不興や嫉妬を買う事が無い人物であった為
このような人事になった


当然の事ながら「陛下の視察」の際二人は土下座する勢いでロランに礼を取り

「いきなりこの様な立場を与えて頂き感謝にたえません」と言った

まあ、当然だろう特にバートはいきなり五階級昇格なのだから、しかしロランは

「適材適所を行っただけだよ、感謝する必要はない、立場に相応しい仕事が出来ると思ったから
選抜しただけ」

そう返して頭を下げるのをやめさせた

一日滞在のあと、出立



「陛下はこの後のご予定は」

「中央街道の方へ行って見ようかと」

「では、護兵を出しましょう、一応ベルフとの隣接地ではあります」

「何時もこんな感じだから大丈夫だよ、王だって気づかれる事も稀だし」

と言ってそれは拒んで出立した



砦から中央街道は間に二つ自治区がありその先に中央街道、出口に森の街という
どちらかというと集落に近い街がある


そこへ行くのは初めてでもあり、また、剣聖フレスロルグの生家のある場所で
一度見てみたいと思っての事でもある


実際そこに到着してみると集落と街の半々というのはたしかにその通りという街だ
周囲に深い綺麗な森、人口もそこそこ、森の街を言うからには発展していないのかと思いきや
中々整ったきちんとした街だった


その横をかすめるように狭い中央街道があり、こちらは石と雑草ばかりの厳しい街道だ



「うーん、狭いね」

「横に20人並べるかという道ですね」

「たしかにこれは軍が進軍するのは無茶という感じだな」

「この先は更に高低差が激しく、天気も荒れ易いですよ‥」

「ベルフが使わない理由が分かった気がするね」

「普通、4〜5人のパーティーで山登りを楽しむ感覚でしょうか」

「ええ、けど、間にも何もありませんよ、ほんとに石ばっかりです‥」

「行った事があるの?チカ」

「私は南生まれですし‥通ったことありますよ‥」

「歩き?」

「いえ、旅馬車ですね、それでも1ヶ月近く掛かります、しかも軍となれば更に‥」

「どうなのかしら、それでベルフが来ないというのは早計な気がしますけど」

「そうだね、大型の輸送、何か開発か、既存の物を改造するとか、考えられなくないね」

「そうですね‥」

「何れにしろ結構大規模になるでしょうね、場所が場所だけに、ダメだったから戻る、というのも
それこそ無茶ですし」

「とはいえ、ここは僕らの国では無いからなぁ、まとまった対策は打てないな」

「そうですわね」


「後でそこはアレクシアに相談してみよう、後は周辺への注意喚起か‥
あんまりやることはないなぁ、それ自体聞き入れられるか微妙だし」

「オルレスク砦に防衛軍が最大の努力、でしょうか」

「そうだね、それ以上は内政干渉もいいとこだし‥実際戦火が及べば違うんだけど」

「難しいですわね」

「まあ、とりあえず街で二、三日泊まって情報収集してみようか」

「了解です」


ロランらの何時もの五人は早速思い思いに街中を歩き
遊び半分、情報収集半分を行う


午後三時頃には一旦収集した後、せっかく来たのだから、と剣聖フレスの家に行って見る



家、というよりはそのまま道場という感じだった
既に20名からの弟子達と思われる人々が広い空き地で思い思いに鍛錬に励んでいた

邪魔しても悪いので遠巻きに見学する事にしたが


「見学でしたら近くでどうぞ?」と弟子の1人と思われる女性に声をかけられ
まあいいかという感じで五人は60過ぎのおそらく彼がフレスだろう人物の近くに行って
見学を続ける

しかし彼はそれを察してか


「フレスロルグじゃ、宜しくな獅子の騎士様と陛下」と声を掛けられた

思いっきりバレバレだった

「な、なんで」という間もなく

「ハハ‥その特殊軍服を着てる人間を見るのは久しぶりじゃ、ワシも王家に招かれた事があるでの
知っておるよ」

「そ、そうでしたか‥」

「しかもその制服は王家直属護衛官しか着れぬ物
皆若いのにそうとうな腕前なんじゃな」

「いえ、それほどでも‥ロラン様は希望する仕事を優先して与えてくれますので‥」

「ほう、人の使い方をよく分かっているようじゃの」

「深く考えている訳では無く、好きな事の方が結果は自然に出る、と考えているだけですよ」

「うむ、やる気とかやりがい、というのは日常の最高の調味料じゃからの」

「恐縮です」



「で、今日はこのじじいに何の用ですかな?」

「周辺地域の散策のついで、せっかくだから剣聖の武を見学しようと思いまして」

「ほほう、では、せっかくついでに手合わせでもしてみますかの?」

「え、しかしそれは‥‥どうする?」

「ハァ、別にやってみてもいいですよ‥」と何時に無くチカが積極的だった

「え?!やってみたいの?!」

「というか、久しく苦戦する相手というのに当った事がないので‥」

「ハハハ、それは楽しみじゃ、そうじゃな、ではソフィア」


そう呼ばれた先ほど声を掛けてきた女性が木剣を拾う

「はい、では私が」

「槍、棒でいいんですけどありますか?‥」

「うむ、そうじゃの、誰か長めの棒を持ってきてくれ」

「はい」と1人走った

「すまんのう、何か探してこよう、ワシの所は純剣術で槍は無いんじゃよ」

「とはいえ、わたくしはオフェンシブシールダーですし、妹も‥代わりにという訳には」

「僕も長剣術だし、妹も魔槍棒術と徒手拳法なんだよなぁ‥」

「これまた、個性的な一団じゃのう‥」

「すいません‥」



3分ほどして長棒を弟子の1人が持ってくる

「すみません、手ごろなのが物干し竿しか無くて」とそれを渡した

「ええ、まあ、大丈夫ですよ」とチカはそれを振り回して了解を出した



「ソフィア=クロードです」

「チカ=サラサーテです‥」

と二人は中央の広い場所に出て構えた



「ほほう、あの子がチカ=サラサーテか」

「ご存知でしたか」

「うむ、武芸者の間では有名じゃ、しかも無敗の天才槍士、じゃからの」


「では、好きなタイミングで始めじゃ」



ソフィアとチカの試合は、間違いなく達人同士の試合となった

が、面白い勝負では無かった
問題は武器の差とチカの隙の無さ、双方神速の速さ且つ正確さがあり
一見すると素晴らしい試合なのだが


チカは長槍を正確無比に隙や急所に差込

ソフィアは基本的に防御主体で距離を詰める隙を探す


しかしチカは相手がそのタイミングと隙を見つけ、そこに一歩踏み出そうとすると
その踏み込むポイントに槍を先読みして突き出し
一切相手に前に出るポイントを付かせない
いわば完全なる詰めの技だけに、面白みは無いのだが絶対負けないやり口なのだ

更に言えば、ソフィアは殊更隙をわざと作ってチカにそこを突かせ
誘いを掛けた後仕掛けるという手段も打ったがそれすら
先読みして移動ポイントに槍を置き撃ちする為、それ以上の物を見せない限り

チカが突き、ソフィアが守備するという展開が延々と続くことになる

本来普通の勝負師であれば、そこを打開する為に
それ以上の何かを仕掛ける事もあるのだ

チカもソフィアも似た様な武質らしく、無理仕掛けを一切行わず
打ち合いが5分続いた後

「そこまでじゃ」とフレスに止められる


両者「ふー」と溜息をついて礼をして離れた


「こりゃ、あれじゃな、相性が悪いのう」

「お互い、無理無駄ムラをしない、3無原則な武芸者ですわね‥不毛ですわ」

「だがまあ「強さ」という意味ではどっちも極まってるね」

「ふーむ、チカ殿はいくつじゃね?」

「17です」


「‥恐ろしい才能じゃ‥その歳でほぼ頂点に達しておる‥これほどの名士は
めったにお目にかかれん」

「いえ、ソフィアさんも同じくらいだと思いますよ」

「うむ、しかし、ソフィアはうちの弟子の中ではワシの後継者に、と考える1,2の使い手じゃ
それとここまで力を競っておる相手というのは、まあ、まず見た事が無い」

「恐縮です‥、互角の相手というのも久しく会えていませんでしたので
良い試合をさせて貰いました」


「いえ、私こそ、これほど隙の無い「完璧」という言葉が合う名士と会えて光栄でした」


そうチカとソフィアは互いを賞賛した

「うーむ、しかし「スティンガーニードル」針の一刺しとはよく言ったもんじゃ
これほど異名が当人を現す言葉も珍しいのう」

「ええ、正確無比、一糸の乱れも無いとはこの事ですわ」


「あの〜‥」

「うん?」

「ところで「1,2の使い手」て事はソフィアさんのレベルの剣士が他にいるんですか?‥」

「ええ、私の幼馴染で兄の様な人、ウィグハルトて兄弟子が居るわ」

「へぇー‥」

「ただ、タイミングが悪かったのう、ワシの代理で他国に指導派遣されておるんじゃ」

「そうでしたか」

「二、三ヶ月は戻らんと思う、すまぬね」

「いえ」

「ところで、皆さんはこちらに滞在されるのですかな」

「2,3日は、あちこち見て回るつもりです。それと」

「うん?」

「森の集落は責任者は居られるのでしょうか」

「責任者か、一応自治区ではあるからのう、領主は居るのだが、まあ、会ってもあまり
意味は無いじゃろう」

「?というと?」

「うん?‥あれじゃろ、若い陛下はベルフの事を考えておるのじゃろう」

「それもご存知でしたか‥」

「まあ、まともな、現実を見る人間なら誰でも心配はあるからの、陛下は物の分かった人物
だから下見に来たのじゃろう?」

「‥その通りです‥」


「が、ここの領主は人の意見を好む人間では無いし、都合の悪い事は見え無い、という
そこいらによく居る人物
何か言った所で怒りを買うだけじゃろう、そもそも街に殆ど居らんからの」

「そうでしたか」

「それに一ヶ月前から家族で休暇に行ってますが」

「なんとまあ‥」

「話なら、まあ、ワシが聞こう、権力者ではないが、それなりの発言権はあるでの」

「分かりました、では‥」

「ああ、いや、中に入ろう、外ではなんだ」

「はい」


と、一同は剣聖の屋敷に招かれ、応接間に通される
そこでロランは、自分が今考えている事、今後の大陸情勢に関して包み隠さず見解を披露した


「成程、中央街道から北進の可能性か」

「軍を預かる者として見ると無謀な進軍ルートですが、だからと言ってここを使わないという考えは
極端に思いこうして見に来た訳です」

「思い込みや決め付けはよくないからの」

「はい」

「ただ、気持ちは分かるのだが、陛下はここの領主では無いからの、余りやる事もなかろう
そもそも内政干渉じゃからの、ま、危機に備えるのはよい事じゃが」

「ここの軍はどのくらいありましょう」

「治安維持軍じゃからの、残念ながら300しか居らん、相手の規模にもよるが
まあ、妨害にも成らんじゃろうな」

「うーん‥」

「かと言って、さっきも言った通り、増強を図れ等言っても無駄じゃろうし
まあ、出入り口が狭いだけに時間稼ぎはワシらだけでも出来なくは無い」

「それはダメです、フレス殿は民間人ですし、自己犠牲の類は感心しません」

「そうじゃな」

「やはり、一戦もせずに避難して頂くのが最善でしょうか」

「かも知れんな、無駄な人死にを出す事に意味は無いからの、しかし‥
だとしてもどうするべきか‥」

「ええ、その事なんですが」

「うん?」

「実は今オルレスク砦に、新将を充てて、重装剣盾兵500と兵2000の準備を始めて居ます
有事の際にはここに避難して頂くというのはどうでしょう」

「なるほど、あそこなら陛下の領地であるし、強固な砦、滞在出来る人間も多い
妥当な手段ではありますな」

「はい、現状、情勢から見ても「敵」と言えるのはベルフだけですし、備えと言っても
それに対するのが先ず優先順位として上と思いますので」

「そういう事なら話は早い、相手を「ベルフ」とせず、緊急避難施設として受け入れを表明すれば
どこに対しても刺にはならぬし、いざと言う時にはオルレスク砦に自発的に下がる
可能性が上がるの」


「そうですね、対象を確定させると、無駄に不安を煽りますし、それなら皆受け入れるかもしれませんね」

「うむ、それだと我々も無理せずに済む」

「では、そういった方向で進めて行きます」

「こちらも了解した何かの際は頼らせてもらうおう」



ここで一同の会談は終了となり席を立った。
この決定は御意として即日、モニカが伝心術を通して首都のアレクシアに伝え、アレクシアも同意
それら準備が整えられる



会談の後残った剣聖フレスとソフィアはこう感想を残す



「事の起こりの前に起こった時の事を考える、中々の名君ですね」

「ああいう君主というのも中々出ないからのう。しかもまだ17歳、大した物じゃ」

「ええ、ですが狡猾な者ではありません」

「うむ、正直、ああいう青年はワシも好きじゃな、ああいう者が王として人の上に居る
国民は幸せな事じゃ」

「故に優れた人材も集まる、ですね」

「そうじゃのう、ま、人材というのはどこにでも居るのじゃがな」

「そういうものでしょうか」

「使われなければ存在しないと同じ」じゃ。「実力や才能があれば必ず評価される」等妄言じゃよ
実際国や組織の長が暗愚である例も多く、国を寧ろ悪くする例のが多い
人を見抜く力、というのはそれ程稀で貴重な能力なんじゃよ」


「確かに」


「ワシ自身、30まで誰にも評価されない人間だったからの。その経験があればこそ
分かる事ではある、それにソフィアやウィグハルトも似た様な立場になったかも知れんよ」

「たしかに、先生に拾って貰わなければ、剣士になろう、等思わなかったでしょうし」

「だからワシはこれという人物には声を掛ける事にしておるのじゃ
誰かの過ちを自分もやろうとは思わぬ」







その意味に置いては新王はほぼ完璧だったと言える
自身が未熟である事を自覚しており、他者の意見をよく聞き、誤りがあれば自ら正す
そしてその意見を言う者を貴重な者として大事にした

それが彼の最大の長所とも言えた


森の街滞在後も東回りで周辺国を回り、上から下まで隅々見て周り、これという人材にも声を掛け
どんどん「人」を増やしていった

特に特徴的だったのが、年齢、性別、経歴、立場に一切拘らない人事選抜である

実際森の街でも、アラン アレンという、17歳の狩人の兄弟を誘って軍部に入れたり

東の山岳国では、エリという独り身の少女を連れて帰って側に置いたり


本国ではアレクシアの負担の軽減にボランティアで教師をしていた30歳の主婦、ハンナを登用して補佐に充てたり

情報通達が早いという事で伝心が使える術士等高給を持って迎える

「ちょっと極端ではないか?」と言われる人事も行い、当初訝しむ者も出たが

ロランの人事の選抜眼がどれほど優れていたか、それが後、実績として現れ
批判から尊敬に変わるのにそう時間は掛からなかった

後年「人事の魔術士」という評価を得る事になる





















撒いた種の実り











一通りの外遊が終わって本国に戻ったが
ベルフの大陸侵攻に陰りが出る
東西の侵攻作戦で敗退し、南への侵攻に積極的になる

元々兵力が多いだけに「蓋」をされた方面から逃れる様に兵力移動が始まり動き出す

それらは軍議の議題にも上り出席した、一同は別の不安を覚えた

「止まっていた南進行が再開となると、こちらにも来ますかな?」まず軍長でもあるロルトが発言


それはあるかも知れんと一同も同意でもあった

「とは言え、陛下は出来る範囲最大限の十分な用意や備えもして居ります、こちらから更に
何かをするというのは難しくありますね」

「うーん、そうだね、考えられる事は大体やったし、これ以上何か、周辺国と何かするというのは
難しいかな‥注意喚起と言っても、実際起こるまで皆動かないだろうし」


ここで、登用したばかりの補佐官ハンナが思ったままの言をはさみ

「ならば聞き入れそうな所と連携しては如何でしょう、特に陛下に対して友好的である方なら
そうした事も出来るのでは」

「たとえば?」

「南でやっている兵力や将等の融通のし合い、でしょうか、全方位から攻めてくる訳では
ありませんし、余る所から、そうした融通があれば効率的かと思います」

「うーん、いっそ国家間条約でも結んでみてもいいかもしれないね」


「はい」 「ご尤もですな」 「悪くない」

と一同の同意が得られる


「特に東、南、西、から攻めてくるとしても、我が国から後方に位置する国では
兵力が余るでしょうし」

「そうだなぁ、とりあえず周辺国に使者を出してみようか」

「ダメ元ですね」

「うん、それはそれで決定という事で。他に何かあるかな?」


「そうですなぁ、兵力の即時増強は難しいですが。武装はもう少し増強出来る
のではないでしょうか」

「同感ですね。それに我が国が派兵の中心に成るでしょうし、大規模な輸送への工夫でしょうか」

「具体的にどのような物がありますか?」

「クロスボウや長距離弓、輸送には旅馬車の大きな物、或いは銀の国の様な高速騎馬ですかな」

「そうだね、そんな感じだろうね、で、アレクシア、予算は組めるのかな」

「規模によりますが、大体予備費で、弓なら数百は、機械弓となりますと30くらいでしょうか?
馬は余っているくらいですから新たな予算はいらないでしょう」

「うむ、我が国は騎馬隊はそれほど組織しておりませんからな」

「輸送というのは?」

「うーん難しいですね、いっそ連組でもしてみましょうか?」

「それは?」

「馬車やカートのような物を繋ぐんです、かなり大規模に装備や兵糧なんかを運べますね」

「ただ、馬と人力の半々に成りますし、移動速度は徒歩とさほど変わらなくなりますけど」

「うーん、時間はあると思うから実験的にやってみよう、それを見てからでも遅くない」

「了解しました」

「そんな所かな‥」

「今の所そうですね」

「よし、では皆準備を」

「ハハ」



ロランは会議後部屋に戻り、まず周辺国への通達の用意
次に連れ帰ったエリを呼ぶ



まず、エリは山岳地で生活して居て、配送の等の仕事をしてその日の糧を得て居た少女で13歳
赤髪短髪で日焼けした健康的な少女。

彼女はそういった仕事をしていた為非常に地理に詳しく、健脚で足が速い
無論親なしに同情した点もあるのだが、斥候の類に力を発揮すると考え
中央街道の警戒に当らせた

馬を与えられ

「中央街道で何か不穏な気配があれば知らせてくれ、中央街道の警戒を、やり方は任せる
万が一の為北側出口の森の街に伝心の使える術士も送る」

とし金を50与えた

「まかせてください!」と受け取ってすっ飛んでいった



彼女はその行動任務に自分なりに考えて工夫をして当った
まず、馬を別に二頭買い、王都から中央街道の二箇所の街に預け

自身は食料や「旅人らしい」服を購入して
単身で中央街道を南進、自分の足と目で街道の地理調査をし
正確無比な地図を二ヶ月掛け作成

そこから、細かいポイント
身を隠せる場所、遠くを見渡せる高台、ちょっとした脇道等あらゆる物を書き込む

うねった一本道山道と言えど、草も木も天然の脇道やちょっとした流水もあり
想像した以上に自然があり、街道という感じは薄かった為
そのような、近道、隠れ場所、寝るのに最適等の箇所がかなりあった故
単身なら誰にも見つからず移動出来る事を確かめる


そこまで来て自作地図を複数枚写し書きして中央街道地図を3枚作成
それらを纏めて本国に送りロランが受け取り

「よし、これがあれば」と即座、別働隊の斥候を10人程組織して森の街に送り
数人編成でエリと交代監視を続けた






その間の二ヶ月に、機械弓や騎馬隊も作成、組織、機械弓は兎に角射程が長い為オルレスク砦
等に集中的に送り、騎馬隊は作成したクロスボウと合わせて弓騎馬を600程組織した

この二個中隊をそれぞれ乗馬と弓の上手い、軍部から全体指揮にベテランの隊長を充て
その下にアランとアレンを着けた



大規模輸送隊も実験の結果、屋根なしの馬車や手押し車の様な物を複数繋ぎ
馬と人が移動しながら交代で休みと移動を繰り返すという形が取られ

また、全体移動である為其々の負担が少なく、休みながら移動出来る為
実際使ってみるとかなり有効だったのでそのまま採用された


同時に近隣諸国への訪問と手紙による共同戦線への働きかけは
北西地域を中心に同意が得られ3カ国が参加、相互派兵の約束を取り付ける
ただし、南3地域の自治区と東地域は良い返事が無くそのままとなった


「東は兎も角、南は目前の危機なのになぁ‥」とロランは少々呆れたが

「剣聖のおじいさんの言った通りですね、しかたないです」とモニカは分かっていた事と示し慰めた

「ええ、そうなる事を想定しての準備です、ここは諦めましょう‥」

「南砦からの即応の準備も早期発見の為の斥候も陛下は出されております」

「そうです、これ以上陛下が出来る事はありません」と

チカ、ベルニール姉妹も言う


「うーん‥しかし、領主は自己判断の結果だからいいとしても、民間人、領民が巻き込まれるのは問題だなぁ‥」

「しかし、それらを助ける手段があるんでしょうか?」

「難しいですわね、3地域合わせると民は10万人は軽く居るでしょうし」

「例の「オルレスク砦を緊急避難場とする」告知は受け入れたのでしょう?」

「うん、そこは「そういう事なら」と殆どの領主が受け入れたね」

「では、自発的に逃れてくる民を受け入れるしかないでしょう」

「私らが最初から南に行ってもいいですけどね‥剣聖やソフィアさんを失いたくないですし‥」

「私ら‥て言っても陛下はそうはいかないでしょう、危険ですし」

「うーん、僕らが行くかどうかは兎も角、初めから領民の避難援助の「何か」を出すのはありかな」

「と言うと?」

「例の大規模輸送隊を初めから置いておくという手もあるよ」

「なるほど、いいかもしれませんね」

「オルレスク砦に足の速い騎馬隊も配置したし、連携して行動すれば結構効率的にやれるかもしれない
とりあえず、この件も指示しておこう、それと皆も即応の準備を」

「わかりました」


それらの意思を即日指示し、アレクシアらにも相談し意見を求める

「自国領土なら民や物資の引き上げによる防衛焦土作戦も出来ますが、そうでは
ないですからね‥」


としばし思考した後

「わかりました、兎に角、輸送隊の編成と連組の増産を急がせます、地域条件がある為これも
オルレスク砦でへの配属で宜しいですね」

「そうだね、あそこにあったほうが都合がいいだろう」


と同意

だが実際「事」が起こったのはそこから更に半年後であった


ベルフが軍備の再編と将を八将に増やし
失敗した東西への防備から南方への攻撃の連続と南の対ベルフへの連合の強化等の
情報が遅れて届く
兎角、北と南の遠さもあるが、北側地域とそれ以外の国の接点の無さ等の理由がある


その情報が届いたのとほんの5日後、中央街道に置いた斥候隊から伝心を使って情報が
獅子の国本土に送られてくる

「ベルフ軍北伐」の報である

数は5千以上、司令官に八将の1人アルベルト、構成は歩兵、重装備兵、大規模な輸送隊等
内容が明らかになる

また斥候隊は中央街道中ほどまで網を広げて居た為、実際にベルフ軍が北側に出るのは
20日程かかると見解を示した




「とにかく森の出口に隣接する3地域への伝達を、僕も即時オルレスクへ出る」

「自ら前線に出るのは危険です陛下」とアレクシアとハンナが止めるが

「いや、軍を率いて戦う訳じゃない、あくまで、向こうの妨害と周辺地の民間人の撤退支援だ
主軍全体の指揮はロルトに、補佐にハンナを、行動は委任する
首都の防衛はニコライに任せる アレクシアは首都への流民の受け入れ。共闘同盟の3国への通達と援軍の要請」

「援軍の要請とは‥」

「そう、ただし軍というより、輸送隊中心で、民間人や難民の避難優先だ
現状、相手の数ならこちらの用意した軍でしばらく支えられる、いきなり戦えと言っても
向こうも出しにくいだろう」

「なるほど、了解しました、当面は防御と民の避難優先という事ですね」

「そうだ、大規模に動くとなると、20日でも時間に余裕があるという訳ではない
兎に角、最速で動く必要がある」

「分かりました」

殆ど会議というレベルでない、短い王の指示の後其々は準備を整える
即日ロランらは自らの護衛官らと共に最速でオルレスク砦へ出立する


馬を乗り継ぎながらロランらは最短二日で砦に到着し、即時簡易軍議を開く


「状況は確認しておりますが陛下らは中央街道に向かうのですか?」

「そのつもりだ、兎に角ここは防備と流民の受け入れ本国への移送を中心
新たに創設した弓騎馬隊と剣盾兵も後発して南、領土境界線へ配置してくれ
タイミングを見て南進指示を出す」

「数の上で戦うのは厳しくありますが」

「向こうの足止めが出来れば良い、別に倒す訳じゃない、輸送隊はそのまま僕らと行ってもらう」

「分かりました、無理をなさいますな陛下」

「分かっている」

と即時休みも取らずロランは南進出立する



更に一日後、斥候隊として街道監視についていて北に戻ってきたエリらと合流する

「陛下!」

「いいタイミングだエリ。森の街は?」

「情報は伝達しました、領主らも、この事態に至ってようやく動いた様です
民間人の避難指示を出した模様、何しろ相手はあのアルベルトですし」

「軍は?」

「はい、街道出口で防衛を行うつもりらしいです!」

「無謀だ‥300しか居ないのに‥」

「では、戻って引かせますか?」

「いや、エリらはこの後ろの自治区や領主に通達してくれ、その後オルレスクへ撤退してくれ
南はどの道僕らが向かう予定だ」

「ベルフ軍は5千以上ですよ!?しかも変な装備の兵も居ますし!」

「変な装備の兵?」

「こんな連中です」

とエリは得意の絵を描いた紙を渡した

「重装突破兵とは違うのかな?なんだこれ?」

「わかんないですけど、あれより軽装で両手に盾と小型剣を篭手に付けたみたいな‥」

「数は?」

「装備積載を見る限り400〜500人分くらいでしょうか」

「分かった十分警戒する、情報や3地域の行動、選択等も砦の司令官のダブルAに伝えてくれ
彼なら情報があれば最善の選択が出来るハズ、行動も委任すると伝えてくれ」

「わっかりました!」

とエリらは出て行った時の様にすっ飛んで行った







更に五日後、ロランらは森の街に単身到着
即座領主に面会して軍を引かせて避難するよう助言したが

「馬鹿な!ここを捨てろと言うのか!」と反発される

「戦う方が愚かでしょう、相手は五千以上ですよ」

「獅子王は猫王ですか!援軍を出すなら兎も角、放棄して逃げろだと!」


これにロランは流石に呆れたがそうなってはもうしかたない

「分かりました善戦を期待します、ただ、流民の受け入れは許可して貰いたい」

「好きにしろ、戦えぬ者が居てもしかたない!」



と取り付く島も無く追い出されてしまう


屋敷の外に出た一同も呆れていた

「アホですかあの領主」

「変な所で変な勇気を出されても困るんですが‥」

「これは勇気とは言わんな、ただの無謀だ」

「で、どうしますか兄様」

「とりあえず、領民や民間人は戦えぬ者が〜というならさっさと逃がそう
もうこうなっては戦闘回避は出来ない。精々時間稼ぎに使おう」

「ですわね‥」

「輸送隊は?」

「まだ、二、三日はかかるかと」

「じゃあ、僕らは皆に告知して避難させよう」

「あの‥」

「うん?」

「剣聖様にも協力を願っては?‥物の分かった人物ですし」

「そうだな、行ってみよう、僕とチカで行く。モニカはアレクシアらに伝心で通達を
カトリーヌとジュリエッタはモニカについてくれ」

「了解しました」



早速、剣聖の元へ訪れたロランらは会見、状況の説明と協力を願った


「なるほど、状況は分かりました。ワシ等も撤退に賛成です、協力致します」

「ありがとうフレスさん」

「門下生含めて100人近く居りますので、街の連中への声掛け
撤退戦になった場合の護衛等できましょう。ただ、武具の類はあまり有りませんので」

「2,3日すれば後発させた大規模輸送隊が到着します、武具や馬、200〜の歩兵も参加できます」

「ホッホ、流石ロラン陛下、打つ手が早い」

「後精々一週間くらいしかありません、これでも時間的にはギリギリです」

「分かりました、我々も即座に動きましょう」

と両者席を立ちフレスは弟子達を集め、状況の説明と領民への声かけ
戦いの準備を進める

会見が終わり、ロランらは再び集まり今後の行動を話し合うが

チカは


「その、変な謎の兵ってなんでしょう‥」と興味を示した

「確かめようとか言うんじゃないでしょうねチカさん」

「無茶はやめてくださいよ」とベルニール姉妹に釘を刺されるが

「なら、私だけ見てきます、1人ならどうとでも成りますし‥」

「うーん、ベルフ軍がどの程度か知るのも悪くないな」

とロランもチカも積極的だった


「あのですね陛下‥」

「いや、遠くから見るだけなら出来るんじゃないかな。こっちは少数だし」

「ええ、向こうも斥候に構うほど暇じゃないでしょう‥、見るのは出来ると思いますよ」

「まあ、たしかに」

「いざとなれば私が全員倒しますから‥」

チカが言うと出来そうなのが恐ろしい

「しょうがないですわね‥」

と一同も気が進まないのだが同意する

















そこから予定通り二日で輸送隊が到着、民間人の避難の手伝いや、再出立の準備を
5日で終え、一同は6日目には総撤退する、その同日にはベルフ、アルベルト軍が
街道北出口へ到達

森の街の防衛軍と開戦となるが、結果は時間稼ぎにも成らない程早く1時間で防衛軍は敗退した

この際前線投入されたベルフの新部隊「スヴァート」は驚異的な強さで自軍死者無しで終了する

街道の出入り口は非常に狭いので兵力差は出にくいのだが
重装突破兵とスヴァートの突破力のみでほぼひき殺したという感じの戦闘だった




そこを占拠したアルベルトは、既にもぬけの殻となった街を見て、嫌な思い出が蘇る

「マリアのクソガキにやられた時の様な焦土作戦でも取るつもりか?!」

が、それは杞憂である事が即座分かる
施設はそのままで食料も半数は残っていた。ただ、住民が消えていたのだ

「これは、民間人の被害を避ける為に総撤退したと考えるべきか‥」

「おそらく‥」

「うむ、だが、向こうにまともな軍師が居た場合セコイ罠があるかも知れん
周辺地域の情報を集めろ、捕虜から情報も引き出せ」

「はは」

「しかし、どこから我らの進発の情報が漏れたのだ‥本国でも知っている者は僅かのはずだが」

まさか、予め山道に斥候を放った等、夢にも思わないだろう



一旦街の占拠を重視しつつ、周辺の探索を指示
すると捕虜から、この街の領主の独断で防衛戦を展開、非戦闘員の被害を避ける為
獅子の国の王が輸送隊を出して住民の大移動を行った事が容易に分かる

「では、追撃を出すか。騎馬は少ないがスヴァートと組ませて追撃させろ数は500でいい」

と二時間で準備し追撃隊を出す



ロランらは後方の高台で隠れつつそれを確認した後、後退した

「とにかく一旦輸送隊に合流を、追撃があるならそのほうがいい」

「はい」

実際彼らは見つかることも無く、トラブルも無く逃げれたのはラッキーではある

移動の合間

この戦いの感想を各々口にするが、その観戦が功を相した事が示された




「普通に、矢も剣も通らない相手、て感じでしたわね」

「あれは強敵だなあ」

「止められるとすれば剣盾兵ですかね」

「まあ、特殊重装備兵の数自体はこっちのが多いですし、なんとかなるのではないですか」

「チカはどう思う?」

「はぁ‥まあ、それでも隙間が無いわけではありませんし、単身でもどうにか出来ますよ」

「そうかしら‥」

「後は陛下ならやれると思いますけど‥」

「ええ!?」

「陛下の武器は長剣ですし、エンチャント武器ですし、たぶん抜けるかと‥
別に向こうの兵が強いって訳じゃなく「硬い」てだけですし
貫通力か打撃力が高ければたぶんいけます‥後は機械弓を直接打ち込むとか」

「なるほど、装備ごと貫くか、叩き潰せば良い訳か」

「はい‥、要は装備差ですから、こちらもそれ相応の物を用意すれば良い訳です‥
それに鎧の中身は別に普通の人間ですから、外の殻さえどうにかすればいいです」

「ふむ‥」とロランは暫く考えていた、そして

「良いことを思いついた、アレクシアとダブルAに連絡を」

「え?は、はい」







ロランの通達と情報を受け取った砦のダブルAと首都のアレクシアは「なるほど」と頷いた

「事前に兵装が分かったのは大きいですね、しかも、これなら直ぐに用意出来ます」と

全軍司令官に抜擢されたロルトに伝え、準備をさせる


同時、砦のダブルAも兵装倉庫に向かい「本来余り用の無い武器」の在庫を確認
それが十分にある事を確認して武器の運び出しとメンテナンスを指示

「他に‥そうですね、砦の周りから石と木材を、急造ですが対歩兵用小型投石器を作ります」

「しかし‥マニュアル無しでは‥」とバートは言ったが

「安心してください、伊達に元学者じゃありませんよ」

「ハッ、そうでしたな!」

「それにこの砦は様々な準備をかなり前から整えていたおかげで、人手も道具も多い
流民の受け入れ保護と同時に他の準備も整えられます」

「分かりました、兵共を集めます」








その二日後には残り二国への撤退の告知と、受け入れをオルレスク砦で行う通達を行い
砦まで戻ったエリが南方三自治区の情勢をダブルAに伝えた


「では、森の街以外の自治区やらは総撤退に同意したんですか?」

「はい!目前に迫った危機でようやく目が覚めたみたいです
即日準備を始めて治安維持軍も領民を護衛して下がるみたいです
両国合わせると兵1000、住民10万くらいです」

「これは時間が掛かりますね‥輸送隊もかなり用意しましたが‥」

「うーん、距離がそこまで遠くないですから、五日もあればここに来れるかと
それより危ないのは陛下と森街の住民の方です、かなり距離がありますから」

「同感ですね、しかし、両自治区が土地を放棄したのなら、こっちから軍も出せますね
領土がどうこうの規制も無くなったという事ですし」

「どうされますか?」

「こっちから弓騎馬も出し陛下への援軍に向かわせます、それと指示のあった装備も持たせれば
おそらく、その妙な敵兵も撃退できるでしょう」

「あのー私も行ったほうがいいですか?」

「エリさんは行ってもやる事は無いかと‥戦闘ですよ?」

「ですよねー‥」

「ハハ、心配しなくても大丈夫ですよ。後はこちらの仕事です、休んでいてください
ずっと斥候任務に当っていたんですし、疲れてるでしょう」

「はい、陛下の事頼みましたよ!」

「私にとっても恩人と言っていい方です、絶対死なせませんよ、任せてください」

「はい!」


ダブルAはその情報交換の後、新設の高速騎馬隊隊長のゴラートを呼び、状況の説明、装備の換装を行わせる
と言っても大した準備が必要な物でもなく重武装になる訳でもないので
用意自体は2時間で終わり即時騎馬隊600を率いて南進した


同日時、本国、獅子の国へ近隣国から輸送を中心とした部隊や兵、馬車等が大量に来援
本国の政治面を任されたアレクシアは各国の司令官に謝意と現在の状況を伝える



各国の司令官、または王らも、ロラン王の判断と行動を支持して居り
いち早く駆けつけ完全に獅子の国への指示に従うとの見解を先ず示した

「なるほど、戦闘自体は当面獅子の国の軍で行うわけですね」

「はい、皆さんには逃れてくる非戦闘員の移送をお願いしたい」

「かしこまりました、即時向かいます」

「とりあえず、本国でも受け入れ準備や、一時施設も用意してありますので本国へ移送を中心に」

「了解しました」

と集まった周辺国の兵や輸送隊3000が混成軍のまま休む間も無くオルレスク砦へ出立する
戦闘では無く「民衆を救う」という任務だけにかなり張り切っていた側面もあった

また、流民の受け入れ自体は獅子の国がやるというのは後々の事を考えずともよく
その辺りの配慮の完璧さもハリキリの原因である


ただ、相互協力を受け入れたこの3国の王は
希望者を自国への移住を2割づつ受け入れる事になる

また、獅子の国だけ負担する事も無かろう、と自国の予備費や備蓄食料から獅子の国への援助等も行われる

本来なら「恩を売る」という意味合いになるが。この時の各国の王は、そういった思考は無く
ロラン王自身の裏の無い考えや若くしてここまで他者の為に尽くす彼の姿に感服しての
無条件の援護であった


たった17歳の王が年長である自分らの誰も出来なかった事を魅せられたのだ
助けたくもなるのだろう













王の直属護衛官






一方

森の街から領民を抱えて撤退したロランの一団は
開戦から二日後の午後3時、領土外に逃げる前に
アルベルトの出した500の追撃隊に発見され、追いつかれる

輸送に工夫を凝らした部隊とは言え
何しろ、1万の一般住人を抱えての移動であり、とかく足が遅い


この時点でのロランら5人と自国兵200数十、フレスの弟子ら100と
戦力的にかなり劣勢であったが
そうなると迎撃するしかなく自らも前線に立って後退戦を展開する

まず、ベルフの追撃隊は速度の関係から騎馬隊が突撃してくるが

「しかたない、迎撃する!」とロランも馬を返し護兵と共に反撃体勢でぶつかり合う

が、ロランとその護衛官3人、妹モニカらの強さは尋常ではなかった


カトリーヌとジュリエッタの盾騎士としての防御の隙の無さで相手を平然と防ぎ止め
反撃して次々相手を落馬させ倒し、ロランに接近すらさせない

モニカは下がって前線の4人に持続する支援魔法を掛ける

特に特筆して強いのがチカだ。まず相手の槍も剣も打ち合わない
一方的に一撃で敵兵を突き倒していき防御も回避すらもさせない

「何だこいつら!」と敵兵が思わず叫ぶ
そういわざる得ない程この相手は強いのだ

たった5分でベルフの騎馬兵は足が止まり、ロランらが押し返す程の逆撃を加えた


やむなくベルフ側の騎馬隊は後退するが
入れ替わりに押してくるのが例の「スヴァート」である
これはまともな兵では相手に成らない

何しろ剣を叩きつけても向こうは涼しい顔で短剣で返してくる

「こいつらと無駄に戦うな!被害だけ出る!防御主体でいけ!」とロランは指示しつつ

馬を下りて地で相手する

移動中チカらと話合った通り、重装備の相手だと「普通」の武器や装備では「倒す」には辛いゆえに
ロランとチカとベルニール姉妹が「倒す」役割を主に受け
通常の味方兵には防御主体の戦いを指示し

これはと思い、剣聖の弟子達も前線に出る


実際それは当たりだった、まともに相手にしなければ一般兵でも防ぐ事は出来る

特に獅子の軍は「重装剣盾兵」に代表されるように
堅守反撃の軍として大陸全土でも有名である。元々一般歩兵も盾を皆持っていて
防御力に秀でている

特にその時の「スヴァート」は100名。自分らだけで2、30倒せば向こうは引く

そして「倒す」役割を受けたロランらはそれを達成できる強さがあった


ロランの長剣は「堅牢」「切断」「軽さ」の3エンチャ剣「ハードヘッツタラング」という
歴代王に即位の証として伝わる名剣であり
相手が重装備兵であろうと、容易に鎧を切断して相手を倒した

チカの武器は通常の長槍だが、チカの余りにも正確無比過ぎる一撃は
ほんの小さな鎧の隙間やフェイスの視界穴に次々槍を差込
難なく相手を倒していく、伊達に「針の一刺し」等と呼ばれていなかった

チカ程正確な技ではないが、カトリーヌは盾と剣を完全分業して確実に隙を突いて相手の鎧の隙間を斬り倒す

姉妹の姉ジュリエッタのオフェンシブシールダーの技も極めて有効だった
巨大盾を鈍器の様に扱い相手を跳ね返しては殴り倒し
体ごと盾を構えて突進して相手を吹き飛ばしつつ突進力を剣に乗せて鎧を突き通し相手を刺し殺す
如何に防御力が高いと言っても中身は人間
ジュリエッタの盾の打撃技は確実に相手の「中身」に打撃を通した

そして、100名居る「剣聖」の弟子達も並大抵の剣士で無く敵の攻勢を防ぎ確実に反撃して
敵を倒す

特に剣聖の「後継者の1人」であるウィグハルトは普通の剣を使いながら
まるで鎧等無いかの様に敵を横斬りで次々倒していった


たった15分の戦闘でスヴァートの特殊兵をロラン達は半数も倒し
追撃隊を撤退させた


ハッキリ言ってここまで自分らの技が通用するとは思っても見なかった
撤退する敵兵を見送りながらロランは

「チカの言う通りだったな、分かっていれば十分通じる」

「ええ‥そんな大した相手じゃないです、この場合むしろ重装突破兵のが強いです」

「そうなのか」

「はい、あの変な部隊は「硬い」と言っても板金鎧、抜くのはそう難しくない‥」

「なるほど、フルプレート程分厚くないからな」

「それに手持ち武器も短い、短剣ですから、踏み込ませなければ武器の長さで通常剣や槍のが有利です
私達は「踏み込ませない」だけの技量がありますし、そんなに苦労する相手じゃないです」

「残って見ておいて良かったなぁ‥」

「初見だったらもう少し混乱があったかもしれませんね‥」

「それに剣聖の弟子も伊達じゃないね、実に心強い」

「ですね」

「兎に角、別働隊が出て来る前に下がろう」

「はい」

「負傷者、装備の破損が出た者は車に、再編、手当て等もしつつ後退移動を続ける」

「ハハ!」

この輸送隊の長所が指示したとおり、連結した馬車に人も装備も歩く者と乗る者が交代移動しながら
再編出来るのが最大の利点である

特に大型装備、「獅子の軍」独自の「移動式機械弓」「移動式小型投石器」等
本来の物より小型である為に乗せて運ぶ事すらできる


移動しつつ、参加した剣聖の弟子達にも礼を言った

「協力感謝します、貴方達は頼りになる」

「なんの、こういった時の為の普段の修練です。どうぞ頼ってください」

剣聖の弟子達もそう返した
今の状況にあってはお互いがお互いを頼りにするのは自然な事だ
まして多くの民間人を抱えての撤退戦、自然と意気も上がるというものだ




ベルフのアルベルトはこの報を受け、怒りと驚きを同時に抱いた

「しかたない、ならここの占領政策は誰かに任せて残りで追撃を掛ける」

そう指示して準備もそこそこに北伐を半数の3000の兵を持って自ら開始する


森の街は中央街道北側出口で北伐の橋頭保であり、それを押さえた今となっては
そのまま北へ進軍しても問題は無かった

本来なら、後続で北伐をしてくる味方を待つべきではある、そのほうが確実性が高い

が、アルベルトは先年の銀の国での失敗があり
功をあせった側面があり、単独進軍を決めた


別にそれが間違いという訳でも無い
行動は早ければ早い方が良い。それが相手に準備をさせる余裕を奪い
常に自分が物事の主導的立場を獲得する機会でもある






アルベルトが3千の兵を率いて北伐を開始してから三日後

民間人を連れたロランの一団に追いつくのは、森の街の北
自治区「ラドル」の街の手前である

すでに街の住民は撤退しておりもぬけの殻であったがこの街と街道交差点で遭遇戦となる



「まさか主軍で追撃戦を掛けてくるとはね‥」

「如何します陛下」

「ここは逃げの一手だな、数が10倍では話にならない。が、僕らは王国の者
最後尾で殿を務める」

「でしょうね」

ロランは指示を出し、獅子の軍と剣聖らの300名と共に長蛇の最後尾に軍を置き
彼の護衛官達と追撃してくるベルフ軍へ対峙する


「目的は味方を逃がす事、無意味に打ち合うな防衛しつつ下がれば良い!」

そう味方に声を掛け敵と刀を合わせた


3千対3百である、勝負になる訳が無いが。ロランら5人の個々の武力の高さ、兵の精強さは
並ぶ者の無い強さでもあった
また、そもそも勝つ必要が全く無いだけに下がり迎撃により、守勢を徹底した故
撤退軍は崩れず

一時間近くベルフ軍の進撃を阻んだ



「あれは獅子の国の軍ですね」

「名前通りの硬い精兵だな。劣勢戦力にも関わらずまるで崩れる気配が無い」

「如何しますアルベルト様、奴等民間人の護兵の様ですが」

「うむ‥あれを倒した所で大して意味も無いが、捕虜に出来れば金には成る
とは言え、あの一団を狩るのは骨が折れるが‥」

「スヴァートを出しましょうか?」

「いや、既に一度撃退させている弓を使って遠距離から叩け
近接が強いなら無理に剣兵で接近戦をやる必要も無い」

「了解しました」


ベルフ軍のアルベルトはそう指示を出し弓隊を用意、騎馬や剣兵を下がらせ
遠距離から突く戦法に切り替える

それを見ていち早くロランは前に出てモニカとベルニール姉妹に指示

「モニカ、魔法防御を、カトリーヌ、ジュリエッタも防御を空気の盾から抜けてくる矢を防げ
一同盾を構えよ!」

「はい!」

一斉に射掛けられる矢を指示通り、モニカは魔法の盾で叩き落し、撃ち洩らした矢を姉妹が盾で
味方兵団も盾を構えて防ぐ

チカは指示を受ける前に騎馬で単騎、敵の前線弓隊に駆け
敵陣に単身突撃

瞬く間に敵弓兵を10人突き倒した


「な!」とアルベルトも驚いた

「術士が居るのか!しかも武芸者も」


「陛下!チカさんに続きましょう、混戦を作って弓を使えなくするつもりです!」

「応!皆行くぞ!」

と咄嗟にチカの機転を利かせた逆反撃に乗り、軍全体で即座反撃突撃を敢行

アルベルトの軍の前線を突き崩し敵軍を後退させた


「信じられん‥あの寡兵を持って‥止むを得ない重装兵を出し防御!」

アルベルトも敵の威勢を削ぐ為防御力の高い重装兵を並べて防御体勢を取り
ロランらの反撃を一時防ぎ止める

「向こうは少数 攻勢も長く続かん、落ち着いて対応せよ!」と指示を出したが

チカは単騎でその防御兵すら平然と突き崩した

何しろ、鎧があろうと盾があろうとまるで意に介さない、僅かな防御
鎧や盾の隙間を的確に槍で突き一撃で全て倒すのだ


だが、ロランはそれには便乗しない、チカが崩す逆から突撃を打ち
正面と横から呼応して敵を叩く、敵が勢いに押されて下がった瞬間の間に

「よし!今だ全員後退せよ!」

と指示を出し敵が引いた瞬間自分らも下がり距離を稼いだ



当初の目的を見失う事無く、被害を避ける手段を先ず打った
目的は「勝つ」では無く「守る」事である

そのままロランらは北へ撤退を図る


が、アルベルトは即時軍の立て直しを図り、即座追撃戦を再開



そこでオルレスク砦から援軍南進して来た獅子の軍の騎馬隊がゴラート指揮の下
600が来援と共に逆反撃の姿勢を見せた為、追撃進軍を停止


そうなると流石にアルベルトも諦めた

数の上では獅子の軍の三倍だが、この時点で無理攻めをして痛い目に合うのも馬鹿馬鹿しい
しかも一度ならずロランらに反撃被弾を負わされている

また、アルベルト自身が敗退しては北伐ルートの守りも出来なくなる為
この時は自重した

周辺地域を押さえて維持、後続のアリオスやロベールを待つ方が効率的である


「やむを得ない、一旦後退し、再編、周辺地域の確保を優先する」

そう指示を出し全軍停止させた、この時のこの判断は正しかった
それは後分かる事である



味方援軍と合流したロランはそのままゴラートを輸送隊守備に加え、同時、礼を言った

「助かったよゴラート、良いタイミングだった」

「陛下と民衆を守るのは当然の事です、間に合って良かった」

「いや、それでも有り難う。委任判断も正確だったよ」

「いえ、ダブルA殿の指示です褒めるなら彼を褒めてやってください」

「分かった、そうしよう」

「それと、我々が先行して参りましたが、後続にもボンズが1千と各国から輸送軍が三千程
こちらに向かっております、今はそれと合流し、撤退しましょう」

「民間人の保護は?」

「既に始まっております、皆想像以上に早い動きです」

「流石に皆優秀だな」

「陛下あっての我らです」

「兎に角、敵もまた追撃を掛けてこないとは言えない下がろう」

と、合流した部隊と共に森の民衆を率いて北へ進軍を開始する


もし、このタイミングでアルベルトが追撃をしつこく続けていたら
各地から集まった北軍と遭遇戦になっていただろう
これが偶然の幸運の一つである


もう一つが、追撃を停止し、周辺無人地域の街等の占拠に切り替えた事である

残された金品や物資の調達を無被害で行えた事にある
特に中央街道からの北伐であるだけに、後続、本国から物資や補給の要請など
出した所で来るのは何ヶ月の後の話。

現状徴収出来る物資があるのは何より助かる事である

アルベルトは森街に残した三千の兵のうち2千をそのまま維持に回し
残り千を二分して残り二国への占領政策に充て
自らの主軍は北と南を繋ぐ中央街道へ配置して維持に努めた

特にアルベルトにとって驚きであったのが、これまでどの戦場でも圧倒的であったはずの
「スヴァート」も重装兵も獅子の国の軍に対しては圧倒的では無かった、という事である

故に、警戒をして動かなかった












連合










ロランらは6日後にはオルレスク砦に民衆と共に到達
一同も胸を撫で下ろした


オルレスク砦は砦を中央にして左右を境涯な天然の壁に囲まれ前後になだらかな平地を置く
場所である
その砦の周囲に歴史上初と言える大軍団が既に到達しまるで巨大な集落のようになっていた


集まった民衆10万、獅子の国本国からの兵と合わせて砦に四千

ロランの求めに応じて集まった各国から集まった大規模輸送軍三千

更に各国、本国から兵糧、荷馬車等数えられない数である


流石に司令官のダブルAも驚いていた


「これは‥何から手をつけていいのやら‥」

そこに砦に戻ったロランらが面会

顔を合わせる早々ダブルAは

「陛下!」と喜びと戸惑いの声を挙げた

「戻ったよ」

「見てください陛下、とんでもない事に成っています」

砦の高台から見下ろすそのとんでもない光景、ロランらも言葉が無い程だ

「私の手に余ります‥どうしますか?」とダブルAは聞いた



「あー‥とりあえず各国の軍の指揮官を‥軍議が必要だね‥」

「は、はい」とそこでようやくどうしていいか分からないダブルAは指示を受け動いた


「凄まじい事に成ってますわね‥」

「まるでお祭りね‥」

「首都でもこんなに一度に集まらないわよ‥」

そうベルニール姉妹もチカも言った

「とりあえず、会議で決めないとな‥正直僕でもどうしたらいいか悩む」

「ですよねー‥」

と言ったが、実際簡易軍議を開き周辺国から集まった軍官や司令官は
特に混乱も無く、自分らがすべき事を自ら提示して話しは直ぐに纏まる

「アレクシア殿から事情を聴き、我らがすべき事は既に了承して居ります
戦い自体への参加は避け、民間人の避難と移送との事ですが」

そう示したのだ

「ああ、話が早くて助かる。ベルフの侵攻に対する防衛は当面僕らがやる
準備は事前にしてあるからね」

「はい、そこで移送の件ですが、獅子の国本国へは、何れ元の土地に戻る事を希望するものを
そうでない者は希望者優先で各国へ、となって居りますが宜しいでしょうか」

「問題ない、宜しく頼む」

「はい、では早速始めます」

と一同は席を立ち、その準備を各々始める事と成る


「アレクシアが話しを通しておいてくれて助かったなぁ」

ロランはそう言ったが、各国の将が会議室を出て入れ替わりに
「その」アレクシアが入ってきた。これには驚きだった
本国にあって任せたのだから当然だ

「な!?アレクシア?!なぜここに!」

「勝手に来てすみません。火急の報がありましたので「飛んで」来ました、陛下へ
直接お会いしたく‥」


アレクシアは今までに無く真剣な表情で言った
それを察したロランは頷き

「分かった‥兎に角聞こう」と答え

一同も会議室のテーブルを囲んだ



「先ずはこれを‥」そう言ってアレクシアは筒に入った書をロランに渡す

アレクシア程の者が何をそんなに慌てて、とも思ったが
それほど重要な物なのだろうと、即時開け、中の書を読んだ

そしてロランもアレクシアが真剣になる理由を理解した、一同も何事か?という顔を見せていた
故にロランは書の内容を説明しつつ読んだ


「銀の国からの書状だ。 南方フラウベルトと周辺地域の「南方連合」は知ってるな?」


問われて一同も頷く


「ええ、フラウベルトと周辺小国との共闘同盟ですね」

「これに南西地域も 「クリシュナ」を筆頭に連合に加わり、西の「銀の国」も加わったそうだ
ベルフに対するに、大陸全体で連合を組み、一つの集団としてベルフに対するべき
とある」

「つまり‥」

「ああ‥つまり「大陸連合」とするという告知、並びに全国、国家への参加の呼びかけだ」


これは、と一同も驚く


「なんと‥」 「これは大事ですね‥」


「盟主にそのまま「聖女エルメイア」副盟主に銀の国「女王マリア」、北全部にも参加の要請だ
また、北への銀の国からの援護派兵の準備もあるとの事だ」


「驚きましたね‥これ程急激に事が起こるとは‥」

「何か条件はあるのでしょうか?」

「いや、僕らがやった相互協力同盟と同じだ。兵、将、物資、資金の不足するところへの
融通のし合い。ベルフに攻められた場合への援軍派兵、参加全国家への統一した
作戦への行動。それだけだ」

「陛下と同じ事を考えている者が居たのですね」

「そうでもないさ、僕のやった事は元々あった南方、フラウベルトと聖女の連合と
そう変わらない、一方的な庇護かそうでないかの違いだ。僕はそれに習ったに過ぎない」

「‥どうされますか、陛下」

「うーん‥正直断る理由が無いな。それに、今まで消極的だった北側の地域、国、領主も動くかもしれないし、寧ろこの要請と宣言はありがたい程だ」

「私も同感です。有効な戦略でもありますし」

「うん、とりあえず、先にやっていた北側連合3国への通達、獅子の国もこの大陸連合への参加すると通達を その上で改めて独自の判断をするように伝えよう」

「了解しました」

「とにかくまず、参加宣誓書が要るな直ぐ書こう」

「既に書面は用意してあります、後は陛下が署名するだけです」

「流石アレクシア‥」

「陛下がこれを断るとは思ってませんしね」とアレクシアはニッコリして返し

宣誓書をテーブルにサッと置いた


「あー‥もしかして自ら持ってきたのは、この後の事も読んでた?」

「はい、私が一番移動の足が速いですから」

「やれやれ‥アレクシアには敵わないなぁ‥」

そう言いつつロランはその場で宣誓書に署名と印を押し、アレクシアに渡しつつ

「じゃ、届けてくれ。銀の国へ、かな?」

「問題ないと思います、早速」

「それと、向こうと何らかの「渡し」を付けたい、連携した、と言っても
ここと西、南では距離がありすぎる」

「ご尤もですが‥そうですね、ならば「伝心術」でやり取りできる相手を置いてきましょう」

「頼む」

「分かりました」




アレクシアは受け取って素早く部屋を出た

無論アレクシアが「飛べる」と言った通り飛行術が使える故、自ら出向き
届けるのが一番早いのが理由の一つ


二つに「渡し」と言ったように、アレクシアにはその手段、遠隔伝心があるからである

三つに、政治的立場、才覚に置いても他国の王と対しても劣らず、ロランの代理を努めて
不足無く、また、臨機応変な対応が出来る点である





即日宣誓書と荷物を携え、昼前にオルレスク砦を出たアレクシアは
同日夕方には銀の国に辿り着き
女王マリアと面会。


まずは挨拶と共に宣誓書を渡した

「アレクシアで御座います、獅子の国は連合への参加を致します」

「遠路ご苦労じゃった、たしかに受け取った。大陸連合への参加を歓迎する」

「いえ、この連合は我々にとっても渡りに船です」

「じゃろうな、が、我々にとってもそれは同じ事」

「相互に協力体制が築ければと思います」

「うむ、獅子の国の軍力は如何程かの?」

「ベルフの北伐一年程前から増強を進めておりまして
現在、兵6200 重装備兵1千 様々な兵装、輸送軍なども現在進行形で増やし続けております」

「成程、獅子の王は、事の起こりの前に準備をする賢明な者であったか」

「は、前王からの代替わりから日が浅く有りますが、名君であらせられます」

「最終的にどの当たりまで増強する事になろうか」

「ベルフの北伐により、自国から志願兵の類もかなり出ております故
しかとは‥ですが、二千は上積みされる可能性もあります」

「うむ、実に頼りになる事だ」

「で、マリア様。 連携策と言っても双方距離が遠く、連動した作戦にこの連合は
相応の面で不自由と思われます。そこでわたくし
「渡し」をつける者を連れてきております。そちらでお預かり願えますか」


アレクシアはそこまで言って横に置いた荷物から箱を出し
その中から毛の長い白い猫を出した

む?とマリアも驚いたようだ。「渡しをつける者」というからには
誰か紹介されるかと思ったからだ


「まさか?その猫が?」

「私の使い魔です。私と繋がっておりますので離れていても、会話等可能です」

「これが‥始めてみる‥魔術士は使い魔を持っていると聞いたことがあるが‥
そなた一体何者じゃ‥」

「お察しの通り、獅子の国お抱えの魔術士で御座います」

マリアは王座を降りてその猫を抱きかかえた

「うーーむ、普通の猫にしか見えん‥なんと珍しい‥」

「実際「普通の猫」ですよ。ただ意識を共有出来るだけです」

「つまり、猫に向かって話す事になるのか、なんとも奇妙な光景じゃの」

「若く美しいマリア様が猫を抱える姿はお似合いですよ。誰も変には思いますまい
それに普段は普通の猫ですから」

「呼びかければよいのか?」

「左様です「アレクシア」と呼びかければ繋がります それが切り替えのキーワードです」

「う〜〜ん、珍しい、そして面白い!」


相変わらず「珍しい、面白い、有能」が大好きなマリアはその猫をいたく気に入ったようで
抱いて頬ずりしていた

そのまま王座に戻って座り


「とは言え、連合の強化はまだこれからの事。実際に策をうちベルフへの大規模反撃は
これから、先の話じゃ」

「状況が整ってから、でしょうね」

「うむ、それで、獅子の国はベルフの北伐軍に対してどうか?何か不足する部分はあるか?
我が国、金も兵も余裕がある、要望があれば融通も可能じゃが」

「はい、軍力に置いては周辺国と「相互支援」がありますので左程
ですが、ベルフの北伐、中央街道出口3地域を押さえられ、我が王はそれら地域の住民を全て
保護しました
故に、強いてあげれば「食料の不足」でしょうか」

「成程、では、軍を輸送隊中心に送ろう金は10万もあれば十分かの?」

「はい、しかし宜しいのですか?」

「なに、構わぬよ。どうせ余るくらいじゃし。ま、余裕が出来たら返せばよい」

「分かりました」

「が、ベルフの北伐はアルベルトの他に後続にロベールやアリオスも出ている
何れ戦う事になるだろうがその点は問題ないか?」

「我が陛下はあらゆる準備を整えておりますが、こればかりは実際当ってみないと分かりません」

「そうじゃな‥ま、兵が必要な時は要請すれば良い。二千や三千は出せる」

「有り難う御座いますマリア様」


そうしてこの会談は終わるが
実際の所、獅子の国は単身で戦えるだけの物が全て揃っていたのも事実である

兵の数、兵装の豊富さ、将や武芸者のレベルの高さ

特に大陸で、この時点、これ程の人材を一国で揃えた国は獅子の国だけだろう

その意味に置いて現時点での頂上人材強国と言えるかもしれない



無論、新王ロランの「眼」の確かさでもあるが、同時
更に人材が増えていくことになる



まず、保護した南地域の住民から志願兵が相次ぎ、その数は1500に及び
元々の治安維持軍の1000も加わる

更に、オルレスク砦に滞在した「剣聖」の弟子の内半数の50も志願

特に心強いのが剣聖の後継者たる二人

ウィグハルトとソフィアの両名が師の勧めもあってロランに預けられた事だろう


二人の武は強力であるし、既にロランらもその実力は眼にしており
折り紙つきである

が、同じ剣法を学んだがソフィアは隙の無い硬い武

ウィグハルトはスヴァートの防御力を意に介さない強力な攻撃力があり

立ち合いでの手合わせを見ても少なくともチカと同レベルの武芸者だ
これほど頼りになる事は無い

ただ、それだけに処遇に困る

「うーん、僕の護衛官より軍の中に有った方が有効かなぁ‥」

ロランは同時志願した剣聖の弟子達50が居た為
それらと合わせて「自由遊撃」の立場を与え、50人部隊として

地位と職責を与え。軍での行動は委任して自由に
更に、責任は王に対してのみ負うという実質直属隊という比較的高い立場になる



この時点でオルレスク砦だけで4500もの単身兵力になった

南三地域の占領を終え
アルベルト軍がオルレスク砦に姿を見せたのは10日後である

3地域に其々維持兵を500づつ置き自ら残り全軍を率いての北進
数は4300である。砦攻めをするには数で劣る為
そのまま街道に陣立てを行い、睨みあいの形を取る、それ以上の攻めは無謀であり
アルベルトも承知の上であった為、双方動かなかった


この間。北側国家や地域のほぼ全てが「大陸同盟」の参加を承認。
同時、銀の国からの兵糧、金、物資が北側に送られる

こうなると獅子の国も周辺国家と同盟と同じ効果が出る、ゆえに
本国の守りを気にする状況に無く、王都の主軍を半数に割って予備兵と主軍2500も
オルレスクへ進発する
それらあわせた兵力が7000に成り防いで止める以上の戦力になった



五日後に

主軍の大将、ロルト、補佐官につけたハンナらが砦へ来援したのに合わせて
軍議が開かれる


「ここの戦力がベルフ側の北伐軍を上回ったが。今後の戦略の意見を聞きたい」

まずロランが議題と意見を求めた

「こちらから逆南進しても構いませんが、正直あまり効率的とは言えませんね」

「ええ、ここは境涯な砦、寧ろ、敵の攻めを待って迎撃して向こうを削り
侵攻不可能にして撤退させる方が効率的です、何しろこっちだけ盾があるようなものですから」

「まあ、野戦を挑んでも我々が劣るとは思えませんが」

「砦から最初の街までなだらかな小さい丘、坂や平地ですし、特に罠を警戒する必要もないですし
打って出ても特に問題ないでしょうが」


と、こういった知略面で頼りなる
ダブルA、ハンナがまず言った

「とは言え、大兵力の展開が出来る野戦を持って撃滅しても問題ありません
尤も、向こうの援軍が到達する前までが出来る期間という事になりますが
向こうが受けてくれれば、ですが」

主軍大将ロルトはそう言って、野戦を挑んでも問題ない事も示す


「うーん‥どちらの意見ももっともだね。どうしたものか‥」


一応、決を取ってみたがこれも票が分かれる

「ふむ‥どっちでもいいってのが一番困るよね‥」

「ならいっそ半々にしてみます?」

「と言うと?」

「防御軍を砦に残し、無理しない程度に、所謂「手を合わせてみる」という事です」

「なるほど」


「賛成です、まず、戦ってみない事には始まりませんし、上手くすれば敵を大きく削れるかもしれません」

ロルトはそう言って積極姿勢を見せた、主軍大将としては野戦迎撃の方がやり易いという点
また、自身が戦いたいという勇の表れでもある

「分かった、では向こうと同数辺りを揃えて、まず一戦当ってみよう
これにはロルトに任せる。補佐にそのままハンナ」

「ハ!お任せ下さい!」とロルトが立った


「えーと他に何かあるかな」

「あの〜」

「何?チカ」

「留守番は暇なんで私も出ていいですか?‥」

「ちょっと待った!〜それならわたくしも出ます!」

とチカが言ったとほぼ同時にカトリーヌが志願する。

「お前らな‥」とロルトは呆れ顔だ

だがしかし

「護衛官が前線に出たいって微妙な話だなぁ‥まあ、二人の武力なら
分からない話じゃないけど」

「しょうがない、僕らも出ようか」とロランが言う


「陛下‥」軍官一同から言われた


「あ、うん、大丈夫だよ、たぶん、最前線には行かないから‥」

「御意とあらばしかたありませんが‥」

「まあ、無理する決戦でも無いのは確かですが‥」

と一同から消極的同意を得る、が、そこでダブルAは

「一つ宜しいですか?」と自分の考えを披露して王の同意を得た












手合わせの初戦







翌日、戦闘準備を整え、獅子の軍はオルレスク砦と出る

対面で陣を構えたアルベルトも軍を展開、意外ではあったがアルベルトも

「手合わせの戦」である事を読んでおり、それを受けた


双方、獅子の軍が4千出してきた為、アルベルト側もあえて同数を展開し
余り三百は後方予備兵に、後方陣に待機させた


なだからかな平地での戦いである為、双方、基本的な中央左右へ分ける陣形での
正統的な戦いとなった

王子らも参戦しているが、メインはロルトに任せ
自身は後方からの観戦の立場に近い体制を取る




双軍のぶつかり合いが開始され三陣共にまずは様子見の接戦だったが

一時間程すると「よし、そろそろ進むか」とロルトが中央前線側に出て直接指揮と
前線の戦いに出る

そうなるとアルベルト軍はそれに押されてジリジリ下がる

ロルトは個々の武、所謂武芸者としても、獅子の国ではトップクラスであり
剣盾兵の長でもあり、前線で剣を振るうと味方の意気は上がり
単身でも次々敵を打ち倒していくだけに「前に出る効果」が非常に高く、このような事態になった


「むう‥、やはり獅子の軍、武勇の者が多いか‥しかたない、重装突破兵を前に出し防御
その後ろから弓を当てつつ中央は下がる」

アルベルトはそう指示を出して押してくる中央陣のロルトの足止めをしつつ、左右翼から
くの字に半包囲の形で矢を撃ち、足止めと前進行動の規制を掛けた

中々巧妙な戦術だ

「ム‥」とロルトも前進を止め、陣形の維持を図って、左右の味方との並行ラインを合わせて動いた

「伊達に大軍将の1人では無いな、ただ力で崩せば良いと言う訳ではないか」

と再び接戦の展開に成り更に1時間打ち合った




アルベルトは他の勇名を馳せたベルフの将とは違い
個人の武は前線に出て活躍出来るほどの物は無い。また、配下に武芸が秀でた者を飼っている訳でもない

主に数と重武装兵、戦術面に置ける防御の巧みさと粘りの強さで凌ぐ将である

こうした前に出て来る相手に対してのやり方と対応は狡猾である



アルベルト軍には欠点もある


この戦いではそこをハンナに見抜かれ、突かれる事になる


「敵は騎馬が少のう御座います。機動力を活かした展開を図りましょう」


元々獅子の軍も「剣盾兵」に代表されるように、盾や重装備兵の守りの国で
歩兵中心の軍である

だが、ロランらの「有事に備えた軍備」のおかげで獅子の軍にも大幅な騎馬隊の増強が図られ
準備されていた

この時はそれが役に立った

展開していた左右翼が更に横に展開して扇形陣に、その左右から銀の国に習って組織した
「高速騎馬槍隊」所謂ランサーの騎馬隊が両側側面から回って斜め横に突撃と後退
これを突き下がり、突き下がりを高回転で行った


この装備はロランらが「重装備兵通し」として南森の街での戦いを観戦した後

「これなら相手の防御を打ちぬけるのでは?」と通達して用意させた物である

実際それは功を相して、防御に回ったベルフの重装突破兵も打ち抜く

何しろ長い槍に馬の突進力を合わせて突撃するものだ、盾で受け損なうとフルプレートも打ち抜く

また、なだらかな平地であればこその展開である


「ぬ!‥まさかランサーとは‥」 アルベルトもこれには驚く


アルベルト軍の欠点は歩兵中心である事、マリア軍との戦いでもそうだったが
高速弓騎馬に対して反撃が難しく、対応速度が遅い

本来弓等の遠距離反撃で対応は可能だが、突撃と後退を交互に高回転で行われると
どうしても対応が遅れる。 弓兵といってもそれほど数が多い訳ではない

ただ、過去の反省から自軍にも馬兵は組織したのだが
後方に置いた300だけであり、しかも剣兵である


「とは言え、出さぬ訳にはいかんか‥」アルベルトはやむなく

後方予備に置いた騎馬兵も出し対応に充てたが数は倍
速度も錬度も段違いで、一応の対応で相手の行動の足「鈍らせた」が精々だった


そこに中央からロルトとチカ、カトリーヌの三者参加の中央軍が突撃してくる


実際本来の目的はこれである、左右から高機動の攻めを行い
防御と対応を拡散させ中央が薄くなる所で突破を掛ける

そもそも「武」に置いて初めから差がある故防御陣を拡散させ、その「武」を活かせば
圧倒的有利である

特に三者の個人武力が強力でまともな兵では案山子を切るのと同じレベルで
斬り捨てられる。こうなるとアルベルトも根本的な解決方法が無く苦慮した


「しかたない、陣後方、左右翼から圧縮し密集隊形中央を厚くして数で壁を作る
その後、敵の前進に合わせて後退、突撃の威力を防ぎつつ威力を拡散
向こうの攻めの力が衰えるまで防御に徹しろ
弓もフル稼働して前線の後ろを突いて敵の突撃前線の連携を崩せ」


と指示を出し、そのまま前衛は徹底防御、反撃は全て弓で行い街道を打ち合いつつ後退した

実際、打ち合っている最前線兵の直ぐ後ろに弓を撃ち掛けられ、前線とその後ろの部隊の足が止まると軍としての突撃が鈍る


「中々巧妙だな。まあいい、突撃を停止して再編する、深追いするな
一旦剣盾兵を前に出し維持、その後方で陣を整えよ」

ロルトは指示してそれ以上の強撃は避けて戦闘を継続しながら維持中心に切り替える


その後3時間双方防御主体の戦いになり
この時点でベルフ側の被害の方が大きく成ってきた為、守勢に徹したままアルベルトらは
街道を南進して大きく下がった為、獅子の軍も一旦砦側に引いて戦闘中止された

その後更に半日睨みあいの後、アルベルトは領土境界線の街まで下がった為

全軍、両軍撤収と成った


戦闘不能はアルベルト軍は300ほど、獅子の軍は160

打つ手や手持ちのカードに差があった割りに、接戦で留めたと言えるだろう






この一戦の感想を獅子の軍一同は

「武の者が向こうには居ない様だが「戦術面」に置いては巧妙で粘り強いな」

「伊達に八将に並べられていませんね、こちらの策への対処も素早いです
崩せそうで崩せない、そんな感じでしょうか」


ロルトもハンナもそう言って「上手い」という印象を持った


「チカとカトリーヌはどう?」

「ロルト大将と同意見です、兵が強いという事はありませんが
全体の集団としての行動の面から強軍と言っていいでしょうか」

「ええ、こちらの策が嵌った時点でそのまま行けるかな?と思いましたが
崩れませんでしたね。将の命令を冷静にきっちり守る集団ですね」


「上回っている部分はこっちが多いかなぁ、将としてはどうだろうか」

「もう少し当ってみないとなんとも言えませんがロルト大将のが
総合では上でしょう、向こうには足りない部分が多すぎますね」

「足りない部分が多いだけに、逐次対応が上手くなった、のかも知れませんね」

「とは言え、銀の国から齎された情報ではアルベルトは先発隊の意味合いが強く。
本隊は後ろから来るアリオス、ロベールでしょう。油断は禁物です」

「同感だね、皆、次に備えて英気を養って置いてくれ」

とロランはそこで解散させた



一同の評価はもっともで「足りない部分」が多いのは当然だ


アルベルトはこの時41歳

元々は傭兵や賊の長で裏社会の人間である。それがベルフに乞われ
将となったが、当人は武芸に秀でている訳でも、知略を学んだ訳でもない

故に、「イナゴ軍」物資の現地調達を得意にした点から「草刈り隊」等あだ名される

ただ、騙しあいの世の中を生きて来ただけに、注意深く、裏社会で長を務た故
金の扱いが上手く。人を集める事に長け、部下のコントロールが上手く
占領作戦等には八将で一番長けている

また、皇帝に取り立てられた事による忠誠心の高さ、本国から人や物資の要求をせずとも
自前である程度用意する便利さもあって重宝されていた


逆に元が元だけに一般的に世間評価が良くないので配下に名士が集まらない
ただ、世間の評判と逆に部下の信望は厚く、統一した軍としての行動、粘り強さは高いという
効果があるのでマイナスというわけでもない

部下に武芸の者が居ない訳では無いのだが、国家の軍の武芸者としては殆ど我流の
喧嘩剣士ばかりであり、正統な相手にぶつけるには心許ない

それがアルベルト軍の「知」と「武」の対応の貧弱さである


「逐次対応」が上手いのも「無いが故」の経験値の差である
何しろ「一番頼れるが自分」だからだ、どちらも無いからそこを攻められる事が多く
自然と様々な状況に対応出来る様になっていただけの事である


その経験値の高さは群を抜いて高く結果も出してきた

実際、西でマリア軍に敗退するまで 軍歴の中での失敗は少ない、功績のが遙かに多い

マリア軍に敗退したのも「本格的な戦略」に対しての経験の無さでの対応し難い点
前歴に相応しく「挑発に乗りやすい」面の災いである

無論、大軍将であるから、「戦略、戦術」も独学で学びはしたが
マリアの様な抜きん出たあるいは正統な、相手には付け焼刃でしか無かった





余談だが。「武芸者」に関してはアルベルトの下にも
自身が裏社会の長を勤めた時代から着いて来ている
「アグニ」本名はアグリニッピア、という30歳の女性武芸者で用心棒が1人だけ居る

ただ、これも我流喧嘩戦法の武芸者ではあるが前に出しても相当強いのだが
兎に角性格に難があり、アルベルトのお気に入りに成っていた事
傲慢で基本的に言う事を聞かない事

アルベルトが一方的に惚れているのだが、それほど彼女は
妖艶でグラマーな美女で恐ろしく喧嘩に強い為、周囲にも味方が多い
アルベルトとの関係もあってか「姉御」と呼ばれて自分独自の隊を持っているのだが


ただ、何をするのも気分次第でイチイチ金銭を要求される為非常に使い難く
これぞという時以外使えないというそうとう厄介な人物である
故にどの戦場でもほぼ出番が無いのである


この時も撤退し、街まで下がって再編した時も

「最近負けてばっかだねアル」と盛大に皮肉られたが

「貴様も少しは役立ったらどうだ、遊んでる奴が多いから負けると考えられんか」

と返したが

「あたし1人で戦局がどうこうって話でもないだろう、弱いから負けるんだ」

「ふん、碌に参戦しないで良く言う。そのくせ給料だけは要求する
飲み食いだけしてると鈍るぞ行き遅れ」

「あーあ、これなら他の将の所に居た方が良かったな〜」

「お前みたいな奴を他の大軍将の誰が使うか!」

「分かった分かった、次は出てやるよ、気分が良ければ」


と、何時も二人はこんな感じである
別に仲が悪くてこのようなやり取りなのでは無く、腐れ縁の
お互い言いたい事を言うのでこの様なやり取りになる

「次は出てやるよ」と言うがまず次に出る事は無いのだが

この時の次にでてやる、は実現される












その後10日動きが無かった

アルベルト自身も街まで下がって維持、防御に徹した点

そうした理由は3つ

一つに皇帝からの出撃前の勅命である「北を抜いて周辺国の占領維持をせよ」
という命令を守った事

2つに草刈り軍としては街道を北に抜けて3地域を押さえたは良い
集積、徴収する物資もあった。だが、無人であった点

そうなると兵の現地調達が出来ず、戦うのは良いとして
失った兵を補充のし様が無い事、故に無駄な攻めは出来ない

3つに、待てば何れ後発軍のアリオスやロベールが来援する点

この制約、条件がある為動かなかった
故に先の戦いでも抑え気味の手合わせではあった




この辺りで北の連合他国から総軍2000が獅子の国に来訪

西からもマリア軍の援軍2000が来訪、しかも将二人付きである

この時点で北連合、オルレスク砦の兵力だけで一万を超えた


数日遅れて、ベルフ側も予備兵と物資、装備等が追加で1000ほど来て森街に結集




こうなると戦力で圧倒的に上回る為
獅子の軍でも積極策が出されるが。先の軍議でも言われた通り

「盾の砦がある為」こちらから進軍するのも効率が悪い

したがって先の開戦と似た様な方針
「攻めて敵を削る、領土の奪還はしない」という方針が示され
ロラン王も同意することになる、本格的決戦前に兵力差を更に広げるのは
方針、戦略としては正しい


また、一戦目での力量を測り得た事での、次戦での戦局がある程度
計算できる点である


獅子の軍は援軍に来た銀の国の軍二千を左翼 ロルトの主軍を右翼として二千を出し
王子らと剣聖の部隊の直属軍50も主軍後方で観戦参戦

状況に応じた参戦の立場を取って出撃

南に進発してアルベルトが滞在防衛する最初の街「ラエル」前での戦いを挑んだ


わざわざ同数を揃えて挑んできた事自体、獅子の軍の目的は明確であるが

街を譲る訳にもいかず、アルベルト軍も受けざる得なかった


街、街道、草原、なだらかな丘が交差する地点であり
街の出入り口付近の納屋、施設も利用して徹底して防御を敷いて耐える姿勢をとった
実際開戦するとアルベルト軍は動かず

防御接戦を繰り広げた

特に街内から土嚢や木材、家具まで持ち出し、盾に利用した為非常に硬く
半日近く一進一退の攻防が続いた


元の街の住民からしたらいい迷惑だが、方法手段を選ばないアルベルトらしい戦いとも言えた


そうなると先の戦いでの機動戦も挑めず、歩兵中心での突破戦になる

が、逆に言えば、歩兵クオリティの差が出る為、王もチカ、ベルニール姉妹を前線に預け戦わせる

アルベルトもスヴァート、重装突破兵も有るだけ投入し
徹底して戦線維持を図るが、武芸者の差が激しく、どうしても押される

やむを得ず、自身が武に自信が有るわけでもないがアルベルトも最前線で槍を取って戦うが

ここで「次は出てやる」と言ったアグニが30人の手勢武芸者と共に前線に出てくる

全くアテにしてなかったのだが意外ではあったが
今の状況では死ぬ程有難かった

「まったくアンタはあたしが居ないと何にも出来ないんだねぇ〜」

と皮肉られたが今それが心強く感じる程である



「さあ!誰かあたしの相手をする奴は居ないかい!」と叫び

「個人戦を挑む奴が居るとは驚きですわね」とベルニール姉妹の姉
ジュリエッタが受けた

この一戦は近年稀に見る、個性派の戦いと成った

ジュリエッタは巨大盾を攻撃にも使うベルニール家独自の「オフェンシブシールダー」

アグニは鉄糸に刃を繋いだ、鞭と剣の中間の様な武器を使う武芸者


武器の射程が長く、ヘタな受けをすると巻きつかれて切り裂かれる為
ジュリエッタが相手なのはある意味正解であった

防御力が高く、受けも反撃も上手い、打ち合いの中から鞭剣を跳ね返しつつ
盾を構えて突撃打撃、一度接近戦に持ち込めば有利、かと思われたが

アグニの武器はいくつもあった
接近されたジュリエッタに「蹴り」を放ち横に飛びながらいなしたのだ


アグニは接近戦に持ち込まれるのを承知の上で
「足癖の悪さ」も使って「蹴り用の具足」も履いている、それで打撃を返しつつ
反動で距離を取ったり転ばせたりする超個性的スタイルだ

むしろ正統的な剣士が挑んでいればやられていたかもしれない
相手にするのが難しいトリックスターである

故にこの個人性は噛合って全軍前線も膠着した

ここで双軍無理をせず、一旦後退して陣形を再編、休息してその日は停止した



一晩休んで昼頃、再戦と成るが、アグニが前線維持を受け持った為またも
個人戦と前線の打ち合いになり獅子の軍の前線を防ぎとめ翌日も凌ぐ事になった

その日の個人戦はチカが相手をしたが、正直相性が悪いのと
アグニが「こいつのが上だな」とあっさり見切って距離を取って投げナイフすら使って逃げ撃ち
更に自前の部下にすら邪魔させるという

「負けなければ何でもいい」というおおよそ武芸者とも思えぬ戦いを展開してのらりくらりの
逃げ戦法を行った為、決着が付かなかった

こういったタイプの相手だとチカも対応し難く、正直「面倒くさい」のもあって
お互い引いて翌日の防衛戦に持ち越した



後でアグニはアルベルトの下に来て手を出して

「いくら出す?」と聞いて来たが

「後で皇帝陛下に要求してやる」と返して黙らせた







後日三日目と成るかと思いきや
ここで森街から後発で送られた予備兵1000がアルベルトの下に来援

更に、先行して機動中心の100名でとりあえず中央街道出口にアリオスらが辿り着いて
書が送られてきた為アルベルトも戦闘継続せず、街の中央まで引いた為

獅子の軍も一旦砦に総撤退して再編を行った


ベルフ側 被害200 獅子の国側 100とややこちらが優勢とも言えたが
劇的な結果でも無かった







砦で軍議を開き、以後の対応を話し合った


「向こうも後発組が来援したようだね、今後の意見を聞きたい」

「ハ、状況が変わったのなら、もう当初の砦を盾に使って徹底して迎撃で良いとおもわれます」

「砦に射撃大型弓や、対人投石器も整いました、それと先の二戦の隙に
斥候を展開しました、のち向こうの細かい情報が出るかと」

「流石ダブルAだね」

「有り難うございます」


「この状況に成ってはもうアレクシア様も召還しても宜しいのでは?」

「そうだね、さっそく通達を」

「ハハ」

「他に何かあるかい?」

「そうですね、意外な程、と言っては何ですが向こうが固いですね、もう少し削れると
思ったのですが」

「武芸者も居たんですね‥」

「というか、めんどくさいですアレ‥」

「後ろで見てても嫌な相手だったね、実戦慣れが異常というか」

「ですね」

「まあ、兎に角、次の戦いまで時間もありそうだし
策を打つにしろアレクシアが来てからでもいいだろう。引き続き準備を」

とロランは解散させた


その会議の後自室にエリを呼んで聞いた

「南方3地域、並びに周辺の細かい地図は出せるかい?」と

「この辺りは何時も配達で歩き回ってますからかなり細かく出せます、けど
どうするんですか?そんなもの」

「地の利はこちらに有り、なのでアレクシアが来る前に精密且つ、地元民しか分からない様な
場所、道、何かを知りたい、策を差し挟む余地があるなら役に立つ」

「なるほど〜!。全部頭に入ってますから直ぐ書きます!」

「頼む、出来たら、そのままアレクシアに付いて伝達も」

「はいー!」と言って何時もの様にすっ飛んでいった


北方地域の強みの一つがこの地形である
兎角自然が多く、策の打てるポイントが多い

特に「伏兵」「奇襲」「情報工作」である


もう一つが北地域の情報の少なさ、ベルフにとっては初の北伐であるという点である

向こうはアリオス、こちらがアレクシアと成れば
策の打ち合いになる展開も予想されるが、予め情報が有るのと無いのでは
優位性がまるで違う、故にロランはこの指示を出した


求めに応じてアレクシアが砦に着任したのは三日後、そのまま出来上がった地図と共に
エリが付いて細かい場所、地図に表示されない場所、地形、等の説明を全て受けた







一方、アルベルトの防衛する、最北ラエルの街に先行して来たアリオスらが合流する


「何だ、100名だけか」

「後からどんどん来ますよ。とりあえず私が先行して来ただけです
人材差が苦しいでしょ?」

「‥たしかに、その通りだな、兵で劣る訳では無いが、向こうは人材の揃えが異常だ」

「ええ、なので、まず私が」

「と言っても武芸者の数も質も異常だぞ向こうはアリオスの所も武芸者は居らんだろうが」

「そうでもないですよ「女人隊」で防げなくもありませんし
キョウカさんやイリアさんも武芸が出来ます、それなりにやれますし、この一年で更に
そう言った武芸者も探してましたし」

「相変わらず若い女ばかり集めおって、胸糞悪い人事だ」

「人事は八将の自由権がありますから、アルベルト様もそうなさっては如何ですか?」

「知ってて言ってるのかお前は、集まる訳なかろうが」

「そういうつもりで言った訳でもありませんが、まあいいでしょう
とにかく、先二戦の情報をください策を練るにも情報です」

「分かった来い」

とアルベルトの陣幕に招かれ、細かい情報伝達を受けた


「うーん‥、しかしこれは困りましたね、住民の総撤退とは‥」

「ああ、引き出す情報の先がそもそも無い、南森の敵兵捕虜は居るが、そこまで有益な物は
持って居なかった」

「しかも向こうの数だけいち早く揃ってしまいましたね‥」

「向こうの連合としての連携率も高い、ハッキリ言って厳しい」

「‥帰りましょうか?‥あんまりやりたくないですね」

「んな訳に行くか!」

「しかしねぇ‥あの砦を打ち抜いて、北に雪崩れ込んでも更に獅子の国の王都でしょう
無茶苦茶厳しいんですが‥。いっそ被害が出る前に帰って南か東攻めた方が楽なんですがね
他の地域軍と連携出来ますし‥」

「愚痴ってもしかたなかろう、御意が北を落とせなんだから。それだけの戦力も
そのつもりで投入されているんだ」

「ハァ‥嫌だ嫌だ‥」





アリオスは街の宿から「とりあえず充てられた司令部」に席を置き
嫌々ながら策を練った

が、この時のアリオスは本当に嫌そうだった、何時も嫌そうだが
付き合いの長くなっていたイリアにもキョウカにもその違いが分かった

「ほんとに厳しそうですね」

「ええ、まあ、北攻め自体完全に間違いですし‥大陸連合に成った以上、余った地域から
兵がどんどん来ますし‥無理押ししても全勝するくらいの勢いが無いと無理なんですよね」

「なるほど」

「やるにしても、南で王子とシャーロットさんがやった様な削り戦法を間断なく繰り返して
向こうを削っていくしか無いんですがね、しかも北はそれを許してくれる地形と
人材じゃありませんし。他の支配地域からの連携した攻めも出来ませんし

ハァ‥帰りたい」


とずっと嫌そうにしていた
当然だろう、戦略ミスを逆転する戦術や策等普通はありえないのだから


とは言え命令とあらばやらないわけにもいかないのが下の者の辛さである
ここまで間違いの少なかった皇帝ベルフの戦略眼も急激に衰えを見せた様にも
アリオスには見えた


実際北伐自体もその北援軍もアリオスは説明し、無謀に近いとの見解を出立前に
皇帝に披露したのだが全く聞き入れられなかった


「後の頼りはロベールさんの武力くらいですかね‥援軍兵も更に欲しい所です」


アリオスの見解は尤もである、そもそも包囲されているのに逆反撃して
包囲陣を突き崩せと言われてるのと同じである

それにはもう、それを突き崩す火力くらいしか思い当たらない
あるいは、敵王を暗殺するくらいしか手が無いのだ






5日後にはアリオスの遅れてきた主軍4千と補充予備兵2千が森街に到着、この時点で
後方二地域に置いた維持兵の1000も大方アルベルト本軍に収集した

数の上だけでは総軍1万二千に成って、北連合と戦力は拮抗するが
アリオスは全く喜べない

無論アルベルトは喜んだが




この情報は斥候を展開した獅子の軍もいち早く掴み再び軍議を行うが
軍師に着任したアレクシアは方針を変える事も無かった

「ここを盾にして守るのは有効です、一つ策はあるのですが
何れにしろ敵が全部集まるまで待ちます」

と示した

「そこで、陛下にお願いしたい事が二つ」

「参加して頂いた剣聖様の部隊にもお願いがあります」

そして具体的な策が伝えられた

その準備は更に10日で整えられる、後は敵が揃うのを待つ方針を貫いた


だが、同時に、アレクシアが最後まで口にする事は無かったのだが
「裏での攻防」も展開していた



アレクシアの策を聞いて、ロランらは認め、まず書状を連合周辺国に出すと共に
送られた援軍半数を一旦当事国に戻す

その後、主軍をロルトに任せ、ハンナを補佐はそのまま

状況の対応にロランは後方にと当初からの人事と同じになる

銀の国の援軍には主軍と同時行動の立場に

最早本国に防衛兵を置く意味も薄く、殆どの残り兵も召還して戦力を結集した



そこから五日、ロベール率いる主軍5千が北に到達、即時そのまま北伐してアルベルト、アリオスに合流を
図ろうと動く。この時点でアリオスがまず手を打った
街に結集した戦力を予備兵合わせて再編

アルベルト、アリオス共に5千の軍を作り、残りを街へ置いて、更に二将の背後に二千の軍を作る
この司令官にアリオスが新たに登用した将



姫百合(もちろん若い女性、偽名)を充てて任せた

彼女は22歳。 大陸戦争中年に攻め落とされた、没落王族の親族でその名の通り「姫」で
あったが

ベルフの捕虜として扱われていたが、ライナらと同じく、既に国も無く
賠償金の払い先も既に無い為、処遇に困り
罪人島に送られた一人でもある

ただ、その先で10勝して生き残り、アリオスが「もったいない‥」と思い
金を払って身請けした

元々才能があったのか、キョウカに預けて本格的に武芸の指導をしたが
あっという間にキョウカを追い抜き、八重等にも追いつく才を見せた


元が国の一族である為、「学」にも明るく、アリオスが指導したが
軍指揮や戦術、戦略への適正を見せた事により登用されて前線に使われる事になった

ベルフに対しての恨みはあるが、逆にその中にあってアリオスの優しさや
施しによる感謝があり
その身を捧げるという程の忠誠があった

また、アリオスの「裏」を知っている数少ない1人であり
それにも同意して尽くした
ベルフへの忠誠でなく、アリオス個人への忠誠である


ただ、元が姫な割り、見た目は兎も角、男勝りな女性である
元々なのか厳しい生活での中での結果なのかは分からない


アリオスの元に偽名の若い女性が集まっている理由は
同様に、アリオスに身請けして助けられた女性が多い故である








ロベールが一同に加わる前に「攻めの軍」を整えたのは無論「策」
の為である。一週間後にロベールらが加わると即時迎え
軍議を開いた

「砦攻めにしては数が多いな」先ずロベールはそう言った


当然だろう、そこまでの人数の展開するような場面ではない

「あの砦を攻めて打ち抜く等無駄もいい所ですからね」

そう答えてアリオスはロベールの言に返す

「では、野戦をやるのか?と言っても引っ張り出すには餌が要るが」

「左様です、まあ、色々考えたのですが‥、向こうを引っ張り出すのは並大抵の事ではないので‥」

「だろうな、で、どうする気だ」

「後方三地域に住民なり領主なり居れば「人質」というのもあったんですが無人ですからね」

「となると街の破壊工作でもするか」

「ええまあ、ですが余りにセコイので保留で。まあ、当初は普通に攻めてみましょうかと」

「俺としてはそれでもいいがな、下らん策の打ち合いはつまらん、が、意外だな
お前が策の打ち手が無いとは」

「一応パチンコは2個ありますから、どうにかなるでしょう。と言っても
何れにしろロベールさん頼みですけど」

「が、無謀な砦攻めもこっちが痛いだけじゃないか?」とアルベルトが口を挟む

「ええまあ、ただ、一応策らしき物は考えてありますので、相手が相手ですし
上手く行くとは限りませんが‥様子を見ながら展開できれば、ですが」

「聞こう」

とアリオスは「策」を二人に説明する


そして後日には三将は北伐、二日後にはオルレスク砦で対峙となる


ベルフ軍は投石器を二機用意してまず打ちかけて来るが、砦にも反撃用の対人投石器が用意
石の打ち合いになる。

「なんとまぁ‥、向こうも反撃武器を用意したんですか‥」

「準備する時間はあったからな、しかし読まれてるな」

「相手が相手ですからね、コレまでの様な楽な戦いには成りませんよねぇ‥」



更に獅子の国の軍は砦に用意した遠距離大型弓も加えて反撃してくる

「道具での打ち合いでも向こうは倍ですか‥、一旦下がりましょう」

とアリオスは指示して一度距離を取る

そこで意外な事に獅子の軍が出撃してくる、野戦を挑んで来たのだ



「ほう‥、野戦をやるか、手間が省けたな」

ロベールは言いつつ軍の展開を図り対応姿勢を即座に整える

ロベールの軍が主軍5千を前に立ちはだかるように最速展開
彼にしてみれば「待ってました」の事態であり真っ先に動いたのだ

対して獅子の軍はまずロルトの主軍が二千に、右、
銀の国の援軍軍が左に分かれて展開
後方に二千をロランが指揮で出た

が、単なる野戦軍では無く、様々の兵装の軍である

数はベルフ側のが明らかに多いがこの様な展開であればとロベールは

「一戦当ってみようというつもりなら俺が相手する。二人の軍は予備軍として控えろ」

と告知して正面決戦で挑んだ


双方正統的な正面決戦でそのまま打ち合う
軍としてのクオリティも互角で接戦となった。

ならばと、ロルトは最前線に出て自ら剣を振るう
そこにロベールが槍を取って出て受ける

一騎打ちではなく双軍の打ち合いの中での戦いだが
その中で個人戦の打ち合いもあり、お互いの力を見せ合った

ロベールは槍の名手、ロルトは長剣の名手であり
中々の戦いを魅せる、両者共、正統、王道の技の持ち主で戦争の中にあって
互いが互いに好意を覚える程の噛合った戦いであった

そのつもりも無かったのだが二人の打ち合いで自然と輪が出来個人戦舞台となっていた

30合打ち合って譲らず、ロベールは「ほう‥」と呟いて
少しずつ攻守の配分を変えて戦う

そこから少しずつ、展開が変わる。第三者から見ても分からないのだが
お互い同士の中でロベールが優勢に傾く

(ここまでか)ロベールは心で呟いて少しずつ引いて、個人戦と軍戦を入れ替えつつ
最後には引いた、あくまで冷静、客観的であり
それが分かったロルトも下がって味方に譲った

「智勇の均衡の取れた名将だな、俺と同タイプか」とお互いが同じ感想を洩らした

ただ、これもお互い認知したが、個人の武では僅かにロベールが上回った、無論それを口にする事は無かったが

その後3時間の戦闘の後、一旦ロベールは軍を下げ再編を行う


代わって前に出るのがアルベルトの軍、ただ、ロベールの時と違い前を支える武芸者が居ない
故に同じく三時間の打ち合いの後ベルフ側は全軍ジリジリ街道線を下がって後退する

なにしろ頼れるアグニが「めんどうくさい」と言って後方観戦したからだ
本当にアテにならない気分屋である





翌二日、そのまま野戦を挑んだが獅子の軍が先に動く。後背展開していたロランの軍が前に出て
所謂正統基本陣形、中央、左右への陣形展開して前進攻撃を図る

更に砦にあったはずの遠距離機械弓も投入して高い火力を展開して押してきた為
一時ベルフ側は後退する
何しろでかくて威力が大きい、まともに食らうと人を貫く

こうなると、悠然と軍の交換戦法を続ける訳にも行かずロベール、アルベルトの両軍が
前線展開投入して押し返し
機械弓周辺に弓を浴びせて使えない様に図って止める

ここで前線兵力差が一万対六千に開き半包囲して押し返す形になるが右翼担当したロランの軍は
自身らの武芸者と共に前進突撃、対するアルベルトの左翼は数の差があったが武力差で下げさせられる


止む無く、アリオスが「女人隊」を援護派遣してそれを食い止め支え凌いで
その日の戦闘は一旦引いて終わるが

直後ベルフ側の情勢が変わる














作戦変更の展開







その通知と情報を受け取ったアリオスは歯をギリッと噛んだ

「何事だアリオス」とロベールは陣幕での簡易軍議の場で聞いた

「大陸連合の西、銀の国のマリアが動きました。デルタ砦への進軍です」

「ぬ‥」

「な?!」

「恐らく、それでは済みますまい‥」

「どういう事だ?」

「大陸連合と成った今 全国で連動した動きになります、恐らく南も危ない‥」

「お前の悪い予感が当ったな」

「ええ、向こうの欠点は各国がバラバラであった点です、それが解消され
国境が取り払われるとこちらも各個撃破が出来なくなります‥フラウベルトの
南方地の強さは逆にそこにあります、周辺国と連動した為強敵だったのです
これを全国でやられるとなると‥」

「とは言え、こちらで出来る事も無いだろう、まさか北攻めを止める訳にもいくまい」

「左様、全体的な戦略は陛下の御意で決まっている」

「‥一応、陛下に再考を仰ぎます‥このまま北攻めをして、よしんば獅子の国まで噛み付けたとしても我々が孤立死しかねません‥」


「うん?イマイチ分からんな‥北を抑えれば抑えたで優位には展開せんか?」


「それは完全支配出来ればの話だ。南も西も攻められると成ると、兵も将もそっちに分散される
兵力分断、分散の憂き目に合う上に本国から中央街道を通ってのこちらへの
援軍派兵や補給も減らされる事になる、余程最速で獅子の国王都まで落とさんと
兵の補充も出来ず、兵糧も足りず、という事に成りかねん
現状でも距離の長さから要請しても来るのは二ヶ月先だ」

「む!?、成るほど‥それは無茶だな‥」

「更に北地域後ろ3つの街では物資は兎も角、兵力の現地調達等出来ません
無人ですから‥買うにしろ、徴収するにしろ、物資も直ぐ尽きます
何しろ無人という事は再生産もしてないですから」

「マリア軍にやられた焦土戦法か‥」

「意図してやった物では無いのでしょうが、結果的にそうなります‥」


「それに東のメルトや獅子の国周辺国も、かなりの軍力を保持しています、そこから派兵等
北に送られれば
攻め落とす日数の目算が立ちません」

「ぬう‥」

「難しいな、現状、戦力を維持して引いて守るのが良いのだろうが。
陛下がお怒りになるかもしれん」

「はい、故に再考を願うのです‥正直全体戦略と成れば独断で動けません」

「とりあえず、維持防衛を街まで引いて行うのがベターだろう、最初の街、ラエルで押さえて
他も維持出来れば不興を買う物でもないはず」

「同感です、一旦引きましょう」


大陸全体の情勢が変わった事により、この様な判断をせざる得ない状況にベルフ側が
追い込まれた 故の後退である

同時に用意した「策」がアリオスの物だけ殆ど潰される事になった
攻めから守勢に回らなければ成らない為である


ベルフ軍の後退は意外であった、この時点でアレクシアの打った手も半分潰れる

が、その変化は総合的にはマイナスではないので大した問題ではない

一連の情報自体、銀の国、マリアから直通通達によってアレクシアに伝えられ
獅子の軍の軍議で一同に説明される


「そうか‥、南も西も反転攻勢に転じたのか」

「そうなるとアレクシアさんの策も無駄になりますね」

「それは別に構いません、あくまで一部戦略の話であって大陸全体の戦略が動いて有利になったのなら
それに勝る事はありません、敵が引いたのもそのおかげですし」

「そうだなぁ」

「それにまあ、半分は生きてます、まだ使い道はありますよ」


「うん、向こうはラエルに防衛線を張るみたいだしね」

「左様です陛下、向こうの動きの今後の展開次第ですが
今度はこちらから向こうを突けます」

「守勢に徹するなら攻めてつつけるからね」

「とは言え、一応砦の防衛線も維持しない訳には‥これ自体、罠という点も
考えたほうが宜しいかと」

「そうだなぁ、今の所、様子見かな、一応出撃準備だけしておいてくれ
何か新たな展開があればまたその時話し合おう」

「分かりました」






そこから10日、皇帝の再考を求めたアリオスの下へ返答書が届く
これを会議の場で内容を他将に通達して方針を決める会議へとそのまま移行する

「北ルートの維持、他は任せる、との事です」

「最悪、森街だけは押さえておけ、という事か」

「一応妥協案、て事か?」

「そうだ」 「左様です」

「しかしそうなれば、こっちも単純な手で戦えますね」

「防衛しつつ後退すればいいだけだからな」

「もう、集積する物資も無い事だし」

「ええ、もうやる事は決まってますが、細かい策を打ちます
というより、基本方針ですかね?」

「聞こう」






翌日、アリオスらは軍の移動準備を進めた
装備や兵装で重い物、の撤収、物資の搬送中心である

これら情報を受け、獅子の軍側が動く事となる

早い話、撤退する相手への追撃戦、並びに占拠された街の奪還である


「可能性として、こちらを引き込んでの反転攻勢、擬態の後退戦も有り得ますが
ただ、全方面の情報から見るに、確率は低いです」

「うーん、なら例の策から出てくれているサイオウの国の軍に本隊の後詰と街道の監視を
お願いしよう
向こうのが策だとすれば背後を突くか街道の分断が考えられる
もう出てきているのだろう?」

「ええ、策自体止まっているので西森で待機してもらってます、さっそく連絡します、
半日お待ちください」

ただ、アレクシアは敢て言わなかったが
初動から両者共に策の打ち合いはあった

アリオスが打った策の下準備を準備段階で潰すという裏での攻防である















翌朝


一応の砦防衛兵1千とダブルAを残しつつ、他の全軍もって出撃する

二日後には「ラエル」に到着、どう反応するかとも思ったが
ベルフ側はロベール、アルベルトが街を背にして構え軍展開

肝心のアリオスは自軍の内1千だけ二将の後ろに予備兵として付け
残りの四千は物資、装備の撤収配送にフル回転で街道を南進する


「どうやら偽情報での「釣り」とかでは無いようですね」

「皇帝自身が北伐の一時放棄を指示というのは当たりらしい」

「うーん‥向こうの輸送軍の規模が思ったより大きいですね、
これは打った策の使いどころが難しい‥」

「無理にやらせる必要も無い、主軍の攻めと連動して引きやすいタイミングで仕掛けさせよう」

「そうですね、了解です」



両軍、正面決戦となるが、どちらも「受け」に配分した戦線になる

数ではロベール、アルベルトが左右配置で五千づつ予備兵1千

獅子の軍は ロルト3千、ロラン3千を前に 銀の国の軍二千が中段
様々な兵装を状況によって投入すべく混成軍が後方に二千と兵力自体は拮抗するが

この時点で武芸者の数と兵装、打つ手の豊富さが既にベルフを上回っていた



獅子の軍に対する前進攻撃に対して、防衛線を展開するベルフ軍だが

この時、それら上回る「手」を徹底して使い優位に展開する

800近い騎馬隊も100名ずつに分け、武器もランス、弓、剣兵、剣盾と装備換装、防御、突撃、遠距離、維持
移動を分けた部隊事に分割してメリハリを付け、更に高速度を生かしてぶつかり合う主軍の
サイドや後背を制しつつ徹底して押し引きを繰り返す


主軍に置いては、ロルト、チカ、ベルニール姉妹、ロラン、バートの重装剣盾兵らが
入れ替わりながら火力を絶やさない連続戦闘を行い相手の余裕と防御
精神的、物質的な部分両面から削り取る

こうなるとロベールと配下の武芸者でも対応し切れない
この時は流石に遊ばせておく余裕も無くアルベルトもアグニを引っ張り出して
前線対応するが

騎馬隊に関しては、兵装の貧弱さと馬その物の性能、数も半数強しか無い為
苦戦する事になる



どうにか半日凌いだ後、アリオスの見切り指示で街内に後退して防衛戦を展開するが
街内施設や地形を盾に相手の足と馬を動き難くするのが精々の効果で後退後も苦戦を誣いられる

ここでほぼ物資運び出しを終えたアリオスが対応に出る

アリオスはスヴァートをあるだけの500を出して「元々が隠密部隊」である特徴を生かして
街内施設を利用して全方位からの少数連続伏兵での反撃を行う

元々強力な部隊だけにこの地形だと効果が高い
一時獅子の軍を後退させるが、ここでそれすら対応の用意をしていた武器に換装して
更に反撃して迎撃した


前線兵に「普段戦場で見る事が無い武器」メイス、ピッケル、モーニングスター、大型クラブ等
鎧ごと叩き潰す装備を剣の代わりに持たせて反撃撃滅を行ったのだ

更にバートら剣盾兵も交互に押し出し防御戦を張り、数の多い換装打撃の兵でたたき返し
3時間の戦闘の後、スヴァートすらも200以上潰して撤退させる

やむなくアリオスは更に防御力の高い重装突破兵を押し立て、防御線を張りつつ
敵の進撃を制限して鈍らせ、足が止まった所で一気に反転して後退
全軍街を放棄して街道を撤退した

ここで獅子の軍は街を奪還して一時休息と再編
ハンナとアレクシアの指示で、撤退した敵軍に斥候を付かせ、更に街内に工作員の類が居ないか徹底して探した
こちらが街を確保した所での焼き打ち等もさせない為である


獅子の軍は、精強ではあるがそれ以上に「もしもの時」の準備を疎かにしない点が何より強い
相手がやりうる事を全て潰した上で戦闘に望む、という結果になり
アリオスの打つ手も殆ど潰される事となる

完全に安全を確かめた後再編、初動の策で協力を願い、西の森に大規模伏兵として待機させた
隣国「サイオウ」の軍勢を呼びラエルの維持、街道の監視維持を任せた

「半分潰された」アレクシアの策自体も偶然の好転で上手く行っていた
もはや流れが完全にこちらに来ていたのだ

大陸情勢と同様に、ここでも複数連動に寄る包囲戦の様相を呈していた









潮流





「困りましたねぇ‥敵が街に入った所での反転攻撃も、引き込んでの後背襲撃や
補給戦、街道分断もダメですか‥」

「細かな策は全部読まれている、といより「そう成らない為」の手を先に打たれているな」

「晴れの日に雨具を用意する様な軍師だな」

「手段を厭わない手しかありませんね‥想像を上回る事をしない限り、嵌ってはくれません」

「となると次の街「ラドル」は捨てるか」

「ですね、私は先に向かいますので街道で一戦して時間稼ぎを」

「分かった」



が、アリオスの次に打つ手も防止される事になる

後発してベルフ軍本隊を追って街から出撃した獅子の軍ロランの下に予め斥候として配置されていたエリが アリオスの行動を掴み、すっ飛んでくる


「陛下!!アリオスの軍一部が本隊を離れて「ラドル」の街に向かいます!人数は200!」

「これは物資搬送ではありませんね」

「ああ、人数が少な過ぎる」

「まさか焼き討ちか破壊工作でしょうか」

「その可能性はあるな‥よし、チカと姉妹を付ける、数が多い必要は無い
ゴラート!ラドルに向かった敵の策を防ぐ!君の高速騎馬で対応を!」


事態を把握したゴラートは即応、街道を外れて二つ目の街に向かう

「私達も行きますわよ!」

「了解!」

とロランの護衛官も馬を駆って飛び出す







此処まで来るともう、双方、打つべき手の出し所も少ない、そこで温存する意味も無く
アレクシアも残った手を打つ

「伝令を出して他の先行部隊へのゴーサインを出してください
それと向こうの打つ手で考えられるモノを潰していきます
例の物と対人投石器の用意、この先で敵の迎撃軍と対峙するはずです」

そう指示を出した


翌日朝にはラドルの街に先にアリオスの別働隊が到着

よし!と思ったが街の背後の山岳から敵と思われる伏兵40程度だが現れ
街の入り口を先に封鎖する構えと共に迎撃体勢を整える


20分遅れで、ゴラートの騎馬隊が到着遭遇
それら北連合側との混成軍と合流

200対360の出入り口の奪い合いの戦闘が開始されるが
30分遅れでチカとベルニール姉妹が到着して加勢してアリオス側が維持出来なくなる


「!ッ‥これもダメですか‥しかたない引きます」とアリオスは撤退を指示して諦めた



同時刻

獅子の軍とベルフ軍が街道で対峙して決戦

数でも先の戦争で差がつまっており苦しい状況にベルフ側は成りかけていた

そこでアレクシアは「もしもの手段」も取らせない様に開戦直後
対人投石器でベルフ軍の中段に石の変わりに油壺の弾を5発叩き込んだ


「な?!」とベルフの二将も驚いた

「いよいよと成ればここは草原、次期も冬と秋の境目、火計が使えるな」

と頭には有ったのだがやるかどうもかも決まって居ないタイミングで先に油を打ち込まれた
そうなると「火」を放つと間違いなく焼かれるのは自分らであり、それすら先行して
止められたのだ

しかもそうなると逆に火計の餌食に成りかねない為、正面決戦自体も停止、後退せざる得なかった

「手段を選んでいる場合ではない」となればより過激な手段が選択される恐れがある
アレクシアは心理面に置いての行動も全て把握していた
その上でそれらの「可能性」を一つずつ潰していった

そもそも北軍はここ中央道地域を守る立場であり
破壊工作や火計で自然や家屋の破壊をされても困るのだ
「戦争だからある程度の犠牲はしかたない」等強弁を垂れる事は出来ない


ロランを筆頭に下の者は皆同じ様な考えである

「何れ取り返し、人を戻す地域」でもあるのだ

無論ベルフ側が実際「ソレ」をやるとは限らないのだが
アレクシアの軍師の立場からもしても「お見通しよ」と初動から
見せ付ける事も大いに意味があったからでもある











アリオスもロベールらも後退して再び合流するが


「ダメですね、これは‥」

「無意味に小技を使うと逆用されかねんぞ、王道で行く
森街とラドルの領土境界線で当るぞ」

双方そう言って、アリオスも同意森街の領土を背にした正面決戦を挑む


こうなればアリオスも「後背の分断や襲撃」への対処で「森街」近辺に配置して任せた
「姫百合」も呼び戻して参戦させようと連絡を取るが

同時その姫百合から通達が来る

「な?!森街に伏兵の襲撃?!」思わず声を挙げる


「敵の数は1200と少なくありますが尋常でない強さの将兵、主軍からの援軍が必要と
思われます」


そう報告を受け、アリオスはロベール、アルベルトにも通知

自身の軍から2千ここに予備兵として残し
自らは後背襲撃の伏兵の対処に向かうと言って主軍を離れた
人材面で不足が出るので、せめてと「女人隊」も残した

それでも主軍兵力は双方、まだ互角近いのではあるが、開戦前に分断策を掛けられる事になってしまった

「ふん、まあいいさ、別に劣勢な数でもない」とロベールは涼しい顔だった






同日、獅子の軍と、ベルフ、ロベール、アルベルト軍は決戦

ベルフ側は左右に五千配置して後背にアリオスの予備兵を置いたまま迎撃

ほぼ同数で獅子の軍側は四角陣で突撃開始となる

獅子の軍側はこれまでと同じく、徹底して有利な部分を使って攻める
兵装、武器、武芸者を高回転稼動で間断なく火力を絶やさず攻める

ベルフ軍側も突破兵、スヴァートも全て投入して防御戦線を維持しつつ
反撃と個人戦であたる

比較的守勢に強いアルベルトは工夫を凝らし、弓、盾、剣兵を分担させ
遠距離、防御、移動を細かく展開して向こうに崩す隙を与えず

両軍、戦線が膠着した



そこで当日を凌ぎ二日目に突入、昼から再戦となるが

「ここで守勢に徹しても状況に変化が生まれんな」とロベールが前に出て
徹底して自己の武力を持って兵装、流れの不利を補う

大将首であるが故にそれに、腕に自信のある者も我こそはと挑む者が後を絶たないが

誰が相手でも一撃で突き殺される

特にこれまでの様な「戦いを楽しむ」という思考がロベールに無く
最初から最後まで全力での本気、自軍に余裕が無く

「自己の武力を活かす」という方針を取った時点で、それを最大限に発揮して
一切の無駄を排して挑んだのだ、誰が相手になるだろうか

実際このロベールの最前線戦闘で一時獅子の軍の前線を突き崩し後退させるという
凄まじい力を発揮した


「化け物だな‥」

「とは言え放置も出来ませんね」

「正直俺でも止められるか分からんな‥」

アレクシアとロルトが言った後

「じゃあ、私がやってみて良いですか?‥」とチカが聞いて一同ギョとした

「向こうは遊びは無いぞ‥手加減してくれる相手でもないが‥」

「失礼ですねロルト大将、私なら手加減してくれる等初めから思ってないですよ‥」

「そうだったな‥分かった任せる」

「はい」

見た目に騙されるが、チカは間違いなくトップ武芸者だ
相手か相手と成れば、むしろチカが適任ではあるはずだった


前線に馬を駆って向かったチカは、只管突き進むロベールの前に立ちはだかった

ロベールは鬼神の如き強さであるが、心は山の流水の如き静けさだった

他の武芸の将と違うのはこの点である「勇と知、静と動」の完璧な共存がロベールである


大陸での頂上武芸者で比較しても

ライナ=ブランシュですら「勇」の攻め

ジェイド=ホロウッドですら「静」の守に僅かに傾倒するのである


故に、チカの姿を見ても意外ではあったが、武芸の相手として問うた


「このロベールの前に立つ意味を理解しているか、少女」

「当たり前です、女子供だからとなめないでください」

「名を聞こう」

「チカ=サラサーテ」

「ほう‥意外だな、たしか稀代の天才槍士と噂があるが」

「偽者じゃないですよ」

「フ‥そうか、ロベール=メイザースだ、参る」


と双方一切手加減なし、最初から全力で当った

実際、ロベールにチカを当てたのは正解だった

お互い一歩も譲らず、互角の打ち合いを魅せた

特に両者共「武の質」が似通っていた、武器も技も「槍士」だ
恐ろしく噛合う


しかも、チカは、3無原則の武芸者「無理、無駄、ムラ無し」攻守共に満点であり
ロベールの攻めにも守りにも一切譲らず全て互角で凌いだ

攻めに置いては「針の一刺し」の異名の通り、正確で早く機械の様な精密さ

守りに置いては相手に一切崩す隙を与えず、敵の攻めに対して先出しして
その糸口すら掴ませない程の完璧さ


まさかこの場面、この様な時に、これほどの相手と出会えるとは思わず
ロベールも「楽しみ」を覚えた

20分も打ち合い、双方一つのキッカケも作れず凌ぎあった

が、ここで、その20分の後次第にチカの動きが落ちる、一方ロベールは衰えず

ロベールも「ム?」と思ったが理由は明白だった

「スタミナ切れと疲労」だ、特にチカは若い上に小柄、打ち合いでの肉体への負担がまだ
ロベールと比べて大きい「その為の体が出来上がっていない」のだ

それを瞬時に見抜いたロベールはジリジリ馬を下げて自然な形で
個人戦を終わらせる様に仕向けた
その「配慮」が分かるチカも一旦下がった


「惜しいな‥、後2,3年待てば俺も凌げるだろうに‥」チカにだけ聞こえるように言った

肩で息するチカも眼を細めて悔しそうな表情を僅かに見せた

「悔しいです‥」

が、ロベールは口の端で僅かに笑った

「そう欲張るものではない、技術は俺と同等、才は俺より上、「時」が足りなかった、それだけだ」

「また、相手してくれますか?‥」

「ああ、もちろんだ‥」

とだけ交わし、ロベールは馬を返して引いた

チカを認めたロベールはそうして前に出るのを自重した
こちらが引かねば向こうも引かない
そして彼女を失うのはロベールにとっては、国宝を失うのと同じだ、だから引いたのだ


一方チカは自身の足りなさに唇を噛んだ

それと同時に余りにも 心技体共に「完璧」なロベールに好感を持った
まるで「父」に教えを受けたかのような清清しさでもあった


双軍それ以上の戦闘を継続せず、一旦軍を引いて、休息と再編を行い翌日に持ち越した


そのまま三日目になるがロベールも前日の「事」があったために前線を自重したまま
弟子や部下に前を任せた

アルベルトはこのままでは立場が無く、渋々金を出して「アグニ」に前を貼らせた

その日の個人戦はアグニが受け持つのだが
相手の力量を測って「及ばない」と感じると付かず離れずの戦法

いけそうだと感じると前に出て剣を振るうと

「喧嘩十段」の武芸者らしくセコイ、嫌らしく相手をいなし続けて膠着前線を作って
その日も軍全体を接戦に意図してコントロールして凌いだ

そのまま休息、再編して翌日四日目に突入するが









ここで南、森の街にアリオスらが辿り着く

もしもの時の為に残した姫百合の軍は命令を守って
徹底して防御して奇襲部隊を防ぎ止めた

数は奇襲部隊1200で姫百合の軍は2000であったが

その奇襲部隊は「元」森の街住人の志願兵、ロランが連れてきて登用したアラン、アレンの兄弟
剣聖の弟子ら、ソフィア、ウィグハルトの部隊であり
この場所での戦いに特別な思いもあって意思でも強く

尋常じゃ無い武力と火力を持ち
数の不利を覆して突き崩していた

個人戦でも少なくともチカと接戦を繰り広げたソフィアらが相手であり
姫百合が如何に才能があろうとも及ばず
被弾して負傷

軍その物も半ば崩れかけていた


そこにアリオスがギリギリ間に合い
即座指示してキョウカを前に充て、自身の率いた軍を合流させてカバーした

この時点で敵を止める武芸者がキョウカしか居らず前に出て
ウィグハルトらと対峙するが「武」に余りにも差があり
10合合わせてキョウカは腹を横に斬られて敗北

致命傷に近かったのだが、そうなるとイリアも
「戦うつもりもない」等と言っておれず、間に割り込みキョウカに
神聖術で回復魔法と継続回復をかけて助け

自らも棒を持って立ち向かった


「なんというミスだ‥!」アリオスはそう自分に恨み節を言った

「女人隊」を主軍に預けて来てしまったのだ

そうなると「武」の者に対峙出来る者がもはやイリアしか居らず
手元にあったスヴァートも30人しか居ないがそれをイリアの周囲に充て守らせるしかなかった

「だが、兵数は3倍居る」とし、アリオスは向こうがまともな集団でも無い事もあり
徹底して盾で防御専念させ、攻撃は弓だけで只管反撃という手段を取った

意外と言っては失礼だが、イリアは武芸者としても
これらの相手に引かなかった

自分が武芸で「草原の傭兵団の6人」の下っ端である事も理解して居た為
アリオスの配慮と戦術に合わせて敵の進軍を止める事に専念

無論彼女も遊んでいた訳でも無く
「武」鍛錬を怠らず自らを引き上げたがそれでも今回に限っては
相手が悪すぎる、故に

神聖術で自己の身体能力強化、防御向上、継続回復を全て使って
自らを囮と盾として時間を稼ぎ続けた


それが分かったアリオスも間に合う訳が無いのだが
わざとらしく、敵に聞こえるように指示を出す

「森街の守備兵も全部呼びなさい!2000は居ます」と

そこまで来て、ようやく向こうの奇襲部隊は東森の中にじょじょに引いて
撤退した、大軍相手では流石にまずいと思ってくれたのだ

奇襲部隊が全部引いたのを確認して一応撃退

安堵してイリアもへたり込んだ


「死ぬかと思いましたわ‥」

「私もです‥」とアリオスも返した


「戦わせてすみません、私のミスです‥」

「いえ、これでも一応「元傭兵団の6人」ですから‥」

「ほんとに助かりました、キョウカさんも失う所でした‥ありがとう」

「キョウカさんも死なせたくないですし‥私‥」

そこでイリアは立って

「魔力には余裕があります、負傷者の治療に当たります」とそのまま
怪我人を治療して回った

(ほんとに彼女が残ってくれて助かった‥)と思った
ヘタをしたらアリオスも死んでいたかも知れない程の事態だったのだ


アリオスは即、バラバラな部隊、軍の再編、森街周辺の防備体勢を整え
封鎖の構えを取る

更に「いったいどこから出てきたのか?」の奇襲部隊の進軍ルートの調査に
斥候を放ち、地形情報の収集を行わせる


全て整えた後、一連の事態を今だ街道前線で戦闘状態にあったロベールらに伝え
一旦収集を図った

ロベールらもアリオスの収集に反対しなかった



特にロベールは一連の戦争の中身と力量を測り
森街周辺での完全防備なら自分と、戦術の将が居れば十分同数以下でも防げる
と、目算を立てて居たからである














ベルフ軍が戦争を収集して撤退する事を受け、ロランもアレクシアもロルトも
合わせて撤退する事に反対しなかった


「森街の奪取、中央街道封鎖は後という事になるか」

「ええ、寧ろ、あそこを向こうに持たせた方が、将と兵を一定数北に釣っている事と
同じ効果があります、また、無理攻めしても互角であるからに
こっちの被害も多いと思われます」

「同感だな、特に地の利は圧倒的にこっちにある
しかもここから砦までの距離が長い、向こうが再侵攻してきたとしても
かなりの兵と物資が必要だ、当面向こうも動けまい」

其々見解を示して一連の「北伐開戦」は全て終結の運びとなった


「ただ、森街の元の住民、間の地域の二地域には我慢を強いる事になりますが‥」と

アレクシアは言ったが、剣聖らもそれらを理解しており、特に反対は出なかった

そもそもベルフ北軍は続けて居り、また、開戦となれば
また、避難となる、そこに「戻る」という人は居ない


間の二つの街に斥候隊と陣の代わりに滞在施設を簡易で作り
この周辺にダブルAらと防衛装備を固めて中段封鎖をしてオルレスク砦に司令部を移し
状況の変化に即応する態勢を整えた









20日後。南のクルベル、トレバー砦の奪取の報の後


アリオスらの部下の怪我の回復したのと合わせて
集めた情報を軍議で披露した

「一見地図だけみると壷の中の様に閉鎖された中央地の様に見えますが
人や馬が通れる小さい道や、山道等が多く有るようです」

「そこから奇襲部隊を送ったか」

「はい、特に北連合は領土線に関係なく「道」が使える為、向こうは
包囲戦や、後背襲撃がしやすい状況です」

「厄介だな、完全に向こうに地の利ありだな」

「左様です、となれば、ここで陛下の御意を守って中央街道の出口での
防衛維持は寧ろ悪くありません」

「そうだな、ヘタに攻めて背後から敵が沸いてくるとなると
軍を返して反転対処の連続になりかねん
或いは、数倍する戦力で、側面、後背への対処を十分に置いて尚且つ
街道や要所を守らせ得る過大兵力を持って当るかだな」

「ご尤もです、そもそも、その「道」すらいくつあるのか
把握しきれません」

「少なくとも、同兵力でのここでの防衛戦なら防ぐ事は可能だ
現状それが尤も効率がいい」

「流石ロベールさんです、その通りです」

「で、陛下の指示は」

「変わりません、此処を維持せよ、との事です」

「ただ、アルベルトさんは「本国に戻れ」との事です」

「そうか、了解した」

「ではそういう事でとりあえず解散で」


アリオスも一連の事態でかなり疲れた
そもそも意に沿わない仕事でもあったからだ


森街の例によって作った安宿司令部に帰って「あ〜」と椅子にもたれかかった

ほんとに心身ともに疲れていた様だ

そこにサッとコーヒーが出される

「お疲れ様ですアリオスさん」とイリアはニッコリして言った

「ほんとに疲れますよ‥シャーロットさんと代わってくれないかなぁ
北方面なんて、私程度じゃ無理ですし」

「そうなんですか?」

「軍事の常識、て知ってます?、戦略の不利は戦術で覆せないてやつ」

「はい」

「北は戦略ミスでそもそも最初からどうしょうもない状況なんですよね
一方、私は、どっちかっていうと戦略家です」

「戦う前に勝負を決めるってアレですね」

「そうです、で、シャーロットさんは、戦略も出来ますけど。どっちかと言うと戦術家
目の前の状況の変化への対処が抜群に上手いんです」

「ああ、なるほど、そういう事ですか、でも‥」

「ええ、本来覆せない戦略の不利、それでも戦術でひっくり返しうる天才戦術家。私は
シャーロットさんをそう評価しています」

「もし、シャーロットさんとアリオスさんの人事が逆だったら‥」

「ええ、そういう事です、南も西ももう少しどうにかなってました、北も
私の様に醜態を晒さず済んだ可能性が高い」

「醜態‥」

「です、部下を死なせかけ、撤退戦しか出来ず、自分も危なかった
ロベールさんらが居てこの有様です。自分でも嫌になるほど無能ですよ」

「そんな事は‥」

「それに、獅子の軍の軍師、アレとまともにやるにも戦略で負けている以上
シャーロットさんのが適任でしょうね
最初から不利な状況をひっくり返したり、互角に持ち込むなんて
歴史上稀な事態ですから、そもそも彼女は個人の武もエリザベートさんとやれるレベルですし」

「へぇ〜‥」

「更に言うと人脈、カリスマ性、才能、劣勢程強い粘り、自己犠牲の精神も高く
味方の負担を下げる為常に自分が陣頭に立ちます、
家もお金持ちで、美人ですし、厳しくも優しい
ほんと完璧超人ですよ」

「後半は関係無いのでは‥」

「まあ、私と彼女は同じ師に着いて学んだので、これ以上無くよく知ってるので
いわば兄弟弟子、てやつです。そこでの先生の評価ですね

私は彼女に一度も勝ったと言える所は無かったですから
ただ、私の方が「先を見通せる」と評価だけ勝りましたけどね
それだけです、だからむしろ私はシャーロットさんを尊敬してるんですよ」

「そうだったんですか‥」

「彼女が上司だったらな〜もっと楽だったのにな〜と何時も思ってますよ」

「内政事務の負担も少なかったのにな〜ですか」

「そうそう、まったくその通りです、もっと楽したいですよ色々と」

そこまで言い切って出されたコーヒーを啜った

「うーん‥やっぱり具申してみようかなぁ〜、北に居ても今後の展開に関われないですし」

しばらくアリオスはそのまま唸っていた



「このまま戦略で負けると、そのままズルズル行く事になるなぁ‥
どうしたものか‥ウーム」

そのままイリアも彼の思考決定を待って黙った
暫くすると何か決めたらしく

「女人隊の誰か呼んでくれます?色々やってみる事にしましょう」

「了解です」

と返答してイリアは部屋を出た


「ま、とは言え‥陛下も、もうこっちの意見を聞いてくれないだろうし、
勝手にやるべきかどうか‥」

「あ〜‥嫌だ、嫌だ」と1人になってもブツクサ続けていた


実際、その後「一応」として出した北方面の担当のアリオスとシャーロットの入れ替え
の具申は、却下されて動けなくなった


そもそもベルフ軍の将の中ではシャーロットは新参者であり
信頼度がアリオスとは比較に成らない

「アリオスなら北をなんとかするだろう」という思い込みと
ある意味信頼されていた故でもあるが

それ自体アリオスには「目先の拘り」にしか見えなかった


自分でも評した通り基本的には彼は「戦略家」であり
それが優れていた皇帝への尊敬もあったのだが

此処へ来て
それが劣り始め、こちらの意見を無視してミスを重ねる様になった
皇帝への失望も出始めていた

個人的な好き嫌いでは無く

その「ミス」が国全体を損なうという将来に向けての展望での事である
アリオスは戦略家故、先の事がよく読めるそれだけに
現状が彼には耐え難い程、歯がゆく、不愉快である


これなら、ロゼットやカリステアの方が余程「国主」として優秀である
二人は自分が未熟である事も自覚しているし、他者の意見を黙殺しないだろうし。
早期に和平の可能性すらあった
自国の味方や配下も軽視しないだろう


彼に個人的な野心等殆ど無く、ただ、自分が生まれ育った
ベルフという国が良くなればそれで良かった

「シャーロットさんが上司だったら」と言った通り
上が有能で国を繁栄させ得る人間なら誰の下に着いてもいいとすら思っていた
同時、これら発言から見るに、自身を高く評価しても居なかったのだ

そして彼はある意味最大の国士でもある
それ故、上に対して意見を言う事も憚らない
それが部下として尤も遣いにくくもある

何しろ「判断の誤りを許さない」のである
自分に厳しいが他者にもある意味厳しいのだ

「自分を有能だと」胸を張って言える人物等そうは居ない
もし言う奴が居たとしたら妄言の勘違い人間か頭がお花畑な人間だろう




だが、現状、北への担当が堅守された以上
それを守って、その中で最善を尽くすしか無かった、所詮「一将」でしかないのだ












一方司令部をオルレスク砦に移した獅子の国一同は軍議を開く
今後の戦略は先の準備でほぼ決まっている事

大陸全体の戦略はエルメイア、マリアらとの協議が必要である為
どちらも後で良いだろうとなった為

雑談反省会に近い会合だった


「とりあえず、こちらの、北連合の方針は余り変化がありません
向こうが進軍しいてこないなら、そのままで良いし
いざ、進軍してきても引き込んでから迎撃、側面、後方からの
街道の寸断、補給の圧迫で抑え込めます」

「当初アレクシアの打った策と同じになるね」

「はい、規模と数を増やして同じ事をしても
向こうが地形を把握し難い以上、続けて有効です
情報収集や斥候と言っても北側全土にそれを行うのは無茶ですから」

「自国領土や中立地ではないからね、まして間に人が居ない」

「左様です」

「了解した、当面はそれでいいとして、他になにかあるかい?
どんな小さな事でもいい」

「強いて言えば、ラエルにもう少し、武芸者か兵、装備なんかも増やしたい所ですね」

「そうだな、本国も続けて兵力の増強、ま、無理して増やす程でもないけど」

「引き続き、志願兵を募集で宜しいでしょう、財政面も全く問題ありません」


「ダブルAとバート=ボンズが現状居るけど、どうしようか?」

「なら、私が行きます、向こうはロベールが残りましたし」

「うん、現状護衛官という立場に拘らず前に出たほうがいいね、チカが出てくれると助かる」

「了解です」

「人材もどんどん見出そう、皆も推薦等あれば頼む」

「了解」



「後は北は兎も角東辺りとの国とも渡りを付けよう
相互連携を拡大出来れば、全体戦略も更に向上出来る」

「お任せください、一度私も行って見ます」

「頼むアレクシア」

「それと全体の話になりますが西方面は少々人材の不足が見受けられますね」

「ああ、たしかに、西は二国だけだし、兵も金も相当あるけど、運用面で少し劣るかな
まあ、それでもマリアの手並みを見る限り、なんとかするんだろうけど」

「ええ、状況の変化によっては人材も送れる環境を構築しましょう
それと今回参加して頂いた銀の国の援軍のお二人も戻ったほうが宜しいかと」

「分かりました、そうします、と言っても我らもクリシュナの将ですけど」

「最前線での戦いの場を与えて頂き寧ろ感謝しています、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」


「他には?」

「今回の一連の開戦の感想ですが、ほぼこちらの予定通りに完遂しましたね」

「途中から大陸情勢が変化して一気に戦略的優勢になったからね」

「ただ、それを引いても接線でしたね」

「将の質も高いなぁ、アルベルトも面白い将だし。特にロベールが目立って凄い」

「ああ、俺ではアレは止めれん、現状チカ頼みだな」

「私でも「止める」以上は出来ませんですけど、ソフィアさんかウィグハルトさんなら
どうか、という感じですかね」

「ホホウ、なら次の機会があれば、ワシも同行させてもらおうかのう
力を見るなら目算出来ますぞ」

「先生‥」

「やめてください師匠‥」

「いい加減年寄り扱いはやめてくれんかのう‥まだまだ、そこいらの剣士には負けんぞ」

「いや、じじいだし‥」

「60過ぎでしょうが‥」

「無礼な弟子じゃな‥」

「自らじじい、と言いながら都合よく若返らないでください先生」

「ま、まあ、兎に角、全体の方針も決まった、後は各々、準備を整えてくれ」

「了解」


と、そこで一同解散となった



この場では「軍師」としてのアリオスへの言及は成されなかった

途中から戦略条件が変わり、打った手が機能しなかったゆえもあり

とても力を図り得る状況でも無かった為である

「相手の立場に立って考える」が特に上手いアレクシアにしても寧ろアリオスの
困難な状況での立ち回りでは善戦したという思いと同情の様な物があり
明言を避けた

ただ、実際「アレクシア」対「アリオス」の策の基本方針は似た様な物であった


ベルフは攻めた後、情報工作を打って、擬態で引き、敵に攻めさせ、街道、地形、街等使い削り作戦を展開した後
状況が許せば、後背襲撃、伏兵等を使って後、兵力差が出来れば反撃を行うつもりだった

特に、ベルフ側には「スヴァート」がかなりの数があり「本来の隠密部隊」の特色を活かそうとも
思っていた

が、初動からそれも仕掛けはしたのだが、ラドルでの伏兵、森街への側面、後背襲撃の例にもあるように

アリオスが「兵を伏せられるポイントを探す」という下準備の段階で
ことごとくアレクシアが斥候、伏兵などを逆にそのポイントに配置して潰した為、殆ど展開できなかった


アレクシアも敵に攻めさせ、野戦をしながら最終的には敵を全部引き込んで
砦で防備を行い、多重包囲作戦を行い、分断、孤立、連携を崩し、兵力差が出来れば
反撃するつもりの基本方針で考えていた


双方共に北出口から砦までの。「縦に長い距離」を活かそうと考えていた


が、「半分生きている」と言った通り
アレクシア側は打った手が状況が変わってもそのまま半分使えた訳で
しかも「地の利」がある

とても対等条件での「策」の戦いにはならないのであった

そもそも、アリオス側は中から伏兵、工作部隊の展開

アレクシアはその外側からの伏兵の展開であり
それら、裏の策でも戦略条件と同じく「包囲」の優位性がアレクシア側にあった


だからこその「シャーロットさんと代わってくれないかなぁ」なのである











繋がりと‥








二週間後

一旦銀の国戻ったエドガー、カルラの二人はマリアに労を労われ
数日豪華な宿泊と個人恩賞の後

一連の北伐戦争での情報をマリアに通達する


「とにかく人材の豊富さとそれを見出し使う若い王の鋭敏さが素晴らしくあります」

「知と武の両軍優れた接戦の強国同士の戦争の結果もそれが土台にあっての事と考えます」

「うむ、聞いただけでよだれの出る人材国じゃの」

「は、それに、聞く所によると、代替わりしてからまだ二年とか
その間に倍以上の人材、有事に対する準備を整え、最終的には
装備も人もベルフ北伐軍を上回り、終始優位に展開しました」

「狙ってやっている訳でもないのでしょうが、無償の援護、他国住民への保護等からも
人と物の集まりが向こうから勝手にやってきて集うという結果になったようです」


「今後の戦略はどう考えていたか?」

「更に人を増やすつもりらしく、推薦等も進めるようです、そう指示を出していました」

「それと、東地域との連携も視野に入れているようです」

「なるほど、よく見ておる、東は北からしか繋がらんからな」

「はい、それと、マリア様、西地域らの現状も理解しており
豊富な人材を更に増やし、「人」の面からのこちらへの援護も考えているようです」

「なんとも頼りになる連中じゃな」

「ご尤もです」

「一連の戦争から見ても、知者も多くアリオスも封じたと言っていいでしょう
特にアルベルト、ロベールらの手持ち武芸者と
戦える者が多く、数でも楽に上回ります」

「単身で任せても防備できる国というのは貴重じゃな」

「ハイ、が、新王はそれに奢らず、常に味方や部下の意見を聞き、決定を行います
実際軍議の類が異常に多くあります。」

「それに野心も多くない、庶民派です、王単身でも「知勇」に優れ、自ら軍を率いて戦い
前線でも他の者に劣らず、全体を疎かにしません
それほどの単身の実力、国家軍力がありながら、他国への強引な介入もありません」

「よく分かった、ほんとにご苦労じゃった
二人はそのまま、落としたトレバー砦に戻るといい、そのほうが力を活かせる」

「ハハ!」












同日、東メルト国へ、アレクシアが訪問、とりあえずの一連報告と挨拶

前王は引退して大御所として、代替わり、息子の新王に謁見した
その場で同席したメルト側の政治担当官で大御所直属軍師として顔を出していた
マルガレーテを紹介されて、主に二人での話しをとなるが

アレクシアもマリーもお互いの顔を見て固まった
30秒程見つめあって居た、というより双方刺すような視線だった

その空気を呼んで王は「どうかしたのか?二人共?」

と言ったが

「いえ、美しい方ですわね、と思いまして」とマリーは誤魔化し

「同じ事を思いました」とアレクシアもそれに乗って誤魔化した


「ふむ?、ああ、たしかにそうだね」と納得したようだ

そこで二人は

「では細かい事はアレクシア様と協議致します」として

密室会談を行う

部屋に入って、席に付いた後お互い顔を上げて見て、同時に



「貴女何者なの?」と二人共言った


あまりのタイミングの良さにそこでまた固まるが、まずアレクシアは

フッと笑って表情を崩した


「まあいいわ、別に敵じゃないんだし」

「そうね、今はお互い国の「人」だしね」

と返した

二人が、お互いに驚いて固まったのは双方魔術士であるからだ

しかも「人間ではありえない許容量の魔力」がお互いあったからである


「成程、10代で魔術を極めた北の天才魔術士、アレクシアが貴女なら納得だわ」

「それにしても似た者が居るとは驚きだわ」


お互いどうしようかとも思ったが

「まあ、私はハイブリットだから「人」でもあるけど」とアレクシアが先に言ったので

マリーも

「私は純粋種よ」とお互いの正体を明かすことをそう返して同意した


それが、お互い秘密を洩らさない、事への同意でもある、と分かり話したのだ


「人魔の生き残りよ」

「三元魔竜の生き残りよ」とそこでもお互い明かして驚いた


「人魔って暴虐じゃないの?‥」

「そうで無い者も居る、それに私は「魔」と言っても神格の方だから」

「驚いたわね‥」

「それはこちらのセリフよ、三元魔竜と言えば基礎元素への親和性が生まれつき高い
激レア種じゃないの、しかも、竜の純粋種とは」

そこでまたお互い同時に「何で人間社会に‥」と言って吹き出しそうになった

「そりゃ、もう世界は人間の物だし」とまた同じ見解を示して笑った


「だったら、無意味な話は止めましょうか‥」

「そうね、お互い「立場」があるのだし‥」

そこでようやく今回の本題の大陸戦略について話し合う


「うーん、どちらも魔術士なら「渡り」を付ける意味も無いかしら」

「一応道具を用意したから渡すわ、貴女は兎も角、他の人や国にも使えるし」と

マリーは「伝心のエンチャンターのイヤリング」を渡す

「‥貴女エンチャンターなの?」

「一応」

アレクシアがそう聞くもの当然である、そもそも伝心のイヤリング等聞いた事がないどう見ても「自作品」である



「それ、後で教えてくれる?」

「え?いいのかなぁ‥うーん」

「悪用はしないわよ」

アレクシアもマリーが一瞬渋った理由も瞬時に理解した故にそう言った


「分かった、時間が出来たら声を掛けるわ」

「時間が無い?」

「結婚して子供出来たから長期間、空けられないし」

「え?!人間と?!」

「あ、うん」とマリーは自分の旦那、ジェイドとの経緯を簡単に説明した


「幸せな事ね、正体を知って尚、愛してくれる人なんて‥」

「あ、エヘー」そう言われてマリーがデレる

「しかも、今時ドラゴンスレイヤーとはね‥メルトには凄い人間が居たものね」

「引き分けだったからスレイヤーでもバスターでもないけどね‥」

「並ぶ者、かしらね強いて言えば」

「例に無いからなんともねぇ」

「竜と人の伝承はいっぱいあるけど、単身で戦って引き分けて、しかも夫婦になるなんて
あんまり無いからね」

「そうなんよ〜」


「所で‥アレクシアの方は?」

「何で北の獅子の軍師なのか?って事?」

「うん」

「そうねぇ‥今の陛下、が王子の頃、まだ9歳だったかしら、彼に拾われたのよ」

「そうだったの」

「ええ、彼とは王都外の森で出会った、まだ私は姿を隠して生きていたけど
彼はそこに妹と遊びに来てた、そこで「身隠し」を使って眺めていた私を
あっさり見つけて話しかけてきたわ
まるで昔からの友達の様に」

「魔術の親和性が高いのかしら?」

「だと思う、実際妹のモニカ様はかなりの魔術士になったし」


「話がそれたわね、それで」

「子供なら、と思ったものあるし、どうせ夢でも見たのだろうと誰も信じないと思った
それと私自身が誰かに話したかったのかもしれない
そこで、私は自分の正体を明かしたわ

でも、彼も妹も「別に魔の血が混ざってるからって隠れて生きる必要もないよ?」て言った
そこからはトントン拍子ね、王に紹介し、魔術も知識も一番
自分の側に置いて、教育官にも任命、様々な所で結果を出して出世もさせてもらったわ」


「良い王様ね」

「ええ、私の事情を察して「普通の人間」として活かしてくれたし
秘密も知っているのは二人だけと、ここに居る貴女だけよ
もう、何百年も生きてるけど、きっと今が一番幸せ‥」

「そっか‥」

「ま、そういう事情ね、だからロラン様の為に尽くしたい
そう思ってるわ」

「裏表が無いのね、良い関係だわ」

「ところで」

「ん?」

「貴女の、子も見てみたいわね、後学の為に」

「そっか、じゃそれもまた、時間のある時に、ちょっと遠い所に預けてあるし」

「分かったわ」と言ってアレクシアは立ってから握手を求めた

「とりあえず本題は終わったから戻るわ、また、会いましょう」

「ええ、宜しく」とマリーもその手を握り返して会談を終えた



「意外な友達」が公人会談で出来てしまった事も驚きだが
同じ考えと境遇の人物が居たのも驚きだ

特にお互い頭の回転速さが異常でツーカーで通じるので好感を持った

「もしかしたら知らないだけでいっぱいるのかも?」と両者思った

無論「種」的な意味合いでもある




こうして、連動でも大陸連合は各々で「渡り」を付け、準備が整う

より一層、ベルフにとっては不利な状況が拡大すると言える事態である





大陸戦争7年目を過ぎた


今にも雪が降り出しそうな
寒い日の事であった






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